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コミュニケーションに困難さのある子どもへのテクノロジー活用④
AAC(コミュニケーション)
リハビリテーション
コミュニケーションに困難さのある子どもへのテクノロジー活用④
福島 勇(福岡市立今津特別支援学校 教諭)
2017-05-15
先日、ある講演の中で『世の中で一番難しいことは、人に伝えること』という言葉が忘れられません。その言葉のあとに、ふと福島先生の連載に登場する子どもたちのことを考えていました。テクノロジーを活用することでもっと伝えたいこと、出来ること、知る喜びが拡がっていくのかもしれません。今回もわくわくドキドキあふれる情報を惜しみなく発信いただきました。
パソコンを応用したコミュニケーションエイド
iPhoneやiPadに代表されるスマートフォンやタブレット端末といったスマートデバイスが登場する以前、コミュニケーションエイドとして主に使われていたのは、連載第2回で紹介したVOCAとパソコンでした。現在でもパソコンを応用したコミュニケーションエイドは多くの現場で活用されています。日本で最も多く使われているWindows OSのノートパソコンはディスプレイがタッチパネルに対応するなど、コミュニケーションエイドとして使いやすくなってきたと思います。
ディスプレイに触ったりマウスやキーボードに入力したりすることが困難な場合は、USBポートに接続するインターフェイス(例:変わる君 「できマウス3A。」 Hitch なんでもスイッチUSB)やBluetoothという無線で接続するインターフェイス(例:なんでもワイヤレス)に外付けスイッチをつないで利用する方法があります。パソコンで外付けスイッチを使うには、Windows OSやmac OSといったOSごとに準備されているアクセシビリティ機能を利用します。その特徴や設定方法については、テクノツール社の「てくのブログ」で詳しく紹介してありますので参考になさってください。
パソコンをコミュニケーションエイドとして利用するためにはソフトウェア(最近は「アプリ」と呼ばれることが多くなってきました)が必要です。Windowsパソコンのディスプレイに文字盤を表示しておき、その中から文字を選んで文章を綴って音声で読み上げるという機能をもったアプリとして、代表的なもの4種を以下に紹介しておきます。
①Hearty Ladder ②オペレートナビTT ③miyasuku EyeCon SW ④OriHime Eye
一方、音声を録音したシンボルや写真などをパソコン画面に表示しておき、それぞれをマウスクリックしたりタップしたりすることで音声を出力するためのVOCAアプリとしては、
⑤トーキングエイドカード版 ⑥たすくコミュニケーション がありますが、最近はMicrosoft社のPowerPointで作ることをオススメしています。
PowerPoint(通称パワポ)は、もともとプレゼンテーション用に開発されたアプリですが、画像や文字を画面に貼り付けたり音声を録音したりする機能があります。家電量販店などではPowerPointを含むOfficeアプリをバンドルしたWindowsパソコンが店頭に多数並んでいますし、学校のほとんどの校務用または児童生徒の学習用パソコンにはPowerPointがインストールされていますので、これを使わないテはありません。連載第3回で紹介したiDevices用VOCAアプリ【Sounding Board】や【vocaco】などで作るコンテンツはPowerPointを利用して作ることができるといっても過言ではありません。
詳しい作り方はhttps://www.microsoft.com/ja-jp/enable/ppt/idea.aspx で紹介されていますので参考になさってください。また、Microsoft社はWindows ストアで購入できる教育アプリを検索することができるサイトを公開しています。
https://www.microsoft.com/ja-jp/education/storeapps.aspx - result_top
「特別支援向け」というキーワードで検索すると、有償無償に関わらず106件ものアプリがヒットします(2017年4月時点)。VOCAアプリだけでなく、教育用に考案されたアプリが網羅されていますので、その中から子どもさんの学習に役立つアプリが見つかるかもしれませんのでチェックしてみてください。
