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前頭連合野の賦活に向けた長下肢装具の活用

装具

前頭連合野の賦活に向けた長下肢装具の活用

千里リハビリテーション病院    吉尾 雅春

2021-04-15

遷延性意識障害や重度な高次脳機能障害、重度な運動麻痺や姿勢制御障害を伴うような症例に対して、どのような理由・目的をもって立位および歩行練習を行うのか、なぜ長下肢装具を使用するのか、以下に概説します。

覚醒を得るために

脳幹網様体や視床髄板内核、前頭連合野および関連する径路などの損傷によって覚醒障害が起こります。広範囲の脳損傷や脳卒中早期の血腫や浮腫に伴う上記の圧排によっても覚醒障害がみられます。視聴覚や温痛覚刺激だけでなく、下肢への荷重や筋紡錘の伸張などによる体性感覚刺激は脳幹網様体を刺激し、その上行性賦活刺激は視床髄板内核から大脳皮質へと伝わり、覚醒を促します(図1)。

ティルトテーブルでも荷重は得られますが、刺激のon-offを考えると、装具を利用した立位・歩行場面の方がより好ましいと言えます。覚醒によってはじめて、その後の可能性を顕在化できますから、該当するような症例では積極的に取組むべき課題です。

図1 覚醒のメカニズム

図1 覚醒のメカニズム

この系の中心は中脳に存在する巨大細胞性網様体であり、ここから視床髄板内核群と脊髄前角に投射する。髄板内核群に投射された興奮は大脳皮質全野へと投射(上行性賦活)されて、覚醒に関与する。脊髄前角に投射された興奮はそのまま運動神経へと入る。

前頭連合野を援助するために

大脳小脳神経回路認知ループや基底核ネットワーク前頭前野および辺縁系ループなどの損傷によって前頭連合野の注意・認知機能、情動面の制御や動機づけ、さらに思考能力や遂行機能が著しく低下することがあります。また視床背側核や頭頂葉などの損傷で著しい姿勢定位障害を伴うことも多く、前頭連合野の認知・遂行機能に大きな影響を与えます(図2,3)。

図2 認知・姿勢制御に関わる視床と頭頂葉・前頭葉における連関

図2 認知・姿勢制御に関わる視床と頭頂葉・前頭葉における連関

図3 姿勢定位の関連領域とそれらの損傷を含むCT画像と症例

図3 姿勢定位の関連領域とそれらの損傷を含むCT画像と症例

脳のシステムをより良い状態に導くために内外環境から脳への適切な働きかけが必要ですが、重度姿勢制御障害によって立てない患者に対して過度な努力を強いることになったり、逆に運動療法が臥位・座位中心のままでは頭頂葉や前頭連合野の混乱を招くことになります。長下肢装具の利用によって安定した立位を取り、安心して環境を受け止め、環境に迫ることのできる人間としての前頭連合野の機能を再建していきます。

図4 著しい姿勢定位障害をもつ症例の座位と高座位の姿勢の比較

図4 著しい姿勢定位障害をもつ症例の座位と高座位の姿勢の比較

図4は運動麻痺の程度は比較的軽いものの左半盲と左半側空間無視を伴って姿勢定位障害が著しく、易怒性もあって、早期に立位をとる機会がないまま4か月が経過した症例です。右の前頭連合野は目の前の環境にうまく対応できず、左の前頭連合野はブツブツと独語を発し続ける状態でした。当院入院後、早速、長下肢装具を装着して高座位、立位、歩行場面を積極的に取り入れると、高座位では担当セラピストと冗談を言い合う前頭連合野になっていました。

ヒトは直立二足動物です。ヒトは重力との関わりの中で特有の姿勢調節能力を獲得してきました。現代のヒトの脳は500万年前に比較して3倍に、とりわけ前頭連合野は6倍になったと言われています。前頭部が重くなったヒトはより直立位になることによって力学的負担を軽減することに成功したわけです。立位や歩行におけるその制御は通常意識されるものではなく、オートマティックに行われています。前頭連合野が身体内外の環境を受け止めて適切に思考し、意思決定して環境に迫る過程を円滑に進めるためにそのオートマティックな制御機構は貢献しています。つまり、姿勢を保つための努力に前頭連合野を動員する必要がなく、人間社会で好ましい活動ができるように前頭連合野を活かしていけるということです。その基本的なはたらきは小脳テントよりも下部で展開されており、大脳の障害で重度運動麻痺を伴っていても、そのオートマティックなシステムを賦活することができる可能性があります。そのことによって、前頭連合野が機能的に活動するようになることを期待していきます(図5,6)。

図5 小脳の線維連絡

図5 小脳の線維連絡

図6 著しい姿勢定位障害をもつ症例の座位と介助歩行の比較

図6 著しい姿勢定位障害をもつ症例の座位と介助歩行の比較

座位・歩行獲得のために

将来的にも随意運動獲得の可能性を考えにくいような重度運動麻痺を伴う患者の歩行練習が実質的になされないことがあります。基本的には脳幹・小脳より下位にあるシステムのフィードバックによる筋活動で歩行は制御されていますから、重度運動麻痺があっても歩行獲得の可能性は否定できません。重度運動麻痺患者にとって最も困難な運動は随意運動であり、随意運動を求めることに主眼を置いた運動療法を先行することは運動学習の原則に反します。まずは荷重と筋紡錘への伸張刺激をより多く行うことによって脊髄小脳路を介した姿勢制御および歩行のシステムを賦活することが重要です。これらのことについては前号でも紹介しましたので説明は割愛しますが、一例だけ紹介しておきましょう。

くも膜下出血に伴う血管攣縮により左脳に広範囲の梗塞が生じました。重度運動麻痺・感覚障害、全失語、その他の高次脳機能障害や易怒性がみられました。結局、回復期では平行棒から出ることもなく、装具の作製もないまま老人保健施設に退院された60歳台の女性です。歩いてトイレに行けるようになって自宅に帰ってきてほしい、という家族の要望があり、発症から12か月目から関わりました。廃用による問題もあって、ADLに活かせる歩行獲得まで9か月を要しましたが、図7のようなレベルまで到達しました。結果、易怒性は消え、笑顔の素敵な人になって自宅退院されました。

図7 発症後12か月目からの挑戦

図7 発症後12か月目からの挑戦

執筆者プロフィール



吉尾 雅春
千里リハビリテーション病院 副院長

理学療法士、医学博士、死体解剖資格認定、専門理学療法士、日本神経理学療法学会常任運営幹事
 

  • 1974年九州リハビリテーション大学校理学療法学科卒業
  • 1994年札幌医科大学保健医療学部講師
  • 2003年札幌医科大学保健医療学部教授
  • 2006年現職


著書
脳卒中理学療法の理論と技術 改訂第3版(メジカルビュー)
神経理学療法学第2版(医学書院)
運動療法学総論第4版(医学書院)
運動療法学各論第4版(医学書院)
症例で学ぶ脳卒中のリハ戦略(医学書院)など多数

 

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