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パシフィックニュース

コミュニケーション障碍の支援②~コミュニケーション支援の始まり~

AAC(コミュニケーション)

コミュニケーション障碍の支援②~コミュニケーション支援の始まり~

コミュニケーション障碍の支援②~コミュニケーション支援の始まり~

日向野和夫(KAWAMURAグループ・元川村義肢株式会社)

2018-11-01

第2回は意思伝達装置機器、情報発信の変遷をお伝えいたします。

情報発信の始まり

意思伝達装置の用語がない30年位前には「コミュニケーションエイド」と称された時代に、朝日新聞厚生文化事業団が全国各地で啓発活動の展示会を開催し、フレンド社(くるくるコール君)、キヤノン(キヤノン・コミュニケータ)、ナムコ(トーキングエイド)などと共に試作段階の「漢字Pワード」を広める活動を展開してきました。
 
当時のパシフィックサプライ株式会社は、コミュニケーションエイドのカタログもない時代、販促推進に向けてパシフィックニュースにコミュニケーションエイドの特集を企画提案し、特集を数度に及び発行する状況となりました。


【画像1】1990年9月発行の特集号のパシフィックニュース (VOL59)

漢字Pワードが表紙を飾るパシフィックニュースVOL.59をカタログ代わりとして持ち歩き、筆者の所属先の東京営業所ではまずは医療スタッフへコミュニケーションエイドのPR活動を積極的に行ってきました。

 

【画像2】操作スイッチの紹介記事

【画像2】操作スイッチの紹介記事(VOL.49)

当時の操作スイッチ群の紹介記事ですが、コネクターは全てD-sub9ピンの形状で、電源を必要とする機種はパソコン本体から供給される仕様となっており、ACアダプターは不要でした。

脳性麻痺向けの操作スイッチが主流を占め、入力方法にジョイスティックで操作ができる入力方式は意志伝達装置に標準装備されていました。これらは概ね、兵庫県立総合リハビリテーションセンターの開発によるスイッチ群です。

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【画像3】コミュニケーションエイド特集のパシフィックニュース

【画像3】コミュニケーションエイド特集のパシフィックニュース(VOL112.113.114)


2001年2月発行のパシフィックニュースVOL.112では歴代社長の写真が表紙を飾り、コミュニケーションエイドの特集記事の連載が続いた時期でもありました。

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【画像4】関東圏カタログ

コミュニケーションエイドのカタログの発展に繋がる東京営業所の手作りのカタログは「コミュニケーションエイド」「パソコン入力支援機器」「電動玩具関連」「操作スイッチ」の4種類で、その配布量は相当数になりました。
関東圏に限定配布されたカタログは、施設学校などへ積極的に配布したこともあり、関東圏限定の取り扱いでありながら、カタログコピーを関東圏外の関係者が入手していたことに驚かされました。それだけ関係者は情報を求めていたのだと思われます。

 

【画像5】コミュニケーションエイドのカタログ(右から1991.1994.1997.1999年発行)
 

やがて本社にAAC担当部門が設置され、カタログ作成など情報提供の本格的な活動が始まり、コミュニケーションエイドのカタログは、VOCAやパソコン入力支援関連などその時代を反映した内容に編成をされていました。

【画像6】コミュニケーションエイドのカタログ
【画像6】コミュニケーションエイドのカタログ
   (1999年9月発行)

コミュニケーションエイドのカタログに記載された操作スイッチのコネクターは、今日のような3.5φのモノラルケーブルに変わり、電源を必要とする機種はACアダプターなど操作スイッチがモジ
ュラー化される形態に変化を遂げています。

ジェリービンスイッチなどが爆発的な販売数となったのは録音再生型のVOCA(Voice Output Communication Aid)や電動玩具などの普及と関係をしていたのだと思います。


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【画像7】事例紹介
【画像7】事例紹介 (VOL.115)

脳性麻痺や高位けい損、頭部外傷の方々の機器活用の事例紹介の特集を記載したこともあります。


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本格的な情報発信の契機

ウィスコンシン大学マジソン校のトレースセンターが発行していた「リソースブック」を香川大学(当時)の中邑賢龍氏が日本に紹介し、1993年頃から日本版の「こころリソースブック」の編集が、日本における本格的な情報発信の先駆けとなりました。やがて書籍からWebへメディアは移行し、「こころWeb」はポータルサイトとして多くの人が機器や関係機関に関する情報を簡単に手に入れることが出来る画期的な変化を起こしました。

それまでは特定の人が海外などの情報を独占していた状況にあり多くの人は、その人との接点がなければ決して有益な情報を入手することができなかった状態だったのです。米国では1980年代にすでに米国言語聴覚士協会(American Speech Language Hearing Association :ASHA)が提唱していたAACの概念/思想があり、米国では多数のタブロイド版の出版物が情報発信の役割を担っていました。
 

ATACカンファレンス
Assistive Technology & Augmentative Communication(略称:ATAC)は、米国のミネアポリスで毎年開催されるCTG(Closing The Gap)を参考にして始まった1997年高松市でのカンファレンスの開催が、日本での関係者が一同に集う本格的な情報交換の場と交流の場の始まりでした。開催当初は全国の情報通信メーカーが肢体障害だけでなく、感覚器障害(視覚・聴覚など)の機器が網羅された画期的な展示会は壮観を呈していました。
 
1980年代後半に日本でも言語療法士(当時のSTの名称)の方が「AAC」を刷り込んだ名刺を使用されていたことが記憶として残っています。
 
 
注)
パシフィックサプライ(株)では用語を「コミュニケーション・エイド」ではなく、「コミュニケーションエイド」と記述しており、この連載ではそのまま使用しています。
 
参考資料
こころリソースブック
http://barrierfree.nict.go.jp/topic/service/20051007/page2.html 

 
次回、連載・コミュニケーション障碍の支援③は2019年2月1日掲載予定です。