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パシフィックニュース

目的別分類に基づいたスプリント作製について(最終回)

スプリント

リハビリテーション

目的別分類に基づいたスプリント作製について(最終回)

北海道文教大学医療保健科学部リハビリテーション学科作業療法学専攻
作業療法士 白戸 力弥

2024-10-01

2024年3月15日号のパシフィックニュース1)では、スプリントの目的別分類の1.固定・支持、2.保護・予防について、また同年7月1日号のパシフィックニュース2)では3.矯正、4.訓練について説明した。最終回の本号では、スプリントの目的別分類の5.代償と6.模擬について述べる。

5.代償

末梢、または中枢神経麻痺等により障害された機能を補う目的で作製される。末梢神経麻痺に対する代償目的のスプリントの例として、高位橈骨神経麻痺による下垂手(手関節伸筋群および母指・手指伸筋群の麻痺)に対する母指・手指MP関節伸展補助用動的スプリント(図1)があげられる。このスプリントは動的スプリントの土台となる背側型カックアップスプリントにより手関節を機能的肢位である軽度伸展位に保持し、同時に母指と手指基節部のカフ牽引により、これらのMP関節伸展機能を補助することで、手の使いやすさを向上させるものである。また、このスプリントの装着により不良肢位での関節拘縮を予防すると同時に、拮抗筋である母指・手指屈筋群の伸張性を確保することができる。一方、後骨間神経麻痺による低位橈骨神経麻痺では、長橈側手根伸筋の作動により手関節橈屈伸展運動が可能であるが、母指・手指MP関節伸展運動が困難となる下垂指を呈する。この下垂指には、母指・手指MP関節の伸展補助を目的に、スパイダースプリント(図2)が用いられる。また、低位正中神経麻痺で、母指球の筋萎縮・筋力低下による対立障害(猿手)を認める場合には、対立つまみが可能となるよう母指対立位を補い、この肢位を保持するための短対立スプリント(図3)を適用する。
中枢神経麻痺では、C6機能残存レベルの頚髄損傷に対し、機能的把持装具であるRIC(Rehabilitation Institute of Chicago)スプリント(図4)が用いられる。このスプリントは手関節伸展運動による手指屈筋群の動的腱固定効果を補強し把持機能を高めるものであり、手関節伸筋群の筋力がMMT 3以上であることが適用条件となる。
その他として、手指基節骨骨折後やZoneⅢまたはⅣの手指伸筋腱断裂修復術後の伸筋腱のゆるみや癒着により生じるPIP関節の伸展不足には、コイルスプリント(図5)が用いられる。このスプリントの装着によりPIP関節を伸展位に補助し、伸筋のゆるみや癒着の軽減を期待するものである。




図1 高位橈骨神経麻痺に対する母指・手指MP関節伸展補助用動的スプリント
ベースの背側型カックアップスプリントには、オルフィットソフトNS厚さ 3.2mmを使用した。長・短母指伸筋に加え、長母指外転筋が麻痺するため、やや橈側外転方向から母指基節部を牽引するのがポイントである。



図2 スパイダースプリント
市販の太さ1.0mmのピアノ線を使用した。





図3 低位正中神経麻痺に対する短対立スプリント
a:左手首切創による低位正中神経麻痺により、短母指外転筋の萎縮を認めた(矢印)。
b:左手のPerfect Oサインが困難である。
c:母指を対立位に保持(短母指外転筋の機能を代償)する目的に短対立スプリントを作製した。スプリント素材は、厚さ2.6mmを使用した。



図4 頚髄損傷に対するRICスプリント
a:手関節伸展による手指屈曲運動。手関節伸展によりスプリント掌側に設置した非伸縮性糸の緊張により連結する手指背側パーツに牽引が加わり、手指が屈曲する仕組みである。
b:手関節屈曲による手指伸展運動



図5 PIP関節伸展補助用コイルスプリント
市販の太さ0.7mmのステンレス鋼線を使用した。

 

