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東北に走る喜びを!~ランチャレin秋田・仙台~

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東北に走る喜びを!~ランチャレin秋田・仙台~

~ランチャレin秋田・仙台~

佐藤陽介 (JA秋田厚生連湖東厚生病院・ 理学療法士) 

2017-01-16

東北にAmbeins(アンベインズ)という義足ユーザーが集うスポーツサークルを立ち上げ、仲間とともに日々活動している秋田県の理学療法士・佐藤陽介先生。東北初となる「ランチャレ!」は2016年3月に秋田で開催され、11月には仙台開催へと展開していきました。一人の理学療法士の「走る喜びを伝えたい!」その熱意がランチャレのイベントを東北に引き寄せたのかも知れません。今回、佐藤先生よりAmbeinsサークルの活動や義足の魅力と共に秋田、仙台で開催されたランチャレ!について2連載でご紹介させていただきます。

「俺、もう走れないんですよね?」

それは、以前私が担当した下腿切断の患者さんからリハビリ中に言われた一言でした。私は理学療法士として下腿切断術を受けたこの患者さんに義足での歩行や生活の仕方などを指導、アドバイスする役目にあります。ですが、この言葉は私にとっても疑問を生みました。メディアを通して板バネの義足を履き、颯爽と走っている義足ユーザーを見たことはありましたが、恥ずかしながら理学療法士として、どうしたら「義足で走ること」ができるようになるかわからなかったのです。これは、私が義足での走行やスポーツ用義足に興味を持つきっかけとなる出来事でした。
 

義足に関わったことがない方には意外かもしれませんし、語弊があるかもしれませんが、多くの理学療法士は義足の事をあまり詳しく知りません。理由の多くは義足の患者さんを担当するケースがそれほど多くはない事にあるように思います。理学療法士は様々な疾患の患者さんを担当しますが、一人の理学療法士が担当する患者さんの中で、下肢切断の患者さんの割合はそれほど多くはないのです。

 

私自身も義足の患者さんを担当する機会は2年に1度程度ですが、これは決して少ない方ではないのです。全く経験したことがない理学療法士の方が多いのではないかと想像します。残念なことですが、下肢切断術を受けた患者さんでも全ての人が義足を履けるわけではありません。さらに将来「走る」ことができる患者さんは、より少なくなります。そのため理学療法士にとっては経験が積みにくい分野となるわけです。書籍や論文も他の分野に比べて少なく、勉強するにも情報量が限られてしまいます。
 

しかし、患者さんにとっては大切な「あし」となる義足です。1本目の義足は仮義足といい、病院でのリハビリ期間中に作成し、多くの場合1歩目を踏むのはリハビリ室です。この仮義足の良し悪しや、パーツの選択は、後に作る本義足にも影響してきます。理学療法士にとって「わからない」という本音は患者さんの目の前でとても言いづらい言葉です。わかるフリもできません。義足の患者さんを担当したことがない理学療法士にとっては、想像するだけで難しい分野のようです。
 

そこで頼りになるのは「義肢装具士」という存在です。
 

義肢装具士は理学療法士に比べて義足の担当件数は多いのですが、「営業」という立場で病院に参院することが多いので病院からは「業者さん」として対応されがちです。これは病院との関係、担当理学療法士との関係によっても違ってくると思いますが、時には「遠慮」が生まれる場合もあります。仮義足とはいえ、その人の目標とする生活にあった義足で練習することが大切です。お互いに遠慮があっては中途半端な義足になってしまう可能性があります。私は義足に興味を持ち、そこに理学療法士が関わる必要性に気付いた者として、義肢装具士が自信を持って義足製作ができる良き仲間でありたいと思っています。そして、この後にご紹介するAmbeinsというサークルを通して義肢装具士と共に活動しています。

Ambeins発足

義肢装具士向けのセミナーや義足の情報を学べる学会に参加していく中で、全国に多くの知り合いが増えました。パシフィックサプライ社の皆さんとも学会で知り合いました。また、東京の切断者スポーツクラブヘルスエンジェルスへも参加させていただき、義肢装具士の臼井さんや同行していただいた三重県日下病院Dr加藤先生から「東北にはまだ義足のスポーツチームが無いから作ってみたら?」というアドバイスを頂き次のステップを踏むことになりました。

