パシフィックニュース
支援機器の活用と準備 シンプルだからできること
AAC(コミュニケーション)
環境整備
スイッチを使って音楽を楽しむために
S T@(ボランティアグループ) N P O法人りえぞん理事
言語聴覚士 森岡典子
2024-11-15
はじめに
筆者は、幼児の通園施設で言語聴覚士として勤務した後、肢体不自由特別支援学校の教員になりました。自立活動担当や担任として、さまざまな子どもに関わってきました。また重症児に関わる言語聴覚士の仲間とST@というボランティアグループを作って、おもちゃや支援機器の展示体験会を行っています。このパシフィックニュースでも以前、コミュニケーション支援機器の歴史が紹介されていましたが、筆者が教員になった頃は、トーキングエイド全盛でした。当時に比べると、子どもたちの障がいは重度化し、医療的ケアを必要とする子どもも増えました。わかりやすい表情の変化や動きを見つけられないことも多く、サチュレーションモニターの数値を見ながら、働きかけに対する子どもの受け止め方を推察する、ということも珍しくありません。
一方支援機器は進歩しました。視線入力はここ数年、保護者の要望が大きいものの一つです。わかりやすい表出が少ない場合、視線入力は設定をすれば支援者が介入することはなく、純粋に子どものパフォーマンスを記録することができます。その意味で、子どもの内面に迫る可能性が感じられます。もちろんハイテクなものが良いというわけではありません。よく言われることですが、支援機器はそれを使うことがゴールではありません。障がいのある方が周囲と気持ちを通わせ、日常生活を豊かにしていくことです。例えば登校時、友達や先生と挨拶を交わすのであれば、ビッグマックなどのシンプルなVOCAの方が便利だったりします。適材適所です。
ST@で活動する筆者は、障害のある子どもたちが好きなことを見つけ、遊びを通して周囲の人とコミュニケーションを深めていけるよう支援しています。本稿では、障がいの重い子どもへのスイッチの導入経過を報告します。報告を通じて、支援機器導入の準備として大切に考えていることをお伝えできればと思います。
尚、プライバシーへの配慮から、疾患名などのプロフィールは割愛しています。悪しからずご了承ください。
事例Aさん 指導開始時の様子
Aさんは、表情の変化はほとんど見られません。息を吐いたときに微かに発声が聞こえ、ピクピクと小さな手の動きがたまに見られました。どちらもきっかけがわからず、不随意なものに思われました。聴力は問題ないようです。視力は既往歴から、見えていないと思われます。日常的に吸引が必要で、体調によっては座位を取ることが困難なため、車いすには乗らず、側臥位で指導します。吸引が頻回な日は覚醒が低く、吸引した後に疲れて眠ってしまうことも度々です。
指導の流れは概ね、以下のとおりです。自ら身体を動かすことがほとんどないAさんの、身体の感覚を呼び覚まし、働きかけを受け止める準備を整える関わりも、毎回丁寧に行いました。
(1)手のマッサージ:毎回同じ曲で同じマッサージを行い、指導の開始を伝えます。
(2)予定の確認:感触の異なる素材を貼り付けたカードを用いて、その日の流れを伝えます。活動の切り替え時にも触れさせます。触れたら何か始まるという見通しが持てるようにと考えました。
(3)身体の準備:首、肩、背中、胸、お腹、腰、股関節と順に触れて、ゆっくり関節を動かします。自分の身体に気持ちを向けて、働きかけを受け止める準備を整えます。顔のマッサージも行いました。感じたことを少しでも表現できるようになればと考えました。
※ 毎回ここまでをルーティンで進めます。
(4)各教科、自立活動など
指導経過 好きなものを探そう 表現する身体を育てよう
ST@のおもちゃや支援機器の展示体験会では、来場したお子さんに「何が好き?」と声をかけます。保護者からは「わかりません」と返ってくることがよくあります。そんなときは、振動など体感し易い刺激に加えて音や光がフィードバックされるおもちゃに一緒に触れてみます。何に気づくことができるのかを探っていくのです。そして、手を添えて一緒に操作してみます。経験のない動きは一緒にやってみないとわかりませんから。自立活動の時間、Aさんともそんなふうに、たくさんのものに触れました。
並行して物語の読み聞かせや音楽も楽しみました。物語は、リズミカルな文章のものを選びました。音楽は、同じ年頃の子どもたちが聞いている曲を中心に、職員の好みでおすすめの曲も聞いてみました。
顔のマッサージは、頬、こめかみ、額に手のひらでしっかり触れて、ゆっくり動かしました。それから口輪筋も、摂食指導で行われるストレッチを行いました。この口輪筋のストレッチは不快だったようで、いつも口唇にわずかに力が入ります。口輪筋のストレッチを続けていたら動きが次第に力強くなり、1学期が終わるころには、口をしっかりすぼめることができるようになりました。
好みの表現かな?