目は口ほどにものを言う?視線入力の利用
筋萎縮性側索硬化症(ALS:Amyotrophic Lateral Sclerosis)や脊髄性筋萎縮症(SMA:Spinal Muscular Atrophy)、進行性筋ジストロフィー症といった筋疾患の方々は次第に動かせる部位が少なくなり、外付スイッチの利用が難しくなる場合があります。そのような方々がパソコンを利用する上で、今、世界中で最も注目されているのは視線入力技術Eye Tracking technologyです。なかでもスウェーデンTobii Technology社の視線入力技術は年々進化を遂げ 視線入力意思伝達装置マイトビー1-15 が登場しています。さらに、視線入力装置本体の価格が下がり入手しやすくなりました。同社の技術を応用した同社が販売する最新の視線入力装置Tobii Eye Tracker 4Cは、USB2.0ポートをもつWindowsパソコンで作動する上に20,000円を切る価格で購入することができるようになっています。そこまでスペックにこだわらないのであれば、Windowsノートパソコンは40,000円前後から購入できますので、比較的ローコストで視線入力を利用したコミュニケーションエイドを入手することができるようになったように思います。その結果、ローコスト視線入力装置を利用したコミュニケーション支援が広がってきています。
③特別支援学校における視線入力装置を利用したコミュニケーション学習(自立活動)の指導実践
④PowerPointで作ったVOCAコンテンツを視線で入力
筆者もローコスト視線入力装置を利用したコミュニケーション支援に取り組んできましたが、パソコンの画面にHearty Ladderやmiyasuku EyeCon SWの文字盤を表示して「さぁ、文字を打ってごらん」と言ってうまくいった試しはありません。その要因の1つとして、対象者の目の位置と視線入力装置との位置や距離を正しく設定(キャリブレーションと言います)できていないこと、すなわち固定のまずさが挙げられます。さらに、対象者が「やってみたい」と意欲的になれるようなコンテンツが提供できていないことが挙げられます。その2つを解消するためのコツを視線入力研究の第一人者である島根大学総合理工学研究科の伊藤史人さんがまとめてくれています。http://www.poran.net/ito/eye_learning_app その中で、伊藤さんは「視線入力は固定が8割」「失敗させないようにゲーム遊びから始めること」の2点を強調されています。そして、固定方法の紹介と共に、失敗させないゲームアプリEyeMoT(http://www.poran.net/ito/research/eyemot、http://www.poran.net/ito/research/eyemot-3d)を開発され、無償で提供しておられます。さらに、それらの工夫をまとめた資料映像を公開してくださっていますので参考になさってください。https://www.youtube.com/watch?v=wMFtJqyb4Po
視線入力は、つまるところパソコンのマウスポインターを視線で動かすことに他なりません。パソコンをジ?っと見つめていると、目が疲れて長い時間使えないという方もいらっしゃいます。顔を動かすことができるのであれば、その動かせる部位(例えば、おでこ、メガネのブリッジ)に反射シールを貼り付けて、赤外線で位置情報を読み取ってマウスポインターを移動させるというヘッドトラッキングシステムが使える可能性があります。
現在、Smart Nav4 とTracker Pro が入手可能ですが、前者はWindows PC用で、輸入代理店が取り扱いを中止しておりAmazonの在庫分しか購入できないようです。後者はWindows PCでもMac PCでも使えます。また、装置を使わずにノートパソコンの内蔵カメラを利用したヘッドトラッキングシステムもあります。使うにはコツが必要ですが、無料でダウンロードできるアプリですので、「とりあえずヘッドトラッキングを試してみたい」という方は試してみてください。 http://www.cameramouse.org/
④PowerPointで作ったVOCAコンテンツを視線で入力(動画)
コミュニケーションのきっかけは意欲
