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パシフィックニュース

VOCAを用いたコミュニケーション支援

AAC(コミュニケーション)

VOCAを用いたコミュニケーション支援

社会福祉法人わらしべ会 村野わらしべ 石田 哲也

2011-10-01

●はじめに

わらしべ会は肢体不自由者や知的障害者の方の福祉サービスを幅広く展開している社会福祉法人です。
障害者支援施設をはじめ、グループホーム・ケアホームといった住居支援から就労移行支援・就労継続支援B型・生活介護、地域活動支援センター事業といった日中活動や就労支援、相談事業、ホームヘルプやガイドヘルプサービスなどを行っています。
川村義肢(株)・パシフィックサプライ㈱とは、肢体不自由者(身体障害者)の施設わらしべ園で、車椅子や装具、ヘッドギア、PC周辺機器、トーキングエイドなどで以前から関係が深かったのですが、平成20年からは、VOCAを通して、知的障害者授産施設セルプわらしべなどにも関係が拡がっています。
平成23年2月に知的障害者や自閉症者の行動障害支援の研究会での発表をきっかけに、今回、VOCAを用いたコミュニケーション支援について、パシフィックニュースにて、事例報告する運びになりました。
行動障害のある方への試行錯誤の日々とVOCAとの出会い・コミュニケーションの変化を中心に報告したいと思います。

瀧本さんの横顔

知的障害者授産施設セルプわらしべは、知的障害のある方と共に内職、園芸、清掃作業や、一般企業の中で企業内作業などを行っている施設です。
利用者の瀧本さんは現在27歳。障害は、知的障害・自閉症であり、有意味言語を用いて話すことはできません。養護学校の高等部を卒業し、平成15年からセルプわらしべに通っています。毎日、月~金曜日、自宅からセルプわらしべまで自転車で通勤しています。
今現在、室内作業に所属しており、内職の仕事を毎日頑張っています。その他にも、過去に企業内作業の洗車作業をはじめ、公園清掃などを行った経験があります。
その他、敷地内でのかき氷販売や、信楽に出向いての陶芸、セルプわらしべでの活動は多岐にわたります。

知的障害者授産施設セルプわらしべ

行動障害への対応がきっかけ

養護学校時代、園芸をしていたということで、経験を活かせるように平成15年の入所後、園芸作業に配属されました。
園芸作業では枯れた花を摘み取る、捨てるといった作業工程があるのですが、その作業工程にこだわりはじめ、敷地内の全ての花に対して、枯れたら捨てる(又は引っこ抜く)という行為を始めました。

その行為はセルプわらしべに留まらず、自宅、通勤帰宅途中の他人の家など地域にも拡がっていきます。
当時のケース担当者は、園芸作業が瀧本さんの行動障害を助長しているのではないかと考え、平成17年度に室内作業へと所属を変えました。

私が瀧本さんのいるセルプわらしべに配属されたのは平成18年度です。配属1年目は、瀧本さんの所属する室内作業の担当として支援に携わります。
2年目の平成19年度にケース会議を通して、瀧本さんと家族の方と深く関わっていきます。そして、公園清掃という企業内作業を通して、更に深く関わっていきます。
話は前後しますが、園芸作業から室内作業に変わってからも、自宅や通勤帰宅途中での行動障害は続いていました。
平成19年度末には、通勤帰宅途中での、他人の家や店舗の前などでの枯れた花を引っこ抜く、そしてその植木鉢を割るといった行動障害が激しくなります。

その問題が生じた際には、家族の方と一緒に対応することが多く、又、室内作業やケース会議、公園清掃での企業内作業と深く関わっていた私は、「私がなんとかしなければいけない」と平成20年度のケース担当を自ら志願します。
そして、この行動障害への対応がきっかけとなり、後のVOCAを用いたコミュニケーション支援に繋がっていくことになります。

支援をする上で、行動障害に向き合うというよりも、瀧本さんのことを理解して支援するという必要があると感じました。
様々な場面での行動について、「瀧本さんは今、何を考えて行動しているんだろう?」と考えるようになりました。
その中で、物の位置が気になったり、周りが気になったりしていることが見えてきました。TEACCH (Treatment and Education of Autistic and related Communication handicapped Children 自閉症及び近縁のコミュニケーション障害の子どものための治療と教育)でいう物理的構造化やスケジュールの構造化などといった構造化を進めていきます。
又、家族の方と面談を重ね、共通認識を深めていきます。連絡帳を有効活用するように努め、支援記録にも力を入れました。

試行錯誤の上、色々な取り組みを行うことで、徐々に瀧本さんと家族と支援者の3者でコミュニケーションが深まってきました。家族と支援者との共通認識やコミュニケーションが良くなっていくということは、「自分のことを理解してくれる人が増える」といったことにも繋がっていきます。

バッド・コミュニケーションをグッド・コミュニケーションへ

様々な支援や取り組みを行う中で、「コミュニケーション」について考えることになります。
問題行動もコミュニケーションのひとつではないかと考えたのです。しかし、周りの人には受け入れられるような表現方法ではないので、問題行動と捉えられてしまうのではないかと。瀧本さんに問題行動をしているという意識はないでしょうし、周りの人から受け入れてもらえない行動をわざとしようと思ってしているのではないと思います。

