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パシフィックニュース

モーリフト導入に至るまでの経緯と現在

リフト・移乗用具

病院・施設紹介

モーリフト導入に至るまでの経緯と現在

医療法人 勝久会
介護老人保健施設 気仙苑
作業療法士  清水 陽平

2023-05-01

1.はじめに

介護老人保健施設 気仙苑に併設する当デイケアセンターでは、2018年1月から職員の腰痛予防対策の一環で移乗用リフトの活用を始めました。その活動をきっかけに2020年4月に「腰痛予防対策チーム」が法人内で組織され、「腰痛予防」「ノーリフティングケア」の普及に加え、休職・離職防止を目的とした活動にも取り組んでおります。そこで今回、「モーリフト」導入に至った経緯や活用事例、全体への普及には欠かせない、人材育成についても一部ご報告させていただきます。

2.施設紹介

介護老人保健施設 気仙苑(http://www.shokyukai.or.jp/company/)
 




 
当センターは、152床の介護老人保健施設に併設するかたちで1991年に開設しました。岩手県沿岸南部にある人口4万人弱の大船渡市にあり、開所時は定員10名でしたが、同市唯一のデイケアということもあり、現在75名の定員で運営しています。また、比較的軽度な方々だけでなく、要介護4、5のご利用者が約3割ほど通所され、入浴やリハビリテーションサービスを提供しております。

3.「腰痛予防対策チーム」発足までの経緯

2018年に「腰痛予防対策指針」を学ぶ機会があり、所属するデイケアのセンター長(介護次長)らに報告すると同時に、腰痛調査(対象者32名、回答率90.6%)をしたところ、40歳以上の87.5%が「腰に痛み」を抱え、更に全体の66.7%で「腰以外にも痛み」を有する状態であることが明らかになりました。加えて、全体の1/4で「移乗支援」が大変(着衣時19.9%、非着衣時4.5%)とのことでした。当時倉庫には、移乗用リフトが何年も放置されていたため、調査結果にあげられていた「移乗介助」に活用することと致しました。

操作方法の指導風景

実際の使用場面

ほぼ全員がリフト操作の経験が無いため、操作手順だけでなく安全管理面の説明を数回行い、慣れるまでは筆者と一緒に確認しながら実際に操作しました。
約1年ほど腰痛予防について取り組んできた当時のセンター長は、自らも腰を痛めた経験から、介護部長らと共に組織全体で取り組む必要性を訴え、2020年1月に法人全体での勉強会(役職者対象)が開催され、4月に「腰痛予防対策チーム」が発足されました。

大船渡施設での勉強会

高田施設での勉強会

腰痛予防対策チームの主な活動
○目的の共有と目標設定および活動計画の立案
○役職者をリーダーに部署毎の組織を編成
○年1回のリスク把握調査、年2回の腰痛調査の実施
○毎月の定例ミーティングの開催 など
※筆者は、チームのアドバイザーとしてマネジメントする役割を担う

