パシフィックニュース
障害者就労を取り巻く環境と今後の課題
AAC(コミュニケーション)
就労支援
就労支援セミナーに向けて
パシフィックサプライ株式会社 新規事業開発推進部
作業療法士 藤島 隆二
2024-03-01
はじめに
私は昨年1月までは作業療法士(以下、OTと略す)として働いていましたが、縁があって3月よりパシフィックサプライ株式会社に入社しました。
OTとして働いた17年間で、補装具や福祉用具、自助具などの作製にも関与していましたが、パシフィックサプライで働き始めてから、自分が扱っていたのはほんの一部で、有効に使えたかも知れないものが、たくさんあることを認識しました。
これは基本的には知識不足ということが要因ですが、機能そのものを高めることがリハビリだと思う気持ちが根底にあったからだと思います。
リハビリ業界ではQOLという言葉をよく使うので、自分ではQOLを理解しているつもりでした。自分のアプローチによって確かにQOLを高めることはできていたと思いますが、視野を広げて福祉用具の活用や支援機関と連携をもっととっていれば、QOLをより高めることができたのではないかと思います。
私は小児分野のOTだったこともあり、支援学校を訪問して先生方の相談に乗ることや、家や学校生活のことについてご両親の相談に乗ることもありましたが、今思うと、もっとたくさんのことが提案できたのではないかと思います。
私は現在、コミュニケーション支援機器を担当しているため、AACという言葉に触れることが増えました。AACでは「あらゆる手段を用いてコミュニケーションを豊かにする」ことや「今コミュニケーションできることを優先する」ことでQOLを高めるという考え方をしますが、その考え方が以前の自分には足りなかったと思います。
障害児者を支援する職業はたくさん存在し、それぞれに専門性がありますが、視野を広げることで見えてくることや、支援できることが増えるという意識を忘れないようにしたいと思います。
この記事では、障害者就労に焦点を当てて、障害者就労を取り巻く環境の整備と、支援する方々が、それぞれの立場で今デキルことを見つけるきっかけになることを期待しています。
また、今回の記事は3月9日に開催する就労支援セミナー「第3回支援機器×ICTで広がる可能性~就労への取り組み~」に繋がり、講師をお招きして更に詳しい情報を共有します。
障害者就労の現状
法定雇用率は達成された
常用雇用されている障害者の割合を示す実雇用率は、民間企業では令和5年が2.33%で12年連続して増加しており、障害者雇用促進法で義務付けられた法定雇用率(全従業員に対する障害者の雇用割合)の2.3%に到達しました。法定雇用率は、今年(令和6年)の4月からは2.3%から2.5%に引き上げられ、令和8年には2.7%になることが決定されていますが、最近の実雇用率の推移傾向(表1)が続くと考えると、法定雇用率に近い値は達成できそうです。
引用:厚生労働省「令和5年 障害者雇用状況の集計結果」
従業員数が少ない企業では、就労している障害者が少ない
企業規模別の実雇用率をみると(表2)、実雇用率は従業員数に比例する傾向があり、従業員数1,000人以上の企業では法定雇用率より高く、43.5~100人未満の企業では低いという状態は、10年以上あまり変化していません。また、法定雇用率達成の企業は令和5年12月で50.1%と半数を超えましたが、未達成企業のうち58.6%は障害者を一人も雇用していないという現状があります。(引用:厚生労働省「令和5年 障害者雇用状況の集計結果」)
表2
出展:厚生労働省「令和5年 障害者雇用状況の集計結果」
実雇用率は増加しているが障害者数も増加している
上述したように実雇用率は法定雇用率を満たす状態にありますが、現状では、働きたくても就職できない障害者がたくさん存在します。その状況は、日本の人口に占める障害者の割合をみても想像できます。
令和5年の日本の総人口は1億2434万人で13年連続して減少していますが、障害者の割合は総人口の約9.2%で年々増加しています。また、障害者の雇用数も右肩上がりに増えていますが(表3)、総数が増えているため失業者が減っているとは限らず、増えている可能性もあります。
表3
出展:厚生労働省「令和5年 障害者雇用状況の集計結果」
精神障害者人口の増加