私はこの伝えたいことをうまく伝えられないコミュニケーション(問題行動)をバッド(悪い)コミュニケーションだと考えました。
相手に正しく伝える方法を身につけることができれば、バッド・コミュニケーションがグッド・コミュニケーションになるのではないかと考えました。そこで、本格的にコミュニケーション支援に取り組んでいくことになります。
有意味な言語を用いて話すことができない瀧本さんとコミュニケーションをとる方法は、職員からの声かけ、写真カードやアイコンタクト、指さしなどでした。

室内作業では、順番にメンバーがリーダーになり、朝礼の司会などをします。瀧本さんはカードを使用して、近くの人に見せて読んでもらうといったかたちで司会をしていました。しかし、これでは、メンバーに直接コミュニケーションすることができず、間接的なコミュニケーションでしか、他者とのコミュニケーションが成立しないことに疑問を感じたのです。
直接的にやりとりする手段はないのかと考えてみました。

VOCAとの出会い・事例との出会い

そこで、思い出したのが『コミュニケーション・エイド』です。私はセルプわらしべに赴任するまで、肢体不自由者の施設わらしべ園で働いていたのですが、その時に言語障害がある利用者の方が使用していた50音を入力して機械の合成音を出力する、コミュニケーション・エイドのことを思い出しました。

私と同じくわらしべ園で働いていたことのある元ケース担当にその機器を試したことがあるかどうか聞いてみたところ、入所当初に試したことがあったとのことです。しかし、50音を理解できないことと、機械の合成音に拒否反応を示したことが大きかったようで、使用には至らなかったとのことでした。

そこで私は考えました。ボタンの部分が写真や絵のコミュニケーション・エイドがあるのではないかと考えたのです。この技術が進んだこの時代に絶対そういう機器があると考え、ネット検索してみると、『VOCA』(Voice Output Communication Aid)という音声出力型コミュニケーション・エイドを発見することができたのです。

こうしてVOCAと出会い、その事例についてネットで調べていると、秋田教育大学のVOCAの支援事例(『自閉症児にVOCAを活用したコミュニケーション指導』)も発見することができました。更に、VOCAを販売している会社を検索したところ、わらしべ園で繋がりのあった川村義肢㈱とパシフィックサプライ(株)に辿り着きます。

瀧本さんのお母さんにVOCAを用いてのコミュニケーション支援を行いたいことを伝えると、「まったくしゃべれなくなるのでは?」と不安があったのも確かです。

しかし、秋田教育大学の論文にはVOCAを用いたことで、コミュニケーションがスムーズになり、問題行動が減少した事例報告があり、又、生活の幅が拡がる可能性についても伝え、最終的にはVOCAを用いてのコミュニケーション支援について了解してもらいます。

10日間、デモ機を借りて、試しに使用してみると、私が思っていた通りのコミュニケーション・エイドで、その他の職員にも好評で、瀧本さんのコミュニケーション支援に有効だと確信を持ち、平成20年3月末から、本格的にVOCAを用いたコミュニケーション支援の取り組みが始まりました。

VOCA:スーパートーカー

本人・他利用者・支援者でグッド・コミュニケーション!!

コミュニケーション支援で用いたVOCAはエーブルネット社のスーパートーカーです。
VOCAを導入するにあたり、秋田教育大学の論文と『特別支援教育におけるコミュニケーション支援~AACから情報教育まで~』という本も参考に支援を組み立てました。

どの場面でVOCAを使用するかを考えて、オーバーレイシートという写真や絵が入るシートを作製します。
リーダー時の朝礼・終礼シート、終礼時の作業報告シート、作業中の作業報告シート、イベントでの屋台販売用シートなどを作製します。
まず、リーダー時の司会進行ですが、自分の行動が誰かを通して関係するのではなく、他者と直接関係できるようになり、司会が積極的に進められるようになり、表情も良くなります。
終礼時の作業報告も、その日のリーダーか職員が代弁し、瀧本さんは手を挙げるだけでしたが、リーダーに名前を呼ばれると、VOCAを使用して、作業報告を進んでできるようになります。
作業時の作業報告も、VOCA導入までは「終わりました」と書かれていたカードを使っていましたが、中々定着せず、作業が終わるとウロウロしていたのが、VOCAを使用するようになり、「作業が終わりました。○○さん(職員の名前)」と作業が終わるたびに作業報告ができるようになり、作業の終わりと始まりが明確になり、ウロウロすることも少なくなります。

職員とのコミュニケーションは指示などの1方向からのみの言葉かけだけではなく、瀧本さんがVOCAを使用することでやりとりが可能になり、2方向のコミュニケーションが生まれたといっても過言ではなく、瀧本さんにとって、新たな嬉しい又は楽しい体験が始まったのではないかと思います。
VOCAを用いたコミュニケーションは、職員は勿論のこと、他の利用者さんにも好評で、その自然なコミュニケーションに何の違和感もなく受け入れてもらえます。VOCAを通じて、本人・他利用者・支援者でのグッド・コミュニケーションが始まっていきます。

