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コミュニケーションに困難さのある子どもへのテクノロジー活用 ②

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コミュニケーションに困難さのある子どもへのテクノロジー活用 ②

連載2 障害によるコミュニケーションに困難さのある子どもたちへのテクノロジー活用 (2)

福島 勇(福岡市立南福岡特別支援学校 教諭)

2016-11-15

『コミュニケーションの主導権は誰にある?』 ・・・・ 障害の有無に関わらず、自らに問い直したい言葉で今回の連載は始まります。障害のある子どもたちが在籍するアメリカの学校でのVOCAを活用した「作業学習」にいくつものミッションを感じました。

4 コミュニケーションの主導権は誰にある?

今年9月にJTB総合研究所がまとめた「2016年海外旅行の現状について」という調査結果によると、2016 年の日本人海外旅行者数が 1700 万人(前年比 4.9%増)になると推計されるそうです。このことから、海外旅行を楽しむ日本人が実に多いことがわかります。ところで、旅行者の皆さんは外国語が達者なのでしょうか?「お腹がすいた」「トイレはどこ?」といった程度の内容であれば、身ぶりでも何とか伝わりそうに思うのですが、「物を失くした」「頭が痛いので薬をください」といった緊急時には身ぶりだけで意思を伝えることは難しいと思います。その結果、楽しいはずの旅行が不安とストレスでいっぱいになるのではないでしょうか。そんな時、自動翻訳機があれば便利だと思いませんか?「いやいや、私は外国語を話したいんだ。」という方は外国語教室に通われるかもしれませんが、外国語を習得するまでには授業料も時間も結構かかります。それよりも自動翻訳機のように【とりあえずコミュニケーションできる手段】を持っていれば、すぐにでも飛行機に乗れますし、授業料に予定していたお金で美味しい料理を食べたりショッピングを楽しんだりすることによって、旅の満足感や充実感をより味わえるのではないかと私は思うのです。

 知人のTさんは脳性まひによる重度の四肢マヒがあり、移動や食事は全介助で、しゃべることはできません。日常生活をおくる上で介護が必要で、家族やヘルパーに身の回りの世話をしてもらっています。文字や言葉は理解していますが、「ウー」と発声するか【うなずく/首を横に振る】という動作でYES/NOを伝えるという方法でコミュニケーションをとっておられます。そんなTさんの元に新米のヘルパーさんが来られて二人きりになった時のことです。その新米ヘルパーさんは、引き継ぎ資料から「Tさんは発話できないが言葉の意味は理解しているので、YES/NOで答えられる質問をして意思を確認すること」ということはご存知でした。ヘルパーさんがTさんのお宅に来られてすぐのことです。Tさんがヘルパーさんに何かを伝えたくて「ウー」と発声されました。すると、ヘルパーさんは「どうかしましたか?どこか痛いところでもあるのですか?」と尋ねました。Tさんが首を横に振ると、ヘルパーさんは「トイレですか?」「お腹がすいたのですか?」「のど乾いたのですか?」といった具合に、思いつく限りの質問を次々と投げかけられました。「のどが乾いたのですか?」と尋ねられた時にTさんがうなずくと、ヘルパーさんは「あぁ、のどが乾いたんですね。じゃあ、何を飲まれますか?ジュース?水?牛乳?お茶?」といった具合に、再び質問の嵐がTさんに降り注ぎます。「お茶?」という言葉の直後にTさんが「ウー」と発声すると、ヘルパーさんは「あぁ、お茶ですね」と理解されました。すると今度は、「熱いお茶?」「冷たいお茶?」と、またまた質問の嵐が...「冷たいお茶が飲みたい」という1秒くらいで伝えられる言葉でさえ、ヘルパーさんに伝わるまでに数分もの時間がかかっていました。

 このような状況では、Tさんにコミュニケーション上の主導権は無く、質問されたことに対してYESかNOを答えるだけという受動的なコミュニケーションになってしまっています。ヘルパーが代わるたびにこのような状況になるTさんは苛立ちやストレスがたまり、「何を言っても伝わらないや」という諦めの気持ちも相まって、人とコミュニケーションすることへの意欲が低下しておられました。