ところで、読者の皆さんは模擬義足をご存知でしょうか?健常者が履くことができる義足です。「ソケット」と呼ばれるケースに膝を曲げた状態で自分の脚を納めます。ソケットの下には本物の義足部品を取り付けて疑似的に義足を体験することができるものです。私はある時、これを一週間借りて終業後に毎日2時間程度歩き、アライメントを自分で調整し、ある程度きれいに歩くことができるようになりました。

「走る」動作には跳ぶように両足が地面から離れる瞬間があります。しかし、この模擬義足を履いて初めて走る動作に挑戦したとき、どうしても跳ぶ動作がうまくできませんでした。慣れていないという理由もありますが、「この脚で跳ぶの?」と考えると怖くてゾッとしました。私たちが初めてスポーツ用義足を試したのは自分自身です。走れた時の感動と、カーボン製の板バネが反対の脚のスネに当たった痛みは今でも忘れません(笑)

2015年の夏、Ambeinsが発足しました。東北では初となる「義足ユーザーのスポーツサークル」です。あっさりと書きましたが、実は構想から5年もの歳月がかかりました。一番時間を要したのは義足ユーザーの発掘でした。その年の春に秋田で開催されたセミナーで出会った義足ユーザーの方に声をかけて仲間になってもらい、やっと形にすることが出来ました。構成するメンバーは、義足ユーザー、理学療法士、義肢装具士、義足ユーザーの家族です。スポーツ用義足を使った走行練習会がメインですが、義足で挑戦してみたいことに全員でチャレンジするスタイルを目指しています。見学に来てくれた方にその場で歩行動作のアドバイスをさせていただくこともありましたし、障害者スノーボード協会の協力を得て、スノーボードの練習会も行いました。また、ランチャレなど義足に関するセミナーなどが開催されれば積極的に参加しています。Ambeinsは、情報交換・交流の場、理学療法士・義肢装具士の知識や技術の向上の場、義足ユーザーの動作スキルの向上の場として活動を進めています。また、理学療法士や義肢装具士がその経験を生かすことで臨床現場に還元することも目指しています。今後は理学療法士に向けた義足についての勉強会などやってみたいことが沢山あります。

よく聞かれることですが、サークル名の「Ambeins」は英語での「切断」を意味する「Amputee」とドイツ語で「脚」を意味する「bein」を組み合わせて作りました。また、東北弁で「あんべ」は「一緒においで」という意味があり、東北で仲間を集めて活動している私たちに重なるサークル名だと思っています。

模擬義足

初めてのAmbeins練習会

ランチャレin 秋田

パシフィックサプライ大阪営業所の佐々木さんから「ランチャレを秋田でやりませんか?」と声をかけていただき、飛び上がるほど嬉しかったことを今でも覚えています。ランチャレのイベントは元々知っていて、Ambeinsメンバーの義肢装具士とも「いつか参加してみたいね」と話していましたが、まさか東北の、それも地元の秋田で開催してくれるとは思ってもみませんでした。

地道な活動を見ていてくれた人がいたんだ!と素直に喜びました。その後、仙台営業所に赴任して間もない門奈さんが当院を訪れて、「なんで秋田で!って私も思いましたよ。」と笑っていましたが、私がAmbeinsの話を語りだすと「できる!」と確信してくれたそうです。

ランチャレのインストラクターである理学療法士の長倉裕二先生とは、ランチャレ以前にも何度かお会いしており、面識がありました。Ambeinsのメンバーが増える陰には必ずと言っていいほど長倉先生が関わってくださっています。長倉先生のセミナーでは、実際の義足ユーザーに走っていただくことが多く、それがきっかけで「走ってみたい!」と思うユーザーが多いのです。そういったユーザーの方に声をかけながらAmbeinsはメンバーを集めてきました。また、義足ユーザーへの走行動作の指導方法も教えていただき、Ambeinsの練習に役立たせていただいています。

