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スウェーデンの障害者の暮らし 連載4
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リハビリテーション
― リハビリテーションとケアの真のあり方を探る ―
最低生活保障額制度とケア費の自己負担額
医療法人錦秀会 阪和第二泉北病院 リハビリテーション部 部長山口 真人
2013-10-01
最低生活保障額制度とは
重度の障害をもつ人や高齢者は、現役時代と違って勤労所得は得にくく、年金や各種の補助金を主な収入源として生活している。その上、ケアサービスなどを受ける機会も多いため、しっかりとした社会保障制度がなければ支出は嵩み、人間的な生活を送ることは難しくなる。
そうならないために、スウェーデンでは、障害者や高齢者の年金制度や各種補助金制度を堅実なものにするとともに、彼らの日常生活を金銭的に保障する「最低生活保障額(minimibelopp)」制度を導入している。
この制度は、毎月の年金や各種補助金の手取り額から最低限の生活費を真っ先に確保するというものである。この額は、物価基準額を考慮して国が毎年1月に改定している(微増が多い)。2013年の額を表1に示した(1クローナ=15円、以下同じ)。暮らし方(夫婦か独居か)と年齢の組み合わせで額が決まる。(表1)
生活費には、飲食品、衣服や靴、衛生用品、消耗品、新聞・電話・テレビ受信、家具や家庭用品、住宅保険、電気、旅行、薬・歯の治療・外来診療などの費用が含まれる。
◇ケア費の自己負担額と住居費は別枠
一方、この最低生活保障額にはケア費の自己負担額や住居費は含まれない。また、年金額が非常に少なく、最低生活保障額を確保すると残金が足りなくなるという場合には、ケア費用の減免や家賃の補助があるので、最低生活保障額は常に確保される仕組みになっている。
以上のように、最低生活保障額は、あくまで日常の生活費を賄うためのものである。よって、収入が少ないからといって、必要なケアを受けられないとか、地域給湯暖房システム(註1)が機能する普通の住宅に住めないといった問題は起こらないわけだ。
スウェーデンの在宅ケアにおいては、ホームヘルパー(その多くが准看護師の資格を有する)が頻繁に訪問するが、彼(女)らも障害者や高齢者に対してルーティーンのリハビリを施す場合が多い。(註2)即ち、リハビリがケアの重要な一部分になっているわけである。よって、最低生活保障額にケアの自己負担費用が含まれないということは、それだけリハビリの頻度が増え、心身機能も維持・向上する可能性が高まると言えよう。
ケア費の自己負担額は少額
ところで、ケア費の自己負担額には最高限度額が設定されている。これは、どんなに重度のケア―例えば、日中十数回にも及ぶホームヘルプサービス、夜間巡回サービス、弁当配達サービス(弁当代は別)、デイサービス、レスパイト目的の短期施設入所などのすべて―を受けても、それ以上支払わなくてよいという金額である。毎年改定され(微増が多い)、2013年は月額1,780クローナ(約26,700円)である。
さらに、前述したように、ケアの費用に対する自己負担額は、年金等の手取り月収から最低生活保障額と住居費を引いた額(「ケア費に対する自己負担額の余地」と呼ぶ)をもとに算出されている。これらにより、収入が少ない人も必要なケアを受けられるようになっている。
作業療法士(右)の援助を得てアパートでクラス多発性硬化症の女性
◇ケア費の自己負担額の算出方法
以下、保健福祉庁(国)とソーレンテューナ市がホームページで提示している事例(一部改変)をもとに、ケア費の自己負担額の算出方法を解説する。それぞれ、年金で暮らす高齢の夫婦と独居者の事例である。なお、読みやすいように、金額は円で記した。
1)夫婦(インガとハリー)の場合(表2参照)
彼らは賃貸アパートに住んでいる。まずは、二人の収入と家賃に基づき、各々の「ケア費に対する自己負担額の余地」を算出する。インガ(妻・78歳)とハリー(82歳)の手取り月収はそれぞれ105,000円と150,000円、家賃は87,000円である。夫婦の場合、収入も家賃も合計額の折半となるので、各人の収入と家賃はそれぞれ127,500円と43,500円となる。さらに、国が定めた2013年の夫婦一人当たりの最低生活保障額は63,675円である。(表1参照)以上から、「ケア費に対する自己負担額の余地」は、各人20,325円となる。
二人は、どちらもホームヘルパーを利用している。インガは、2週に1回、月当たり合計4時間、掃除と洗濯の援助を受けている。ハリーはより状態が悪く、日祝含む毎日6時間ずつのケア(身体介護、掃除、洗濯)とアラームコールサービス(註3)を受けている。
市は、ケアに対する月額基本料金を、受けるケアのレベルに応じて設定している。インガは「レベル1」なので7,500円となる。ハリーは「レベル3」で26,700円(2013年における国が定めた「ケア費の自己負担最高限度額」)となり、これにアラームコール代(2,250円)も加わる。
以上より、インガの自己負担額は基本料金通りの7,500円となった。一方、ハリーは「ケア費に対する自己負担額の余地(20,325円)」を超えるため、8,625円が減額された20,325円が自己負担額となった。(表2)
2)独居(マーティン)の場合(表3参照)
