パシフィックニュース
障害者支援施設カトレアの園における24時間姿勢ケアの取り組み①
車椅子/姿勢保持
病院・施設紹介
尼崎武庫川園 障害者支援施設カトレアの園
生活支援員 杉本貴志 坂本啓光 / 理学療法士 南野文子
2019-09-02
はじめに
当法人ではご利用者の自己実現と自立を支援し、一人ひとりにとって明るく豊かな暮らしをつくること、そしてご利用者が地域の一員として生きることを基本理念に取り組んでいます。今回、疼痛を抱えながら暮らすご利用者との関わりの中で「24時間の姿勢ケア」に着眼し、生活支援員と理学療法士で取り組みました。
いつも顔をみると「痛いんや」と肩や腰の痛みの訴え、それに対し支援者は医療的手段(リハビリ・通院・内服や塗布薬・コルセット)を中心に支援を行ってきました。その人らしく、より良い状況で生活をするために、生活を支援する者だからこそ出来る事、考えるべきこと、実践すべきことを学ぶ機会を得たので報告させていただきます。
24時間姿勢ケアとは
ヒトは24時間休みなく活動しています。ある一つの動作が分断されて成り立っているのではなく、前後の動作や姿勢が密接に関連し合い、影響し合うことによって作られ24時間つながっています。対象者の生活のある場面だけを取り出してケアを行ってもその人の生活の問題を解決することはありません。場合によっては、そのケアによって問題を増強・悪化させている可能性があります。
(引用文献) 下元佳子:モーションエイド-姿勢・動作の援助理論と実践法-:中山書店
24時間生活ケアの見直し
対象者
利用者M様57才(男性)脳性麻痺(アテトーゼ型四肢麻痺)
主訴 :「お風呂の動作で腰や肩が痛くなる」「寝ていて体が揺れ、目が覚める。痛くなってくる」「パソコンしてると腰が痛い」
「食事してたら肩や腰が痛くなるねん」
Needs:「痛いねん、何とかしてほしい」
性格は温厚で協力的。ADLは中等度の介助レベル。
FIM(機能的自立度評価):総合計95/126点。運動項目54/91点。認知項目31/35点。
運動機能:四肢<体幹に中等度の不随意運動を認める。筋緊張のコントロールが難しく生活動作によって肩・腰背部への疼痛が出現。
発声や呼吸も突発的。吸気と呼気は不規則、胸郭には変形(漏斗胸)を認める。その他、聴覚障害により音声拡張器を使用。
主治医より疼痛原因は骨・関節性よりも筋・筋膜性と診断。
処方:筋緊張に対して鎮痛剤、筋弛緩剤、塗布薬、本人希望で軟性コルセット着用。数年前ボトックス治療をしたが薬効も短く現在は非実施。
M様 移動手段は手動車椅子
評価方法
24時間の「ADL(生活動作)」と「行われている姿勢」を書き出し、24時間シートを作成。次に、全てのADLに対し「本人にとって楽(+)なのか、よくない(-)のか」を+-で整理した。その中でマイナス要因のADLを3点抽出し(1.入浴動作、2.就寝動作、3、パソコン動作)、生活における支援方法の見直し、姿勢の見直しを実施した(パシフィックサプライ㈱「ラッサルクッション」を使用)。
加えて①M様の発言(M様の日記も参照)、②FRS(Faces Rating Scale)(図1)を用いて、実施前・後の変化をみた。
(2.就寝動作、3.パソコン動作のみFRS使用) 評価期間:2019年3月6日~4月5日の1カ月間
図1: FRS(Faces Rating Scale)
FRS:笑った顔から泣き顔まで0-5の6段階のフェイススケール(参考文献1)で「痛みの程度がどの顔に近いか」をM様に
示していただいた。
1. 入浴動作
「お風呂の動作で肩や腰が痛くなる」に対しての取組み
(脚分離型スリングシートハイバック使用)
実施前:スリング開脚で着用(股関節:屈曲外転位)
スリングを通すときにM様が協力して股関節を自分で広げ
非常に力を入れていた。同時に背中を押しつけ、お尻が前
へずれていく感じがあった
→腰痛 出現
実施後:スリング閉脚で着用(股関節:屈曲内転位)
スリング内でお尻がずれなくなり腰の位置が良くなった
→腰痛 軽減「楽になった」と発言
⇐脱衣場でのスリング装着(閉脚で着用)
実施前:とんび座りや仰臥位など支援者によってやり方に違い
があり、介助方法も支援者主導
→早い動きで腰部・肩など痛みを誘発
実施後:仰臥位で統一し、本人主導でゆっくり動いて頂き困難な
部分はサポート。声をかけてから触れる配慮をした
