パシフィックニュース
デンタルクッションを使った歯科診療時のポジショニング
車椅子/姿勢保持
環境整備
一人ひとりのニーズに合わせた安心できる障害者歯科を目指して
新潟市口腔保健福祉センター(指定管理者 一般社団法人新潟市歯科医師会)
センター長・歯科医師 佐藤(松山)順子
2024-11-01
はじめに
歯科診療時の緊張と不安をいかに和らげるか ~特に対応が難しい脳性麻痺~
障害の有無にかかわらず、歯科診療が好きな方はあまりいないと思います。むしろ、歯科受診は緊張する、不安を感じるといった方がほとんどではないでしょうか。安心、安全な歯科診療を行うためには、まずこの緊張と不安を和らげることが第一です。緊張と不安が続くことにより、アクシデントが起こりやすくなるので、いかにリラックスした状態で診療を行えるかが重要なポイントです。
障害者歯科診療の中で、特に対応が難しい障害の一つに脳性麻痺があります。その理由として、歯科診療におけるストレスや不安などの心理的要因や歯科診療時の痛みによって、筋緊張や不随意運動が亢進してしまうことがあげられます。対応が難しいという表現は、あくまでも術者側が感じる一方的な見方です。しかし、患者さん側からすると、筋緊張や不随意運動が亢進してしまうため、歯科受診は大変不快なものになっているということに、目を向け、配慮することが必要です。
歯科における水平位診療がもたらす問題
現在の歯科診療の基本姿勢は、いわゆる水平位診療とよばれ、患者さんが診療台に仰臥位となり、術者が患者さんの頭側で椅坐位となるのが一般的です。この基本姿勢は患者さんにとっても、診療する歯科医療従事者側にとっても、重力に対して身体がバランスよく安定しており、かつ自然で最適な姿勢といわれています。しかし、障害者歯科では、この水平位診療が必ずしも最適とはいえない場面にしばしば遭遇します。
脳性麻痺の患者さんは、仰臥位で股関節や膝関節を伸展させると、筋緊張や不随意運動が誘発されやすくなりますが、歯科の水平位診療でも同じような状態になります。そこで、歯科用診療台の背板を少し立てて、頭部と肩甲骨を前屈させ、股関節と膝関節を屈曲させるために、膝下にクッションを入れ、姿勢緊張調整パターン(いわゆる反射抑制姿勢)をとることにより、多少なりとも筋緊張や不随意運動が軽減できるような対応を行います。脳性麻痺の患者さんは、約半数が知的能力障害を合併しているといわれていますが、知的能力障害の方は、歯科診療に対する不安や苦痛を自分のことばで表現することが難しいことが多く、身体を緊張させる、泣く、身体を動かしたり首を振って抵抗するなどの表現をします。歯科診療が嫌で身体を緊張させているのか、姿勢が苦しくて泣いているのか、どこか身体に痛いところがあるのか、すぐに判断するのは難しい場面がたびたびあります。
また、脳性麻痺に限らず身体の変形や拘縮により姿勢が安定しにくい患者さんや、側弯や円背など脊椎に弯曲がある患者さんの場合も、水平位診療が負担となります。姿勢のとり方によっては、呼吸が苦しくなったり、身体の一部のみが歯科用診療台に接触して痛みが生じたりすることもあるため、これまでもタオルやクッションなどを使って、患者さんの負担が軽減できるような工夫をしていました。しかし、タオルや手持ちのクッションでは、筋緊張を緩和させたり、身体の一部にかかる圧力を分散させたりするには不十分に感じられる場合もありました。
デンタルクッションとの出会い ~患者さんの負担を軽減させるために~
