検索

Close

検索したいキーワードを入力してサイト内検索をする

パシフィックニュース

持ちあげない看護・抱えあげない介護2

リフト・移乗用具

リハビリテーション

持ちあげない看護・抱えあげない介護2

日本ノーリフト協会代表 保田 淳子

2010-10-01

~腰痛は職業病であってはいけない~

前回は、オーストラリアで腰痛予防対策として導入されているノーリフトの概念を紹介いたしました。ノーリフトとは、持ちあげないだけでなく腰痛を起こす原因となる「押す・ひく・持ちあげる・ねじる・運ぶ」といった動作に注目し、労働安全衛生法に基づいて看護や介護労働環境を整えていきます。しかし、この原点にあるものは、看護や介護者の労働環境を整えることで、「ケアの質が大きく変わってくる」という患者さんに対してプロとして安全安楽なケア提供を考えていくことです。

もちろん、オーストラリアでも1998年ごろリフトなどの用具を導入開始時には、看護者や介護者から「時間がない」などの反対意見も多く聞かれたそうです。しかし、プロとして「今」という点を見るのではなく、患者さんの人生やその家族の健康をつないで、いかに在宅でも安全に安楽にケアができるようにするか考えていくと、施設や病院で福祉用具の導入などをプロである看護師や介護者が指導していく必要性に気が付き始めたといわれています。今だけにとらわれると、手で動かしたほうが早いかもしれません。でも、そこに事故の危険や二次障害のリスクがあるのであれば、ケア提供のプロである医療従事者や介護者は、立ち止まり本当に必要なものを見つめていかなければいけないのではないでしょうか。

そのためオーストラリアの腰痛予防対策=ノーリフトは、How toでは教えず、なぜこういった取り組みが必要なのかといったエビデンスの提供や、自分がリフトを体験し、感じることやディスカッションすることを大切にしています。そうした体験や知識を持つことで、実際に使うときのチェックポイントが生まれ、また不安を増強させないための患者さんとの対話やタッチングの大切さを忘れません。

日本で病院や施設でノーリフトを導入する際に、どのような手順があるのか紹介したいと思います。日本の施設や病院で腰痛予防対策でキーとなるのは、

  1. 腰痛は個人の問題ではない
  2. 福祉用具使用指導はテクニックをつたえるのではない
  3. 継続が必要

といった3点を基本として介入しています。

ノーリフト導入事例
~マネージメント側が行うこと~

  1. 現場の腰痛訴え率を把握する
  2. 現場で一番身体負担の大きいところを調査
  3. 施設として対応できることを検討(時期や予算など)
  4. 検討したもので取り組めるものと取り組めないものの報告
  5. 実施計画
  6. 継続計画

シート使用によるベッド上の移動

個人の問題でないというのは、ボディメカニクスや筋力アップあるいは移乗介助技術の習得に教育のポイントをおくのではなく、リスクマネージメントとして腰痛予防対策を捉えていくことが必要です。いつ・どこで・どのように腰痛を起こしているのかあるいは、身体負担があるのかと現場調査を行いアセスメントします。そのときには、同時に患者さんに及ぼす危険度、例えば移乗の際に転倒しそうになったあるいはしたことがあるかなどの経験も聞き、ケアの質向上の検討材料にしていきます。

現場でいろいろ調査すると現場が今困っている点が把握できますのでリスクの軽減になると同時に労働環境改善にもつながり人材不足・離職防止などへもアプローチする材料になります。そのため、アセスメントした内容をマネージメント側がどのように対応できるか検討し現場にも報告していきます。

最近では、モデル奨励金の関係から日本の介護施設でベッドの買い替えが盛んに行われているようですが、安易にベッドを買い替えるだけでは、腰痛予防対策になりません。現場において、身体負担の多いケースはベッド上での移動や体位変換よりもベッドから車イスへの移動や入浴介助があげられることが多いのです。そのため安易にベッドを電動に替えるのではなく、移乗介助の軽減を考えてリフトを導入したほうが負担軽減が明らかになる場合があります。また、日本のベッドの多くは、腰痛予防を行える十分な高さまで上がらないものがほとんどです。せっかく腰痛予防対策でベッドを買い替えても、その用具は腰痛予防につながらないということにもなりかねません。これはベッドだけでなくリフトなどにもいえることです。

施設として対応できることを検討するときには、いろいろな福祉用具を体験し、メーカーなどとの情報交換も大切になってきます。一言に福祉用具といってもたくさんの数がありすべてを把握している人は少ないのではないでしょうか。また専門職でのリフトなどの用具を知らない人はまだまだ多いのです。そのため購入する前にはできるだけ多くのリフトや用具を体験することをお勧めしています。

ノーリフト

ノーリフトは腰痛予防対策ですが決してリフトだけを導入しているのではありません。よりよい職場環境作りとケアの質の向上を考えながら動けるようにリードしていくためのツールです。そのためマネージメント側は、現場との信頼関係を作っていくことも忘れません。現場の状況を聞き、リフトなどを試したあと、マネージメント側として今どのように対応できるのかを現場に報告します。それは、予算的なものであったり今は取り組めないというときにはネガティブな報告もしなければいけません。しかし今ある事実をほうっておくのではなくて現場に現状と計画を伝え一緒の目標に向かって動いていくことが大切です。

日本でも1人で腰痛問題を抱えるのではなく、その現場で様々な価値観や知識を持った人々が連携して腰痛の予防に取り組めるようにノーリフトの理念を利用していくことが大切だと感じています。

大阪厚生年金病院:事例検討

施設でのノーリフト介入事例

導入前
1.マネージメント側にノーリフトの必要性を話す

  • 人材不足や離職の原因を探す
  • 現場の腰痛有訴率を知っているかの確認

2.スタッフにノーリフトの概論を伝える
3. 家族やご利用者さんへノーリフトの説明とリフトの紹介&体験会を設定
4.スタッフの腰痛有訴率を出す
5.現場で身体負担の多きところや問題となる事例を把握
6.リフトのデモンストレーションと指導
7.設計相談と現場への導入計画&報告会

導入後
8.マニュアルの作成
9.スタッフ体験と事例検討会
10.実際の使用を開始
11.事例検討とスタッフ指導
12.腰痛有訴率調査
13.チェックリスト作成
14.困難事例のまとめと学会などへの発表
15.継続に向けての準備

保田淳子(やすだじゅんこ)

2005年南オーストラリア州アデレードのフリンダース大学看護学部へ編入しオーストラリア看護師資格所得。2006年、フリンダース大学看護大学院に進学しヘルスマネジメントを専攻。2008年帰国。ノーリフトの啓蒙活動を開始。2009年日本ノーリフト協会を設立、代表に。滋賀医科大学大学院社会医学衛生講座博士課程入学。

ノーリフト講習会:ディスカッション

関連情報