 共通の友人を通じて相談を受けた私は、あらかじめ録音しておいた言葉を発声させる機能をもったハイテク・コミュニケーションエイドと頭の動きに反応するスイッチを持参してTさん宅にうかがいました。使い方を説明すると、Tさんはすぐに理解され、頭でスイッチを押すだけで「のどが乾きました」「お腹がすきました」「背中がかゆいです」「トイレに行きたいです」「テレビが見たいです」といった最低限の要求をヘルパーさんに分かりやすく伝えることができるようになりました。それまでは

①「ウー」と発声してヘルパーを呼ぶ
②ヘルパーがTさんの要求を知るために質問する
③要求したいことをヘルパーさんが尋ねてくれるまでTさんは首を横に振る
④要求したいことを尋ねられて、うなずけばTさんの意思がヘルパーさんに初めて伝わる

という状況だったのですが、コミュニケーションエイドを利用するようになって以来、Tさんはスイッチを頭で押すだけで、すぐに要求をヘルパーさんに伝えられるようになりました。その結果、Tさんは「穏やかな気持ちでヘルパーと接することができるようになりました。」と語ってくれました。

 その後、Tさんから「伝えられる言葉をもっと増やしたい。」というリクエストをいただきました。そこで伝えたい言葉を表わすカードを作りラミネート加工して、ヘルパーさんが持てる大きさのボードに貼り付けて、その中から目で見て答えるという方法を提案しました(図6参照)。使い方は、Tさんがスイッチを押してハイテク・コミュニケーションエイドで「のどが乾きました」と伝えた後、ヘルパーさんが飲み物のカード(お茶、コーヒー、牛乳、ジュース、他)をパパッとボードに貼り、その複数枚のカードの中からTさんが視線で選ぶという方法です。こうすることで、Tさんは、より細かい要求を伝えることができるようになりました。ハイテクだけでなく、カードというローテクのコミュニケーションエイドも適宜使い分けることによって、Tさんのストレスは少なくなったと教えてくださいました。

 コミュニケーションエイドというアシスティヴ・テクノロジーの活用は、私たちが海外旅行で使う自動翻訳機と同じように、Tさんの精神を安定させる存在になったと同時に、コミュニケーション上の主導権をTさんにもたらしたのではないかと思います。

図6 コミュニケーションカードを貼った視線ボードの中から選ぶ

5 アシスティヴ・テクノロジーが「こころ」を変える-1

 前項で言葉を発するコミュニケーションエイドの利用例を紹介しましたが、もう少し説明しましょう。言葉を発すると言っても、人が頭の中で考えた言葉を機器が勝手にしゃべるわけではありません。電車等の音声案内や金融機関のATMなどでご存知のように、あらかじめ録音された肉声や人工的に作った合成音声を機器のスピーカーから出すという仕組みになっていて、得意な動きでスイッチ(呼吸・まばたき・押す・引く・触れるといった様々な動きに反応するスイッチが開発され入手しやすくなっています)に入力すれば、機器が言葉を音声で出力してくれるというわけです。

 このように、音声を出力するというハイテク機構を有し、持ち運びができるコミュニケーションエイドは、VOCA(Voice Output Communication Aids:携帯型音声出力装置)と呼ばれており、一つの言葉を録音・出力できるものから数十個もの言葉を出力できるものまで、多くの機種が開発・販売されています。また、パナソニックヘルスケア社のレッツ・チャットのように、機器本体に文字盤が表示されていて、その文字盤の中から文字を選択して文章を綴り、合成音声で音声を出力するものもあります。どのようなVOCAがあるのかについては、 東京大学・学際バリアフリー研究プロジェクト(AT2ED)の公式サイトが参考になります。 
  http://at2ed.jp/pro/productList1.php/categoryid/256

