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スウェーデンの障害者の暮らし 連載7
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―リハビリテーションとケアの真のあり方を探る―
まとめに代えて 極寒の真冬編 その1
医療法人錦秀会阪和第二泉北病院リハビリテーション部 部長 山口真人
2014-10-01
2013年の1月号から連載を続けてきて、いよいよあと2回を残すこととなった。これまで、いずれも日本には存在しない各種制度(「個人アシスタント」、「補助器具」、「最低生活保障」、「肉親による有給の在宅ケア」、「住宅改修補助金」)を紹介しながら、特に重度の障害を抱えた人々の暮らしぶりを見てきた。
さて、今号と次号では、神経難病による重度の障害をもちつつも、様々な「環境因子」に支えられながら快適に暮らしている女性を主人公に、極寒の環境下でも障害をもつ人々の生活を極力制限しないようにする仕組みを構築しているスウェーデンという国の底力を改めて示すことによって、本連載のまとめとしたい。
読者の皆様には、是非とも日本における同様の人々を取り巻く環境を思い浮かべながら読んでいただきたい。
多発性硬化症による重い障害を抱え、長年にわたって普通のアパートで独り暮らしを続けるインゲル・ロムダール
2007年真冬の2月、気温マイナス17℃で雪降る月曜日の午前中に、東海岸に位置する人口約3万7000人のサンドヴィーケン市のアパートで独り暮らしをするインゲル・ロムダール(67歳)を訪ねた。彼女は48年前、19歳のときに多発性硬化症を発症し、44歳で車椅子生活になった。このアパートに住み続けて25年になる。(写真1)
写真1. 右側がインゲルのアパートの並び
インゲルの障害
インゲルは、車椅子座位で携帯電話やナイフ、フォークなどの軽いものは持てるが、ベッド上での寝返り、起き上がり、移乗動作などの基本動作はすべて全介助で、下肢や体幹はだらりとしており、背もたれやアームレストなどの支えがないと座位も保てない。日本の介護度の「5」に匹敵する障害の重さである。(写真2・3)
一方、嚥下能力は保たれていて、介助があれば経口摂食は可能である。また、仙骨部の軽度褥瘡以外、目立った廃用症候群はない。
写真2. 携帯電話で話すインゲル
環境因子が利いている!
以上のような重度の障害をもつインゲルだが、普段の生活はというと、実にゆったりと過ごすことができている。
その理由は様々な環境因子が利いているからである。以下、具体的に記す。
1)全額公費の個人アシスタント
まずは、個人アシスタントの存在が何と言っても大きい。長らくホームヘルプサービスを利用していたが、日常生活の多くにケアが必要となった4年前から個人アシスタントに切り替わった。以来、一日平均約9時間、個人アシスタントを利用している。
インゲルを担当している個人アシスタントは全員女性で、4人でローテーションを組んで、インゲルの一年365日の生活を支えている。本日の担当はイェンである。
ちなみに、個人アシスタントを雇う費用は、その全額を国と市が拠出している。(写真4)
写真4. ダイニングキッチンでインゲルとイェン
2)ほぼ無料の補助器具レンタル
インゲルは、様々な補助器具を使用している。まずは、三台の車椅子である。内訳は、日常的に使っている電動車椅子(座面の昇降も可能)、車の乗り降りに使う手動車椅子、ダンス用の特別仕様の車椅子である。(写真5)
その他には、リビング、寝室、シャワートイレルームの三か所に設置された天井走行式リフト、リハビリ用の自転車型ペダル踏み電動運動器、シャワーとトイレの介助用の特別椅子がある。(写真6・7)
これらのうち、電動車椅子(約7500円/年でレンタル)を除くすべての補助器具が無料レンタルである。
写真5. ダンス用の車椅子
写真6. ベッドルームの天井リフト
写真7. トイレシャワー椅子
3)全く無料の住宅改修
自宅の改修としては、玄関前の車椅子用スロープ、昇降式キッチン、玄関錠開閉リモコンパネル(インターホン付きで、玄関前の廊下とベッドルームの二か所にある)の設置と、あらゆる段差の解消が済んでおり、いずれも無料で施工されている。(写真8~10)
8. 玄関前の車椅子用スロープ
9. 昇降式キッチン
