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パシフィックニュース

脳卒中患者の戦略的装具療法のすすめ 1

装具

リハビリテーション

脳卒中患者の戦略的装具療法のすすめ 1

I 脳卒中患者へのリハビリテーションの歴史と装具療法

千里リハビリテーション病院 副院長 吉尾雅春

2011-01-01

わが国の脳卒中リハビリテーションで装具がどのように活用されているのか、病院におけるその温度差はかなり大きい。その理由は、病院それぞれのシステムによるものであるが、それは装具を選択している者の知識や価値基準によるところが大きいと考えている。

日本に理学療法士が誕生して以来、脳卒中の理学療法は神経生理学的アプローチでなければならない、という空気で占められてきた。アメリカでは明らかな効果を示すことができなかったそれらの体系は既に見直されているが、日本では現在も神経生理学的アプローチの一部は脳卒中に対する運動療法の首座として残っている。永年にわたり技術講習会が積極的に開かれ、教育においても臨床においてもその影響力を発揮している。

日本で行われてきた神経生理学的アプローチは異常な要素を抑制し、正常な要素を促通していくことに主眼を置いていたことから、「痙性が増すから歩行を控える」「動きを止めるので装具は使わない」という一時代があったのは事実である。「セラピストのハンドリングこそ治療の全てであって、装具を使うのはセラピストとしての敗北である」という発言もしばしば耳にした。

この歴史的事実は理学療法士の装具に対する姿勢を消極的にしてしまった主因と言わざるを得ない。若い理学療法士たちに影響を与える経験豊かな理学療法士たちは、何の根拠や原因を追及することもなく、今までの慣例や経験則の流れの中で、退院する患者の保険として最小限の装具を選択し続けていることがほとんどである。このことは、臨床教育においても影響を与え続けている。装具をどのように運動療法や生活に生かすかという教育はおろか、新卒者の多くはクレンザックの調節の仕方さえも知らないという現実がある。

そもそも脳卒中患者がなぜ独特の歩行を呈するのか、理学療法士の中で根拠をもって議論されてきたわけではない。神経生理学的議論はあっても解剖学や運動学的議論があったわけではない。また、単に片麻痺、あるいは運動麻痺だけの問題ではなく、高次機能障害や廃用症候群の問題も歩行障害の大きな要因になっており、議論すべき課題は多い。しかし、その議論を進めるだけの十分な情報を持ち合わせているわけでもない。

装具画像

ヒトが直立二足動物であることと四肢・体幹・脳の解剖学的特性から脳卒中発症の早期から長下肢装具を積極的に用いることは合理的であると考えている。直立二足動物であることを保証しているシステムは、足部が床ときちんと面して動きを伴っていることと、大腰筋が抗重力筋として機能するようなアライメントが保たれていることである。濡れた氷よりも滑る膝関節の支持性は足部と股関節の状態に規定されアライメントに影響される。麻痺側下肢が膝伸展位で支持できないとき、これらの要素を理学療法士がうまく制御することは至難の業である。

運動学習を求めていく上で、その機会の質や量は大きな要因となる。装具を代償の代表格としてではなく、より良い運動療法を導いていくための必要不可欠なツールとして考えたとき長下肢装具は魅力的な存在である。
最近、装具においても新たな革新的な機能の開発がなされてきた。今までの動きを止める(制限)するものではなく、動きを制御、コントロール(制動)するものである。これと運動療法とをコラボレーションすることで理学療法士が支持できないところを確実に支持してくれる装具に任せることで理学療法士(人)でしかできない部分に集中して運動療法を行うことができるようになってきた。急性期から装具を用いた運動療法、すなわち装具療法を積極的に進めていくべきである。脳卒中ガイドライン2009で急性期からの下肢装具を用いた早期歩行練習はEBMグレードAと認定されている。ただ、この歩行練習の質については触れられておらず、理学療法士の戦略的な装具療法のあり方にかかっているということになる。

次号から「戦略的な装具療法とは何か」という理論を踏まえながら実際までをご紹介させて頂く。理学療法士だけでなく、装具を扱うプロとして義肢装具士、さらにリハビリテーションチームリーダーとしての医師にも、多くのリハビリテーションスタッフにも装具に興味を持って頂ければ幸いである。

吉尾雅春

千里リハビリテーション病院
副院長
日本理学療法士協会
神経理学療法研究部会長・
日本理学療法士協会
理学療法ガイドライン脳卒中班長
医学書院理学療法ジャーナル
編集委員
【主な著作】
・脳損傷の理学療法(1)・(2)三輪書店
・運動療法総論 3版 医学書院
・運動療法各論 3版 医学書院

吉尾先生