→腰・肩痛み軽減「だいぶ痛みが違う」と発言
⇐床上で更衣動作
③洗体動作に出現する疼痛
実施前:とんび座りで両上肢を前方に出し、前かがみ姿勢
になる。10分程度、全介助で洗体する。
→腰痛 出現
実施後:とんび座りを中止し仰臥位で行う
一部分でなく体全体をみて重さを預けられる
場所を枕で作る。枕を高くし臀部からつま先に
かけて枕を支持面として体を支えてもらう
→腰痛 軽減
⇐洗体の姿勢(服着用で撮影)
実施前:スリングを装着して浸かるが完全に体が浮いていた。
支援者は前方に立ち、浮いてきた足に対し、膝部分を
上から押さえていた。頭部は枕なし
→腰痛 出現
実施後:底面と臀部の間(A)に枕を挿入し骨盤を安定させ頭部も
枕で安定確保。支援者はM様の両膝をしっかり曲げながら
臀部の方向へ斜め下方(B)を意識して安定を与える支援
を行った。
→腰痛 軽減
⇐Aの部分に枕(支持面)を入れて検証
※スリングを装着した状態の入浴は、湯量によってシートが外れる可能性もある為、
本来は推奨されていない
2. 就寝動作
「寝ていて身体が揺れ目が覚める、痛くなってくる」に対し夜間ポジショニングの取組み
肩・臀部・踵の部分だけで体を支えている
上肢・下肢の重さを預ける場所がなく体幹も不安定。
寝ているのに力が入っている
→「朝起きたら腰も肩もめちゃめちゃ痛い」
「3時間ぐらいしか寝ていない」
「ほとんど寝ないんや」と発言
⇐取り組み前の 左・側臥位 / 右・仰臥位
クッションで両上下肢・体幹の重さを受け支える面積
(支持基底面)を広くする。動揺(ゆれ)が四肢<体幹
に顕著なのでクッションを体に入れ込み(適度に
敷き込む)密着させるように支援した
→腰・肩の痛み 軽減
⇐取り組み後の左・側臥位 / 右・仰臥位
【起床時】FRS : 5 も時々あり
「クッションがちゃんと入ってなかった(敷き込んで
なかった)のでズレた」と発言あり
3. パソコン動作
取り組み
①同一肢位を続けない様、日中、パソコンの間に休養をとる
実施前:休養はほとんどしていない
FRS:平均4~5
実施後:FRS: 平均2~3
「腹臥位」を毎日1時間、実施
※FRS:0~1の日も時々認めた
⇐休養 腹臥位
実施前:とんび座りで床上でパソコンをする
FRS:平均4~5
姿勢の特徴:とんび座りで左へ体幹の傾きを強め左上肢だけで支える
メリット :馴染みのある姿勢
デメリット:腰痛出現する姿勢
左への回旋・側屈が強く、操作する手は前腕回
外させ指の背(爪)でタイピング
⇐とんび座り
【パターン1】体幹後方支持でのアプローチと座椅子
FRS:平均3~4
姿勢の特徴:車椅子の様に背中でもたれる。両下肢は伸展し
長坐位姿勢
メリット :体幹後面に広い支持面がある
デメリット:自分でセッティング困難、コールをしないといけない。
長座位(なげだし座り)の為「膝が伸びるから
リラックスできない」と発言
⇐長坐位
【パターン2】体幹前面支持でのアプローチと台
FRS:最初は1~2 時間経過で4 へ上昇
姿勢の特徴:半腹臥位(写真上)や膝立に近い(写真下)姿勢をとり
体幹の前面で支持。
メリット :24時間に全くない姿勢。体幹前面でもたれる事
で肩・肘までクッションで安定。操作する手は
前腕回内し、指の腹でタイピング
デメリット:「パソコンを打つのがとても難しかった。一人
でセットもできない」と発言。またクッション
が大きく股関節を過度に外転する姿勢のため
腰椎前弯を助長し、腰痛出現した。
⇐上半身を倒し下腿前面での支持(写真上)
⇐上半身を少し立て下腿前面での支持(写真下)
FRS:平均3~4
姿勢の特徴:体幹前方のクッションで軽い支持を得ながらとんび座り。
※パソコンには傾斜をつける
メリット : 自分でセットが可能。好きなときに動ける。
操作する手は、前腕回内し指の腹でタイピング可能
デメリット:体幹前方に軽い支持があるのみ
⇐パソコンに傾斜角をつける
考察 24時間ケアと生活動作のつながり
― 「なぜ痛いんだろう?」と考える事 ―
