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パシフィックニュース

持ちあげない看護・抱えあげない介護3

リフト・移乗用具

リハビリテーション

持ちあげない看護・抱えあげない介護3

日本ノーリフト協会代表 保田 淳子

2011-01-01

総合病院にて

現状として看護部としてなんとなく腰痛を持っている看護師が多いことは分かっていたものの、今まで腰痛に焦点を当てた調査をしたことがありませんでした。今回、機器導入やノーリフト導入に際し、有効性や必要性の検討に使う指標として、腰痛訴え率や福祉用具使用状況と意識について全看護職員の意見を調査しました。

その結果、90%以上が腰痛を訴えていることが分かり、このまま放置しているとこの数が離職や休職につながっていくという懸念をもち、早急にリフトなどの福祉用具の導入を計画するに至りました。しかし、予算やスタッフの意識の壁(問題)にぶち当たることになったのです。

  1. 予算の問題 まず最初の問題として必要備品の予算編成を行う事務方へのプレゼンテーションの場で「今まで必要なかったものがなぜ必要なのか?」などの質問が多数あがった事、同時に必要だと思っていたリフト3台購入の予算編成をすることは金額的に不可能だったため、試験的にデモ機を1台導入し、現場への教育と体験を実践する事にしました。
     
  2. スタッフの意識 デモ機が1台になったため、1病棟に導入しましたが、スタッフ間での温度差は、はっきりと伝わってきました。例えば、現在、腰痛を患っていないからか、あるいは今までの受けてきた教育からか、福祉機器を使用することに興味のないスタッフもいます。また、機器を使うことに抵抗を感じているスタッフ、機器や用具はリハビリスタッフだけが使うものと考える者もいました。中でも最も多い拒否の理由として手間がかかるなど、時間の問題があがりました。

    そのようなスタッフに出会うと、どうしてもノーリフトの必要性を説明したくなりますが、こちらが熱くなればなるほどスタッフとの壁が大きくなることが多いのです。オーストラリアで学んだ「人にはそれぞれのタイミングがある」という言葉と「仲間でいい雰囲気を作ることが大切だ」ということを念頭に置き、反対しているスタッフを説得しようとするのではなく、待つことや相手の言葉をゆっくり聞くことそして、まずやっていこうとしている仲間とサポートし合える関係を作ることに努めました。
     
  3. 導入初期 実際に機器を使用し始めると、看護師の意識や機器使用方法に対する自信によって、機器を使う者と使わない者がいたり、リフトがいつも必要な場所にあるわけではないために、統一したケアの提供が行えないことも問題となりました。

患者さんにとって一貫したケアの提供のためにスタッフの意識改革を再度行い、ノーリフトの必要性や腰痛の実態を何度か話をして、その後様子を見ていましたが、オーストラリアと同じようにここでも患者さんの変化によってプロである看護職が動かされました。
移乗のためにリフトを使ったとたん、今まで笑ったことのなかった患者さんが笑ったことで、スタッフは今まで自分たちが力任せに移乗していたことが、相手(患者さん)にとっても負担だったことを感じ取ったのでした。

障害者施設にて

実際にコンサルタントとして、ノーリフトを導入した時も、初めてのノーリフトの説明時に、スタッフ3名(16名中)が「リフトを使うことが健康を守るという権利を守るなら、使わないという拒否する権利もありますよね。」と言って、まったくノーリフトの講習会に出ないということを経験しました。

思わず、ノーリフトの必要性を力強く説明したくなる気持ちを抑えて、その場から去る3人をゆっくり見送りながらも、またいつかここへ迎えるまで見守ろう!そして、目の前にいる「これからノーリフトをやるぞ!」とエネルギーを持つスタッフとの関係作りに集中し、自分の気持ちを意識的にコーディネーター(指導者)作りをサポートすることへ持っていったことを覚えています。

このとき気持ちを抑えられたのも、1996年にノーリフトをはじめたジャネット氏から「オーストラリアも始めたときは多くの看護師からノーリフトは拒否をされ、『手で動かしたほうが早い』あるいは『場所がない』などと多くの理由を挙げられた」という話を聞いていたことがあったからです。順風満帆にすすんできたわけではなくオーストラリアでも最初はそのようなことがあると聞いてとても驚きました。しかし、彼女は「自分たちの行っていることが正しいと信じ、壁(問題)や相手を強引に動かすのではなく、一緒に動いている仲間と良い雰囲気を作っていれば(状況は)必ず動く。また、患者さんが変化すると看護・介護する側もその必要性をわかってくれる」とも教えてくれていました。

ノーリフトコーディネーター養成講座の様子1

ノーリフトコーディネーター養成講座の様子2

現場への導入を経験して

現場でのノーリフト導入の際に、リフトよりもベッド上下移動や体位変換で使えるスライディングシートのほうが抵抗なく現場のスタッフに受け入れられ、浸透が早いこともあります。前述の総合病院で2番目に取り組んだ病棟は、シートを先に導入していこうと計画したのです。ところが、面白い事にこちらがアプローチする前に他の病棟から「何か便利なシートがあると聞いた。うちの病棟には入らないのか??」と問い合わせがあったのです。今までなら、上(師長)からの指示で導入していたノーリフトですが、現場がモチベーションをもって用具の導入に動いてきたことは、マネージメント側にとっては願ってもないうれしいことでした。

一度に病院や施設全体に導入するよりも1つの病棟やユニットなどに的を絞ってノーリフトを導入する方が他のスタッフへも良い影響を及ぼすことが導入事例を通してわかってきました。たくさんのスタッフを一度に動かそうと思うと計画もより細かくなり、担当者へ重く責任がかかってきます。また、多くの場合のスタッフがノーリフト専属ではなく、現場との掛け持ちなので無理なく計画を進めていくには、1人のノーリフトコーディネーター(指導者)が1つの病棟(ユニット)にゆっくり関わって1つの成功事例を病院や施設の中で作ることが大切です。

ノーリフトは、けっして1人でできることが素晴らしいのではなく、多くの専門職や多くのスタッフが巻き込まれてはじめて成り立つものにしていくことが大切です。

ノーリフトコーディネーター養成講座の様子3

ノーリフトコーディネーター養成講座の様子4

ノーリフトを導入して継続していくためには、個人が自分だけの技術や知識を磨くことで満足したり、用具を選ぶことにエネルギーを注ぐのではなく、医師、リハスタッフやセラピスト、看護師、介護職、ヘルパーなど様々な職種が連携し解決していく形を作っていくことを目標にする事、最初は、難しい事例(症例)病棟に関わるのではなく、まずスタッフの連携で解決できる事例を考え、スタッフが体験や実感できるよう環境を整えます。

今の時間だけでなく、患者さんのこれからの時間や背景、そしてスタッフや病院・施設の今後をも踏まえた視点をもてるようなスタッフをサポートしていくシステムを作ること、決してリフト使用の技術や腰痛予防対策だけに終わらないことが(社)日本ノーリフト協会の目指しているノーリフトなのです。

保田淳子(やすだじゅんこ)

医療事務に4年間従事した後、看護師になり、2003年オーストラリアに語学留学。2005年南オーストラリア州アデレードのフリンダース大学看護学部へ編入しオーストラリア看護師資格取得。2006年、フリンダース大学看護大学院に進学しヘルスマネジメントを専攻。2008年帰国。ノーリフトの啓蒙活動を開始。2009年日本ノーリフト協会を設立、代表に。滋賀医科大学大学院社会医学衛生講座博士課程入学。

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