パシフィックニュース
就労移行支援事業所によるVOCAの取組み
AAC(コミュニケーション)
就労支援
コミュニケーションがとれる喜び
中村隆行 (株)コスモス・コスモス共生社会研究所
2014-08-01
弊社では、2010年より障がい者就労支援の活動を行っています。支援機器を導入することで障がい者の職域の拡がりや可能性、また働きやすい職場環境とは何かを実習生受入れを通して就労事例を構築中です。
過去のパシフィックニュースでも弊社の『VOCAを用いた就労事例』を紹介してまいりましたが、この度、就労移行事業所株式会社コスモスさまにおいて、場面緘黙のある方へVOCAをご利用いただきました。就労移行事業所から就職に至るまでの訓練期間中に、本人の自立へのきっかけとしてVOCAが支援援器として関われたことを嬉しく思います。
はじめに
高校卒業後、就労移行支援事業所に入所したAさんには、場面緘黙があります。場面緘黙とは、『家などでは話すことができるにもかかわらず、ある特定の状況では一貫して話すことができない』障害です。場面緘黙は子どもの不安障害であると捉えられることが多いのですが、重篤な場合は成人後も症状が継続し社会生活が困難になります。しかしながら、大人の緘黙症者にどのような介入をすれば症状が改善されるのかは良くわかっていません。 そこでひとつの事例としてAさんにVOCAを用いた経過を報告させていただきます。
VOCAとの出会い
Aさんは、事業所では全く話をしませんでした。高校生のときも学校では一切しゃべらなかったそうです。そこで、話す代わりにカードを用いたコミュニケーションはできないだろうかと考え、トレーニングを開始しました。また、視線を合わすなどの非言語コミュニケーションのトレーニングも並行して行いました。すると、構造化された場面ではカードを用いたコミュニケーションが取れるようになり、特定のスタッフとはカードを用いなくても少しずつ話せるようになっていきました。
その後、職場実習などを経て、Aさんは入所時とはずいぶん変化しました。しかし、やはり多くの人の前では緊張し、声を出すことはもちろん、カードを用いたコミュニケーションもなかなかスムーズにはできないという状況が続いていました。
そのような時に、パシフィックサプライ社からVOCAをお借りすることができました。そこで、Aさんに「みんなの前でカードを出すのとVOCAのボタンを押すのは、どっちの方が緊張しない?」と聞いてみたところ、「VOCA」という答えが返ってきましたので(このやりとりも、スタッフの声で録音したVOCAを用いて行いました)朝礼と終礼時にVOCAを使ってみることにしました。
VOCAを用いたトレーニング
事業所では毎日、朝礼と終礼時に全員で「おはようございます」、「ありがとうございました」といった挨拶の言葉を述べてお辞儀をする練習をしています。VOCAを用いる前のAさんは、口を開くことなく無表情のままわずかに首だけを下げるといった状態でした。
VOCAの使用は、まずはスタッフの声で録音した「おはようございます」といった挨拶のボタンをみんなが言うタイミングに合わせて押すというところから始めました。初日からスムーズにボタンを押せていました。ただ、周りから注目されるのが恥ずかしいのか、スタッフが設定したVOCAの音量を自分で小さくして押していました。このトレーニングを約1ヶ月行いました。毎日、VOCAのボタンを押しているうちに、みんなと一緒に挨拶しているということを感じることができたのか、だんだんとお辞儀が深くなり、顔をあげるようになっていきました。
次に、日直当番のときにVOCAを使ってもらいました。日直の仕事は、挨拶練習の時に他の人よりも先に挨拶の言葉を発声することです。日直の発声に続いて、みんなでその言葉を復唱します。先頭を切って挨拶するという緊張する役目ですが、無事VOCAのボタンを押すことができました。2、3週間続けるうちに、段々と普段の表情も豊かになっていきました。
最後は、挨拶を自分の声で録音して使いました。最初は自分の声を録音するのを嫌がって、スタッフの声を録音したものを使っていましたが、何とか頑張って自分の声で録音することができました。しかし、声は小さく録音した声は、再生するとほとんど聞こえません。そのことによりAさん自身に自分の声は小さく相手には聞こえにくいんだという気づきが生まれました。その後、スタッフと個別に話すときには声が少しずつ大きくなっていき、面談も頑張り就職も果たすことができました。
朝礼で使用したシート(スーパートーカー)
働くことをイメージした会話シート(スーパートーカー)
Aさんの感想
VOCAを使ってみたAさん自身の感想としては、「使いやすかった」、「VOCAがあることで、挨拶練習がやりやすかった」と使い勝手の良さを語ってくれました。また、「今までみんなの前でお話ししなかったので、自分の声で参加できたことが不思議な感じもした」、「(自分の声に反応したみんなを見て)コミュニケーションが取れた気がして、楽しかった」とも述べ、多くの人とコミュニケーションできたことに驚きまた喜びました。
一方で、「面白い経験ができたと思うが、また使いたいとは考えていない」という感想もありました。
まとめ
このAさんの事例では、場面緘黙の人に対する介入手段の1つとしてVOCAは有効であったと思われます。VOCAの大きな利点としては
1.自分で話したりカードを提示するよりもボタンを押す方が抵抗感が少ないために気楽に使える。
2.VOCAを使ってコミュニケーションをとることにより自信につながり、さらにコミュニケーションを取ろうとする意欲が高ま る。
という2点が挙げられます。その反面、Aさん自身の感想にもあったように、訓練場面以外での自発的なVOCAの使用には難しさもありました。これはAさんに対するVOCAを用いたトレーニング期間が短かったせいかもしれません。
今後は大規模で長期的な効果報告を期待します。
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