パシフィックニュース
コミュニケーション障碍の支援③~コミュニケーション支援の始まり~
AAC(コミュニケーション)
日向野和夫(KAWAMURAグループ・元川村義肢株式会社)
2019-02-01
今日では多岐にわたる意思伝達装置が販売され、希望する機種を選択することができる時代へと変化を遂げてきました。
第3回は意思伝達装置の歴史を少し振り返ってみることにします。
支援機器の変遷
現在に至るまでの歴史に残る代表的な支援機器の年表を、下表のとおり作成してみました。
過去の機器の普及状況や主な利用者の疾患などの資料は、残念ながら残されておらず詳細は不明ですが、いかに当時は必要とされる人に届けられていなかったかなどの実態を記録に残しておく必要はあると思います。
【表1】機器開発研究の年表
注)※販売元は発売当時の社名
※お詫びと訂正:掲載時に日本電気の北風晴司様のお名前を「春司」と表記しておりました。
謹んでお詫びを申し上げ訂正させていただきます。
過去に販売された機器
これらの機器の話をするとこれだけで連載ニュースとなってしまいますので、大きな転換となった以下の4機種の主な特徴と当時の背景について少しばかり説明することにします。
§トーキングエイド§
携帯用会話補助装置のプライスリーダーの98,800円の価格となった、六世代に渡り販売を続けたロングセラー。最大の特徴は、多数のリピーターの存在抜きには語ることができない画期的な支援機器でした。
「トーキングエイダー」なる活発なユーザーグループなど、当事者の活動や販売元からの情報発信など多岐にわたる活動がありました。
【写真下】パシフィックニュースVOL.115で紹介をしたことのある講演活動もされていたユーザー
トーキングエイドとパソコンを駆使して講演活動をおこなっており、スキューバダイビングなどに挑戦していた姿がとても印象的でした。
頸椎の負担軽減の対応など多くの福祉工学士が技術支援を行っていましたが、抜本的な解決策は見出せない状態にありました。
§目で打つワープロ§
重度障害者用意思伝達装置のプライスリーダーの50万円(補装具費45万円)の価格となった機器です。
日常生活用具給付事業に「意志伝達装置」が対象品目となり、今日の価格設定に引き継がれています。当時は現在の「意思」ではなく、用語は「意志」と表記していました。
病院等で試行され、研究段階を経て最終的にMSXパソコンで動作する機器として製品化された「目の瞬き」で操作をするスイッチが標準装備となっていることから「目で打つワープロ」の名称で発売されました。
§キネックス(ke:nx)§
MACパソコンで動作する米国のパソコン入力支援機器の日本語版として発売された機器です。
ひらがなやPCS(picture communication symbol)のシンボルなどのオリジナル文字盤の作成(キネックスクリエイト)だけでなく、音声の選択やパソコンとしてのマウスやキーボードの操作ができるなど優れた機能を持つ製品でした。
スキャン方式にブロック単位移動の方式が取り入れられ、スキャン方式が複数装備されるなど、従来の意思伝達装置にはない分かりやすい設定画面といった、MACならではの特徴が発揮されていました。
§トーキングノート§
国産最初のブロックスキャン形態の文字盤となるノートパソコンとデスクトップの機種選択ができる製品として販売され、発声機能は専用のボイスユニットによる方式となっていました。
漢字変換候補を独自に作成した辞書による漢字変換機能を持ったノート型の意思伝達装置で、取扱説明書をスイッチの操作で閲覧できる機能を搭載した最初の機器でした。
【東京営業所カタログより】
少し余談を
【写真上】漢字Pワード/V
Pワードは連載第1回目で述べていますが、パソコンの進化に応じて漢字Pワードに変化するなど三世代に渡って販売されてきました。MSXパソコンの販売中止に伴い一時期姿を消したこともあり、歴史的役割の終了かと当時は思いました。
MSXパソコンが姿を消したこの頃、日本IBMは点訳ソフトなどアクセシビリティの相談窓口としSNS(Special Needs
System)センターが視覚障害者への支援を主に行っており、肢体障碍の取り組みを開始したことから訪問するようになりました。SNSのスタッフは関根千佳氏と脇田修躬氏の両名でした。
ある時、雑談の中で販売終了となった「漢字Pワード」を日本IBMで製作できないかと気軽な気持ちで話を出したところ「やっても良いよ」とあっさりと返事があり、そこから実際に開発が始まることになるのですが、まさかの「ひょうたんから駒」の出来事でした。
【写真上】漢字Pワード/Vを記載したカタログ
兵庫県立総合リハビリテーションセンター、日本IBM、そして弊社による共同開発となり、打ち合わせ場所は順繰りに兵庫、IBMなどで行われ、1994年発売に至りました。
【写真上】東京営業所当時の柴田勝康氏と筆者の展示会にて(Aptivaパソコンでデモンストレーション)
その後Windows版として発売されるのですが、この当たりの経緯は当時の弊社関係者も記憶の彼方にあり、詳細不明となっています。
当時、日本IBMは既に視線入力や眼鏡型でプリズムを使用したウェアラブルのモニターの研究開発をしており、試作機を体験したことが懐かしい記憶として残っています。
【東京営業所カタログより】
さて、余談はこのくらいにして、日本を代表する2つの意思伝達装置についての話に移ります。