4.「モーリフト」導入の経緯

2018年から使用したリフトは、動作性に問題ないもののバッテリーが劣化しており半年で動かなくなりました。更に、「部品交換や修理もできない」ことをメーカー側から告げられ、従来通り「人力での抱え上げ」が復活することとなりました。しかし、一度リフトに触れた職員らからも新たなリフトを希望する声があり、以下の特長からモーリフトを選定しました。
一つ目は、モーリフト(スマート150)は重量25kg(バッテリーを除く)で折りたたむことができ、床からの吊り上げにも対応している点です。デイケアは、ご自宅から「通所」していただく事業所であり、ご利用者の生活環境は介護度や経済状況、介護力によっても異なることから、それらを理由にお断りすることがあってはなりません。一方で、抱きかかえる介助では、職員だけでなくご利用者への負担も大きくなります。モーリフトは、折りたたみや床からの吊り上げだけでなく、成人男性(体重60kg以上)が一人で持ち上げられる重さのため、事業所以外の場所に持ち運べるという特長があります。
二つ目は、防水機能を有している点です。職員に調査した際、入浴場面での移乗介助が身体的・精神的に負担が大きいことが明らかでした。浴室は居室と比べ、転倒のリスクが非常に高い環境です。更に、裸のご利用者を介助するため、皮膚が脆弱な高齢者にとっては、職員の小さな力でも皮膚剥離や皮下出血につながります。よって、入浴業務は2・3名での抱え上げが行われていました。しかし、実際には「足を滑らせた」「膝をついた」経験のある職員も複数名おり、腰痛だけでなく安全な業務遂行が求められました。
三つ目は、腰痛予防やノーリフティングケアの普及、人材育成を目的とした教育活動への活用です。当法人を含む地域全体に、抱え上げ介助が常態化し、腰痛は当たり前といった風土がありました。移乗用リフトは、トランスファーボードやスライディングシートに比べると、テクニックを必要とせず誰もが安全に操作でき、同じ効果をもたらすことができるため、在宅での導入も進めて参りました。しかし、訪問に携わる職員や入所・退所時の送迎に関わる職員らが全く操作できない現状から、所属する職員だけでなく全体への教育活動が求められました。先に述べましたが、モーリフトは「持ち運び」にも適しており、実際の介護場面以外にも活用法が多様にありました。
以上の特長から、モーリフトを選定し2019年12月の導入に至りました。

5.活用事例

○デイルーム内での移乗支援
一般的な使用場面として、ご利用者が昼食後にベッドでお昼寝される際に使用しています。導入当初は、「操作に不慣れ」「手間がかかる」「抱え上げた方が早い」等の理由から使用頻度は多くありませんでしたが、リスクの高いご利用者を抽出し、使用のルール化を図ったことで習慣化され、操作への不安が和らぎ操作時間の短縮につながりました。今ではリフト移乗は「当たり前」の光景になりました。

○浴室での移乗支援
自立度が高い方々が入浴する「一般浴」、ご自宅での入浴を目指した「個浴」の他に、介護度の高い方々向けに、座った状態やストレッチャーに横になった状態で入る「特浴」があります。主に特浴で、車椅子→ストレッチャー(シャワーキャリー)、ストレッチャー→ベッド、ベッド→車椅子への移乗に使用しています。以前は2、3名で抱え上げる、操作に不慣れなために2名で行うことが殆どでしたが、人材不足が深刻な中でも他の職員を待つことなく1名でも安心安全に移乗支援ができるようになりました。

○送迎時の移乗支援
通所施設ならではと言える「送迎」業務では、送迎車への乗降やご自宅環境での移乗支援が必要になります。ご自宅にリフトが設置される場合にも、操作できるようになったことで負担が軽減されました。以前は、2名で抱え上げていたため、送迎する職員の組み合わせも必然的に「男性2名」に偏りがちでしたが、ドライバーと女性職員の組み合わせが可能になり、業務効率化にもつながっております。重度のご利用者には「リフト車」を配車しますが、乗車定員や行き先によって「普通車」となる場合も少なくありません。調査結果からも特定のご利用者について「乗降時に苦慮している」との意見が多数あげられておりました。このご利用者は、自力で乗降することが難しいだけでなく、認知機能の低下に伴い「介護抵抗」が認められる方でした。通常の送迎には、送迎車に乗る→到着後に送迎車から降りる→送迎車に乗る→自宅で降りるの合計4回の乗降支援が伴います。そこで、事業所で行う2回の乗降支援はリフトを活用することとしました。結果、リフト移乗による介護抵抗はみられず、更に通所の利用や頻度を減らすことなく負担軽減できました。
 



○人材育成としての教育活動
腰痛予防対策チームが発足し、在宅に関わる他部署からも「リフトはあるが操作できない」といったリスクがあげられており、訪問看護やリハ、入退所に関わる支援相談部の職員を対象として操作方法を練習する機会を設けました。1度きりの勉強会ではなく、実際に使用できるまで数回行い、習得に向けた教育を行いました。特に、支援相談部の職員は日常からケア業務に携わる機会が無いため、「利用者を落としてしまうのでは」といった不安を抱えながら移乗支援していたそうです。訪問職員が操作できるようになると、離床機会の増加につなげられるだけでなく、用具への理解が深まり、重度療養者へのリフト導入に向けた働きかけを行うようになったとの報告がありました。

