パシフィックニュース
電動義手i-limb 新たな日常生活の拡がり②
義肢
リハビリテーション
パシフィックサプライ株式会社 事業開発本部
2019-05-01
目の前の相手の心をほぐす人懐こい笑顔は相変わらずだ。筋電義手i-limbカンタム(以下、i-limb)ユーザー『日本第一号』の森口哲志さん(50歳)に1年半ぶりにお会いした。いの一番に見せてくれたのは、自ら塗装、改造したソケットの最新作。自慢気にソケットに仕込んだLEDライトを点滅させてくれるサービス精神も変わらない。
森口さんが仕事中の事故で右前腕を失ったのは印刷業に従事していた2010年8月。2019年現在は勤めの傍ら、義手ユーザーモデルを務めたり、切断者スポーツチーム「ブレンジャーズ」へ参加したりと、相棒のi-limbと共に精力的に活動している。
i-limbユーザーとなって1年半が過ぎた今、筋電義手のメリットを特に精神的な面で強く感じているという。『腕を切断した喪失感、絶望感でいっぱいだった自分が再び前を向けるようになったのはi-limbがきっかけ』と、筋電義手が人生に与える価値が計り知れないことを誰よりも実感し、SNSでの発信も続けている。
上肢切断者を取り巻く環境や筋電義手に対する、森口さんの熱い思いをさらに多くの方に知っていただきたい。
思考や行動の制限を取り払うきっかけとなったi-limbとの出会い
筋電義手に限らず、腕を切断した人が義手の訓練を受ける時は「〇〇を持ってここに置ける?」「〇〇の動作をしてみて」とセラピストに指示された通りの動作をこなすばかりです。
義手ユーザー本人の「退院後に何をしたい?」という希望はあまり聞いてもらえません。訓練中は義手の動きばかりが着目されて、使う本人の将来の生活への不安や希望といった気持ちが置きざりにされたような悲しみを感じていました。
装飾義手や何十年も前に開発された筋電義手を使って何とか生活していても、心が以前のように晴れることはありませんでした。
そんな僕がi-limbという5本の指が動かせる最新の筋電義手を、なんと日本で初めて手にすることができたのですから、本当に運が良かったと思います。
i-limbを使うようになってからは、諦めていたあれもこれもできるかも!という気持ちが掻き立てられ、実際にちょっとした工夫でできることがおもしろいように増えていきました。
チャレンジ意欲や希望をかき立てられるという点で、i-limbは他の筋電義手とは違いました。i-limbは『どうせ義手だから』といった考えや行動の制限を外してくれる、僕にとっては新しい世界を広げるきっかけとなる筋電義手だったんです。
筋電義手i-limbユーザー 森口哲志さん
i-limbで手話「I Love You」
筋電義手は「魔法の手」でも「ターミネーター」でもありません
現在はi-limbを使って日常的な生活動作はほとんどできています。ここまで使いこなせるようになったのは、ゲーム感覚で「これ、できるかな?」と自分で課題を見つけ「こうやって工夫したらできそう!」「この手の形は他にも応用できる!」と失敗も重ねて試行錯誤してきたからです。
勘違いする人が多いのですが、いくら高性能の義手でも魔法の手ではありません。できることとできないことがある精密機械ですから、誤って使えば壊れてしまいます。
ユーザーが限界をわかったうえで無茶せずに使えば、i-limbの性能を最大限に発揮させることができます。そんな使い方のコツがわかってきたのも、おもしろがりながらいろんなことを試してきたおかげですね。
例えば両手でかけ布団を持ち上げようと、左腕と同じように右腕のi-limb側に力を入れると、義手がパッと開いてつかんでいた布団を放してしまいました。
そこで「義手だと重いものは持てない」と諦めるのではなく、なぜだろう?とうまくやれる方法を考えて試すうちに、使い方のコツが身に付いてくるんです。
この場合は、左腕には力を入れて右腕は力を抜くのが正解。このような生活動作での筋電義手の細かなコツは、医療やリハビリのプロでも知らないでしょう。実際に使ってるユーザーだからこそ日常経験のなかでわかることですから。
義手ユーザーだから体験してわかること、できることを共有していきたいと、いろんな活動をさせてもらっています。
筋電義手i-limb qantum(アイリムカンタム)
筋電義手i-limb qantum(アイリムカンタム)
筋電義手を使いたい!でもユーザー本人は選べない?
