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パシフィックニュース

持ちあげない看護・抱えあげない介護1

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リハビリテーション

持ちあげない看護・抱えあげない介護1

日本ノーリフト協会代表 保田 淳子

2010-07-01

~腰痛は職業病であってはいけない~

ノーリフトという言葉をはじめて聞いたのは、2003年、私が語学留学目的にオーストラリアに渡った直後の病院見学中でした。私は、はじめてホイスト等の移乗機器を使って患者さんを移乗させている看護師を見たとき、「なんて機械的で心のないケアをするのだ」と思いました。しかし、2005年、フリンダース大学に編入してなぜこのノーリフトがオーストラリアで必要なのかという教育を受けたときに私の考えは大きく変わり、2年間腰痛予防対策の研究を行っているうちに“ノーリフトを日本にも絶対に伝えなければいけない”と思ったのでした。

今から10年ほど前、オーストラリアでは看護や介護職の腰痛による離職や労災申請が増加してきたために、「押さない・引かない・持ち上げない・ねじらない・運ばない」という5つのキーワードを基本とした「ノーリフティングポリシー」がオーストラリア看護連盟より提唱されました。また、労働安全衛生リスク管理システム(Occupational Health and Safety Risk Management)を基本とした腰痛予防対策プロジェクトを立ち上げ協力体制を強化した結果、2002年には腰痛関連コストが74~54%も減少したのでした。

日本の看護や介護職における腰痛の有訴率も60~82%と高い数字を示しており、主な原因は、移乗介助・入浴やトイレ介助・ベッド上介助となっています。しかし、日本では人力のみに頼って介助しているのがほとんどではないでしょうか? 現場のスタッフは、「腰痛は職業病だから仕方がない」とあきらめていませんか。あるいは、リフトなどの福祉用具を購入したが、倉庫に眠ったままだという現状はないでしょうか。

オーストラリアでの5年間の滞在を終えて日本に帰ってきたとき、一番最初に考えたのが「どうして福祉用具を有効に使えないのか」ということでした。
日本で福祉用具の話をすると、使い方が難しい、時間がないといったような質問を受けました。また、リフト使用時の手技にこだわる日本人の考えにオーストラリアで福祉用具の教育を受けた私は、一番疑問を持ちました。実際に自分が使ってみて、乗ってみて一番感じるのは介助者がどれだけ機器を使用しながら介助される人の思い、痛みや不安を想像し、介助者がプロとしてコミュニケーションやタッチングで安心させることができるかということが福祉用具使用時のはじめの一歩にかかっていることでした。

私が教育を受けたオーストラリアのノーリフトのプログラムで吊具の着け方などの手技を教えるより福祉用具を使ってどのようにして現場を変えるか、腰痛をなくすか、また用具使用目的を対象者さんや同僚にどう説明していくかといったコミュニケーションの部分を介護や看護者は、とても重視していました。そのあとは、まず介助する人たちがどんどん用具を実際に体験していきました。決して正しい着け方だけでなく、間違っているとどのような姿勢になるかや痛みがあるかなども経験し、観察する視点を増やしていきました。リフトを現場で継続して使用してくると問題になるのが対象者の身体アセスメントでした。日々の変化や多くの用具を選択するのに迷うことがありました。そのような場合にはセラピスト(理学療法士・作業療法士)に入ってもらって相談していきました。

私たちが福祉用具(特にリフトなど)を学ぶときあるいは伝えるとき、「何のために使うのか」ということを忘れてはいけないのではないでしょうか。
患者さんを安全・安楽に移乗するため、あるいは腰痛予防対策のためといった目的をしっかり見つめることができていないと、結局は「使えないから倉庫に入れておこう」あるいは「リフトを使っても腰痛がなくならない」となってしまうのではないでしょうか。

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オーストラリアも10年前まで人力のみで抱えあげていた歴史があります。しかし、「リフトなどを使わなくてもいいんだ」という人力のみで行おうという考えを変えない限りどれだけ用具が入っても現場は使えない。そして、介助される側にとっても安全で安楽なものにはならない。福祉用具の活用は、まず今までの習慣を変えること=カルチャーチェンジを行うことが大切だといわれています。機器を買う前にまず、使う人間が目的を明確にして理解していないと便利なものも“厄介なもの”になってしまうのです。

ノーリフトが導入されて10年経過した今、オーストラリアの看護師はいいます。「用具を使って心がないケアに見えるのは、用具を使っている人間がプロの視点を持って声かけやタッチングをしていないからだ。用具があるのに使わないのは、知識がない人だ」と・・・。用具が悪いのではなく、使っている人間の理解や知識がないからだといわれます。

日本ではいまだに人力のみで行う移乗介助が主に指導されていますが、介助する人によって技術が違う、体形も違えば筋力も違う。人の力のみで行う非常に危険で不安定な介助方法を行っていて一番被害者となっているのは本当は患者さんなのではないでしょうか。人力のみで無理な姿勢や力で移乗させることで拘縮を持つ患者さんの筋緊張を高めることも考えられます。

「お金がない、場所がない、機械がない、時間がない、指導者がいない」から福祉機器が導入できないとあきらめる前にできることから少しずつ現場を変えていきませんか? 変えられないという気持ちから変えていく。変えられるものから変えていく。それは、私たちだけの腰痛にかかわる問題ではないのです。ノーリフトを行うことで、患者さんの安全・安楽を守ることもできるのです。私達が「時間がないから・・・」といいながら行っている日々の動きをもう一度「何のために行っているのか」という視点で法律や指針といったエビデンスを見ながら見直してみませんか。

次回は 日本におけるノーリフトの導入を紹介します。

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保田淳子(やすだじゅんこ)

医療事務を4年間した後、看護師になり、2003年オーストラリアに語学留学。2005年南オーストラリア州アデレードのフリンダース大学看護学部へ編入しオーストラリア看護師資格所得。2006年、リンダース大学看護大学院に進学しヘルスマネジメントを専攻。2008年帰国。ノーリフトの啓蒙活動を開始。2009年日本ノーリフト協会を設立、代表に。滋賀医科大学大学院社会医学衛生講座博士課程入学。

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