障害別の人口比率は、令和4年から令和5年で次のように変化しています。(引用:内閣府「障害者白書 参考資料 障害者の状況)令和4年 身体障害者が約45%、 知的障害者が約11%、 精神障害者が約44%
令和5年 身体障害者が約38%、 知的障害者が約9%、 精神障害者が約53%
令和4年まで身体障害者が精神障害者よりやや多い状況が続いていましたが、令和5年には精神障害者が令和4年より195.5万人増え、身体障害者の数を大きく上回りました。
また、平成30年に障害者雇用促進法により精神障害者の雇用が義務化されたことで、精神障害者の雇用は増えてきており、10年前と比べると約6倍になっています。
身体障害者が約1.2倍、知的障害者が約1.8倍であることをみると、近年での増加率が最も高いことが分かります。
一方、雇用人数の割合をみると、令和5年で身体障害者が約56%、知的障害者が約24%、精神障害者が約20%で、依然として精神障害者が最も少ない状況にあります。
障害者就労に関する法律・制度
障害者雇用促進法と雇用の義務化
障害者の雇用を促進するためには、企業や障害者が努力するだけでは難しく、法律や制度の後押しが必要となります。障害者の雇用を促進する法律は、昭和35年に身体障害者雇用促進法が公布され、昭和51年に身体障害者の雇用が義務化されました。
昭和62年には身体障害者雇用促進法は障害者雇用促進法(以下、促進法と略す)に改名され、その翌年の昭和63年には知的障害者の雇用が義務化されました。
精神障害者の雇用が義務化されたのは、その30年後の平成30年で、身体障害者の雇用が義務化されてから42年後になります。
義務化されると法定雇用率を達成している企業には助成金などのメリットがあり、達成していない企業には納付金が徴収されるなどのデメリットがあるため、企業は障害者雇用の環境を整え始めます。
令和6年4月からスタートすること
令和4年の障害者総合支援法と促進法の改正に伴い、今年4月より次のことが開始されます(改正内容より一部抜粋)。・短時間(週10~20時間)労働者※の実雇用率が算定されるようになる
・就労アセスメントの手法を活用した「就労選択支援」を創設
・精神障害者の希望やニーズに応じた支援体制の整備
※の対象は重度身体障害者、重度知的障害者及び精神障害者
精神障害者の雇用が義務化されたのは平成30年と最近であり、精神障害者数が増加している状況も考慮すると、これから最も拡大が求められるのは精神障害者ではないでしょうか。
また、令和3年の障害者差別解消法の改正に伴い、今年4月から事業者による障害のある人への合理的配慮の提供が義務化されます。
このように、法律や制度は充実していきますが、実際には従業員一人ひとりが障害者雇用の理解を深め、具体的に取り組むことが必要であり、企業はその環境を整えることが求められます。
蓄積されたノウハウの活用
雇用促進への取り組みは、これまで培ってきたノウハウが企業や支援機関(地域障害者職業センター、障害者就業・生活支援センター、ハローワーク、就労支援事業所、学校、医療機関など)に蓄積されているため、それを活かすことができます。障害者を支援する方は一人で抱え込まず、既存の情報や制度を最大限に活かし、連携をとってより良い支援を提供することが望ましいと考えます。
ただし、障害者を雇用したことのない企業は、前例がないため初めて雇うことへの壁が高く、具体的な取り組み方が分からないという状況が考えられます。
また、障害が目に見えにくく、マニュアル化や共通理解を得ることが難しいといった課題があります。
現代は情報化社会でたくさんの情報がありますが、効率よく適所に情報が回るような取り組みが必要と考えます。この記事がその一つになり、3月9日に開催する就労支援セミナーで更に共有できればと思います。
事例紹介
表4はKAWAMURAグループの過去15年間の障害者雇用推移です。
表4
KAWAMURAグループは医療・福祉の物づくりの会社ということもあり、以前より身体障害者の雇用率が高く、治具などを考案して障害をカバーするという働きが根付いています。
また、平成22年に就労支援チームを編成し、知的障害者、発達障害者に対する取り組みも始まりました。
これまで行ってきた就労支援の事例を一部紹介します。
■パシフィックニュース
障害者就労 in KAWAMURAグループ 2016.7.15号
事例)就労場面における支援機器(VOCA)の可能性
