パシフィックニュース
障害者支援施設カトレアの園における24時間姿勢ケアの取り組み②
車椅子/姿勢保持
病院・施設紹介
~ポジショニングを通して生活姿勢を考える~
尼崎武庫川園 障害者支援施設カトレアの園
生活支援員 前田綾子 / 理学療法士 藤井かおり
2019-09-16
はじめに
尼崎武庫川園カトレアの園は、主に身体に障害をお持ちの方を中心に、日中は生活介護事業として障害状況に応じた創作活動やレクリエーション活動を提供。施設入所支援の中ではご利用者様の自己実現のため、また心身ともに健やかに過ごせ、ご自分の障害に応じた自立した生活を営むことができるよう支援しています。
今回、ご協力いただいたご利用者A様は、一日の大半を車椅子上で過ごされます。上肢の支えがないと頭を上げることができない方ですが、笑顔が多く明るい女性です。しかしここ数年、何だか疲れがとれない表情をしていることが増えていました。
休養を促すために「横になりますか?」の問いかけに「ならへん」
「リハビリやマッサージしますか?」とアプローチを変えても「いやや」
お食事は?「いらん」、お風呂は?「入らへん」、理由がハッキリとわからないNoが増えました。
車椅子の姿勢も気になる…。夜間も眠りが浅いのかコールの回数が多い…。睡眠時間が短い…。
時々、上手く気持ちを伝えられないのか涙ぐまれることもある。このような状況を私たちスタッフは、A様の生活で何か変えることが出来ないか模索していました。
そんな中「24時間姿勢ケアの取り組み」を行うことになり、パシフィックサプライさんに協力していただきました。ポジショニングを用いることでどう生活が変化するのかということに焦点を当て、2019年3月よりアセスメントを開始、約3か月間、1ヵ月ごとにモニタリングを行いました。
24時間姿勢ケアとは
ヒトは24時間休みなく活動しています。ある一つの動作が分断されて成り立っているのではなく、前後の動作や姿勢が密接に関連し合い、影響し合うことによって作られ24時間つながっています。対象者の生活のある場面だけを取り出してケアを行ってもその人の生活の問題を解決することはありません。場合によっては、そのケアによって問題を増強・悪化させている可能性があります。
(引用文献) 下元佳子:モーションエイド-姿勢・動作の援助理論と実践法-:中山書店
24時間の支援と姿勢の把握
今回モニタリングにご協力いただいたA様をご紹介します。
対象者A様
56歳女性 脳性麻痺 痙直型両麻痺
主訴:「右の股関節が痛い」「緊張が入って寝れない」「力が入って食べにくい」
「車椅子にいる方が楽」「足が痛い」
Needs:みんなと生活を楽しみたい
右変形性股関節症 風に吹かれた股関節変形:Windswept Deformity
変形:両足関節内反尖足 胸椎後彎 脊柱S字側彎
日常生活動作:全介助(食事は一部介助) 移乗介助はリフト
FIM(機能的自立度評価):運動項目21/91点 認知項目26/35点 合計47/126点
不随意運動あり(特に左上下肢)
疼痛:安静痛 主治医より疼痛の原因は骨性の痛み 鎮痛剤・湿布の処方
「24時間姿勢ケアの取り組み」を開始するにあたり、A様と支援者側、それぞれの課題を把握することから始めました。
A様の課題:『車椅子上の姿勢』と『夜間の姿勢』
【車椅子上の姿勢】
・車椅子に座っている時間は1日平均6~7時間。入浴、トイレ
以外の時間は車椅子上で過ごしている
・臥位での休養を好まない
・背中が丸くなり、顔が下を向いている
・両腕はアームサポートをギュッと掴み、力が入っている
・下肢は左へ流れ、左足は車椅子のレッグサポートから
はみ出している
【夜間の姿勢】
・夜間は左側臥位でポジショニングし就寝、
そのほかの姿勢になることに対して拒否がある
・夜間のコールが多い
・起き上がり、更衣の介助が難しい
支援者側の課題
対応するスタッフによりポジショニングがバラバラ。(居室にあるクッションやタオルケットなどを使用してポジショニングしていた。)
ポジショニングしても力が抜けない状態だった。
実践 Try&Challenge!!
2019年3月、カトレアの園施設内において、パシフィックサプライ杉本氏によるA様へのポジショニングのデモンストレーションを
開始しました。
★クッションで接触面積を増やすと、こんなに変化があった!!
実施前(仰臥位)
実施後 仰臥位になれた!
★身体の部位同士の位置関係を把握することで身体の傾きや捻じれを確認!!
