パシフィックニュース
コミュニケーションに困難さのある子どもへのテクノロジー活用①
AAC(コミュニケーション)
~障害によるコミュニケーションに困難さのある子どもたちへのテクノロジーの活用~
福島 勇 福岡市立南福岡特別支援学校 (教諭)
2016-08-15
障害のある子どもたちへテクノロジーを活用しながらコミュニケーション力を育て、多くの実績を積まれておられる福島先生の連載がスタートします。新たなコミュニケーションの世界へ Welcome !
自立の第一歩は自己決定すること
障害のある子どもたちへの教育や療育は、自立する力や社会参加する力を身につけさせることが目標とされています。筆者が勤務する特別支援学校(肢体不自由)の場合、身体を動かす上での困難さが彼らの自立や社会参加を妨げる要因だと考えられていますので、身体を動かす上での困難さを改善・克服することに教育の主眼が置かれてきました。食事のためのスプーン操作や衣服の着脱、移動といった日常生活動作の機能を改善・向上させる学習は、その代表的なものです。もちろん、子ども自身の力だけでは困難な動作を改善・向上させていくことはとても重要なことです。でも、私たちの暮らしに焦点を当ててふりかえってみた時、それよりも前に別のことを考えていることに気づかされます。
衣服の着脱を例にとって考えてみましょう。四肢の動作が困難なため自分で服を着ることができない子どもたちには、「手を伸ばしてね」「膝を曲げて」「首をシャンとしてね」といった言葉をかけながら服を着替えさせる場面を目にします。しかし、私たちが服を着替える際、シャツの袖に手を通すための上肢の動かし方やズボンをはく時の下肢の動かし方、頭・頸・体幹を保持することを細かく考えながら着替えているでしょうか?それよりも、むしろ「寒いからダウンジャケットを着ていこう」とか「デートだからお気に入りの服にしよう」といったことをまず考えて、服を選んで着替えているはずです。つまり、TPOに合わせて、「何を着ようか」とか「どの服にしようか」といったことが、まずは重要なはずなのです。食事に関しても同様に、スプーン等を操作するのに必要な手の動かし方や口の開け方を考えるよりも、「今日はカレーを食べよう」とか「ごはんの次にトンカツを食べよう」といったことの方が、まずは重要なはずです。日常生活動作が困難な子どもたちでも視線や指差しといった手段で「何かを選ぶ」ということができるはずなのに、させていないことが少なくないように思います。
このように視点を変えて考えてみますと、日常生活動作の能力を改善・向上させることと同様に、「何を選ぶ」「どれに決める」といった自己決定する力を獲得・向上させることの重要性に気づかされます。このことは、自立への第一歩であると同時に、コミュニケーションする力の第一歩であると考えています。
図1 提示された4種類の食べ物の中から選ぶ 図2 提示された2冊の本から視線で選ぶ
【障害があっても◯◯デキル】という発想
このように考えてみますと、障害があっても○○デキルという発想が、障害のある子どもたちの生活を受動的なものから能動的なものへと変えていくきっかけになると思われます。日常のいろいろな活動に部分的にでも参加することを考えてみてください。きっと、デキルことがたくさん見つかるはずです。
その代表格とも言えるのが、ブラックホールの研究で世界的に有名なホーキング博士でしょう。全身の筋力が失われていくという筋萎縮性側索硬化症(=ALS)を発症しているホーキング博士は、歩くことや文字を書くことだけではなく言葉を話すこともできません。しかし、親指をほんのわずか動かすことができますので、その親指に取り付けたスイッチをON/OFFするだけで電動車椅子を使って移動し、音声合成機能のついたICT機器を使って講義や講演を行い、多数の論文を著述しています。
一方、日本にもホーキング博士に負けず劣らないアクティヴな方々がたくさんいらっしゃいます。愛知県の佐藤仙務さん(脊髄性筋萎縮症)は特別支援学校を卒業後、働きたくても働ける場が無いことに発奮して、ホームページ制作や名刺作成を主事業とした株式会社仙拓を設立・経営しておられます。
http://sen-taku.co.jp/
また、神戸市にお住まいの岡本興一さん(ALS)は、ご自身が好きなアメリカンカジュアルファッションのお店をインターネット上に開設して経営しておられます。
http://store.shopping.yahoo.co.jp/big-mottsu/
http://ameblo.jp/okamo5/(岡本さんのブログ)
長崎県の吉村隆樹さん(脳性まひ)は、ご自身が使いづらいと感じたパソコンの操作をやりやすくするためのパソコンソフト【Hearty Ladder】を開発し、インターネット上に公開しておられます。
http://takaki.la.coocan.jp/hearty/
このようなパイオニアたちが私たちに大きな示唆を与えてくれています。それは、「障害があるから◯◯できない」とあきらめるのではなく、「△△という工夫やサポートがあれば◯◯デキルんだ」という発想の大切さと、その実現にはテクノロジーの活用、なかでもアシスティヴ・テクノロジーAssistive Technology(以下、「AT」と表します)の活用が不可欠であるということです。
アシスティヴ・テクノロジーってなぁに?
ATは、障害のある人々が自立したり活動に参加したりする際に生じる困難さを補う技術のことで、以下のようなものが知られています。
1)視覚障害のある人のためのAT
白杖、歩道の誘導用ブロック、エレベーターのボタンや階段の手すりに付いている点字サイン、音響式信号機、トイレ等建物内の音声案内、パソコンの点字ディスプレイ、拡大読書器、他
2)聴覚障害のある人のためのAT
補聴器、テレビ等の字幕放送、集会や研究会などでの要約筆記、授業や講義などでのノートテイク、他
3)肢体不自由のある人のためのAT
義肢、装具、杖、歩行器、車いす、電動車いす、座位保持装置、座位保持いす、起立保持具、頭部保護帽、携帯型音声出力装置(=VOCA:Voice Output Communication Aids)や重度障害者用意思伝達装置のようなハイテクコミュニケーションエイド、ノンステップバス、スロープ付き自家用車、電動ベッド、HAL(Hybrid Assistive Limb)のようなサイボーグ型ロボット、福祉住環境、他
4)知的障害や発達障害のある人のためのAT
タイムエイド、イヤーマフ、絵やシンボルを使って作られたコミュニケーションカードやコミュニケーションブック、VOCA、他
便宜上、障害種ごとに例を掲げてみましたが、活動に参加する上での困難さを補うという視点で整理してみると、ある障害の範疇に掲げたテクノロジーが他の障害で活用されている例は多々あります。特に、コミュニケーションの困難さは、どの障害にも共通していることですから、そのためのAT(例えば、VOCA)は障害の種類に関係なく活用されています。
人と人とのコミュニケーションとは、Aさんの心に『伝えたい』という【①意思や意欲】が芽生え、その内容をBさんが分かりやすい手段で【②発信】します。Bさんは、その内容を【③受容】し、頭のなかで【④処理】して、応答するための内容を【⑤加工】し、その内容をAさんが分かりやすい手段で【⑥応答=発信】すると言われています(図5参照)。障害のある子どもたちのコミュニケーションでは、②や⑥の【発信】に困難さが少なくありません。
図5 コミュニケーションのメカニズム
ここ数年、スマートフォンやタブレット型情報端末機器を応用したコミュニケーションのためのATが活用されるようになってきました。それらを含めたコミュニケーションのためのATの活用について、次回から紹介したいと思います。
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