パシフィックニュース
膝OAに対する最新の治療戦略 前編
装具
医療法人社団淳朋会 変形性関節症センター センター長
千葉大学大学院医学研究院整形外科学 客員教授 渡辺淳也 先生
<監修>京都大学大学院医学研究科整形外科 教授 松田秀一 先生
2021-03-15
炎症を制御する必要性
我が国では、レントゲン上変形性膝関節症(膝OA)が認められる症例が2400万人いると報告されている1)。また実際に膝の痛みを有する患者も820万人いるとされ、高齢化が進む中で社会問題化している。荷重関節である膝関節にOAを生じると、慢性的な痛みによるADLの低下、筋力低下、関節拘縮、骨粗鬆症、廃用性症候群、鬱状態といった病態が発生し、悪循環を来す。このため、膝OAの治療においては、まず慢性的な痛みを緩和することが重要である。
膝OAに伴う痛みは、侵害受容性疼痛に加え、神経障害性疼痛や心因性疼痛などが関与するとされる。痛みの主体となる侵害受容性疼痛に対しては、一般に運動、筋力トレーニング、減量などの非薬物療法による膝関節への物理的なアプローチに加え、NSAIDsの内服や外用、アセトアミノフェンの内服などの薬物療法が用いられる。神経障害性疼痛は、亜急性期から慢性期の症例において、侵害受容性疼痛に合併しやすい。侵害受容性疼痛に対する保存加療では、プレガバリン、デュロキセチン、三環系抗うつ薬が用いられる。また一定の割合で心因性疼痛も関与していると言われており、対象となる症例の痛みはどの原因によるものかを常に考えながら治療に当たる必要がある。
治療においては、痛みの緩和に加えて、膝OAの進行を抑制するための中・長期的な治療戦略が重要である。膝OAでは軟骨変性の進行に伴って関節変形も進行することが知られており、膝OAの進行抑制には、軟骨変性の抑制を目的とした対策が有効である。軟骨変性を進行させる要因として、関節内の炎症が大きく関与することが知られている。何かの要因で軟骨が破壊されると、その分解産物が滑膜に取り込まれ、マクロファージに貪食される。マクロファージや好中球から産生された炎症性メディエーターが放出されると、さらに残存軟骨の破壊が進んでしまうという悪循環を繰り返す2)。炎症性メディエーターによるコラーゲンやプロテオグリカンの分解を抑制するため、関節内の炎症をなるべく早く抑えることが重要である。
関節内の炎症は、膝OAの重症度とは必ずしも相関しないことが知られている。関節水腫を認めるOA膝では、進行期と比較し、早期のほうが関節液中の炎症性メディエーター濃度が高いとの報告もあるため3)、軟骨の破壊を防ぐためには、膝OAのより早期から炎症を制御する必要がある。また、膝OAにおける下肢のアライメント、及び関節内のIL-6濃度と疼痛スコアについての関連について、早期の膝OAでは炎症を反映するIL-6濃度が疼痛スコアと相関し、進行期・末期の膝OAでは下肢のアライメント異常が疼痛スコアと相関することが報告されている4)。したがって早期の膝OAほど、疼痛と軟骨破壊の抑制のため関節内の炎症を制御することが重要と考えられる。炎症の抑制方法として、急性の一過性の炎症であれば、NSAIDs経口投与、ステロイドの関節内投与などの薬物療法の他、安静、装具や杖の使用などによる物理的な負荷の軽減が行われる。しかし慢性的な炎症は原因が多岐にわたり抑制が必ずしも容易ではない。したがって長期的な薬剤投与によらない、運動療法や装具などを用いた長期的な介入が必要となる。
1)50歳以上の有痛OA患者は820万人以上と推計。K-L分類II以上は2400万人と推計:ROADプロジェクト
( Muraki S, et al. Osteoarthritis Cartilage. 2009 )
2)破壊された軟骨片は滑膜に取り込まれ、マクロファージに貪食される。
これによりマクロファージや好中球から炎症性メディエーターが放出されるとさらに残存軟骨が破壊が進む。