6.模擬

手術後に得られる機能状態をシミュレート(模擬)して術前から運動学習を促すために使用するもので、パイロット(pilot)スプリントと呼ばれる。一般的には母指欠損に対するwrap around flapやtoe-to-thumb transferといった母指再建術前に、スプリント材で模擬的な母指を作製し、再建する母指長や角度の目安とするために用いられる。また、特定の関節の固定術前に至適固定角度を検討する際にも、パイロットスプリントが用いられる3)。さらに、母指切断後に再建術が施行できなかった症例に対し、パイロットスプリントを「機能的スプリント」として代償的に適用した報告もある4)。以下に症例を供覧する。

 

<症例1供覧>
【診断名】左母指・示指・中指切断
【現病歴】機械での作業中に、左手を巻き込まれ受傷した。
【経過】切断指の挫滅が著しく、断端形成が施行された(図6a)。母指機能再建を検討するため、パイロットスプリントを作製した(図6b)。母指の長さと角度は、残存指である環指と小指と対立つまみが可能となるように調整した。スプリントの母指部の先端には滑り止めシートを貼付することで、細かなつまみ動作が可能になった。最終的には本人の家庭の事情により、母指再建術に至らなかった。



図6 母指切断に対するパイロットスプリント
a:受傷時X線像
b:パイロットスプリント(スプリント厚さ1.6mmを使用)



 
<症例2供覧>
【診断名】左腕神経叢損傷、左上腕骨骨幹部骨折
【現病歴】ベルトコンベアに巻き込まれ受傷した。
【経過】手関節伸展機能の再建目的に、円回内筋を短橈側手根伸筋腱に移行する腱移行術が行われた。この腱移行術により、手関節伸展に伴う長母指屈筋の動的腱固定効果の獲得に至り、側方つまみが可能になった。この動的腱固定効果を補強する目的で母指MP関節固定術が計画された。そこで術後に得られる効果を模擬するために、母指MP関節固定用のパイロットスプリント(図7a)を作製した。このスプリントの装着により、動的腱固定効果による側方つまみの機能向上が認められたため(図7b)、母指MP関節固定術が施行された。術後はさらに細かい側方つまみが獲得できた(図7c)。




図7 母指MP関節固定用パイロットスプリント
a:パイロットスプリント(スプリント厚さ1.6mmを使用)
b:パイロットスプリントを装着しての術前評価
c:母指MP関節固定術後評価
 
以上、本号を含め3回に分けて「目的別分類に基づいたスプリント作製について」を述べた。作製する目的が必ずしも1つに限らず、複数の目的を期待して作製されることもある。是非、「どのような目的でスプリントを作製するか」の観点からスプリント作製を実践する際に、本号を含めた3回のパシフィックニュースを参考にしていただけたら幸いである。

 

文献

  1. P-News 2024.3.15号:目的別分類に基づいたスプリント作製について(第1回)
  2. P-News 2024.7.1号:目的別分類に基づいたスプリント作製について(第2回)
  3. 小川倫永子ほか:パイロットスプリントを用いた母指CM関節固定角度の検討が術後の機能獲得に有効であった症例.日本ハンドセラピィ学会誌10(4):142-146,2018.
  4. 大場耕一ほか:母指切断指に対する機能的スプリントの実際とその有用性.作業療法 20(3):261-268,2001.

執筆者プロフィール



白戸 力弥(しらと りきや)
作業療法士
お問合せ:rshirato@do-bunkyodai.ac.jp
北海道文教大学HP:https://www.do-bunkyodai.ac.jp/

 <所属>
北海道文教大学医療保健科学部リハビリテーション学科作業療法学専攻 教授

同大学大学院リハビリテーション科学研究科リハビリテーション科学専攻 教授
北海道済生会小樽病院手・肘センター 非常勤作業療法士

<略歴>
2000年 昭和大学医療短期大学作業療法学科卒業
     横浜新都市脳神経外科病院
2001年 聖隷浜松病院
2007年 札幌医科大学附属病院
2015年 北海道文教大学人間科学部作業療法学科 准教授
2016年 札幌医科大学大学院 医学研究科 分子・器官制御医学専攻器官機能治療学領域 整形外科学修了(医学博士)
2020年 北海道文教大学人間科学部作業療法学科 教授
 
<主な所属学会等>
一般社団法人 日本作業療法士協会(認定作業療法士)
一般社団法人 日本ハンドセラピィ学会
一般社団法人 日本手外科学会
一般社団法人 日本肘関節学会
公益社団法人 北海道作業療法士会

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