筋電義手を使いたいけれど、製品の違いがよくわからないので選べない…、担当の医師やセラピストが選んだ義手だとやりたいことができない…といった相談を切断者から受けることがあります。
筋電義手を使い比べてみれば、従来のシンプルなものと最新の精密機械であるi-limbは次元が違うので単純には比較できないものだということがわかります。しかし、実際には複数の筋電義手を試す機会に恵まれることは難しいでしょう。
車を選ぶ時に試乗したり、好みの車の情報を集めるのは当たり前ですよね。
同じように筋電義手を選ぶ時も、必要な情報をユーザー自身がもっと簡単に入手できて、自分の希望や理想の生活を叶えてくれる義手を自分自身で選べるようになればいいのにと思います。
実際に筋電義手を使いたいとなったら、担当する医師やセラピストの知識や経験値によって特定の筋電義手を薦められてしまうことがほとんどでしょうね。
切断している本人だけでなく、医療関係者にとっても筋電義手の情報はまだまだ少ないんです。
進化が進んで処方される数が義手よりもずっと多い義足に比べて、義手については昔からの知識や経験がアップデートされずに臨床にいる人が多いと感じています。
最近は新しい筋電義手もあるよ、という選択肢が挙がってこないんですよね。
切断してから義手に関する情報を集めるために、SNSで検索しまくって僕のところにたどり着く人がいます。 僕のインスタを見て筋電義手の存在を初めて知って驚いたというケースもあるんです。装飾義手か能動義手という2つの選択肢しか与えられていなかったということですよね。
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SNSでi-limbのことを広めていくのは僕の役目
i-limbの他にも高性能の筋電義手はいくつかありますが、僕にとって一番扱いやすいやすいのがi-limbでした。
操作も複雑すぎないところがいいですね。デザイン的にはかっこいいなと思う他の筋電義手もあるんですけど。
シンプルな動作なら5本指が独立して動かない筋電義手でもできるけれど、これがあればもっといろんなことができるかも…という可能性をi-limbには感じました。
障害を負うと多くの人は一時的にうつのようにメンタルが落ち込んでしまいます。でもちょっとしたきっかけで開き直ることができたらそこからは逆に強くなるんです。
僕の場合はi-limbのおかげで切断後の落ち込みから意識が変わり、外にも出ていけるようになりました。i-limbがきっかけとなり考えや行動を前向きに変えることができたんです。
こんないいものがあったらたくさんの人に見せなきゃ損だ、自慢したいという気持ちが沸き上がって、i-limbを使ってできるようになったことを写真や映像でSNS発信するようになりました。
国内だけでなく、海外からもリアクションがあるんですよ。筋電義手は海外では珍しくないけど、お箸を使ったり細やかな動きをするのはスゴい!って思われるみたいです。
切断者に役立つ情報だけでなく、単なるかっこいいでしょ!という自慢も含めて筋電義手の1ユーザーとして情報発信していきます。i-limbを使っている僕が話せるのは難しい講義ではなく、日常生活についてですから。
義手ユーザーの身近に義手のことを聞ける切断者がいることはほとんどないですし、情報がなくて困っている切断者に少しでもリアルな情報を伝えたいと思っています。
直接メッセージを送ってきてくれた義手ユーザーさんとは、相談にのったり表立って発信しにくいような当事者同士の本音トークもしています。
そうやってSNS上で出会えた人が学会展示でモデルをしている時に何人も会いに来てくれるのは本当にうれしいです。
☆ 森口さんブログ 片輪走行‼気楽に行こうYo!?
