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被災地宮城県の今に思う 震災特集7 特別寄稿

震災特集

被災地宮城県の今に思う  震災特集7  特別寄稿

被災地宮城県の今に思う 震災特集7 特別寄稿

川村義肢株式会社 車椅子・姿勢保持課 車いす安全整備士 大西 弘

2013-01-01

前号(Vol.150)に引続き、当社社員の大西主任技師から被災地・宮城の今をお伝えする。前回は、2011年10月JASPA東北復興車いすメンテナンスチームの一員として被災地に向かったが、今秋、単独で再び被災地を訪れている。
1年経過した被災地のレポートから考えさせられることは、これからの被災地と、どのように向き合い支援するのか。その問いに支援側として着目していきたい。
支援の形に大小はない。『行動したら本当の答えが見えるものです』現地で聞いたこの言葉が私たちの迷いをも払拭してくれたように感じる。

宮城県東松島へ

昨年10月に宮城県東松島を訪れてから1年が近づき、あれからどのようになったのか気になり9月の連休を利用して家族と共に宮城に向かうことにしました。東北道を利用して片道800キロ以上の行程です。
当時は、この道を走りながら被災地の家族や友人のことを想いながら東北へ向かう車を運転していたのだろうかと、ふとそんな事を考えながら宮城に向かいました。

山形にて宿泊

宮城での宿泊予定でしたが、どこも満室で空きがなく山形県の蔵王にあるロッジにお世話になりました。
オーナーと話を交わし、復興の状況など現地の情報を聞きながらその時、スキーインストラクターをされている青年が当時の話をしてくれました。震災後に予約がすべてキャンセルになり、急遽、仕事を片付けボランティアで宮城に向かったそうです。

話を聞くなかで、自分の中で答えの出せなかったことなどを話してみると彼は簡単に笑顔で答えてくれました。
「行けば、何とかなりますよ !」

行動に移さないと考えているだけでは、答えは出ませんよね…

「行動をしたら、本当の答えが見えるものです」彼との会話で自己の思いが杞憂へと変わっていきました。翌日、東松島の野の蒜びるへ向けて早めにロッジを出ると、眼下に雲海が広がっていました。

景色を眺めながらの運転でしたが、ここから一気に下山するコースになると車中では子供たちが「耳が痛い~」「雲で前が見えない~」「寒い~冷たい~!」大騒ぎです!

写真

少しずつの変化

高速に乗り継ぎ仙台湾北インターチェンジから、海岸線に東松島野の蒜びるへ向かうルートです。
途中で秋祭りを目にしたり、日本三景の松島も観光の渋滞で活気がある様子でした。
野の蒜びる駅に近い所で、昨年訪れた時は津波の被害に遭った田畑が色づく風景を目にした時は、さすがにうれしい気持ちになりました。大変な苦労があったと思います。でも収穫が本当に楽しみですよね!

野蒜駅から、記憶を辿り移動を始め、昨年訪れて気になった所を探しました。

それは、少し倒れかかった門柱でしっかりと『主の名』が刻まれています。私には門柱が踏ん張って、主の帰りを待ちわびているように見えました。主は無事に避難されていると思いますが、今年も門柱はそのままでした。

移動中に野蒜で飲食店が開店していました。話を聞くと規制で新築の許可が出ないことや問題がまだまだありそうですが、店先にカキの養殖の準備がされている様子など見ると少しずつですが、復興に向けた変化が見受けられる部分がありました。青い空と稲穂の緑から実りの黄色に変化する、絶妙な色合いできれいな風景が印象的でした。

野蒜から45号線を走り、石巻市へ向かいましたが昨年と同様の場所が多くありました。被害の大きさを改めて知ると共に復興が困難な様子も感じられ積み上げられた廃棄物など、サビが進行して昨年からの時間経過がたやすく感じとれます。

道を外れるとまだ、津波の傷跡が残る場所も多くあります。

子供たちを連れて訪れましたが、『直接現状を見て』『被災地の声を聞いて』感じて考えることが出来ればと、その時々に多くは語らずに訪問を終えました。子供なりに気付いたことはあったと思います。何もせずに判断したり無関心より、行動して答えを求めて悩んで欲しいと思います。

復興への道はまだまだ、遠いかもしれませんが1年に1度のペースで東北へ向かおうと考えています。
少しずつの変化でも、皆さんの頑張りを共に喜び感じられるように。

稲穂がきれいに実っている

飲食店で休憩

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