( Mathiessen A, et al. Arthritis Research & Therapy. 2017 )
3)関節水腫を認める膝OAでは、進行期より早期のほうが関節液中の炎症性メディエーター濃度が高い。
( Benito MJ, et al. Arthritis Research & Therapy. 2005 )
4)早期の膝OAでは関節内の炎症が疼痛スコアと相関し、進行期・末期の膝OAでは下肢のアライメント異常が疼痛スコアと相関する。
( Shimura. Y, et al. Osteoarthritis Cartilage. 2013 )
内側免荷装具の効果
膝OAにおける下肢アライメント不良は、膝関節痛の原因となるだけではなく、OA進行リスクを増大させることが知られる5, 6)。下肢内反アライメント異常を伴う膝OAでは、内側免荷装具は疼痛の抑制に有効であり、特に薬物治療が奏功しない症例や、慢性期の症例では重要なオプションとなる。内側免荷装具の力学的効果として、膝内転モーメントを抑制することが示されており、これにより疼痛の抑制だけでなく、関節内の炎症の消退や膝OAの進行抑制に効果を有する可能性がある6)。
内側免荷装具は、軟性装具、硬性装具に分けられ、さらに製品により拘束性に大きな違いがある。近年では膝関節の伸展により膝外反矯正力を発生し、膝関節内側区画を免荷する機能的外反装具が登場し、良好な臨床成績が報告されている7,8)。一般に拘束性の高い装具では、装着の継続性に問題が起こる事が危惧されるが、この装具では比較的良好な装着継続率を示したとされる。
従来より内側免荷装具は、比較的高齢の慢性期OA症例に用いられることが多かったが、免荷効果の高い装具では一時的な免荷が重要な軟骨修復術術後の症例、半月板縫合術後の症例、特発性骨壊死症例、離断性骨軟骨炎症例などにも有効と考えられる。特に特発性骨壊死は高齢者に
好発することから、通常の松葉杖などによる免荷が困難な症例では、装具による免荷が有効と考えられる。
5)アライメントの不良は膝OAの進行と、身体機能の低下を加速させる。
( Sharma L, et al. Arthritis & Rheumatology. 2014 )
6)内転モーメントが1%増加すると、膝OAの進行リスクは6.46倍増加する。
( Miyazaki T, et al. Ann Rheum Dis. 2002 )
7)内側免荷装具は膝内転モーメントを抑制する。
( Petersen W, et al. Arch Orthop Trauma Surg. 2016 )
8)機能的外反装具は膝OA症例における疼痛抑制、及び関節機能の向上に有効である。
( Hjartarson HF, et al. BMC Musculoskelet Disord. 2018 )
執筆者プロフィール
渡辺淳也
千葉大学大学院医学研究院整形外科学 客員教授
1996年 千葉大学医学部卒業
1996年 千葉大学医学部附属病院整形外科
2005年 スイスベルン大学付属病院放射線科
2006年 帝京大学ちば総合医療センター放射線科准教授
2008年 ハーバード大学医学部 客員准教授
2009年 帝京大学ちば総合医療センター整形外科准教授
2012年 帝京大学ちば総合医療センター 先進画像診断センター センター長
2014年 千葉大学大学院医学研究院総合医科学講座 特任准教授
2016年 千葉大学大学院医学研究院総合医科学講座 特任教授
所属学会
1. 日本整形外科学会
2. 日本磁気共鳴医学会(理事)
3. 日本関節鏡・膝・スポーツ整形外科学会(評議員)
4. 膝関節フォーラム(世話人)
5. 関東膝を語る会(世話人)
関連情報
© 2017 Pacific Supply Co.,Ltd.
コンテンツの無断使用・転載を禁じます。
対応ブラウザ : Internet Explorer 10以上 、FireFox,Chrome最新版 、iOS 10以上・Android 4.4以上標準ブラウザ