現在発売されている機器
§伝の心§
初期の仕様は従来の意思伝達装置と同じく文章作成が主な機能でしたが、ユーザーのニーズに応えるためWebやメールができる多機能型意思伝達装置へ、そして昨今ではコミュニケーションアプリ「LINE」の操作も簡便にできる機能へと進化を遂げています。
発売開始当初の弊社は複数の意思伝達装置を販売していた状況もあり、他社先行後しばらくしてからの後発の販売開始となった経緯があります。
【写真下】初代の伝の心
発売直後、日立製作所は大々的に広告を放ち、テレビCM、全国紙の新聞広告の展開などこの分野における画期的な出来事と言えます。
意思伝達装置は、伝の心以前にすでに筋萎縮性側索硬化症(ALS)の方も使用されていましたが、新聞広告では「筋萎縮性側索硬化症」と対象疾患を明記したこともあり、問い合わせはALS以外の脊髄小脳変性症(SCD)の方が実に半数近くを占めていました。
コミュニケーション障碍を伴う難病のSCDは今日ほど知られてはいない状況にありましたので、まさに想定外の出来事でした。
【写真下】Ver.6の伝の心
しかしながら、運動失調に対応する操作スイッチの適合技術は当然ながら皆無の状態にあり、導入に100%失敗する結果となっていました。
脳性麻痺とは異なり、SCD,MSAの運動失調症に対応できる操作スイッチの適合には、不正確ですが後に5年程度を要することになりました。
意外と思われるかもしれませんが、当時の日立製作所のアクセシビリティ推進室は、脳性麻痺向けのワードプロセッサと手話アニメーションの開発を主に進めており、難病疾患向けの意思伝達装置の研究開発ではなかったのです。
§レッツ・チャット§
初代レッツ・チャットは、[Simple is best.]の当事者と支援者を十分に意識した優れた製品で、操作スイッチを用いた国内初の専用機となりました。
米国のAAC製品カタログに、「Easy to Use, Easy to Learn.」の一文を見た時は、まさに製品にとって重要なコンセプトであることを強烈に感じたことを思い出させる出会いでした。
【写真上】初代レッツ・チャット
技術者は製品の機能を「ヘビーユーザー」向けの高機能を重点にした開発傾向に陥りがちですが、機器の最も大切なコンセプトは「初心者に優しい」ことにあり、どう実現するかにあります。
コミュニケーション障碍の支援に携わる支援者が圧倒的に少ない現状にあり、たくさん説明をしないと使えない機器は、優れた機能であっても普及しない厳しい現実があります。
【写真上】現在のレッツ・チャット
人を呼ぶ為のスイッチの操作の方法を複数確保してあることや、スキャン開始位置を選べるなど、使いやすい設定が準備された使用者や介護者への配慮が十分になされた作り方をした優れた製品と言えます。
現在のレッツ・チャットは三代目となり、テレビの操作ができる機能も追加されるといった進化を遂げています。
§供給の継続の難しさ§
このように、さまざまな意思伝達装置が過去に開発・販売されてきましたが、優れた機能を有するものであっても撤退を余儀なくされた歴史でもあり、その理由はさまざまでした。
供給継続の難しさの現実は今も昔も変わることはなく、いわば稀少分野の宿命とも言えます。
意思伝達装置の移動速度について
自動走査方式、いわゆるオートスキャン方式の意思伝達装置の移動速度についてあまり話題にならないのですが、参考までに一覧表にしてみました。
50音文字の配列やスキャン形態の工夫は昔から取り組まれていましたが、移動速度とスキャン形態の関連については残念ながら見当たりません。
過去の意思伝達装置の移動速度の設定に関する資料も残されておらず、現在よりも大まかな速度調整の設定だったと記憶しています。
【表2】移動速度の設定
レッツ・チャット及び伝の心の移動速度の初期値はいずれも1.0秒となっています。
【表3】移動速度の設定
移動速度の適正評価
自動走査方式の機器は、視線入力方式と異なり操作スイッチの適合だけでなく、当事者の操作に適した移動速度の適合も大切な評価事項なのですが、注目されることが少ないのが気になります。
移動速度の適正評価は必要であり、その評価手順については、三輪書店「重度障害者用意思伝達装置/操作スイッチの適合マニュアル」に記載をしていますので参考にして下さい。
末尾ですが、関係者各位の取材協力に謝意を表します。
参考文献
1985.09 医学書院 総合リハビリテーション Vol.13 No.9 肢体障害者用コミュニケーション・エイドの現況 奥英久、相良二朗、古田恒輔
1991.11 CAI学会誌 Vol.8 No.4 重度肢体障害者教育のための日本語コミュニケーション・エイドの開発と評価 奥英久、相良二朗、木下真二郎
2002.11 (株)日本プランニングセンター 難病と在宅ケア Vol.8,NO.8 特集コミュニケーションはいま
2012.05 日本生活支援工学会誌 Vol.12 No.1 ICTをベースとした支援技術の開発と利用の時代変遷 竹内晃一、奥山俊博、小林貴子、中邑賢龍
2016.11 日本リハビリテーション工学協会誌 Vol.31 No.4 重度障害者のコミュニケーション機器 -変遷する技術と支援-
2016.09 三輪書店 重度障害者用意思伝達装置操作スイッチの適合マニュアル
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