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パシフィックニュース

人間工学に基づいた安全な患者/利用者介助 連載1

リフト・移乗用具

人間工学に基づいた安全な患者/利用者介助 連載1

~人間工学に基づいた安全な患者/利用者介助~

森ノ宮医療大学教授 上田喜敏 博士(工学)

2015-01-15

2013年6月、厚生労働省「職場における腰痛予防対策指針」が改定されました。パシフィックニュースでは2010年より日本ノーリフト協会代表 保田淳子氏『持ちあげない看護・抱えあげない介護』の連載を開始いたしました。以降、多くの医療・介護従事者に腰痛予防に対する取組み事例を執筆いただき『日本の介護現場から腰痛をなくしたい!』想いを掲載してまいりました。

今回より、森ノ宮医療大学教授 上田喜敏先生執筆『人間工学に基づいた安全な患者/利用者介助』の連載が始まります。スペシャリストの幅広い視点から人間工学に基づいた介助についての原理、エビデンスをお届けいたします。

1.介護・看護の腰痛問題

世界中で介護・看護の現場には、リスクという危険が大きくつきまとっています。特に介護・看護の人々には、患者/利用者を以下のような手による介助(徒手的介助)をしています。

押したり、引いたり
持ち上げでの重い負荷
水平および垂直の持ち上げ
長時間の少ない負荷での持ち上げ
ねじれたり、前かがみになって、手を伸ばす
長時間の立位
危険な姿勢
繰り返し動作など

それによって筋骨格損傷(MSD=Musculoskeletal disorders)と言う非常に大きな危険性を有しているというエビデンスが報告されています。MSDの典型的な状態として腰痛があります。
日本の介護・看護の現場(保健衛生業)を見てみるとこの危険によって休業4日以上の腰痛による労働災害申請者数は、2007年から他の産業界の労働災害者数を上回って1位を占めており、2013年には腰痛による全労働災害の30%を超えるようになりました。(図-1)

図1腰痛による労働災害件数

2.他の産業界では減少したのか

では、1997年から日本の他の産業界では、腰痛問題が減少したのでしょうか?
国際標準化機構(ISO:International Organization for Standardization)の技術委員会(TC:Technical Committee)でTC159人間工学と言う技術委員会が、様々な産業界に手作業の負担評価を低減するための人間工学に基づいたガイドラインを出したことです。
この中では、例えば、手による持ち上げの1回あたりの重さを25kg以下にするといったことが書かれています。これにより、人間工学に基づいたシステムの変更、機械化や技術革新が実行されてきました。

例えば、運輸業でトラックの荷物を1990年代に運転手さんが、荷物を持ち上げて降ろしていた為に腰痛が当時2位の件数を呈していました。しかし今は、かご台車(図-2)と言う荷物を運ぶ台車があり、トラックから台車を下ろすためにパワーゲート(図-2)という昇降機が付いています。もちろんかご台車にはトレイ(図-3)で品物が並べられて入れられています。その一つ一つの重さについても、手による持ち上げの1回あたりの重さ25kg以下を基に、それ以下になっています。

その他にも理髪店のお客さんを乗せている椅子は、カットする作業者の目線の高さまで椅子が昇降することで、カットする作業者が腰をかがめた作業をするのを防いでいます。また、品物を仕分けするためにロボットによる機械化を成し遂げた産業界もあります。

また、他の産業界では従業員の安全性向上や業務改善の為に設備投資という概念がありますが、介護・看護の業界には、従業員の安全性向上や業務改善の為の設備投資についての概念が薄いことも大きな影響を及ぼしていると考えられます。
 

図2 かご台車とパワーゲート

図3 かご台車に入ったトレイ 

3.世界の介護・看護の腰痛対策

ヨーロッパやアメリカ、オーストラリア、ニュージーランドなど世界中の介護・看護部門では、腰痛問題に対応するために人間工学に基づいた業務改善策が、実施されています。

特にイギリスは、1993年1月から徒手的作業規則が実施され、手による持ち上げについて違反した場合の罰則を含めた介護・看護部門の改善が実施されました。それにより、腰痛で苦しむ職員が減少しています。

また、ISO(国際標準化機構)から技術報告書「人間工学ヘルスケア部門の徒手的介助」(Manual Handling of People in the Healthcare Sector)(図-4)が、2012年6月に出版されました。

この報告書は、IEA(国際人間工学連合)から出されたものですが、ヨーロッパ患者介助人間工学委員会(European Panel of Patient Handling Ergonomics = EPPHE)が中心的にまとめあげました。

現在、国際患者介助人間工学委員会(International Pane of Patient Handling Ergonomics = IPPHE)が、次の報告としてまとめあげています。(なぜか、筆者もメンバーの一人のようです)

このリポートの大きな特徴としては、勿論福祉用具を利用するのですが、それだけではありません。何よりも重要なのは、今までの職務環境の変化、研修の必要性、技術/設備の購入、業務・職務環境をデザインすることによる包括的参加型アプローチとして実施していることです。  
           
  今回から、このリポートの解説や日本の制度、世界の状況、講演や講習会でお話ししていることなどを踏まえながら、具体的な内容などを入れて、皆さんと安全な患者/利用者介助(Safe Patient Handling :SPH)について考えてみたいと思います。

 

図4 ISOテクニカルリポート

著者紹介

上田喜敏(うえだひさとし) 
理学療法士。1991から箕面市(障害者福祉センター、障害福祉課、総合保健福祉センター、市立病院、訪問リハビリテーション事業所)にて勤務し、病院リハ、子どものリハや福祉用具、住宅改修、介護保険などを担当した。2007から現職。博士(工学)。患者介助人間工学国際委員会メンバー(International Panel of Patient Handling Ergonomics(IPPHE))

研究領域 
人間工学、福祉用具研究、安全な患者介助(Safe Patient Handling = SPH)

研究実績・報告・著書
◎最適なベッド高さにおける介助作業効率についての生理学的研究
(フランスベッドメディカルホームケア研究助成財団 2008)
◎介助作業実態分析から考えられるベッドでの安全な患者/利用者介助に関する人間工学的手法の研究
(徳島大学大学院 2012)
◎リフトリーダー養成研修テキスト
(共著:テクノエイド協会 2009)
◎腰を痛めない介護・看護
(共著:テクノエイド協会 2011)
◎介助作業中の腰痛調査とベッド介助負担評価
(福祉のまちづくり研究 2012)
ArjoHuntleigh Guidebook for Architects and Plannersの評論者メンバー

 

上田喜敏氏

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