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スウェーデンの障害者の暮らし 連載5

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スウェーデンの障害者の暮らし 連載5

― リハビリテーションとケアの真のあり方を探る ― 

医療法人錦秀会 阪和第二泉北病院 リハビリテーション部 部長山口 真人

2014-04-15

在宅ケアを肉親が有給で行う

今回は、障害をもつ人のケアを肉親が有給で行える制度を紹介したい。
日本において、障害をもつ人のケアを肉親が行う場合、無償が当たり前であるが、スウェーデンの多くの自治体においてはそうではない。市の担当職員である「支援管理者(bビストンズハンドレッガレiståndshandläggare)」(註1)の判定に基づき、市から給料を得て行うのが一般的となっている。

端的に言えば、本連載の2回目(Vol.152)で紹介した全額公費で雇われる個人アシスタントに、障害をもつ人の肉親がなれるということである。以下、事例を通して、具体的なイメージをお届けした

障害をもちながら、妻と二人で暮らすシェル・グスタフソン

雪深い2月、スウェーデン中央部に位置するエステシュンド市(Östersunds kommun)のとある住宅街。平屋造りの長屋で、赤褐色のレンガ調の壁と白いポーチが雪景色に映えている。75平方メートル、2LDKのアパートが6戸並んでいる。シェル・グスタフソン(以下、シェル)は、この長屋の中ほどに妻のエーヴァと暮らしている。

◇脳卒中を発症、片麻痺に
シェルは1943年生まれの67歳(2011年当時)。1999年の2月、55歳のときに脳卒中(左脳に大きな梗塞)を発症し、右片麻痺となった。それまで彼は音楽家であり、大工でもあった。発症直後は、歩くことはもちろん、ほとんど何もできない状態で、ただベッドで寝ているだけだった。摂食・嚥えん下げ障害も起こり、食べることもできなかった。その後、しばらくして、動かせる左半身を使って、エーヴァの表現で言えば「すべてを最初から学ぶ」という日々が始まった。

同年6月までの約5か月間は、市の町中にある県運営のリハセンターに滞在しながら、シェルは集中的なリハビリ治療を受けることになった。7月、例年通りエーヴァが1か月の夏季有給休暇をとったので(註2)、その間シェルは自宅で過ごした。彼女の休暇が終わるのと同時に再びリハセンターに戻って、さらに3か月ほどリハビリ治療を受けたあと、11月に自宅に戻った。その後しばらくは、自宅とリハセンターの外来でリハビリ治療を継続した。(このときからの在宅ケアのあり方については、あとで詳述する)

自宅では理学療法もしくは作業療法を2~3時間ずつ週3回、リハセンターでは言語聴覚療法を1~2時間ずつ週2~3回の頻度で受けた。自宅とリハセンターの往復には、主に送迎サービスを利用していた。

六軒長屋のアパート

リビング

直腸癌を手術

脳卒中を発症してから2年10か月後の2001年のクリスマスに、シェルは新たな病気、直腸癌を発症した。ノルランド地方(註3)をカバーする高度専門病院である大学病院で年明けに手術を受け、無事成功し、術後のリハビリのため、2003年まで三
度(みたび)リハセンターに滞在することとなった。

さらに、自宅復帰後、週2回の理学療法を一定期間、継続して受けた。

シェルは現在、屋内や平地であれば手ぶらで歩けるようになっており、サマーハウス(註4)の簡単なメンテナンスなどの大工仕事もできるまでに回復している。また、趣味で絵画もしており、一室はアトリエになっている。必要な介護支援は、朝食の用意と人工肛門のケアだけである。リハビリは、気が向いたときに部屋で自主的に行う程度である。

アトリエ部屋

市が有給ケアを提案

こんなシェルを、1999年11月以来、妻と近くに住む2人の息子が市から給料をもらってケアをしている。以下に、その経緯と内容を詳しく記す。

同月、リハセンターでリハビリの最終段階を迎えていたシェルを、市の支援管理者が訪ねた。シェルの障害の程度や、今後の生活で必要となり得るケアについて評価をした結果、ケア付きの集合住宅に入居する選択肢もあることを2人に伝えた。しかしエーヴァはそれに対して、「シェルとともに家で過ごしたい。そして、自分もケアにかかわりたい」と答えた。そこで支援管理者が提案してくれた解決策が、在宅ケアを肉親が有給で行う制度を利用することだった。エーヴァはこれをすぐに受け入れた。