秋田開催の会場は県立運動公園陸上競技場。貸切で使わせていただきました。会場の選定などには微力ながら私もお手伝いさせていただきました。興味を持ってくれた理学療法士仲間にも声をかけ、義足ユーザー、義肢装具士、参加者全員にとって嬉しい出会いの場となりました。

また熊本から、インストラクターとして長倉先生の他、浜本洋典先生がかけつけてくださいました。午前中は日頃履き慣れた義足を使用し、屋内で体力測定や走行に繋がる動作の指導を受けました。長倉先生の指導の様子は何度か拝見したことがありましたが、「走行」に特化したセミナーは初めてだったので新鮮でした。Ambeinsメンバーもスポーツ用義足を履いたことはありましたが、その使い方をここまで丁寧に教えてもらったことは無かったと思います。それはチームの理学療法士兼トレーナーである私の責任かもしれませんが(笑)。

午前の練習

スポーツ用義足での走行

スポーツ用義足の走行では義足に体を預けることができるかどうかが重要です。その確認をすると、多くの参加者が義足にうまく体重をかけることができていませんでした。見た目ではうまく歩く事ができていても実は義足を有効に使って歩いているわけではないという事がわかります。これは参加者としても、理学療法士の自分としてもショックであり、気づきでもありました。スプリント用の板バネはしっかりと体重を乗せてたわみを作ってあげる事でバネの力が発揮されます。この理解と動作が一致して初めて走行する事ができます。

これを可能にするため、数種類のステップワークを行います。継足歩行、クロスステップ等を行い、参加者は「義足に乗る」ことを自然と習得していきます。義足に体重を乗せる事が出来るようになるとケイデンスを上げる練習を行います。ケイデンスとは一歩毎のテンポの速さのことです。回転数と言った方がわかりやすいでしょうか。健常な方は歩行速度が速くなっても自然と足がついてきます。それは様々な感覚器官の情報から脳が歩行速度を理解し、脚の振り出す速さを制御しているためです。本人が意識せずとも行われる処理です。

しかし、義足ではそうはいきません。義足はいわば振り子のように働きます。膝から上で切断された大腿切断の方などでは膝の関節の代わりに「膝継手(ひざつぎて)」と呼ばれる人工の関節をつけます。ガリレオが発見した振り子の等時性という原理をご存知でしょうか、「ひもの長さが同じなら、振り子の揺れが一往復する時間(周期)は、揺れが大きくても、小さくても、一定である。」というものです。ひざ継手も振り子である以上この法則に則って動きます。速く走るためには速く脚を振出さなければならない、しかし、振り子の等時性によって速い振り出しに脚がついてこないのです。そこでひざ継手には様々な工夫がされています。板バネと同じように膝継手にも走行に特化したものがあります。その多くは膝の伸展(伸び)と屈曲(曲がり)を制動する機能があります。伸展と屈曲をそれぞれに油圧でブレーキをかけてやる機能です。

極端な話をすると、伸展の制動を適度に緩く、屈曲を適度に強めにする事で「曲がりにくく、伸びやすい膝」にしてやると速い速度で脚を振り出してもついてきてくれます。その上で速いケイデンスを維持したまま義足に体重をかける事ができるよう動作練習をします。

義足のバネに慣れる

還暦を過ぎても熱い走り!

全員で100mを走る!!

午後はスポーツ用の板バネに履き替え、トラックを使って実践的な走行練習を行いました。
 

Ambeinsメンバーの悩みでもあった「スタート」の練習は徹底して行われました。クラウチングスタートではスタート直後から身体を徐々に起こしていく際の義足の振り出し方が難しく、参加された義足ユーザーの皆さんは納得がいくまで何度も挑戦していました。

また、スタートから20mまでの加速走の練習ではゴムバンドを使いながら介助者が加速を後押しするような形で練習し、これまでに経験した事がない加速感に悲鳴も聞こえました(笑)。

最後は全員で100m走です。ほとんどの参加者が、切断後100mという距離を走った事がありません。「なげ?!」と叫びながらも嬉しそうに走っていたのが印象的でした。
 

※ 次号はランチャレin 仙台をお届けいたします。



スタート練習

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