☆ インスタグラム #katarinsoukou
#katarinsoukou
腕を切断した人のコミュニティを作って、望みを叶えられる義手ユーザーを増やしたい
腕を切断した人のコミュニティを作りたいんです。義足の人や先天性四肢欠損の人のコミュニティは存在するのに、腕の切断者のはないんですよ。 義手ユーザー同士で、使った生活や製品についての情報を交換したり、メンタルフォローなんかもできたらいいなと思います。
筋電義手が公費で処方される環境になった、つまり選択肢が増えたので、義手ユーザーが自分の望みをかなえる義手を手に入れるため以前よりも多くの情報が必要になっています。
義手ユーザーだけでなく、家族やセラピスト、学生も繋がれる義手のネットワークがあればいいですよね。
ユーザーだけでなくセラピストも医師も義手に関する情報にアクセスしやすくなることで、義手ユーザーフレンドリーな対応をしてくれる関係者が増えればいいですね。
そうしてi-limbをはじめとした筋電義手がもっと多くの人に処方されるようになって、ユーザーが全国に増えれば、カスタマーフォローがもっと進化したり、さらに性能のいい筋電義手がもっと安く販売されたりするようになるのではと期待しています。
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筋電義手を使う人はほとんどいないから、体をはってアピールしてます
SNSで発信するだけでなく、普段もi-limbのPRをしているんですよ。義肢って目立たないように隠す人が多いんですけど、僕はかっこいいから、むしろ人の目につくようにしています。
子どもが僕のi-limbに気づいてキラキラした目で「おっちゃん!それ何!?」って話しかけてきてくれるとよっしゃ!って思いますね。
「おっちゃん、ロボットやねん。もうすぐ全身機械になるねん。」とi-limbを動かしてみせると、ものすごく喜ばれます。「見た目だけじゃなくて動くんや!」って。
SNSだと見るだけなんだけど、リアルだとi -limb に握手して実際に触れてもらうまでがセットです。
そうやって子ども相手にi-limbを見せているといつの間にか大人も寄ってきて、会話が始まります。いつの間にか周りに人だかりができていることもあったんですよ。
地道な広報活動ですよね。筋電義手を使ってあれこれしても「すごーい!」と言われるのは使ってる本人でなくて高性能の義手の方…ということが多いので、使ってる僕もすごいんだよってところも見せられたらと思ってます。
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#katarinsoukou By TV「インハンド」
僕だって変われたんだから。誰でも小さなキッカケがあれば変われる
i -limbと出会えたおかげで、今ではこんなに楽しくやらせてもらっています辛かった時期もありました。
しんどい頃を乗り越える支えとなったのが、阪大病院に入院していた時に仲良くなった看護師さんから退院前にもらった「焦らずゆっくり確実に」という言葉です。
今では、落ち込んだり不安を抱えている人が周りにいたら「辛くなったら立ち止まってもいいんだよ」「のんびりいこうよ!」と僕を救ってくれた言葉とともに伝えています。
僕のように、誰でもちょっとしたキッカケがあれば変わることができます。つらい時期を乗り越えられたら怖いものなしになれるんだということを、言葉だけじゃなく自分の活動を通じて伝えていきたいと思います。
立ち止まらず、新たな挑戦は続きます
バッテリーを分離して携帯できるスマートなソケットの製作について義肢装具士さんに相談しています。
いま使っているバッテリー内臓型のソケットだと重たいし、前腕が一回りも二回りも太くなってしまうので、タイトなスーツや革ジャン、ライダースジャケットが着れないんですよね。
前例がないと言われることでも、僕が前例を作ってしまえば後に続いて恩恵を受ける人が出てくると思うんです。重たいからi-limbは使いにくい、ソケットが邪魔で好きな服が着れないという女性でもi-limbを選びやすくなると思いませんか?
あとは生活防水、防塵機能が筋電義手に備わったら、家事や仕事の幅がかなり広がると進化を期待しています。
危ないから無理だとどこにも取り合ってもらえないですけど、マニュアル操作のバイクに乗りたいという夢もまだ諦めてませんよ。
「スクーターなら乗れるよ」って言われても、それは僕のやりたいことじゃないので的外れな提案ですよね。今は無理でも、言い続けることで興味を持って応援してくれる人も出てくると思っています。
<取材後記>
最後にそう言っていたずらっ子のような特大の笑顔を見せた。i-limbはこれからも森口さんの探求心や遊び心をますます刺激してくれるに違いない。
筋電義手がもっと知られるようになり、i-limbユーザーの輪が森口さんを中心として広がっている未来も遠くないだろう。
(取材)スイッチ・オン 平野亜樹
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