VOCA:スーパートーカー(2004年モデル)

VOCA使用

そして行動障害がなくなった

VOCA導入までに試行錯誤して取り組んだ構造化や、家族との協力連携などもVOCAを用いたコミュニケーション支援とうまく調和し、平成20年9月4日~平成21年4月7日の約7ヶ月間、行動障害がなくなりました。

自発的なコミュニケーションの芽生え

VOCAを用いたコミュニケーションは、その後、自発的なコミュニケーションの芽生えも促します。
終礼時の作業報告のシートは、毎日、作業内容が変わるので、終礼時までに職員が作業内容を吹き込むのですが、ある日、終礼までに吹き込んでいないと、前日に入っていた作業内容を押したのです。

それは、「作業報告を吹き込んで欲しい」という自発的なコミュニケーションの芽生えでした。それからは、「録音してください」というシートを作成し、終礼前に職員にその日の作業内容を吹き込んでもらうといった一連の流れは、とても自然な当たり前の光景になりました。
自発的なコミュニケーションの芽生えと同じくして、家庭でのコミュニケーションにも変化が現れてきます。

本人・家族でもグッド・コミュニケーション!!

瀧本さんは絵画教室に通っているのですが、お父さんの声かけがなかったら自主的に絵画教室の準備もせず、絵画教室にいきたいという意思表示もなかったのですが、ある絵画教室に行く土曜日、お父さんの側に立ってもじもじ?している瀧本さんを見て、お母さんがもしかしたら「絵画教室に行こう」とお父さんに言いたいのではないかと思い、瀧本さんを呼んで、お父さんの肩をたたくジェスチャーを教え、瀧本さんがお父さんの肩をたたくと、「おっ、絵画教室行くか」ということがあったとお母さんから話を聞きました。

又、瀧本さんと家族が自宅でもやりとりできるように写真カードを渡していたのですが、ある日のこと、セルプわらしべから帰宅した際に、割れた植木鉢の写真カードをお母さんに見せ、外を指さし、「帰りに植木鉢割ってきた」と伝えてきたそうです。
実際に確認することはできなかったとのことですが、もしかしたらこれが初めて瀧本さんが、自分から植木鉢を割る行為について報告できた瞬間かもしれません。

VOCA導入後、自発的なコミュニケーションが芽生えたことで、本人・家族でも、グッド・コミュニケーションが始まっていたのです。

さいごに

さいごに、支援の上で本当に大切なのは、本人・家族・支援者が一体となり、取り組むことであり、VOCAを導入するのはあくまでも手段のひとつでしかありません。
世間にはVOCAを知らない支援者(又は家族)が沢山います。VOCAは知っていてもその使用方法や事例もまだまだ数少ないのが現状です。少しでもVOCAのことを知って活用していく人たちが増えれば、自閉症者や知的障害者のコミュニケーションがスムーズにいき、行動障害の減少にも繋がり、生活の幅も拡がりがでてくるでしょう。購入に至っては、高価な上、知的障害や自閉症という障害だけでは日常生活用具給付の対象にもなりません。これも事例が増えれば、制度上の問題も変わっていくきっかけになるのではないかと思います。

今回このような事例報告の場をいただき、川村義肢(株)・パシフィックサプライ(株)の方々にお礼を申し上げます。
又、今回の事例報告に際し、快諾していただいた瀧本さんのお母さん、又、共に支援の実践に取り組んだセルプわらしべの職員の皆様に深く感謝致します。

僕は生まれてずっと、言葉を話すことができません。そんな僕が絵を描き始めたのは、小学4年生の頃です。絵画教室の先生たちは、僕がのびのびできるように受け入れてくれました。僕は好きなように思うまま絵を描きます。一本一本迷うことなく線を引きます。筆圧もあり、太い線を引きます。その後は感じたまま、閃いたままに色を重ねた絵は、僕の自信作です。(瀧本さんが、こんなふうに思っているのではと、お母さんに代弁してもらいました。)

 

瀧本 陽生氏 絵画展歴
2001 三人展(枚方市民ギャラリー)
2004 表現の欲望展(アートスポットギャラリーマーヤ)
2006 表現の欲望展(Weスペース下鴨)
2007 表現の欲望展(アートスポットギャラリーマーヤ)
2008 アール・ブリュットinひらかた(くずはアートギャラリー)
アール・ブリュットin枚方宿(ルポ・デ・ミディ)
2009 アール・ブリュットin京都(京都烏丸御池駅ギャラリー)
2010 アートフラッシュVol.69瀧本陽生展
(枚方市立御殿山生涯学習美術センター)
2011 アール・ブリュットin京都 表現の欲望展(西利ギャラリー)

第14回行動障害支援のあり方研究会・コミュニケーション支援についての事例研究発表について、資料ご希望の方は、下記までご連絡ください。
村野わらしべ 〒573-0016 枚方市村野本町30-49
石田 哲也
TEL:072-898-5140 FAX:072-898-5142
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瀧本陽生氏絵

瀧本陽生氏 絵画展

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