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パシフィックニュース

「初めてちゃんと座っている感じがした!!」から始まった自立支援

車椅子/姿勢保持

リハビリテーション

「初めてちゃんと座っている感じがした!!」から始まった自立支援

杉本昌子(パシフィックサプライ株式会社・事業開発本部・シーティングエンジニア)

2018-11-15

周りに整えられた環境の中だけで生きるのではなく、自分自身で周りの環境を整えられるようになり、選択できるようになり、伝えられるようになる。そんな自立を目指したい。 ...そんな風に私は彼の言葉から感じ取った。

彼との出会い

彼との出会いは2015年7月。とある福祉機器展での関わりがすべての始まり。
 
知り合いの作業療法士(以後、担当OT)から受けた相談。内容は、「現在一枚物のハードバックを使用しているが、胸郭の一か所で体幹を支持していて、腰の動きを使った動作がうまく出来ない。筋緊張も高くなってくる。安定して座れるように姿勢を改善したい」ということで試してみたのがV-Trak

これまでは骨盤が後傾し、胸郭の重さが腰部にかかり、頭部のコントロールにも努力が必要だった彼が、V-Trakを使って骨盤を後傾しないように安定させ、胸郭を伸展方向に支持することで、彼が発した言葉…
「初めてちゃんと座っている感じがした!!」
この言葉は何年経っても忘れられない。23歳になる彼は、今までどんな思いで座っていたのだろう。一日の半分を車椅子上で過ごす彼にとって、どんなに苦痛であったのだろう…。
私の心に深く突き刺さったのだ。
彼にとってこの経験は、大きく人生を変えるキッカケとなった。それ以降、自分の姿勢に関心をもち、周りの環境と自分との関係性について考えることができるようになり、それまで周りに言われるがままを受け入れていただけの彼が、自分自身で周りの環境を動かす存在に変わっていったのだ。

これまでの彼との関わり

そんな彼と周りの支援者とのこれまでの関わりについて、当時を振り返ってみたい。
 
訪問リハビリの担当OTから、姿勢についてアドバイスをもらっても、なぜ言われているのか、それが何に繋がるのか、イメージできない状態が続いていた。姿勢を直してもらうにしても、時間が掛かるためヘルパーさんに迷惑が掛かるとの思いから、自分の姿勢について消極的な状態が続いていた。

以前に製作した電動車椅子が身体の寸法には合っておらず、作り替えを検討することになる。姿勢改善のために、機器展では身体の寸法にあった車椅子にV-Trakを取付けて試してみることに。
骨盤が起きた状態で安定し、臀部と大腿部に荷重がかかり、しっかりと座っている感覚を得る。土台が安定することで、上体の緊張が起きにくく、肩や頸部の緊張が抜けて、リラックスすることができた。身体の反応から私が感じたこと、それは「これが安定して座るということなんだ~」。リラックスした状態では、頭部のコントロールが良くなり、上肢の動きも改善し、これなら何でもできそうな気がする。そんな風に伝わってきた。

この一瞬の座る機会をキッカケに、今の車椅子は彼の身体に合っていない、電動車椅子を作り替えたい、V-Trakを使いたい、ということを自ら周りに伝えた。

様々な問題点が浮き彫りに

実際に電動車椅子を作り替えるには、様々な問題が起こってくる。V-Trakを取付けできる車種はどれか?車体のサイズは彼の生活場面に適用するのか?彼自身の操作性はどうか?介助者の使い勝手はどうか?

この問題を解決しようと思うと、実際に試してみるしかない。地域の販売店の協力も得てデモ車にV-Trakを取付けて一定期間の評価を行った。長い期間をかけて2017年末に無事に納品となった。その後もフォローアップのために訪問し、彼の言葉を聞いてみることに。
姿勢に関わる私たちは、彼の姿勢や身体の動きをみて、電動車椅子の設定を変える提案をすることに。体幹を起こす動きの中で、今後のことも考えて頸部の負担を和らげるようアームサポートを高くしてみた。
低いままだと頸部から引き上げる動作になるので、長期間で考えると弊害が出る可能性がある。それは彼も理解していた。以前の彼だと自分の身体の動かし方について分析することなんてなかったのに、今では自分の身体の反応や動かし方をよく理解していた。
私たち支援者はその時の姿勢や動きに着目しがちで「高い方が良いのでは」と提案したところ、彼の口からこんな言葉が。
「これだと、職場の机に合わないんじゃないかな。自宅のパソコンの机に入れる?食事用テーブルは?」
これには私たちも完敗。そうだ、24時間生活支援と理想的なことを言いながら、何も彼の生活について考えていなかったのだ。たかが1~2cmの高さが変わっても、私たちは周りの環境にある程度順応できる。しかし、環境設定に支援が必要な彼らにとって、その違いが生活、しいては人生にも直結する問題となるのだ。

本当の「自立」とは

彼はこんなことも言っていた。
「自立、自立と言うけれど、環境に自分を合わせて頑張ることではなく、自分が活動しやすい環境設定は何かを理解することが自立に繋がるんだ。」
全ての環境を整えてあげることが重要なのではなく、どのような環境設定が必要で、そのために必要なものは何かを伝える術を持つことが、本当の自立に繋がるのではないだろうか。周りに整えられた環境の中だけで生きるのではなく、自分自身で周りの環境を整えられるようになり、選択できるようになり、伝えられるようになる。そんな自立を目指したい。
そんな風に私は彼の言葉から感じ取った。
 
最近の彼はこんなことも教えてくれた。人材不足によりガイドヘルパーの日曜日利用が難しくなったと。そして一人で外出できるのでは?と提案されたとのこと。多くは何とかしてよ!と事業所に訴えがちではないだろうか。しかし、彼はそこで立ち止まらなかった。目的地までは介護タクシーを使って、食事やトイレ、具体的に自分自身が困りそうなことを想定して、対策を考えるようになったそうだ。自分で何とかしなくっちゃ!それに向けて練習しなくっちゃ!と前向きに物事をとらえてチャレンジし始めたのだ、と。
 
彼に出会ったことで、私たち支援者は多くの気付きをもらい、考えるキッカケをもらった。自分たちはいつも支援する側・教える側だと思っているかもしれないが、彼らから学ぶことはとても多い。お互いに教え・教えられ、支える・支えられる。お互いに高めあうことで、より良い生活・より良い社会に繋がると私は信じている。一人でも多くのお客様が彼のような存在になることを願いつつ、また新たな出会いに向き合っていきたい。