10. 玄関錠開閉リモコンパネル
4)健全な家計
インゲルの一月の手取り年金額は17万円(当時のレート、1クローナ=17円で換算。以下同じ)。
ここから家賃9万3500円を支払う。家賃が高く感じられるが、それには以下に記す地域給湯暖房システムによる暖房費や水道料金が含まれているうえに、冷蔵庫、洗濯機、乾燥機などは備え付けである。
よって、年金額から家賃を引いた毎月の可処分額7万6500円は、日常生活を送るうえで決して困らない額であると言えよう。
5)各種のインフラ
インゲルの屋内外の生活を支える重要なインフラとして、三つ掲げたい。
ⅰ)まずは、地域給湯暖房システムである。「連載4」の註1にも記したが、自治体の中央センターで沸かされた湯が、地下から地域内のさまざまな場所に行き渡るシステムで、住戸に入れば、床暖房や窓下に設置されたラジエータからの輻射熱暖房として利用され、限られた部屋だけでなく廊下やシャワートイレルームを含む屋内全体を一様に温めるとともに、蛇口を捻れば温水が出てくるというものである。これによって、マイナス20~30度にもなる真冬でも、更衣やトイレ、入浴の介助がゆったりと快適に行えるのである。
ⅱ)次に、自治体による頻回の除雪作業がある。雪の多い時期にスウェーデンの町を歩いてみるとわかるが、あらゆる場所に除雪車が出回っている。大通りでは大型車、小道では小型車が大活躍している。そして、通りだけでなく、個人宅の玄関先まで除雪してくれるのが一般的だ。インゲル宅に関して言えば、この日は夜中から雪が降り続いていたが、玄関前の車椅子用スロープに分厚く積もっていた雪も、市委託の業者によって早朝に除雪されており、いつでも車椅子で出かけられる状態になっていた。
ⅲ)そして最後に、町全体で実現されているバリアフリー化を挙げたい。段差は少ないし、車道とは別に自転車道や歩道が独立して設けられ、道路脇の側溝や電柱もないため、非常に歩きやすい。障害をもった人々からは、まだまだ不十分である、と時折厳しい指摘もなされているが、日本の現状からみれば、相当高いレベルでのバリアフリー化が叶えられていると言えよう。これによって、インゲルを含む障害を抱える人々はもちろん、障害のない人々にとっても安心で安全な外出が可能となっている。(写真11)
写真11. 雪道でも歩行車や乳母車が繰り出す
多趣味なインゲル
ところで、インゲルは、数多くの趣味を楽しんでいる。友人との会食やペットの猫を飼うことをはじめ、スキー、ヨット、車椅子ダンス、旅行と実に幅広い。
友人との会食は、彼女にとってごく日常的な楽しみとなっている。今週も予定は盛りだくさんで、明日は4人の個人アシスタントが勢ぞろいして、合計6人で市内のレストランで会食をし、木曜日には別の友人と会食をする予定となっている。実は、昨日も、イェンと一緒に隣町のイェヴレ市まで電動車椅子で電車に乗って出掛けて、お気に入りのレストランで女友達とランチを食べたということだ。
また、猫は、夫を亡くした寂しさを紛らわすために10年前に飼い始めた。餌やりやペット用トイレの掃除などは、個人アシスタントが代わりにやってくれている。
さらに、スキーやヨットは、インストラクターが付き、特別仕様の道具を使用することによって、楽しむことができている。(写真12・13)
次号では、今号の内容をICF(国際生活機能分類)に照らして整理したい。
写真12. ペットの猫を抱くインゲル
写真13. スキーを着けたインゲル
著者紹介
山口真人(やまぐち・まこと)
1965年北海道生まれ 理学療法士、社会福祉士
著書:日本の理学療法士が見たスウェーデン(新評論 2006年)
重度の一次障害を負った人々が、重度の二次障害に陥っていく日本。一方、決してそうはならないスウェーデン。いったい、臨床現場で何が違うのか。日本のケアとリハビリの仕方を変える、重度の二次障害を防ぐ独自の療法を紹介。
(「MARC」データベースより)
真冬のスウェーデンに生きる障害者(新評論 2012年)
重い障害を抱える人々も、極寒の真冬でも生き生きと暮らすことを可能にする「環境因子」の紹介を通じ、厚みある福祉社会像を提示。ICF(国際生活機能分類)に照らして日本との違いを浮き彫りにした最終章も読みどころ。
日本の理学療法士が見たスウェーデン
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