マーティン(76歳)は、脳卒中の後遺症により重度の障害を抱えながら、一人で賃貸アパートに住んでいる。手取り月収は127,500円で、家賃は43,020円である。国が定めた2013年の独居高齢者の最低生活保障額は75,345円である。(表1参照)以上から、「ケア費に対する自己負担額の余地」は9,135円となる。
彼はさまざまなサービスを利用している。日中平均8回(日祝を含む毎日5時間ほど)のケア援助に加え、アラームコールサービス、夜間巡回サービス、デイサービスも利用している。これらの費用を合算すると「ケア費の自己負担最高限度額」である26,700円になるが、「ケア費に対する自己負担額の余地」は9,135円なので、17,565円が減額されて自己負担額は9,135円となった。(表3)
ちなみに、以上の最低生活保障額とケア費の自己負担額の算出方法の考え方は、ケア付きの特別住宅などの施設に入居している場合にも適用される。
富の再分配は経済も活性化させる
今回の最低生活保障額制度やケア費の自己負担額のあり方をはじめ、以前紹介した個人アシスタントの公費雇用や補助器具の無料レンタルなどの諸施策も含めて考えると、「こんなに社会保障に費用を割いてスウェーデンの経済は大丈夫なのか?」という疑問が聞こえてきそうだが、結論から言えば、この問いは杞憂のようである。
まず、経済指標で見てみると、スウェーデンは、スイスのZürcher Kantonalbankによる「世界の工業国30カ国の経済社会の成果」の評価(2005年, 07年)で1位、世界経済フォーラムの「国際競争力指標」(12年)で4位(日本は10位)となっている。また、日本生産性本部の「総合豊かさ指標」(08年)では3位(日本は7位)、さらにOECD諸国対象の「より良い暮らし指標(Better Life Index)」(13年)においては1位(オーストラリアと同位。日本は21位)になっており、スウェーデンは経済状況と暮らしやすさの両面で優れていると言える。
経済学者でスウェーデンの経済政策に詳しい丸尾直美氏は、共著(註4)で、「日本では昔から生産資源(労働力、資本、原材料など)の多くを“非生産的”な福祉や分配平等のために割くと経済が停滞すると思い込まされてきた」「成熟した先進工業国では、需要不足が原因で経済成長が抑えられることが多いので、社会保障・分配格差是正・環境投資は成長を抑制するどころか、経済成長を牽引する場合がある」「社会保障支出の国民所得や雇用を増やす産業連関効果は公共事業以上である。中でも、介護サービスや看護サービスへの社会保障支出の雇用創出効果は大きい」などと述べ、スウェーデンの社会保障充実策は経済活性化にも大いに寄与していることを指摘している。
また、「スウェーデンでは公的部門の比重は高いが、公的部門でも市場機能を活かした運営をしている場合が多い」(以上、一部改変して引用)とも述べ、スウェーデンが、政府による計画と市場機能とのバランスを図りながら、経済成長と社会保障を両立させるべく絶えず努力をしていることも併せて指摘している。
個人アシスタントとプール療法を楽しむアパート暮らしの発達障害の男性
連帯意識の醸成が不可欠
スウェーデンは、「連帯」を礎にした持続可能な社会づくりを是としている。すべての国民における機会や分配の平等が連帯を育み、大衆の生産力と購買力を高めて経済成長を促し、それが福祉社会を持続させる原動力になるという考え方である。今回紹介した最低生活保障額制度やケア費の自己負担額のあり方も、そのような土壌で生まれてきたものである。
連帯の精神は、不平等が蔓延した社会からは生まれない。経済格差が広がり、国民同士の連帯意識も薄れ、将来の見通しが立ちにくい状態が続いている現在の日本こそ、スウェーデンの制度づくりを参考にすべきである。
次号では、障害をもつ人の在宅ケアを家族が有給で行える「家族ケア者」制度について取り上げる予定です。
註:
(註1) 中央のセンターで沸かされた湯が、地下から地域内のさまざまな場所に行き渡るシステム。住戸に入れば、床暖房や窓下に設置されたラジエータからの輻射熱暖房として利用され、かぎられた部屋だけでなく廊下やシャワートイレルームを含む屋内全体を一様に温めるとともに、蛇口を捻れば温水が出てくる。
(註2)リハビリの内容に関する指示は療法士が出す。
(註3) 首から下げたり、腕に巻いたりしたアラームのボタンを押すことで、随時にヘルパーを呼べるサービス。
(註4) レグランド塚口淑子編『「スウェーデン・モデル」は有効か―持続可能な社会にむけて』(ノルディック出版、2012年2月)の2章と3章を参照。
筆者紹介
山口真人(やまぐち・まこと)
1965年北海道生まれ 理学療法士、社会福祉士
著書:日本の理学療法士が見たスウェーデン(新評論 2006年)
真冬のスウェーデンに生きる障害者(新評論 2012年)
日本の理学療法士が見たスウェーデン
重度の一次障害を負った人々が、重度の二次障害に陥っていく日本。一方、決してそうはならないスウェーデン。いったい、臨床現場で何が違うのか。日本のケアとリハビリの仕方を変える、重度の二次障害を防ぐ独自の療法を紹介。
(「MARC」データベースより)
真冬のスウェーデンに生きる障害者
重い障害を抱える人々も、極寒の真冬でも生き生きと暮らすことを可能にする「環境因子」の紹介を通じ、厚みある福祉社会像を提示。ICF(国際生活機能分類)に照らして日本との違いを浮き彫りにした最終章も読みどころ。
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