パシフィックニュース
24時間の生活の中での床ずれ予防 第一部
その他
車椅子/姿勢保持
(公財)天理よろづ相談所病院白川分院 在宅世話どりセンター
特定嘱託部長/医師 中村義徳
2021-01-15
【第一部】
この度、日本褥瘡学会でもご活躍の中村義徳先生に、24時間の生活の中から起こる床ずれについて、インタビューする機会をいただきました。なぜ、床ずれを見るときに24時間の生活について考えなければいけないのか?そう思う方もあるかもしれません。単純に「傷口・創傷だけを見ていれば良い」と言うことではなく、どうしてそこに出来てしまったのか?という本質を見る意義について、考えるキッカケになれば幸いです。3回シリーズの第一部。ご覧ください。
<第一章>「黒いアザ」のエピソード
床ずれ = 褥瘡(じょくそう)
―中村:多くの人は、普通₁ の生活の中では「床ずれ」はできないと考えているかもしれませんね。それでは、あらためて床ずれについて、少し深く追求してみましょう。「床ずれ」は学術的には褥(じょく)瘡(そう)と言われることが多いですが、「床ずれ」のほうが一般的な用語₂ です 。
まさか大事件になるなんて
あるご高齢の男性Aさんがいました。10年前に脳梗塞を患いましたが、左側の軽い麻痺があるものの、つい先日まで、散歩もしてご飯も食べて、親子三人₃ で暮らしていました。しかし、冬の始まりのある日、Aさんは風邪を引いて寝込んでしまいました。だんだんと食事もとれなくなっていきました。心配してはいたようですが、奥さんも子供さんも、あまり大事件には思わず様子を見ていました。しかし、数日して高い熱が出てきました。慌てて救急車を呼び、病院に受診することになりました。病院では、誤嚥性肺炎といわれ、そのまま入院となりました。そしてその際、お尻₄ に床ずれがあるといわれました・・・。実は、自宅療養の際、寝たきりのAさんを家族の方が左右に身体を向ける介護の中で、お尻に得体の知れない「黒いアザ」のようなものが複数あるのに気づいてはいました。ただ、それが何なのかは分かっていませんでした。(図1)
「黒いあざ」の正体は・・・!?
―P:確かにそうですね。医療・介護に携わらない方が初めて床ずれを見ても、何か分からないでしょうし、それがどのような状態なのか、良いのか悪いのか、判断ができないですね。その「黒いアザ」とはどのような状態なのでしょうか?
―中村:黒いアザのようなものは、壊死(えし)といって、床ずれの中でも最重度の「死んでしまって、からからに乾いた皮膚₅ 」なのです。黒色(こくしょく)壊死といいます。その黒い硬いアザの下には膿が貯まることもしばしばです。ちょっとやそっとでは治りません。―P:そのような状態になった場合、どのくらいの期間治療に時間を要することになるのでしょうか?
―中村:うまくいったとしても、最低でも6ヶ月はかかってしまいます。1年以上かけないと治らないことも珍しくありません。「6ヶ月以上!」です。
―P:それはとても大変ですね。具体的にどのような治療方法がありますか?
―中村:多くの場合、メスを用いた外科的な処置・切除することが必要になります。このように壊死を切除し取り除くことは外科的なデブリードマン₆ といいます。床ずれの治療の第一歩ともいえる、床ずれケアに欠かせない処置の一つです。ただし、こんな処置は医者にしかできません。
<第二章>車椅子生活でのエピソード
床ずれは誰にでもおこりうる
―P:床ずれは一度出来てしまうと大変なんですね。では、高齢者に多くできるものなのでしょうか?―中村:そんなことはありません。では別のケースのお話しをしましょう。
放っておくと手術が必要!! 手術 = 座れなくなる可能性も!!