M様が「痛いねん」と言われたことに、支援者は「痛いんだな」と思って支援していた。しかし「なぜ痛いのか」を考えていなかった。はじめにM様の障害特徴を勉強した。アテトーゼ型の特徴は、トーン(筋緊張)が「高い」だけでなく「低すぎるところ」も存在し「トーンの幅」が低いところから高いところへ一気に変動する為、さまざまな幅で「動揺(揺れ)」が生じる。これが無意識下で起こり(不随意運動)、M様は安静時も揺れ眠りを妨げられる長期にわたり不随意運動や筋緊張をコントロールしながら生活動作を行っている為、慢性的な腰痛にもなる。M様にとって疼痛はストレスであり、日記にも、発言にも「痛い」とネガティブな言葉が多かった。またアテトーゼ型のトーンは「感情的な変化に影響されやすい」ことも障害特性としてある。そのような意味ではM様の動揺など、辛いと思われる部分に対して支援者が理解・対応することで、本人の気持ちも精神的に落ち着き、筋緊張にも影響するところはあると考える。
支援者は不随意運動や痛みをゼロにする事はできないが、痛みに邪魔されることのない生活を送ってほしい。医療的手段ではなく生活支援によってその可能性を見出し、結果、疼痛を軽減できる日が少し増えた。実施期間中、M様は痛いと訴えるネガティブな情動から、幾つかのポジティブな行動変容も垣間見たので記述する。
― 支援者主体の支援から本人主体の支援へ ―
入浴は温熱療法やリラクゼーション効果がある。しかし風呂上りにM様は「痛い」と訴える。支援者は、なぜ?という疑問があった。支援者主体ではなく、本人にとって楽なのか?よくないのか?を考えたことが、スリングの巻き方、更衣や洗体、入浴中の介助方法が変わるきっかけとなった。しかし考えているのは支援者ばかりではなく、本人も考えていた。ある日、湯につかるスリングの中で自分から両膝を抱えるように体幹を丸くしてきた。M様も痛くない方法を一緒に探っていた。互いに一つの方向へ向かっていることに感動し、支援者がやってきたことは間違っていないことを確信した。このように、本人の訴えを聴き、それに対するアプローチを支援者同士で考える、そして実践する、また本人へフィードバックを繰り返しながら改善点を出し、合致点を見つけるまで実施できた。このプロセスの中で、M様が痛みの中でも支援者に教えてくれたことが多くあったと思う。そして、このプロセスはM様だけに限らないこと、みんなに還元できると実感した。
― 発言や行動の変化 ―
支援者は「ポジショニングは何の為に行うのか」を正直わかっていなかった。しかしある日、M様の休養のタイミングでポジショニングに関わった。布団に寝てもらうと、肩をすくめ、膝を浮かし、マットレスに肩も上・下肢もあずけられずに、力を入れていた。背中に手を入れてみると、真逆で、重さがかかり過ぎ、押し付けていた。重さがかかり過ぎている背中は、上肢や肩へ重さの流れを分散できるようクッションを挿入、浮いている下肢は足先までクッションに預けられるよう支援してみた。
M様は「はああぁ~らくや~」と大きな息を吐いた。数分後に部屋を覗きに行くと「深呼吸」をして寝ていた。吸気と呼気が不規則で息を止める事が多いM様だが、胸の動きが大きくゆったりと上下していた。ポジショニング支援は「クッションを入れるだけの業務」ではない。「よく眠れるようにするためのケア」なんだと実感した。
その日、夜勤者に申し送りポジショニングを実践すると、翌朝「寝れた」と笑みがこぼれFRS値も低下した。ここから少しずつ発言や行動も変容していく。今までは「あそこが痛い」「力を抜いてくれ」という訴えだったのが「こういう風にしたら良かった」「このやり方ができてなかった」と内容が変わっていった。ある日、同室のご利用者のポジショニングを見て「あれはあかん(クッションが)はずれてる!ちゃんと当てないといけない」と支援者顔負けの発言があった。またある朝、前晩ポジショニングに携わった支援者にM様が「昨日のポジショニングどやった?」と相手の感想をうかがっていた。「する側」「される側」の双方が傾聴し合っていた。支援がうまくいっている時は痛みの話でなく大好きな映画の話もされ心に余裕が見られた。逆もあった。支援がうまくいってない時は「寝れへん」「食事も痛い」となり、すぐ戻るということも体験した。
映画鑑賞が趣味 集めたパンフレット
― パソコンは好きなときに自分でやりたいから・・ ―
24時間シートでは、パソコンは朝2時間、昼1~2時間、夜3~4時間。24時間中6時間ほどを占める。
新しい姿勢【パターン1・2】を薦めた時、M様が言ったことは「楽やけど、この姿勢は(誰かを)呼ばないとダメだから・・ぼくは動きたいからトンビ座りでやりたい」と申し入れがあった。そのNeedsを受け、パソコンの傾斜台など購入検討し、クッションで体幹前方に軽く支持面を入れる姿勢を選択した。