図7 スイッチ1個で作道するVOCA

図8 複数のスイッチが表面に配列されたVOCA

図9 レッツチャット

5 アシスティヴ・テクノロジーが「こころ」を変える-2

  20年ほど前の話ですが、VOCAを活用した別の事例を紹介します。重度の肢体不自由があるために移動・発話ともに困難ではあるけれども舌の出し入れは楽にできるAさんは、ひらがな五十音表が書かれた文字盤を支援者になぞってもらいながらYES/NOを伝えておられました。肢体不自由養護学校の中学部に入学してからは、舌を出すことに反応するスイッチとパソコンを使って文字をタイピングする学習を始められました。一ヶ月ほどで使い方をマスターされたAさんは、半年後には学級新聞を作るほどに上達されました。その後、童話を書いたり、卒業文集も自分で作ったりと、まるで日本版ホーキング博士です。パソコンで意思を表現できるようになった結果、それまで生活全般において受動的だったAさんは、次第にアクティヴになってきました。

 次にチャレンジしたことは買い物です。それまで買い物は家族にしてもらっていましたし、人に声をかけることができないので、自分自身で買い物をしたことがありませんでした。そこで、複数のスイッチが表面に配列されたVOCAを車いすに取り付け、舌でスイッチ入力して録音音声を出力できるように設定して買い物に出かけるようにしました。
  行き先はマクドナルドです。前もってメニューや店員との会話で予想される言葉をVOCAに録音しておき、ヘルパーさんに車いすを押してもらいながらAさんがマクドナルドに入って行きました。 
                                                  図10舌でスイッチを押しVOCAの音声で意思を伝える          

   
 店員が「いらっしゃいませ。店内でお召し上がりですか?お持ち帰りでしょうか?」とヘルパーさんに尋ねます。すかさず、Aさんがスイッチを舌で押して「持ち帰りでチーズバーガーを1つください」とVOCAで伝えました。すると、店員は驚いたような顔になり、「お飲み物は何になさいますか?」と尋ねます。AさんがVOCAで「コーラのSサイズをください」と答えます。店員が「ご一緒にポテトはいかがですか?」と尋ねると、Aさんは「いりません。以上で結構です。」とメッセージメイトで答えます。店員さんが「ありがとうございます。360円になります。」と返すと、Aさんは「車いすのテーブルの財布から取ってください。お釣りとレシートは財布に入れてください。」とVOCAで答えて買い物を済ませました。チーズバーガーとコーラの入った袋を車いすのテーブルに乗せたAさんがドヤ顔でマクドナルドから出てこられました。

  Aさんに感想を尋ねたところ、「自分一人で買い物ができました。今までは、後ろにいる介助者に店員さんが尋ねていたけれど、今日は自分の目を見ながら話しかけてくれた。それがとても嬉しかった。」ということをパソコンで語ってくれました。この経験で自信をつけたAさんは、その後、レストランやブティックなどに出かけることが増え、その都度VOCAを使って店員さんと会話しながら、食べ物を注文したり着たい服を選んで買ったりするようになったそうです。

  「一緒に買い物に行くのだから、家族やヘルパーといった支援者が代わりにやってあげれば良いじゃないか。」と考える方もおられることでしょう。しかし、買い物は自分の欲しいものを自分で選んで、しかも自分のペースで行ってこそ楽しいものだと私は思っています。生活のごく一部であっても、アクティヴに活動することが、その人の心の自立を促す上で重要なことではないかと思います。それをサポートするのがアシスティヴ・テクノロジーの役割だと考えています。

6 社会参加とは所属する集団に貢献すること

私は1999年に当時の文部省から派遣されて、アメリカにおける障害児・者支援の実際を視察する機会を得ました。8州11都市をめぐりましたが、その中の1つウィスコンシン州にある高等学校の特別支援学級を訪れた時のことを紹介します。