練習風景

入所前送迎での実際

○外部でのデモンストレーション
保険衛生業や社会福祉施設での腰痛発生率の高さも影響していると考えられますが、近年の介護業界では人材不足も深刻な問題となっております。そこで、2020年4月から腰痛予防対策チームを組織し、法人全体で取り組んできました。そこで、就職説明会や地域の中高生を対象とした職場説明会といった場で、口頭でのプレゼンだけでなくモーリフトを持参しての実演にも取り組んでおります。取り組み始めた直後から、コロナの影響で対面式から画面越しの形式が主流となってしまいましたが、2023年3月に高校生を対象とした対面形式での説明会が開かれ、デモンストレーションを実施しました。
写真は、地元の中学校に出向いた際のものです。担任の男性教員を男子生徒4人で抱え上げ、抱えられた先生は恐怖心から悲鳴を上げておりました。抱えられる側と抱える側の双方を体験して頂いた後、モーリフトの実演を行いました。実演では、女子生徒が一人で上下のボタン操作を行うと、会場にいる生徒達から歓声が上がり、吊られた先生からは笑顔が見られるといった光景がありました。

6.2023年の現状

年2回実施している腰痛調査では、2022年11月時点(対象者27名、回答率100%)で40歳以上の腰痛保持率は87.5%から73.3%、腰以外にも痛みを抱えていた職員が全体で66.7%だったのが55.6%に低減しました。更に、55.6%の職員が「気持ちの落ち込み」といった精神面への不安を抱えていましたが、33.3%に低減しております。また、負担と感じていた乗降支援では、着衣時が19.9%から14.8%、非着衣時は4.5%から1.9%となりました。送迎業務においては、移乗支援の負担は減り「シートベルト脱着時の姿勢」が腰に負担のかかる業務の原因の大半を占める結果となりました。2020年4月から開始した「腰痛予防」の一環として、特浴内に着脱や処置に使用するベッドを設置、電動ベッドやリフト車を増やしたことが低減につながったと考えます。多様な場面でモーリフトを活用したことで、腰痛予防対策への意識が高まりました。

7.地域での活動と人材育成

「どんな状態でも(病気や障害の有無を問わず)どこで暮らしていても(病院や施設、在宅を問わず)人として当たり前の生活が保障される地域づくり」を目指し、全国で活動する「ナチュラルハートフルケアネットワーク(通称:なちゅは)」に仲間入りし、リフト操作などの技術習得はもちろんのこと、腰痛予防やノーリフティングケアを地域で広めていくためのノウハウを学びました。また、東日本大震災の経験から「明日があるなんて分からない・・・目の前にいる人全てが大切な人」という想いに賛同した10名と2016年に「なちゅは岩手」を立ち上げました。

左上の写真は、習得を目的とした技術練習を行っているところで、右上は全国規模のセミナーで講師の横で実演者として参加している様子です。ここで得た知識や技術は、なちゅは岩手のボランタリーな活動として地元でのセミナーや勉強会にて発信しております。

モーリフトを持参した出前研修

コロナ禍の中で開催したセミナー(2022.11)

8.おわりに

腰痛予防対策チームには、なちゅは岩手のメンバーや勉強会に参加した職員らが在籍し、所属先の同僚らに助言や指導をする役割を担っています。目的を理解し、用具の正しい使い方を知る人材が近くにいることは重要であり、なちゅは岩手の活動が全体への普及に欠かせない人材育成につながっていると考えます。しかし、リフト導入から数年が経ち、「腰痛を減らす」という大きな課題解決に向けては、組織全体での取り組み強化を図る「仕組みづくり」が不可欠です。ケアする側・される側の双方にとって安全で安心なケアが「当たり前」となる地域風土を創り上げていけるよう努力していきたいと考えております。

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