パシフィックニュース
スウェーデンの障害者の暮らし 連載6
海外情報
リハビリテーション
―リハビリテーションとケアの真のあり方を探る― 住宅改修補助金制度とは
阪和第二泉北病院リハビリテーション部 部長山口真人
2014-06-15
住宅改修補助金(bostadsanpassningsbidrag(ブースタッズアンパッスニングスビードラーグ)・以下、補助金)制度とは、認知機能の低下、運動機能障害、視力障害などの恒久的もしくは慢性的な機能障害をもつ人が、自宅で自立した生活を送れるようにするために必要となる改修や改築を、市(kommun(コミューン))の公費で行うものである。
日本においても、介護保険制度や自治体の設備給付制度などによって、住宅改修費の一部を支援する仕組みがあるが(註)、スウェーデンにおける同制度の最大の特徴は、改修や改築の許容範囲が広いこと、改修費の全額を市が負担すること、原則として費用の上限がないことである。
利用しやすい住宅改修補助金制度
スウェーデンの各々の市は、同制度について、ホームページ上で大変わかりやすく説明し、市民が利用しやすいようにしている。以下、一般的な市が掲げている情報、「スウェーデン住宅・建設・計画庁(Boverket(ボーヴェルケット))」が発行している手引書、「スウェーデンの法律(lag(ラーグ))および政令(förordning(フェロードニング))を制定順に収録する法令集」(略称:SFS)の文書、さらには筆者自身が取材した事例などをもとに、同制度について詳しく解説したい。
註:介護保険では20万円を上限とし、うち一割を自己負担。設備給付制度では、改修対象を浴槽の取り換え、流し・洗面台の取り換え(車椅子対応)、便器の洋式化の三つに限定し、それぞれに上限額を設けている。同じく、うち一割を自己負担。
補助金の対象となる住宅の種類とよくある改修内容
補助金の対象となる住宅の種類は、賃貸、分譲住宅、テラスハウス(連棟住宅)、一軒家のいずれでも構わないが、別荘(サマーハウス)は認められていない。なお、賃貸の場合には、持ち主の了解を得なければならない。また、機能障害と改修の内容との間には、明確な整合性がなければならない。改修の内容としては、例えば、以下のようなものがある。
<家の中では…>
? 立ち上がりや移動を助けるための手すりの設置
? 段差の解消
? 浴室の改修
? 日曜大工用の作業台の高さを調節する
? キッチンを電動昇降式にする
? 電気調理台に安全装置を付ける
? ドアを幅広のものに替える
? 上階と下階をつなぐ階段に椅子型昇降機を据え付ける
? 二階建て一軒家にエレベータを設置する
<家の外では…>
? 玄関前の階段に手すりを設置する
? 玄関前の階段を取り除く
? 車椅子用スロープの設置
? 敷地内の舗道舗装
申請の仕方
補助金を申請するには、医師、作業療法士もしくは理学療法士による住宅改修の必要性を記した証明書を添付し、「住宅改修補助金申請書」に記入して市に送付する。改修後であっても構わない。その書類に基づき、担当者が自宅訪問をした後、補助金の支払いが決定される。
改修例
筆者は、2000年から頻回にスウェーデンを訪れるなかで、数多くの住宅改修例を見聞きしてきた。その中から写真とともにいくつか紹介する。
1.三方向に伸びる車椅子用スロープ―左片麻痺の男性・一軒家
玄関のすぐ前から右、左、正面の三方向に伸びていた。■写真1■
2.コの字型のとても長い車椅子用スロープ―両下肢が不自由な女性・一軒家
広い敷地を利用して、玄関前から右に出たスロープがコの字型に伸びていた。「これがあるから、一人で暮らせてるのよ」(女性の言葉)■写真2■
3.玄関とフロアを繋ぐ椅子式昇降機―左片麻痺と左人工股関節置換術後の男性・一軒家
たった4段の階段のために、高価な昇降機が据え付けてあった。■写真3■
4.一階と二階を繋ぐ階段に据え付けた椅子式昇降機―多発性硬化症の男性・賃貸アパート
この昇降機があるおかげで、二階にある寝室を使うことができる。■写真4■
5.電気調理台の安全装置―軽い認知症を患う女性・ケア付き高齢者住宅
調理台のスイッチを消し忘れても、吹きこぼれない仕組みになっている。■写真5■
6.リビングとテラスの間にあるリモコン式ドア―多発性硬化症の女性・賃貸アパート