 そのクラスでは、障害種の違う5名の生徒たちが【空き缶つぶし】のJob Training(日本流に言えば特別支援学校などで取り組まれている「作業学習」に相当します)に取り組んでいました。まず、ダウン症のA君が空き缶を水で洗い、次に全盲のB君と肢体不自由のCさんが空き缶のプルタブをはずし、最後にA君が空き缶を潰すという作業工程でした。その間、骨形成不全症のD君はDynaVoxというVOCAを使って「We need a can」「Wash a can」「Smash it」といった言葉を出力させて作業手順を指示していました。自閉症のE君は作業なんかしたくはないという感じで、椅子に座ったままVOCA(旧型のDynaVox)から何やら音声を出力させていました。その言葉をよ?く聞いてみると、「How about Packers?(パッカーズの調子はどう?)」という言葉なのです。ウィスコンシン州にはGreen-Bay Packersというアメリカンフットボールのプロチームがあり、「ウィスコンシンの高校生はPackersの勝ち負けを大いに気にかけていて、それは障がいの有る無しに関係ないんですよ。」と担任のF先生が教えてくれました。つまり、ウィスコンシンの高校生の間で最も関心の高い言葉が「How about Packers?」なのです。すると、その言葉を聞いたみんなが「昨日、勝ったよね」「クォーターバックの◯◯が活躍したもんね」「次は△△が相手だから応援しなくっちゃ」といった会話を始め、生き生きと作業を続けるようになったのです。また、時おり「Good job」という褒め言葉を旧型DynaVoxから出力させて、さらにみんなを元気づけていました。作業の仕上げをするのはA君で、専用のプレス機で空き缶をつぶして作業は完了します。

 よ~く見てみますと、この作業は①空き缶を水洗いする、②プルタブをはずす、③空き缶をプレス機でつぶす、という3つの工程からなる作業で、A君一人で完遂できるのです。当時の日本の作業学習では、一人で作業工程を完遂し、できるだけスピーディーに完成度の高い仕事ぶりが求められていましたので、不思議に思って、「なぜ、みんなで一つの作業をするのですか?」とF先生に尋ねたところ、「たしかにA君一人で3つの工程がやれます。しかし、一人では3つの作業工程ができない生徒にもデキルことがあるのです。だから、全員で作業をシェアしながら空き缶つぶしの仕事をするのです。各自がそれぞれの能力を持ち寄って、その能力を発揮し合いながら活動することが重要だと考えています。だから、缶の水洗いやプルタブを外すという作業能力は無くてもVOCAの操作ができれば指示係や応援係をしてもらうし、スイッチの操作ができれば電気機器の電源係をしてもらうようにしています。何らかの役割を担って活動に参加することによって責任感をもつようになるし、ひいては社会に貢献しようとする意欲や態度が芽生えるのです。それが社会参加につながると考えています。」と説明してくれました。

図11空き缶を洗うダウン症A君

図12プルタブをはずす全盲B君と肢体不自由Cさん

図13VOCAで仕事を指示する骨形成不全症D君

 私が、アメリカで訪問させてもらった学校は、小学校・中学校・高等学校・特別支援学校をあわせて27校でした。小中高校の特別支援学級や特別支援学校ではJob Trainingに限らず図工や家庭科といった授業の中で、障害のある子どもたちが4~6名程度のグループになって、役割を担ったり作業をシェアしたりして協力しあいながら学習していました。また、小中高校の通常学級に在籍している障害のある子どもたちは、障害の無い子どもたちと一緒のグループに所属して、その中でも何らかの役割を担って学習していました。この「役割を担い、作業をシェアし、協力しあう」という考え方は、朝の会でも見られました。

 日本の小中学校でも、障害の有る無しに関わらず、どのクラスでも朝の会と帰りの会を行います。周りの人が聞き取りやすい発声ができない子どもが司会や健康観察の担当になった時、学級担任または明瞭にしゃべれる子どもが代弁する場合が少なくありません。つまり、障害が重度なために周りの人が聞き取りやすい発声ができない子どもは、朝の会の場にいても何もやること(=役割)が無いのです。そういう状況は『場に存在しているだけでしかない』とF先生は指摘するのです。アメリカでは『司会・健康観察・歌の伴奏といった役割を果たすことこそが、その集団に貢献することであり、社会に参加することである』と考えられており、そのためにもアシスティヴ・テクノロジーの活用は欠かせないものであると理解されています。日本においても、障害のある子どもが活動に参加し、社会に貢献するためには、周囲の者が発想を換えてアシスティヴ・テクノロジーをもっと積極的に活用していく必要があるのではないかと考えています。

 次回は、スマートフォンやタブレット型情報端末機器などのICT機器を応用したアシスティヴ・テクノロジーの活用について紹介したいと思います。

図14 みんなをVOCAで励ます自閉症E君

図15 空き缶をつぶすA君

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