1989(平成元)年に出会ったAさんは、光GENJIとアニメが好きで「『ドラえもん』のように夢のある物語を書いてみたい」という希望をもった中学1年生の女の子でした。アテトーゼ型脳性まひと診断された彼女は、四肢および体幹の運動機能に重度な障害があり、日常生活を送る上で全面的な介助を必要としていました。また、構音障害があるために一生懸命にしゃべっても無声音になってしまい、「えっ?何て言ったの?もう一度言って!」と何度も相手に尋ねられてしまいます。何度も同じことを話そうとするのですが、結局は伝わらないことがほとんどです。鉛筆を持たせてもらえば筆記することはできますが、読み取りづらい文字になってしまいます(図20)。
したがって、年度当初のクラス替えがあると、新しい担任の先生に自分の思いが伝わらないために円形脱毛症ができたり、神経性の胃炎になって嘔吐を繰り返したりしていました。そして、中学2年生になったゴールデンウィーク明けから、ついに登校をしぶるようになってしまいました。当時、養護・訓練専科として全校からの相談を受けてその解決に当たっていた筆者は、担任の先生と母親から「Aさんが自分の意思を伝えるための手段が欲しい」という相談を受けました。
リハビリテーション工学関係の文献を調べたところ、当時はまだ珍しかったパソコンで文字を綴って意思を伝えることができる方法を知りました。ところが、Aさんには不随意運動を伴う重度の運動障害がありますので、パソコンのキーボードのキーを押し下げて入力するという細かな手の動きは無理でした。隣のキーを押してしまわないように、キーガード(キーの大きさに穴をあけた透明のアクリル板)も試してみましたが、持たせた棒で正確にポインティングすることは無理でした。横浜市総合リハビリテーションセンターに問い合わせたところ、「パソコンの画面に平仮名文字50音表を表示しておき、外部のスイッチ1個に入力するだけで文字をタイピングするシステムがあります。1度スイッチに入力すれば『あ』→『か』→『さ』→『た』→・・・の行が数秒ごとにハイライトされ、『た』の行がハイライトされた時に再びスイッチに入力すれば『た』→『ち』→『つ』→・・・の段が数秒ごとにハイライトされます。そして、『て』の位置で3度目のスイッチ入力をすれば『て』の文字がタイピングされるという仕組みです。このソフトウェアは【漢字Pワード】と言い、MSXパソコンで動作します。MSXパソコンにはゲーム用のジョイスティックポートがありますので、ジョイスティックを改造してトリガースイッチのコードを引っ張りだして外部スイッチを接続するようにしたら良いですよ。」と教えてもらいました。すぐに、MSXパソコンとジョイスティック、「漢字Pワード」を準備すると共に、彼女が入力しやすいスイッチ(フロッピーディスクのケースにマイクロスイッチを固定し、ケースのどこを押しても入力できるようにしたもの)を作りました。週に二単位時間の指導を行ったところ、理解力の高い彼女は使い方をすぐに覚え、質問事項(自分の名前、住所、好きなタレント、など)への回答や教科書の写し書きができるようになりました(図21)。
指導を始めて3週間ほど経った頃、タイピングの正確さもスピードも向上した彼女に「先生が指示したことはタイプできるようになったから、今日は自分の好きなことを書いてイイよ。」と促してみました。すると、彼女は力強くうなずいてパソコンの画面に向かいました。筆者は、彼女がどんなことを書くのかを楽しみにパソコンの画面を見続けました。ところが、5分たっても10分たっても、彼女は何も書こうとしないのです。不思議に思って、「なぜ、何も書かないの?」と尋ねたところ、彼女は「書きたいことがないっちゃん」とパソコンに綴ったのです。パソコンの画面に映し出されたその文字を見て、「Aさんが操作しやすいスイッチとパソコンがあれば、彼女は自分の意思を表現したり伝えたりすることができるはずだ」と考えていた筆者は、ハンマーで頭を殴られたような感じがしました。「そんなことなかろうもん。昨日、家に帰って何かしたやろう?」と尋ねると、Aさんは「なんもしとらん」と答えます。再び、「そんなことなかろうもん。テレビを見たり、夕飯を食べたりしたろうもん。」と尋ねたところ、「そういえば、テレビも見たし、夕飯も食べたけど...何を見たか、何を食べたかは覚えとらん」と答えるのです。授業が終わってから、このことをAさんの母親に話したところ、「たしかに、昨日は『お母さんといっしょ』を見ていましたし、ごはんも食べさせましたよ。