少しでも緊張を和らげることはできないものか。日々の診療の中でいろいろと模索している中で、パシフィックサプライ株式会社で扱っている「ラッサルクッション」と「デンタルクッション」のことを知り、さっそく「ラッサルクッション」のデモ機を試してみることになりました。「ラッサルクッション」は、肢体不自由児・者のポジショニングのために生活の様々な場面で使用するものですが、それを、診療台の上で組み合わせて肩甲骨周辺、骨盤から大腿部をサポートするように使用してみました。クッションは身体の圧を適度に分散させ、体幹をしっかり保持するため、患者さんはリラックスしているように見受けられました。しかし、歯科用診療台の幅は概ね50~60cm程度と、ベッドと違って幅が狭いため、クッションだけで診療台がいっぱいになってしまいます。小柄な方なら問題ないのですが、身体の大きな方ではクッションの大きさが問題となりました。
脳性麻痺の患者さんにラッサルクッションを使用
脳性麻痺の患者さんにデンタルクッションを使用
デンタルクッションを使った歯科診療のポジショニング
診療室にデンタルクッションを導入し、半年が経過しました。その結果、私だけでなく診療室のスタッフ全員が、これまで以上に患者さんの姿勢、左右差、関節の拘縮の度合いなどを注意深く観察し、それぞれに適したポジショニングの工夫をするようになりました。脳性麻痺の患者さんだけではなく、関節の拘縮が進んだ方や側弯のある方なども、クッションを使うことによって緊張が多少なりとも和らぐ様子がみられるようになり、その効果を実感しているところです。以前は、診療中に力が入り緊張していた患者さんが、クッションを使用することにより、力が抜けて体動も減少しているように感じています。
そこで、実際に診療室で「デンタルクッション」を使用した様子をご紹介したいと思います。
31歳 男性 脳性麻痺
上下肢の拘縮が強く、歯科診療時には筋緊張の亢進が認められる患者さんです。デンタルセーフガーダークッションを使ったポジショニングにより、安定した体位の保持、身体にかかる力の分散、筋緊張の緩和といった効果がみられるようになりました。お母様からも、以前よりリラックスしているようだとの感想もいただきました。22歳 女性 肢体不自由
関節の拘縮と側弯のある患者さんです。肩の高さの左右差、肩甲骨の突出、腰の高さの非対称があるため、診療台に仰臥位になると右側を中心に圧が集中してかかり、患者さんは緊張し、苦しい状態になっていました。診療中は、時に声出しなどもありました。側弯のため左背部と診療台の間に隙間ができるため、これまでは隙間の部分にタオルをあてる対応を行っていました。しかし、できる限り身体に捻れがない状態にするには、左側にタオルを置いただけでは不十分です。右背面にデンタルセーフガーダークッションがあたるよう工夫したところ、身体の緊張は軽減し、声出しもほとんどなくなりました。今思えば、以前は苦しくて声が出ていたのかもしれません。21歳 男性 肢体不自由
まとめ
デンタルクッションを通して、歯科診療時のポジショニングの大切さを改めて学び直すことができました。患者さん本人にとって不快ではない姿勢を見極め、できる限り捻れのない水平なポジショニングをとることは、患者さんが安心して歯科診療を受けるための基本であることを実感しています。これからも、安心、安全な歯科診療を提供できるよう、日々、考えていきたいと思っています。
最後になりましたが、このたび写真掲載にご協力いただきました皆さんに、感謝申し上げます。また、写真掲載に関する同意を書面にていただいていることを申し添えます。
センタースタッフ
参考文献
日本障害者歯科学会編:スペシャルニーズデンティストリー 障害者歯科 第2版.医歯薬出版.
執筆者プロフィール
佐藤(松山)順子
歯科医師
新潟市口腔保健福祉センター センター長
<所属学会等>
日本小児歯科学会 専門医・指導医
日本障害者歯科学会 認定医
<略歴>
新潟大学歯学部歯学科卒業
新潟大学大学院歯学研究科博士課程修了 博士(歯学)
新潟大学大学院医歯学総合研究科小児歯科学分野 勤務
2016年4月~ 新潟市口腔保健福祉センター 勤務
関連情報
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