Bさんは、仕事中に転落して脊髄に損傷(脊損(せきそん)といいます)を受け、車椅子生活になりました。下半身が動きませんが、リハビリの結果、上半身で車椅子を操作して自走できますので、買い物も、スポーツもできるようになりました。活動が広がれば広がるほど、寝ているとき以外は車椅子での移動や行動が増えるわけで、その結果、Bさんの坐骨部(多くの場合、身体が傾くことが多いので、左右、どちらかに片寄ることがあります)に、小さなキズができました。車椅子生活の方に特徴的な床ずれのでき方です。ここでいう坐骨部は、正確には坐骨(ざこつ)結節(けっせつ)部で、座ったときにお尻の下に手を入れると触れることができます。ただし、自分の坐骨部は鏡でも使わないと見ることはできません。さらに、脊損の人では、下半身の感覚(知覚)が運動神経と共に麻痺していますので、痛みを感じることができません。これはやっかいです。
―P:車椅子で長時間過ごす方に多い部位なのですね。
―中村:そうです。Bさんのキズは、はじめは小さかったのですが、だんだん大きくなり、赤みを帯びて、熱が出てきました。そのうちキズが破れて汚い汁(血(ち)膿(うみ))が出てきました。キズが細菌感染したことを意味しますが、時には骨髄炎を起こすこともあります。こうなると、何らかの処置が必要になります。痛みを感じないことが多いので、床ずれが悪化して重症になるまで気づきにくいのが問題を大きくします。場合によっては手術が必要になることもあり、生活が一変してしまいます。座れなくなるので、大変です。床ずれ以外はお元気なので、とてもつらい状況になります。
同じ体勢が長時間ではなく、パラスポーツなどでアクティブに過ごせば大丈夫・・ではない!?
―P:日頃から、ご自身で鏡を使いながらお尻のチェックをすることも大切だということですね。床ずれは、一か所に圧が集中して出来ると思われがちですが、身体をよく動かしている方はなりにくいのでしょうか?―中村:そんなことはありません。最近、非常に盛んになっているパラスポーツにおいても、問題になります。このパラスポーツに関しては、通常の車椅子生活だけでなく、車椅子に座って、過酷なトレーニングや実際の試合などを行うわけですから、坐骨部周辺にかかる負担は極端に大きくなります。場合によっては背中などにも影響は出ます。負担を減らせばいいのですが、そうはできない事情がついて回ることが想像できますので、ことは複雑です。非常に重要な分野ですが、「パラスポーツにおける床ずれ」を扱う専門的方々にお譲りし、ここでは、一般的な床ずれについてお話しを進めることにします。といっても、床ずれとは何か、どうすれば床ずれは防ぐことができるのか、等の基本的なところが大きく変わるわけではありませんので、「パラスポーツにおける床ずれ」のケア・お世話にも、幾分かは参考になると思います。
<第三章>床ずれとは?「外力」が主犯です!
外力がかからなければ床ずれを防げる!!
―P:年齢を問わず、床ずれは出来る可能性があるのだと思いますが、主な原因について、教えてください。―中村:床ずれの研究は、古くから様々な方面でなされてきました。現在も、日々研究がなされ、進歩しています。日本褥瘡学会や日本褥瘡学会・在宅ケア推進協会などは、私が所属している団体で、正面から床ずれに向き合っている団体です。
褥瘡には「定義」があり、「身体に加わった外力は骨と皮膚表層の間の軟部組織の血流を低下、あるいは停止させる。この状況が一定時間持続されると組織は不可逆的な阻血性障害に陥り褥瘡となる。」(2005年、日本褥瘡学会)とされています。こうした「定義」は、いつの世でもそうですが、人が考えたもので、完全なものとはいえないところもありますが、一応の基準です。難しく考える必要はありません。要するに、「外力」がかからなければ床ずれはできない、ということです。「外力」とは何か、それをよく知り、対応を考えるのが最初の一歩です。
―P:先ほどの事例を踏まえて、外力について詳しく教えてください。
―中村:第一章のケースの状況を考えてみましょう。寝たきりの人が動かないとき、その人の寝床に着いている身体の一部分、足の踵や仙骨部、あるいは左右の腰骨(こしぼね)(腸骨部や大転子部)、頭の後ろなどは、寝床から長時間にわたり強い力を受けます。(図2)
(図2)