それを覚えていないというのはどういうことでしょう?」と首をひねるばかりです。そこで、「『お母さんといっしょ』は、本人が見たかったのですか?」と尋ねたら、「学校から帰宅するとテレビの見えるところにAを寝かせて、私がテレビのスイッチを入れて『お母さんといっしょ』のチャンネルに合わせてます。これはAが小学生の頃から変わっていなくて、Aがテレビを観ている間に私は夕飯の支度をするんです。」という答えが返ってきました。この母親の返事で分かったのですが、Aさんは、見たい番組のチャンネルを自分で変えているのではないのです。つまり、テレビを見ているのではなく、見せられているのです。夕飯にしても同じように、自分で食べているのではなく、食べさせてもらっているのです。すなわちAさんは、テレビのチャンネルを変えたり食べ物を選んだりする場面だけでなく、日常生活のあらゆる場面において、常に受け身なわけです。
コミュニケーションを行うためには、自分の意思を表現・伝達する手段を身に付けるのと同時に「このことを相手に伝えたい」という意欲や意思が重要であると言われています。その意欲を育てるには、人・物・状況といった外界に対して自ら能動的に関わり、その結果を通して成功感や達成感を味わうことが必要であるとも言われています。しかし、重度な障害のある子どもたちは、外界に働きかけることが難しいため、成功感や達成感を味わうどころか、逆に失敗経験をくり返すことが少なくありません。つまり、Aさんは成功感や達成感を味わう機会が少ないために、書きたいという意欲や意思が思い浮かばなかったというわけなのです。
成功感や達成感を味わうことができずに失敗経験をくり返すと【どうせデキナイ】というあきらめの気持ちが生じ、外界への働きかけがますます減ってくると考えられます。このような状況は学習性無力感の獲得と呼ばれ、これを防ぐ必要があると指摘されています。したがって【自分にもデキルぞ】という経験を積ませ、意欲を高めていくことが大切だと思われます。
図20 Aさんが書いた文字
図21 パソコンで文章を綴るAさん
障害があっても◯◯デキルという視点
とは言え、障害の程度が重度であればあるほど外界に働きかけることが難しくなります。その結果、「どうせ、この子は○○デキナイ」とあきらめたり、「選べるはずがない」と決めつけたりしていないでしょうか?障害があるから○○デキナイという視点で障害が重度な子どもたちを評価すれば、「歩けないから買い物に行けない」「ページがめくれないから本が読めない」と考えてしまうことになります。したがって、彼らが何らかの活動を行う場合、支援者による援助が必要になってきます。例えば、花を育てている場面を想像してみてください。水の入ったジョウロを持って傾けることのできない子どもに「花に水をやってね」と頼む人はいないでしょう。その結果、支援者がジョウロを持って花に水をかけ、その子はかたわらでその様子を見ているだけになります。何とかその子にも花に水やりをさせてみたいと思う支援者であれば、子どもの手を包み込むようにしてつかみ、自分の手と子どもの手のすき間にジョウロの柄をはさみ込んで水をかけるという方法をとるかもしれません。また、子どもの手の上にジョウロの底をのせて、ジョウロを傾けさせようとするかもしれません。いずれにしても、障害のある子が自分自身の力だけで水の入ったジョウロを持って花に水をかけることはできないわけです。
一方、障害があっても○○デキルという視点は、【何でも良いからできることを探してみよう】【部分的にでもデキルことからやっていこう】という考え方です。この視点で人をとらえるには、何らかの行動を完璧なかたちで遂行することを目標にするのではなく、現在もっている能力で遂行できるかたちに置き換えてみる必要があります。それを具現化する方法として、シンプルテクノロジーの活用があげられます。