<キーワード>VOCA、主体性、環境整備、電動車椅子
事例)障害特性を知る
<キーワード>パニック、コミュニケーション、イレギュラー、障害への理解
https://www.ref.jeed.go.jp/30/30053.html(外部サイト)
事例)ハード(治具)とソフトによって、雇用上のバリアを解消
<キーワード>製造、知的障害、発達障害、治具、作業工程の見える化、熟練者と非熟練者
障害者就労に関する悩み
就労に対する悩みは誰もが持っていますが、障害者は障害に関する悩みがプラスされます。それは障害の種類や程度、環境、生い立ちなど要因は多岐にわたります。
また、仕事だけではなく、健康や生活全体を考慮しなければ、仕事が継続できない場合もあります。
たくさんの課題を一つひとつ最適な状況にすることが望ましいですが、実際には全てを最適化することは難しいことが多いので、優先順位をつけて、上手くやりくりすることが必要となります。
障害者就労を進める上では、次の3つを見極めることが重要だと思っています。
1. デキルこと
2. できないこと
3. 支援があったらデキルこと
ここが曖昧なままでは、自分も周りもどうすれば良いのかが分からなくなり、次のような状態になる可能性があります。
<例>
・同じ失敗を繰り返し改善しない
・精神的なストレスが高まり、それにより身体的なストレスも高まり体調不良を招く
・自信が持てず自己有用感が喪失していく
・状況をどう伝えれば良いかが分からない(コミュニケーションが上手くできない)
・やりたい仕事が見つからない
例えば、編み物ができるという情報があれば、裁縫などの作業を任せてみようという流れができ、裁縫でなくても、それに近い作業を任せれば上手くいくだろうと考えることができます。
また、騒がしい所が苦手で作業に集中できなくなるということが分かっていれば、静かな場所での仕事を任せる流れになり、周囲も配慮することができます。
しかし、もし情報が少ない場合は、デキルこと・できないことを確認することから始まり、上手く的を射なければ、できない状態を繰り返すことになります。そうなると上述した状態を招く可能性があり、同僚や上司も対応に困ります。
今後の課題
成功と失敗の両方をたくさん経験して自己理解が深まると、何をすれば良いかが分かるようになってきます。
例えば、自分は話し言葉よりも文字で書いてもらった方が理解しやすいということを経験的に理解していれば、相手に「文字に書いて説明してください」と伝えれば良いということが分かり、自らコミュニケーションをとることができます。
デキルことと、できないことを自覚するためには経験する(やってみる)ことが必要ですが、障害者は先天的、後天的のいずれであっても、チャレンジした経験が少ない傾向があり、支援者がチャレンジする機会を上手く作れるかによって差が出てきます。
新しいことにチャレンジする場合は、今ある情報を基にして、どのようにチャレンジするのかを考える必要がありますが、経験することの重要性を理解し、積極的に取り組むことが求められます。
ただし、実際には障害によってデキルことが限られることもあるため、同僚、クラスメイト、友達、先生、親のどんな支援があれば「協力してデキル」のかということを知ることも必要になります。
また、障害児者の支援において、今ある制度や支援機関を最大限に活用できていない場合もあるため、より一層情報の共有や連携、および障害への理解を深める取り組みが必要になってくると考えます。
おわりに
このパシフィックニュースは3月9日に開催する就労支援セミナー「第3回 支援機器×ICTで広がる可能性~就労への取り組み~」と連動しています。
本セミナーでは第1回から参加頂いている東京大学先端科学技術研究センターの学術専門職員でDO-IT Japanの事務局員でもある奥山氏と、現在、熊本高等専門学校の特命教授で、アシスティブテクノロジーやシンプルテクノロジー、ICT機器などに精通されている福島氏をお招きして、障害者就労の現状や支援方法などを紹介頂きます。
また、障害者就労におけるコミュニケーションの課題をテーマにして、参加される方とディスカッションを交えて、より一層、障害者就労について理解を深めたいと思います。
関連情報
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