前額面(前から)
矢状面(横から)
水平面(足側から)
施設内ポジショニング講習会
ポジショニングの講習会に参加できなかったスタッフへは、ポイントを書いた写真と実際にポジショニングを体験してもらいました。
実際に体験する事が一番わかりやすい勉強方法だと感じました!
ポジショニング講習会
スタッフがモデルになりポジショニング体験
参加できなかったスタッフへの伝達講習
⇐ 実際にポジショニングを体験したスタッフからは、
「気持ちがいい」「このまま眠りたい」と感想が(^^)
コール回数を指標にポジショニングの検証
ポジショニングがうまくいけば眠れるのではないか!?と
コールの回数を指標に検証を行いました。
【方法】
①眠った時の姿勢(ポジショニングの姿勢)
②夜間どれくらい眠れたか(コールの回数で評価)
③起床後の緊張・発汗の様子
④夜間、日中の精神面(夜間の睡眠でどのように影響があるか評価)
夜勤スタッフに、①~④の項目に対し、自由に思いのまま書いてもらった。
※評価期間 2019年3月6日~4月5日までの1ヶ月間ラッサルクッション
使用と4月5日~5月15日の1ヶ月間はラッサルクッションなしで比較。
⇐ 夜勤者からのコメント
検証の結果
【モニタリング1回目】ラッサルクッション使用
①夜間のポジショニングは左側臥位(一度だけ仰臥位で眠られたこともあった)
②夜間のコールの回数が4~5回あったのが、2週間ほどで多くても3回に減った。アセスメント中の平均コール回数2回
(トイレコール含む)
③夜間1回目のコールでは緊張、発汗ともに減少。2回目のコールでは、自力で掛布団やクッションを動かしていたことが多く、
やや緊張が入っていたが、起き上がりの介助は楽だったと声がある。
④夜間熟睡できる時間が増えた。日中の生活場面で、食事や更衣などに対する拒否が減った。
アセスメント3日目よりA様のほうから「クッション使ってください」と言われるようになった。
「気持ちいいわ」と感想も聞くことができた。また、股関節の痛みの訴えが減り、湿布を貼ることが減った。
【モニタリング2回目】ラッサルクッションなし
ラッサルクッションを返却してからも、同じやり方でアセスメントを続けてみた。
A様の居室にあるものを使用し統一したポジショニング(タオルケット・ビーズクッション)
①就寝時は左側臥位
②夜間コールは平均2~3回だったが、アセスメント後半になるにつれ、回数が増え間隔も狭まってきた。
③発汗が目立つ。1回目のコールの後、緊張が入っていることが多かった。
④実施期間後も気持ちが不安定なときがあった。しかし、睡眠のリズムはラッサルクッションを使用した時から安定している。
トイレとコールの回数
考察・コール回数が減った!
★夜、しっかり眠れてる!~コールの回数の減少と連続した睡眠時間の確保~★
今までは「クッションいらん」と言っていたA様が「クッション使って下さい」と言ってくれるようになった。
それに加え「気持ちいいわ」との感想ももらえた。夜間、右股関節の痛みを訴えられてシップを貼っていたのにその言葉も聞かなくなった。
もともとコールの回数は4~5回だった。しかし結果から実施期間中のコール回数は半分に減少した!
それってつまり、眠りやすい環境が作れたということなのだ!
スタッフは、同じ目的を持って関われたことで統一した支援ができた。
適したポジショニングを知ること、結果を肌で感じることができたと思う。
★寝ることに疲れるって嫌だな…。★
眠ることってリラックスすることなのに、なんで力が入っていたのだろう?
布団の上なのに不安定。目が覚めるとトイレにも行きたくなる。コールを押してスタッフとやり取りがあると、そこでまた目が覚めてしまう。眠りにとってマイナスのループが生まれていた。夜間ポジショニングしているのに何で力が入ったままなのだろうと支援しながら悩むことが多かった。きっとA様は、眠るために自分で力を抜こうとして身体をどこかに預けたかったのだろう。力を使って汗をかいていたのかもしれない。
★リラックスしてもらいたい、でもリラックスってどういうこと?★
「リラックスして下さい」でリラックスできるわけがない!環境から整えてみよう。
今まで行ってきたポジショニングは、支援者側がここに支えがあったほうが楽になるだろうという考えでポジショニングをしていた。しかし、実際A様にとっては支えてほしいところ、必要な場所にクッションが入っていなかった。そのためA様は、自分の力で身体を支えていたため力が抜けなかったと考えられる。ポジショニングの講習会を受け、ラッサルクッションを使用することにより適切なところに支持面が提供でき、重さが分散されて安定し余分な力が抜けてきた。それによって、姿勢の捻れも軽減され、右股関節の痛みが軽減できたと考えられる。スタッフはポジショニングという形だけではなく、A様の身体の状態を客観的にとらえることができてきた。
★左が好きで寝てたけれど、それってどうなのかな~これから生活姿勢どうする?★
A様は好んで左側臥位をとっていたわけではないのでは?これしかできなかったのではないかと考えるようになった。以前は仰臥位、右側臥位で寝ることができていた。A様が左側臥位をとりやすかった理由は障害特徴にある。A様は左に股関節が倒れ骨盤も同側に捻じれており脊柱はS字に変形していた。左側臥位ばかりを続けていると倒れている左側と反対側の右股関節脱臼を助長し痛みや側彎をますます強める原因にもなる。就寝時だけでなく日中のADLにも影響がでるだろう。ならば、これからA様の可能な範囲で姿勢のバリエーションを増やすことも私たちの支援で出来るのではないだろうか?
