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パラリンピック(パラカヌー)を支える技術(1)

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車椅子/姿勢保持

パラリンピック(パラカヌー)を支える技術(1)

「世界に勝つシート」を創る

山口 慎司 (川村義肢?関東本部事業部製造課)

2016-09-15

2016年のリオパラリンピックからパラカヌーが正式種目になりました。2016年5月ドイツパラカヌー世界大会に出場し瀬立モニカ選手(東京江東区)が見事リオパラリンピック出場を決めました。弊社postgresグループ川村義肢東京本社では、昨年より瀬立選手の競技用カヌーシートの製作をサポートしています。

支える技術

瀬立モニカ選手は、中学校でカヌーを始め、高校生の時に不慮の事故により両下肢麻痺、体幹機能障害となりましたが、リハビリを経てパラカヌーに転向しました。カヌーは、パドルを漕ぐ上半身しか見えませんが、艇内では激しく板をけり、ラダーで方向を取っています。しかし下半身が不自由であれば支えがないと座る姿勢を取ることができません。以前は艇に乗るときにお風呂マットなどを丸めて艇と体の間にはさみ、体を支えて漕いでいました。しかしそれではしっかりと体幹を支えることができず、シート製作の相談を弊社川村義肢にいただきました。2015年5月、本格的な競技用のカヌーシートの製作がスタートしました。

パラカヌー 瀬立モニカ選手

1号シート作製

競技を始めて日が浅く、漕ぎ方や乗り方が変化して行くことが予想されたため十分にヒアリングを行うことにしました。前傾姿勢で艇の前のほうからパドリング(パドルを使って漕ぐこと)を行えることが理想です。体を倒しすぎると顔が下を向いてしまい、漕ぐ事が出来なくなるので慎重に位置を決めていきました。
 

次に採型です。初めチェアスキーのシート採型の方法で採型を試しましたが、理想の漕ぐ姿勢を取ることができませんでした。そこで実際に艇の上で採型を行うことにしました。とりたい姿勢をしてもらいそこに発泡樹脂を吹き付けて※陰性モデル(患者さまの手足又は体幹にギプスを巻き付けて摂る型)を作りそのまま水上で漕いで確認をし、良い感触だったので※陽性モデル(陰性モデルに石膏を流し込み製作した型)を製作しました。瀬立選手も一緒に陽性モデル(石膏)を削ったりしながら仕上げていきました。
 

モデルが完成したら成型です。今回はポリエチレン板で製作しました。成型後内張りも成型し、大きめにカットして仮合わせを行います。選手に乗ってもらいカットラインを決めていきます。支える範囲が大きいと安定はしますが漕ぎにくくなってしまいます。ある程度仕上がったら、艇にシートを固定し水上で漕いでもらい感触を確かめます。この時シートのたわみが気になるとの要望があったので、アルミのバーでシートの補強を行い、剛性を上げました。その他に、シートと体をもっと固定したいとベルトも製作しましたが、沈したとき(カヌー用語:船が転覆すること)に危険なので、脱出しやすい仕様に変更し、万一、沈した時の為の脱出練習も行いました。

結果前傾姿勢で、前方で水をキャッチして漕ぐ事が出来るようになりました。

 

1号シートを納品後も、瀬立選手の練習等に参加しては改良点を探求していきました。足が左右にブレるのが気になるとのことで、採型に使った発泡樹脂で足置きを製作したり、腹圧を高め体幹をよりしっかり支えられるように、腹部べルトの改良を重ねました。


その後、2016年3月パラカヌー海外派遣選手選考会(香川大会)では見事1位に輝き、リオパラリンピック選考会でもあるイタリア大会に出場を決めることができました。

1号シート

1号シート

水上での練習

2号シート作製(攻めのシート)

瀬立選手の筋肉強化による肉体改造やテクニックの上達に伴い、次は「世界で勝負ができるシート」を作りたいという依頼を受けました。社内有志によるサポートチーム「チームモニカ」を中心に、専門家の動作解析の助言を受けながら、使える筋肉や支えるべきポイント、体幹の回旋運動を妨げている点などに注力しました。そのほかに重量などの問題点も挙げられており、上記のことに留意しながらプランニングして行きました。
 

1号シートとは形状を大幅に変更し、今回はFRP(繊維強化プラスチック・複合材)で製作し、内側にポリエチレン製のシェルを入れて強度を保ちました。姿勢をより前傾にできるようにし、簡易的だった腹当をポリエチレン製のしっかりしたものに変更し、背中で支えるものから腹部で支えるようにしました。回旋運動の妨げにならないように腹当のベルトをゴム製の収縮性のあるものに改良しました。


水上での試乗後、瀬立選手から「健常の時みたいに漕げる!」との言葉は忘れられません。

計測器による動作解析(チームモニカ)

2号シート

2号シート

2016年3月パラカヌー海外派遣選手選考会(香川大会)

2016年3月パラカヌー海外派遣選手選考会(香川大会)に2号シートを携えて帯同させていただいたことを少し振り返りたいと思います。
 

大会前の練習中に問題が生じました。重量が重くなっていたので軽量化のためポリエチレンのシェルを外して乗ることにしました。この大会では去年の成績やパラリンピックが間近ということもあり、パラカヌー競技に対する関心や取材も多く、選手はかなり緊張していました。チームで選手の気持ちがリラックスできるような配慮をし、レースにおいても道具に関する不安を取り除き、レースに集中できるようなサポートに努めました。


結果は見事1位! ドイツ大会への出場権を獲得しました。
 

レース前 メカニックサポート

レース場へ

表彰式 1位!