誕生会でバースデーケーキのロウソクの火を消すことを例に考えてみましょう。肢体不自由のため「フーッ」と息を吹いてロウソクの火を消せない子どもの誕生会では誰がロウソクの火を消していますか?たぶん、「この子にはできないから、周りの人がしてあげようね。」という発想で、周囲の人々が代わりに吹き消してあげていることと思います。ところが、子どもの得意な動きに反応するスイッチを扇風機に接続することができれば、その風でロウソクの火を消すことが誰でも簡単にできるようになります(図22)。誕生日の主人公が自らロウソクの火を消すことは当たり前のことです。しかし、「人の手を借りずに自分の力だけでやる」という古い自立観に縛られてきたために、この当たり前のことがずっと忘れられていたような気がします。また、障害があるためにHappy Birthday to you♪を歌うことや「お誕生日おめでとう」というお祝いの言葉が言えない子どもが誕生会に出席していたとしたらどうでしょうか?周囲の人たちが障害があるから○○デキナイという視点でとらえていれば、その子に「一緒に歌おうね」「お祝いの言葉を言ってあげてね」とは言わないでしょう。その結果、「自分も友達を祝ってあげたいなぁ」と思っていても、その思いがうまく伝わらないかもしれません。ところが、障害があっても○○デキルという視点でとらえれば、「この子はしゃべることはできないけれど、○○(例:頭を動かすこと、指を動かすこと、etc...)はできる。だから、歌や言葉を録音した機器を用意して、得意な動きに反応するスイッチをつないだらどうだろうか。」と考えるようになります。すると、周りの子たちがHappy Birthday to you♪の歌を歌うときに、その子も参加できるようになります。さらに、その子がスイッチに入力したために聞こえてくる歌に合わせて、周りの子どもたちが歌い始めるという進行係になれるかもしれません。テクノロジーの効果と言うよりは、発想の転換がこの問題を解決してくれるのです。
このように考えてみますと、障害があっても○○デキルという視点が、障害のある子どもたちの生活を受動的なものから能動的なものへと変えていくきっかけになると思われます。日常のいろいろな活動に部分的にでも参加することを考えてみてください。きっと、デキルことがたくさん見つかるはずです。
図22ハ?ーステ?ーケーキのロウソクの火を消す
シンプルテクノロジーで能動的に活動する
生まれたばかりの赤ちゃんは、おっぱいを飲ませてもらったり、衣服によって体温を調節してもらったり、清潔を保ってもらったりしてもらわなければ生きていけません。すなわち、常に受け身的な存在であるわけです。しかしながら、赤ちゃんは泣くことによって母親に不快な状況にあることを知らせて、オムツの交換や授乳、抱っこといった適切な対処をしてもらっています。重度な障害のある赤ちゃんの中には、泣き声がたいへん弱いために、不快な状況が母親に伝わらない場合があります。【泣く】という外界の働きかけに対して、誰も応答してくれないという状況が続けば、「どうせボクが泣いても誰も来てくれないや。」というあきらめの気持ちが生じ、【泣く】ことに限らず外界への働きかけが減ってしまうかもしれません。本来は、知的には障害がなかったかも知れない赤ちゃんでも、泣き声が弱くて誰からも気づかれなかったために学習性無力感を獲得してしまい、その結果、発達が遅れてしまった子がいるかもしれないと想像されます。
子どもは、さまざまな遊びを経験しながら心身を発達させていきます。その遊びを拡大する要素の一つがオモチャと言われています。ところが、重度な障害のある子どもにとって、オモチャを自ら手にとって遊ぶことは容易ではありません。もちろん、支援者の方々がオモチャを介して子どもたちと遊んでおられます。しかし、どんなに子どもたちが楽しんでいるようであっても、そのほとんどはオモチャを見せてもらう、動かしてもらうといった受動的な遊びになってしまいがちです。一方、身体を動かすことに困難さがあるとは言え、どこも動かせないという子どもはいないはずです。指を少し曲げたり、か細いけれども声を出したり、頭をほんのわずか動かしたり、と微弱ながらも動かせる部位があるはずです。近年、さまざまな動きに反応するスイッチ類が各種開発され、入手しやすくなってきました。さらに、乾電池で動くオモチャや家庭電気製品にスイッチ類をつなぐためのアダプターやタイマー装置なども販売されています。これらの装置を組み合わせること(「シンプルテクノロジーシステム」と呼ばれています)によって、子どもの得意な動きで、さまざまな活動に対して能動的に取り組めるようになってきます。