★「起き上がり動作や更衣動作が行いやすくなった!」これってどういうこと?★
夜間のポジショニングを見直した1か月、夜勤者のコメントに「起き上がり介助がしやすくなった」「起床後の更衣が楽になった」「差し込みトイレを使う時、膝の開きが軽く感じた」とあった。また、朝食を「いらない!」と不穏になることが減って、コミュニケーションがスムーズになった。夜間のポジショニング以外にアプローチしていないのに、これは何がおこったのか? 一つの生活動作を見直すことでほかの場面でもいい影響が出た。つまり、『前後の動作や姿勢が密接に関連し合い、影響し合うことによって作られ24時間つながっている。』ということを身をもって学んだのだ。
★ポジショニング専用クッションのすごさ★
A様が持っているたくさんのクッションを使ってポジショニングをしてきたが、何をどこにどう使っていいのか分からない状態だった。しかし、ポジショニング専用クッションというのは複雑な問題を抱えるA様の姿勢を簡単に解決へ導いてくれた。ビーズが身体の変形に沿って形が変化する為、普段使っているクッションよりも身体に沿いやすく扱いやすい。また、形状を保持するため支持面がしっかりして、上手にポイントを押さえて使うことで誰でも同じようにポジショニングすることができ支援者の自信にも繋がった。ラッサルクッションは他のポジショニングクッションと比べてすごい!でも価格が高いのでもう少し安くして欲しい。
ラッサルクッションを杉本氏に返却する様子
★これから「生活を楽しみたい」★
車椅子が新しくなったら・・・きっともっと変わることがある!
今回は24時間の中で、夜間のポジショニングにスポットを当て取り組みを行ったが、現在、車椅子上の姿勢を見直し、パシフィックサプライ杉本氏協力のもと、新しい車椅子の製作を進めている。24時間の姿勢というのは良くも悪くもお互いが影響しあっている。車椅子の姿勢がいいものになれば、夜間の姿勢も左側臥位以外の姿勢が出来るようになるかもしれない。また楽に車椅子に座ることができれば顔も上り、色々な場所へ出かけたりと活動の幅や趣味が増え笑顔で1日1日を過ごしてもらえるのではないかと思う。
スタッフと一緒にピース
24時間トータルでケアを考える
今回は、パシフィックサプライ杉本氏の協力のもと「24時間ケアの取り組み」を行い、人の生活というものはどの場面を切り取っても成り立たない、全て繋がっているという視点を持つ力を養う事ができたと思います。
A様との日々の関わりのなかで、「困っている所はどこだろう」「どうして疲れてみえるのだろう」と支援を模索していたが、変化の可能性を持ってチャレンジする事の楽しさ、主訴を見極めて様々な角度からアプローチすることの重要さを知る、とても学びの深い期間でした。
今回は就寝時を中心に取り組みを行ないましたが、結果として活動時のA様のADLの向上もみられ、他のご利用者様やスタッフと明るくコミュニケーションをとるA様を見ると、この取り組みにとてもやり甲斐を感じました。
また、『24時間トータルでケアを考える』という事は、一見バラバラに置かれているトランプをひとつ、またひとつと捲っていくと同じ答えに辿り着くようでとても面白く感じました。
これからも、A様の笑顔をもっと引き出せるようにみんなで協力して支援をしていきたいと思います。
今回の取り組みでパシフィックサプライの杉本氏を始め、何よりも協力してくださったA様に感謝します。
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尼崎武庫川園実施報告会開催のお知らせ
~あるべき姿を考え、あるべきケア、支援を考える~
今回パシフィックニュースにご寄稿いただいた尼崎武庫川園にて実践報告会が開催されます。
リアルな情報を得られる貴重な機会です。是非、下記チラシをダウンロードしてご参加ください。
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