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走りたい!少年の夢を追いかけて
スポーツ
走りたい!少年の夢を追いかけて
走りたい!少年の夢をおいかけて
2017.10.16 パシフィックサプライ株式会社  事業開発本部
スポーツ用義足やチャレンジングな仲間(大人たち)との出会いにより、新たな夢を追いかける少年!『あこがれの人は山本篤さん!!』
義足で走ること! へのハードル

東京パラリンピックを控え、カーボン製のスポーツ用義足を深くしならせて躍動する義足アスリートの姿をテレビや新聞で目にする機会は増えてきています。しかし、そんなスポットライトを当てられることのない、ごく普通の義足ユーザーが日常的に運動する機会をもつことの難しさについてはほとんど知られていません。

 

高価なスポーツ用義足は、日常生活用の義足と違ってレジャー用とみなされ、国からの補助がなく、購入は全額自己負担と義足ユーザーには重い負担がかかります。また義足走行の指導者や練習の場も不足しています。

 

このように、日本では「義足で走ること」のハードルは高いという状況のなか、スポーツ用義足や仲間と出会い、新たなチャレンジから可能性の扉を開けた一人の少年にお話をうかがいました。

 

田中奎太朗君はクルクルと変わる表情が印象的な、滋賀県にお住まいの小学5年生の男の子です。思春期の入り口に差し掛かり難しい年頃になってきたとお母さんはおっしゃいますが、はにかみながらも、お母さんに確認しながら、一つ一つの質問に丁寧に答えてくれました。

田中奎太朗君&お母さん&弟さん
田中奎太朗君&お母さん&弟さん
初めての義足

《 インタビュー 》  於:旧大津公会堂

 

-------いつから義足を使用されていますか?
 

お母さん:奎太朗は右足の先天性脛骨列欠損で生まれ、ちょうど1歳の時に膝離断手術を行いました。しかし、初めての義足は嫌がってほとんど着けることはありませんでした。

 

奎太朗くん:そうだったの?知らなかった。

 

-------赤ちゃんの頃は義足なしでも不自由がなかったんですね。
 

お母さん:義足を着けないほうが速くハイハイできたんですよ。初めて義足で歩いたのは2歳頃です。保育園の友達を見て、自分も立って歩きたいという意欲が芽生えた時期に2本目の義足を作りました。

 訓練よりも、普段の生活や遊びの中で自然と義足歩行できるようになったのは驚きでした。

 

-------義足を初めてはいた時のことは覚えていますか?
 

奎太朗くん:義足を初めてはいた時のことは記憶にないよ。気づいたら義足をはいているのが当たり前だったから。

保育園の時は、部屋に机や椅子もないから義足でも自由に動けて、今よりも運動が好きでした。


 

お母さん:保育園では、水遊び専用にしていた1本前の義足がボロボロになるまで、友達と活発に遊んで過ごしていました。

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