乾電池で動くオモチャの中には、子どもたちの遊び心を満足させる物がたくさんあります。列車や飛行機、鳴きながら歩く動物、シャボン玉を作るオモチャなど、数え上げればきりがありません。それらのオモチャにシンプルテクノロジーシステム(乾電池の場合はBDアダプター とSwitch Latch and Timerと外付けスイッチの組み合わせの組み合わせになり、AC電源の場合はウゴきんぐと外付けスイッチの組み合わせになります)を利用すれば、子どもたちが能動的に遊べるようになります(図23、24参照)。スマートデバイスの普及に伴い、乾電池やAC電源で作動する機器をスマートデバイスで操作することができるIoT製品登場してきました。そのうちの1つ【Mabeee】は、乾電池で作動するオモチャなどをスマートデバイスのアプリで操作できる機器です。BDアダプターが挿し込みづらいオモチャなどに使いやすいのでオススメです。
また、シンプルテクノロジーシステムは、子どもが何らかの役割を担当したり、活動に参加したりする手だてにもなります。ラジカセにつないだスイッチを操作して歌の伴奏をしたり、マッサージャーにつないだ外部スイッチを操作して肩叩きをしたり、ミキサー等につないだ外付けスイッチを操作してジュースを作るお手伝いをするなど、発想次第でいろいろな役割を担当することができるのです(図25参照)。また、四肢マヒがあるためにホウキや雑巾を持てない子どもであっても、電動車いすの先に付けたモップで床を磨くことができますし、水鉄砲で黒板に水をかけることができるかもしれません。つまり、自分一人では掃除ができないけれども部分的にでもその活動に参加することによって、自分も参加できる喜びや責任感を味わうことができるようになるわけです。
図23 乾電池で動くおもちゃをON/OFFするためのシンプルテクノロジー
図24 AC電源で動く家電品をON/OFFするためのシンプルテクノロジー
図25 ハンドミキサーのスイッチ係
褒められる・認められる・感謝される...もう一歩進んで依頼される立場になろう
今まで「この子にはデキナイ」とあきらめていた活動がテクノロジーを利用して可能になってきた時、さまざまな変化が見られます。子どもたちの心の中には、喜びや成功感、達成感といった気持ちが芽生えるだけでなく、「自分にもデキルゾ」という自信が湧いてきます。さらにもっと大きく変化するのが、周囲の人々がその子を見る目です。寝たきりで反応があまり見えにくい子どもが、スイッチ1個で制御できる電動カーで校舎内を回っていると、出会う先生は皆「うわぁ、スゴイねぇ」と、言葉だけでなく頭をなでたり手を握ったり、全身でその子を褒めちぎります。前もって「褒めましょう」と取り決めしているわけではありませんが、「自分で移動することなんてデキナイだろう」と思っていた子が電動カーを乗り回しているのですから、誰もが自然に褒めてしまうのです(図26)。
褒めた先生の心の中には驚き以上に、「この子はデキルんだ」というその子の能力を認める気持ちが生じたのです。筆者が出会った子どもたちの中には、自宅でハンドミキサーのスイッチ係を担当して料理の手伝いをする子や、マッサージャーのスイッチ係を担当しておじいちゃんの肩たたきをしてあげる子どもがいます。このようにテクノロジーを利用することで、家族の中でその子の役割ができる、その結果「家族の一員としてかけがえのない存在である」と改めて認められることになるでしょう。
また、自宅や学校でお手伝いができるようになると「ありがとう」「助かったよ」などの感謝の言葉をかけられます。障害のある子どもたちは「~してください」とか「ありがとうございます」といった言葉を小さい時から覚えさせられることが多いようです。これは仕方のないことなのでしょうが、常に依頼ばかりの立場というのは、気がねや遠慮という気持ちを生み、ひいては消極的な態度を育てることにつながるのではないでしょうか。いつも感謝・依頼する立場が、感謝・依頼される立場に逆転した時、その子の心の中にはきっと喜び以上の心の躍動が芽生えるに違いありません。
人は、褒められる・認められる・感謝される・依頼されると、誰しも「次もがんばるぞ」といった意欲が湧いてくるものです。どんなに重度な障害があっても、能動的にオモチャに関わって遊んだり、毎日責任を持って役割を担えたりすることは素晴らしいことですし、彼らの意欲を育てる上でたいへん重要なことであると思います。
さあ皆さん、「この子には障害があるから・・・・」とあきらめるのではなく、テクノロジーを活用して、その子のデキルことで意欲を高め、コミュニケーションを拡げていきましょう。
図26 ワンスイッチ電動カーで学校内を回る
図27 Mabeeeを内臓したお掃除ロボットで机の上を掃除する
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