退所直後から、エーヴァは、まずはフルタイム(平日の日中の勤務時間帯の100パーセント。即ち、1日8時間、週40時間)の雇用でシェルのケアにあたることが認められた。2000年11月までの1年間、この形が続いた。

その後、シェルの障害が改善するにつれて、エーヴァがケアにあたる時間は徐々に減っていって、2006年からは現在と同じ、約50パーセント(週当たり約21時間)となっている。その頻度のケアで得る1か月当たりの給料は、税込みで約9,362クローナ(約12万2000円)(註5)である。時給に換算すると約111クローナ(約1,450円)になる。

エーヴァがケアにあたらない平日の残りの約2.5日分(19時間)に対しては、市からホームヘルパーが適時訪問している。また、すべての日の夜間帯におけるケアは、市による「夜間パトロールチーム」が対応している。

土曜と日曜は、エーヴァはシェルのケアはせず、妻としての立場で過ごしている。その際、なんと今度は、近くに住む30代の2人の息子が、母親をゆっくりさせるためにそれぞれ3.5時間ずつ計7時間、市から給料を得てシェルのケアにあたっているのだ。別に仕事をもつ息子たちが、土日を両親のためにこのように使うことに頭が下がるのと同時に、このような雇用形態を認めるスウェーデンの自治体の力量に改めて感心する。ちなみに、土日の息子がケアを担当しない時間帯は、市からのホームヘルパーが適時に対応している

市から無償で譲り受けた旧型の歩行車を押すシェル

寝室からの風景

ケアする人もされる人も、ストレスの少ない在宅生活

ところで、エーヴァは、シェルのケアにあたる日時以外の、週の残りの約2.5日分(19時間)は、一般の職業人として働いている。職種は、長年やってきた県立病院の医師秘書である。エーヴァの家庭事情を理解した病院側が、変則的な働き方を認めてくれたのだそうだ。(表を参照)

それにしても、なんとも柔軟な制度のあり方だ。シェルの介護を自宅ですることで正当な報酬を得られ、長年続けてきた仕事も辞めずに済むのだから、シェルだけでなく、エーヴァの心の健康を保つためにも非常に良いシステムといえる。

介護保険制度があるとはいえ、自宅で家族を介護するためには仕事を辞め、なおかつ無償を余儀なくされた結果、精神的にも経済的にも疲弊してしまい、最悪の場合には無理心中や殺人事件にまで発展してしまうという悪循環に陥りがちな日本の現状とは大きく異なっている。(註6)

連載最終回となる次号では、障害をもった場合に必要な住宅改修を無料でできる「住宅改修補助金制度」をご紹介する予定です。

註:
(註1) 日本の介護支援専門員にあたる市の職員で、障害をもつ人のニーズを判定する。
(註2) スウェーデンで職業人が夏季長期有給休暇をとるのは一般的。職業によって若干差があるが、通常4~6週間。
(註3) 全土で三つある古い政治的区分に由来する地理上の分類の一つ。
(註4) 別荘。スウェーデンでは、中流階級以上の多くの人がもっている。自然豊かな湖畔や森の中に建てる場合が多い。
(註5)当時のレート、1クローナ=13円で換算。
(註6) 以上の内容に関してさらに詳しくお知りになりたい方は、拙著「真冬のスウェーデンに生きる障害者」(新評論、2012年)をご参照ください。

著者紹介

山口真人(やまぐち・まこと)
1965年北海道生まれ 理学療法士、社会福祉士
著書:日本の理学療法士が見たスウェーデン(新評論 2006年)
真冬のスウェーデンに生きる障害者(新評論 2012年)

日本の理学療法士が見たスウェーデン
重度の一次障害を負った人々が、重度の二次障害に陥っていく日本。一方、決してそうはならないスウェーデン。いったい、臨床現場で何が違うのか。日本のケアとリハビリの仕方を変える、重度の二次障害を防ぐ独自の療法を紹介。
(「MARC」データベースより)

真冬のスウェーデンに生きる障害者
重い障害を抱える人々も、極寒の真冬でも生き生きと暮らすことを可能にする「環境因子」の紹介を通じ、厚みある福祉社会像を提示。ICF(国際生活機能分類)に照らして日本との違いを浮き彫りにした最終章も読みどころ。

日本の理学療法士が見たスウェーデン

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