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感覚統合Update 第1回:感覚統合の障害 感覚の問題とは?

感覚統合

感覚統合Update 第1回:感覚統合の障害 感覚の問題とは?

京都大学大学院医学研究科 人間健康科学系専攻 加藤寿宏

2021-09-01

 
2020年は感覚統合理論、感覚統合療法を誕生させた米国の作業療法士Ayresの生誕100年でした。日本では1981年日本感覚統合学会が誕生し学術団体として感覚統合理論・療法の普及と研究に携わってきました。
日本感覚統合学会が誕生した当初、日本では感覚統合の対象となる学習障害は一部の専門家以外にはほとんど知られておらず、発達障害(発達障害者支援法における)ということばも存在していませんでした。感覚統合療法で使用するスィングを吊ることができる施設も少なく、園庭にあるブランコのフレームや理学療法室のオーバーヘッドフレームを利用し、手作りのスィングで治療を行っている施設も多くありました。その当時は感覚統合療法を学ぶ職種も、ほとんどが作業療法士でした。
それから40年、法律も制定され、発達障害児・者の支援が充実していく中で、感覚統合療法ができる設備や遊具を備える施設や学校も増え、感覚統合を学ぶ職種も保育士、教員、心理士、児童指導員など多様になってきました。発達障害がある子どもを理解し支援する一つの視点として多くの専門職の人が感覚統合を学ぶことは、感覚統合を広める役割をする者として、とてもうれしいことです。しかし、その一方で感覚統合理論、療法に関しての誤用と誤解も増えています。

Ayres亡き後、感覚統合理論・療法は、その核となる部分は変わらないものの、脳科学や発達科学の進歩とともにその内容はUpdateされています。本来は日本感覚統合学会の講習会等でしっかりと学んでもらいたいのですが、今回はシリーズとして感覚統合の障害、感覚統合の評価、感覚統合療法の3つのテーマ、1テーマ2~3回で解説していきます。第1回は感覚統合の障害 感覚の問題とは? についてです。



 

感覚の問題とは?


2013年、発達障害(神経発達症)の診断基準の一つとなる米国精神医学会のDSMが改定されDSM-5となりました。その中で、自閉スペクトラム症の診断基準の一つに感覚の問題が加わりました。この背景には、米国の作業療法士Millerの影響があったようです。
自閉スペクトラム症は、以下2つの基準で診断されます。

   ①社会的なコミュニケーションと対人的相互反応の持続的な障害
   ②行動、興味、または活動の限定された反復的な様式


②には下位項目として4つの項目があり、その一つに「感覚刺激に対する過敏さまたは鈍感さ、または環境の感覚的側面に対する並外れた興味」があります。4項目のうち2項目が診断基準となるため、感覚の問題は必須ではありませんが、自閉スペクトラム症の70-90%に感覚の問題があることが報告されています。

「感覚刺激に対する過敏さまたは鈍感さ」は、音に耳をふさぐ、汚れる遊びを嫌がるや、けがをしても泣かない等、
「感覚的側面に対する並外れた興味」は、換気扇などの回るものを見続ける、バレリーナの様にくるくる回る等です。

発達障害のお子さんに携わっている方であれば、誰もが1度は経験されたことがあるかと思います。

DSM-5の診断基準は、日本語では感覚の過敏、鈍感ですが、原本の英語ではhyper-reactivity(過剰な反応)、hypo-reactivity(過小な反応)と記載されています。「過剰もしくは過小な反応」という表現は、原因は不明だが、感覚刺激(入力)に対する目に見える行動(出力)が過剰もしくは過小な反応となる、ということのみを表しています。

感覚が入力されてから、行動反応として現れるまでのプロセスは、

   感覚刺激(入力) ⇒ 脳での感覚処理 ⇒ 行動(出力)