このように、身体の外から受ける力を「第一の外力」と呼ぶことにします(第一というからには、第二もあるということですが、それについては後ほど述べます。また、特に断らない限り外力といえばこの第一の外力を指すことにします)。座った状態や車椅子生活の人では、尾骨部や坐骨部が、座面から外力を受けます。寝床や座面が硬ければ硬いほど影響が強くなります。こうして、「身体を支える床(とこ)や座面、あるいは、それに匹敵する支持面(しじめん)と身体の骨格との間に挟まれた柔らかい組織(皮膚や皮下組織あるいは筋肉組織など)にキズができる、これが「床ずれ」です。そして「その主犯は外力、多くの場合は自分自身の身体、あるいはその身体の一部の重さ(自重(じじゅう))」です。「骨格との間に挟まれた組織にキズができる」わけですから、当然、骨の出っ張った部分(骨(こつ)突出(とっしゅつ)部)というのは、床ずれの危険性が高いということになります。寝る時や座る時の体位や姿勢によって、床ずれのできやすい部分が決まるということはよく分かっています。多くの場合、身体の下側、重力を受けて、寝床や座面などの支持面に押しつけられる部分ということです。まれに、身体の下側でなくても、何か硬いところに押しつけられる状況に追いやられたり、例えば骨折後のギプスなどの医療機器などによって圧迫をうけたりする場合にも、床ずれの一種ができることもあります₇ 。
「 ずれ力 」 を考える
―P:床ずれの原因というと「圧・摩擦・ずれ」だったかと思いますが、別の考え方もあるのでしょうか?―中村:そうですね、これまでは、床ずれの原因というと、繰り返し教えられてきたのは「圧と摩擦とずれ」です。そして「ずれ力」という用語が最近特に注目され、圧力の軽減と同時に、このずれ力を軽減するのが大切だとされるようになり、どのようにずれ力を軽減させるかという議論が盛り上がってきたわけです。ほぼそれで間違いはないようにも思ってきましたが、よくよく考えますと何か変だと、私は考えます。
まず「圧(力)と摩擦(力)」という組み合わせに問題はありません。これらは表面にかかる、性質の異なる力を表します。しかし「ずれ」という用語を並列に使うのに問題があるのでは、という疑問が出てきました。床ずれの原因として重要視されている「ずれ力」は、身体の内部の組織の歪みや変形を引き起こす力を意味し、位置のずれを指す「ずれ」とは次元の違う言葉です。位置をずらすときには「摩擦力」は生じますが、直接「ずれ力」とは関係しないことはあきらかです。私の意見を結論から述べますと、身体表面にかかる外力は、「圧力と摩擦力の総和」であり、それが、様々な方向の力として身体内部に伝わって組織の歪みや変形を起こす「ずれ力」となるものであり、それら3つの性質も次元も違う力を「圧と摩擦とずれ」という風に羅列するのは、間違いの元ではないかと考えました。
「位置のずれ」 と 「組織変形のずれ」
―P:少し難しくなってきました。「ずれ」について、もう少し詳しく教えてください。―中村:「ずれ」には二つの意味、使い方があります。一つは位置の変化をあらわす「ずれ」で、もう一つは床ずれの原因としての「ずれ」です。後者は、位置のずれではなく、組織の変形を意味します。「位置がずれる」のもズレ、「組織がゆがんだり変形したりする」のもズレなので、時々混乱して使われていると、私は考えました。
外力、というと、すぐ頭に浮かぶのは「押しつける力」ですが、それだけではなく「擦(こす)る力」も同時に考えないといけません。圧力と摩擦力の二つが合わさって、身体の表面やより深いところに変形をもたらすことが、床ずれのそもそもの原因である、という理解です。
繰り返しますが、外力には圧力と摩擦力を考える、そして、この圧力と摩擦力の総和である外力を軽減することで、組織の歪みと変形をもたらす「ずれ力」を軽減できるのではということです。すなわち、臨床家が実行できる、床ずれ対策としての外力対策とは、圧力と摩擦力を同時に軽減することだと、シンプルに言えることになります。この考え方は、まだ十分な検証ができていませんが、大切な考えだと思いますので、敢えて述べました。
~注釈~
執筆者プロフィール
中村 義徳 なかむら よしのり
天理よろづ相談所病院白川分院 在宅世話どりセンター
特定嘱託部長/医師
専門: 元消化器一般外科、消化器内視鏡、内視鏡外科、在宅医療、褥瘡・創傷管理
資格:
- 日本外科学会 認定医
- 日本消化器外科学会 認定医
- 日本内視鏡学会 認定医
学会活動:
日本在宅医療連合学会
日本褥瘡学会 功労会員、褥瘡認定師・医師
日本ストーマ・排泄リハビリテーション学会 特別会員
日本褥瘡学会・在宅ケア推進協会 理事
近畿外科学会 特別会員
日本褥瘡学会近畿地方会 世話人
奈良県糖尿病性足病変の会 世話人
日本臨床外科学会 他
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