2016年5月世界選手権(ドイツ大会)

ドイツ大会はリオパラリンピック最終選考会からわずか2カ月後の予定だったので、急ピッチで問題点の対応を行いました。軽量化のため強度が足りなくなった部分はFRPの積層を工夫しながら構造強度を出しました。次に動きやすさを追求したため安定性が下がり操舵が難しいシートになってしまい、コースのコンディションにより選手が思い切り漕ぐ事ができなくなりました。そこでシート形状を1号シートに近いものにし選手の不安感を取り除くことにしました。


ドイツ大会には日本チームのメカニックとして帯同させていただきました。3人の選手と監督やドクター、トレーナー、コーチと共に戦いました。


日本を出発しドイツ到着後、まず選手の生活環境の確保を始めました。バリアフリー対応の客室ではなく、車いすで生活できる部屋をチーム内で調整し、水など食料品の調達ができるか、確認をしました。今回はホテルの横がスーパーで非常に便利でしたが、以前のイタリア大会では1時間も歩いて買い物に行っていたそうです。次に試合会場と艇庫の確保を早い段階で行いました。海外では事故や盗難等が多いので、予防処置につながる重要な作業です。また大会中や練習中には道具の紛失を防ぐために、常に道具を持ち歩いていました。
 

今回の主な作業は新艇や借艇、ヴァーという他の種目の調整です。
会場に直接新しい艇を運んでもらい調整を行いました。新しい艇に新しいシートで練習期間も取れないことや、練習中に艇とシートを固定しているレールがはがれてしまうというパプニングに見舞われてしまいました。レースに出られるように、すぐに修理を行いましたが選手から不安の訴えがあり、今回のカヤックスプリントのレースには乗り慣れている1号シートで出場する事にしました。
 

パラリンピック種目ではありませんが、ヴァーという艇の形状が違う種目にも参加するにあたり2号シートを使用する調整を行いました。3人の選手の艇を運んだり、調整をレース時間までに行わなくてはならなかったので、絶えず時間に追われていました。
 

ホテルではpostgresチームの部屋は寝ている時以外はドアを開け、次の日の予定や調整の方向性などを相談したり、雑談などリラックスできる場として開放していました。慣れない環境での練習など様々なストレスを取り除くこともチームには必要で、調整以外にも重要な仕事であると思いました。


レース当日は、試合時間が近づくにつれて選手の緊張が増し、こちらも緊張してしまいましたが、和ませる雰囲気つくりや選手の力が集中できるようにと努めました。レース中はコースの等間隔にスタッフを配置し声援を送り続けました。

 

結果はカヤックスプリント種目で11位、ヴァー種目で3位という成績でした。リオパラリンピック出場権は10位以内が出場枠だったので、とても残念な結果でした。


海外のトップ選手たちとの戦いを見ているとスタートでは負けておらず、後半にかけてが勝負だということ。選手それぞれが、違う漕ぎ方をしているので『正解』がなく、その人に合った漕ぎ方を見つけそれを実現させることが重要だと感じています。東京パラリンピックに向けての方向性を語り合いながら帰路につきました。

 

レース場艇庫にて

メカニックサポート

ドイツ大会レース場

リオパラリンピックに出場決定!

日本到着後、上位選手の失格があり、繰り上がりで『モニカ選手のリオパラリンピックに出場が決まった』と思いがけない、吉報が飛び込んできました。 皆の夢が現実になりました。

 

ドイツ大会と同様に、リオも時間が無い状況ですが、課題となっている自由度が高く安定性に関しての対応と、軽量化を目指して、リオに備えています。背もたれの形状を1号シートに近いものにし、腹当の素材をポリエチレンからカーボンに変更。シート底部の金属プレートを外し、シート取り付け位置を低くすることで重心を下げ、安定感を出しつつ軽量化を行いました。


リオパラリンピックでは、これまでの改良と技術を集結した2号シートが瀬立選手と夢のスタートラインに立ちます。

 

瀬立選手が取り組んだ肉体改造やパドリング技術の向上で、求められる要望も変化したり詳細なものになってくると思いますが、私たちも持てる限りの技術サポートをしていきたいと思います。またカヌーに限らず多様な分野の装備製作に携わりながら、それぞれの改良や工夫を活かすことができればパラスポーツ全体のレベルアップに繋がると考えています。



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障害者カヌーのことを「パラマウントチャレンジカヌー」

パラマウントとは「最高の」という意味。
自分にとって最高のチャレンジができるスポーツ。
2016年のリオパラリンピックから正式種目になりました。
カヤックスプリントこの競技は200mの直線コースで競います。
参考:日本障害者カヌー協会 http://www.japan-paracha.org/

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2号シート (リオパラリンピック)

想像力と技術への挑戦

リオパラリンピックへ夢を目指して!

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