の大きく3つに分けることができます。自閉スペクトラム症の感覚刺激に対する過剰、過小な反応の原因に、脳での感覚処理の問題があることは推測されていますが、その原因は明らかにされていません。そのため、現在、感覚の問題は、入力から出力に至るまでの処理(プロセス)の障害であると考えられており、これを、感覚処理障害(sensory processing disorder)とよんでいます。この処理過程のどこにどのような障害があるか、脳の構造や脳機能の反応、生理学的な反応、知覚の検出・識別課題、行動観察など神経レベルから行動反応に至るまで、さまざまなレベルでの研究が数多くなされています。

図1は国際誌に掲載された自閉スペクトラム症の感覚に関する研究論文の数ですが、年々、増加していることがわかります。

 

図1: 自閉スペクトラム症の感覚に関する研究論文の数
2021年は8月13日までの数(web of science にて)




 
 

感覚統合障害と感覚処理障害


現在、自閉スペクトラム症を含む発達障害の感覚の問題(過剰もしくは過小な反応)を表す用語として、「感覚処理障害」を世界の多くの研究者は使用しています。しかし、感覚処理障害はもっと広範囲な臨床像を示す用語です。

感覚処理障害は、2007年米国の作業療法士Millerが「Concept Evolution in Sensory Integration: A Proposed Nosology for Diagnosis(感覚統合における概念の発展:診断のための分類の提案)」で発表しました。論文のタイトルに「感覚統合」が入っているのがポイントです。感覚統合という用語は、神経生理学においては複数の感覚情報が細胞レベルで収束することを示していますが、Ayresは感覚入力から脳での処理、出力としての適応的な行動反応も含めたより広い意味で使用しています。この論文では、神経生理学で使用されている意味と区別するため、感覚処理と表現することを提案しています。
「感覚処理」と「感覚統合」は別の意味ではなく、ほぼ同じ意味で使用されている用語なのです。またMiller1)は、感覚処理障害について診断のための分類を図2のように提案しています。これも、新しい概念のように思えますが、Ayresの「感覚統合障害」の概念と共通しています。

図2: 感覚処理障害の分類(Miller 2007 より)

この図をみて、「感覚処理障害はもっと広範囲な臨床像を示す用語」の意味が理解できたのではないでしょうか。DSM-5の感覚に対する過剰、過小な反応は、感覚処理障害の中の感覚調整障害を指しているということです。感覚調整障害も新しいものではなく、Ayresが1979年に感覚登録、調整という用語を使用したのが最初です。
感覚処理障害は、感覚刺激に対する過剰、過小な行動反応のみでなく、運動の障害(不器用さ)や感覚の識別障害も含んでいます。そして、これらの障害は、子どもの日常生活の日課や参加、役割に大きな影響を及ぼします。



 

まとめ

 
感覚に対する過剰、過小な反応は感覚処理障害(正確には感覚調整障害)として取り上げられることが増えていますが、感覚処理障害は運動の障害(不器用)や感覚の識別の障害を含む広い概念です。これは感覚統合障害と共通する概念です。

次回は、感覚調整障害についてもう少し掘り下げていきます。
                             
1) Miller LJ, Anzalone ME, Lane SL, Cermak SA, Osten ET (2007):Concept Evolution in Sensory Integration: A Proposed Nosology for Diagnosis. American Journal of Occupational Therapy 61, 135-140


 

 

 

執筆者プロフィール


加藤 寿宏
京都大学大学院医学研究科 人間健康科学系専攻
先端作業療法学講座 発達障害リハビリテーション学研究室  准教授

京都大学医学部人間健康科学科先端リハビリテーション科学コース 
教員紹介ページはこちら>>

 

【専門】
 発達障害の作業療法
 感覚統合療法
 
【資格】
 認定作業療法士
 専門作業療法士(特別支援教育)
 日本感覚統合学会認定セラピスト
 特別支援教育士 SV
 
【学会】
 京都府作業療法士会副会長
 日本感覚統合学会副会長、講師
 日本発達系作業療法学会会長



 

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