「電動車椅子を操作しながら、ドアを開けるのにとても便利。テラスで日向ぼっこをしやすくなったわ」(女性の言葉)■写真6■
7.電動昇降式キッチン―多発性硬化症の女性・賃貸アパート
「このキッチンをはじめ、いろいろな改修をしてもらったわ。そのおかげもあって、三十年近くここに住めているの」(女性の言葉)■写真7■
写真1・ 写真2
写真3・写真4
写真5・ 写真6・写真7
訴訟事例
補助金の申請者及び市は、各々の決定に対して不服がある場合は、不服申し立てを行うことができる。以下、その具体例を紹介する。
「二階建て一軒家に一人暮らしをしている80歳女性。脳卒中で左麻痺となり、バランスと耐久性が低下したため、階段の上り下りがしにくくなって、二階にあるシャワートイレルームが使いにくくなった。そこで、一階にシャワートイレルームを造るため、トイレを設置したところで、補助金の申請をした。
彼女は、一階では歩行車を使えば自由に歩けることから、市は、住宅改修の必要性は低いと考え、申請を却下した。しかし、レーン行政裁判所は逆の考え方を示した。即ち、一階にシャワートイレルームを造ることによって、その女性の自宅生活が自立することが作業療法士の評価で示されている、と判断したのである。
市は、その判決を不服とし、高等行政裁判所に上告した。それに対し、女性は、作業療法士からの補足評価を提出した。これによって、彼女は階段を利用する際には見守りが必要なこと、改修しなければ、シャワーを浴びる際に二階と階下を行き来するたびに、ヘルパーステーションからヘルパーを呼ばなければならないことが示された。この評価に基づき、高等行政裁判所は、レーン行政裁判所の決定を支持し、申請者の女性は補助金を受けるに値する、よって市の上告は却下するとの判決が下された。」(スンズヴァル市高等行政裁判所 判決2005年4月19日 訴訟番号1604-2004. スウェーデン住宅・建設・計画庁の資料より)
日本の課題
日本の場合、前掲した制度があるとはいえ、対象者の障害を十分に補うために必要な自宅改修を行おうとすると、どうしても自己負担額が高額になるため、結局は中途半端な部分改修に留まってしまい、彼らの自宅における自立した生活を十分に叶えるまでには至らない場合が多い。その結果、かなりの不自由を甘受しながら暮らし続けたり、場合によっては自宅で暮らすことを諦めるということになりがちで、障害をもつ人の尊厳が損なわれることにもつながっている。
実は、スウェーデンにおいても、初めから全額公費だったわけではなく、住宅改修補助金制度の原型が産まれた1959年から1982年までの23年間は、補助金に上限を設けていた。徴税とその使途のあり方を整備していく過程で、全額公費へと変わっていったのである。
日本において、国の肝煎りで推進しようとしている地域包括ケアシステムを真に実のあるものにするためにも、障害をもった人が一人でも多く、暮らしなれた自宅で人生を全うできるような住宅改修補助金制度の構築を念願したい。
次号は、「まとめに代えて 極寒の真冬編 その1」をお送りする予定です。
著者紹介
山口真人(やまぐち・まこと)
1965年北海道生まれ 理学療法士、社会福祉士
著書:日本の理学療法士が見たスウェーデン(新評論 2006年)
真冬のスウェーデンに生きる障害者(新評論 2012年)
日本の理学療法士が見たスウェーデン
重度の一次障害を負った人々が、重度の二次障害に陥っていく日本。一方、決してそうはならないスウェーデン。いったい、臨床現場で何が違うのか。日本のケアとリハビリの仕方を変える、重度の二次障害を防ぐ独自の療法を紹介。
(「MARC」データベースより)
真冬のスウェーデンに生きる障害者
重い障害を抱える人々も、極寒の真冬でも生き生きと暮らすことを可能にする「環境因子」の紹介を通じ、厚みある福祉社会像を提示。ICF(国際生活機能分類)に照らして日本との違いを浮き彫りにした最終章も読みどころ。
日本の理学療法士が見たスウェーデン
関連情報
© 2017 Pacific Supply Co.,Ltd.
コンテンツの無断使用・転載を禁じます。
対応ブラウザ : Internet Explorer 10以上 、FireFox,Chrome最新版 、iOS 10以上・Android 4.4以上標準ブラウザ