ポジショニングクッションを検索!色々な種類があるらしいと興味深々
― 年を重ねるという事と、痛み(二次障害)と仲良く付き合うという事 ―
M様は床上で動ける。自分でできる身の回りのことは行ってこられた。しかし一昨年から腰痛が出現。ある研究ではアテトーゼ脳性麻痺者の二次障害である頸椎症性頸髄症は知られているものの、腰痛の訴えが非常に多いことも明らかで、調査の結果、腰痛率は67.2%、44歳前後で腰痛が出現すると報告がある(参考文献2)。「痛みがあるのに、若い頃と同じような生活パターンをしている事をどう思うか」を問い、セルフケアの考え方を学び始めている。
この取り組みをきっかけに「痛い時は休養しよう」と話し合い、生活に定着させた。また、24時間シートでは「布団を敷く」生活動作は25分かかっていた。時間がかかって労力を強いられる生活動作は見直すことが必要である。「ひとりでできること=よいこと」という身体自立の概念だけでなく、疲労が二次障害につながる場合は「支援を依頼すること=自分の体を守ること」という概念も立派な精神自立であり、痛み(二次障害)と仲良く付き合うポイントでもある。気軽に依頼しやすい環境づくりを心がけたいと思う。
全身をつかって、布団を出し入れ
―24時間と生活動作のつながり―
実践期間のある朝、車椅子をこいでいたM様に「何だか、楽そうにこいでますね」と支援者が声をかけた。車椅子姿勢は直接アプローチしていないのに、このように言われた。また、M様は「食事してたら肩や腰が痛くなるねん」という主訴があったが、実施期間は、日記や発言も訴えが減り、腰部への塗布薬をお願いされることが全く無かった。
24時間シートから抽出した、本人にとってマイナス要因とされた3つのADL「入浴」「就寝」「パソコン」を優先的に取り組んだ結果、「移動(車椅子姿勢)」や「食事」も連動し良い兆しがあった。つまりADL項目は別であっても、それぞれの動作・姿勢は相互作用していて、24時間、365日、終わることなく影響しあっていることに気づいた。
大好きな食事、毎日残さず完食される
―これからのM様―
実施期間が終わったが、これからが始まりである。M様は嬉しそうに「早くクッションや環境を整えてほしい」と言われた。今はM様も支援者も「その先の生活がどうなるのかなとワクワクしている」というのが率直な感想でる。それは生活の質が変わっていくことが見えるからである。この取り組みに対し、M様の一番の理解者であるお兄様のバックアップもあり、とても感謝しています。
M様を囲んで男性支援員と
まとめ 何の為にこの支援をするのか
24時間の生活動作は、一つの動作が分断されて成り立っているのではなく、その前後の動作や姿勢が密接に関わり合い影響しあうことによって作られている(参考文献3)。支援者が提供するその1つのケアが、どのように繋がっているのかを24時間で検証できたことは貴重であり、何の為にこの支援を提供するのかを考える事ができました。ご利用者一人ひとりのQOLを考え生活の専門職として「業務」ではなく「ケア」である視点をもつことは、引き続き今後の課題です。
最後に、24時間姿勢ケアは日勤帯・夜勤帯、ご利用者に関わる支援者全員の理解とチームアプローチが重要であり、この取り組みに対しパシフィックサプライ、福祉用具を扱う他職種の皆様と関わった学びは大きく、今後の支援に生かしていきたいと思います。
【参考文献】
- Wong,D.&Baker ,C .:Pain in Children :Comparison of Assessment Scales. Pediatric Nursing,14(1),1988
- アテトーゼ脳性まひ者の腰痛の検討―特に腰椎分離症について― 中村英次郎、内田研、他
- モーションエイドー姿勢・動作の援助理論と実践法 下元佳子
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尼崎武庫川園実施報告会開催のお知らせ
~あるべき姿を考え、あるべきケア、支援を考える~
今回パシフィックニュースにご寄稿いただいた尼崎武庫川園にて実践報告会が開催されます。
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