2学期も後半になると、吸引のときや車椅子を急に動かしたときなどにも、口をすぼめる表情が見られるようになり、不快の表現がはっきりしてきたと言われるようになりました。また、目元の表情がいつもより凛々しく感じられることがあり、3学期が始まるころにはごく稀に、微笑んでいるように感じられる、いつもよりやわらかい表情が見られるようになりました。普段関わる職員間で、「笑っている?と思う表情があるよね」と話題になりました。
そんな情報を整理すると、一定の傾向がありました。①虫関連の話題、②特定の物語の読み聞かせ、③K-popのガールズグループの曲に「凛々しい表情と笑顔らしい表情」の目撃談が複数ありました。そのため「Aさんは虫が好きらしい」「Aさんは●●の話が好きみたい」「AさんはかわいいK-popが好みらしい」ということになりました。
表出の少ない子どもたちにとって、このようなキャラクター付けがされることは良いことです。「ほらAさん、てんとう虫がいたよ」「◯◯の新曲、かわいいね」などと働きかけられることが増えました。それまでは不随意だと思われていた口の動きや発声を、働きかけへの応答として捉え、やり取りする場面も増えました。
スイッチの活用へ 何を使おう
表情の変化が見られ始めた2学期後半、ピクリと一見不随意に見える動作で、おもちゃに触れる様子が見られるようになりました。意図的なのものかどうかは、頻度が少ないので判断できません。ただその後、そのピクピクする動きが増えてきたことが関係者の間で話題になり、医師の見立ては、発作のようなものだろうとのことでした。
体調が心配なところですが、どうもおもちゃやスイッチを使い始めるとピクピクする動きが増えるようです。また手がピクピク動くとき、覚醒状態は悪くないこともわかってきました。そこで、動かそうとしているのではないかと考え、その動きを活かせるスイッチをいくつか試してみました。触れると振動するタッチスイッチやピエゾセンサスイッチなどです。また、ピクピクと動いたらその手をぎゅっと握り返し、そのまま一緒にスイッチを押す、おもちゃを操作するというアプローチも続けました。他動的でも身体を動かすことは大切ですし、こちらがAさんの動きに気づいていること、動きに意味があることを伝えたいと考えました。
半年ほどすると、親指のピクピクする動きがはっきりしてきました。そこでピエゾセンサスイッチを指サックに入れて、親指に被せてみました。なるべく拘束が少なくて、動きを確実に活かせる設定です。手首の角度も調整し、親指の動かし易さを確保しました(写真参照)。
ここでビッグマックを利用しました。ビッグマックは、その場で録音再生ができるシンプルなVOCAです。外部スイッチで操作することもできますし、録音した音声が再生される間、接続したスイッチ教材を動かすことも可能です(写真参照)。
ビッグマックにAさんが好きだと思われる曲のワンフレーズを録音し、扇風機をつなぎました。スイッチに触れると曲が流れ、曲が流れている間、扇風機が顔に風を送ります。音は案外捉えどころがありませんが、風は体感できます。ON/OFFをよりわかりやすくする配慮です。
準備ができたら、Aさんの親指を何度か押してスイッチを操作し、仕組みを伝えました。すると親指がピクピクと動き始め、曲が終わるとタイミングよくスイッチに触れるようになりました。ところがその動きは7回で止まってしまいました。考えてみれば好きな曲とはいえ、ワンフレーズを繰り返していては飽きるのも当然です。曲を変え、一緒にスイッチを操作してそのことを伝えると、親指の動きが復活しました。
そこで次にスイッチで曲送りができるMP3プレーヤーを使いました。5曲程度のプレイリストを数種類用意しました。すると長く聞く曲とすぐに変える曲がありました。長く聞く曲は、Aさんが好きだとされているものでした。聞いたことのない曲は、イントロから歌声までを聞いて変える傾向もありました。身体に力が入って連打することもあるし、しばらく動かさずにいることもありますが、聞く曲と飛ばす曲は概ね一致していました。
音楽が好きな人なら、スマホに好きな曲を集めたプレイリストを作って楽しみます。好きでもない曲を入れて、いちいち送るボタンを押したりはしません。Aさんも同様、そのとき好きな曲を聞くことができれば、心地よい時間を過ごすことができます。
MP3プレーヤーを使う場合も、スイッチを常に使うことが必要だとは思いません。ゆったり聞いているのに、うっかり指が動いて曲が変わるのは残念です。
一緒に聞いたら表情から好みが感じられることもあるでしょう。体調の良いときに環境を整えてスイッチをつなげば、たくさんの曲を聞いて好みを教えてもらうことも楽しそうです。音楽以外にも、朗読など、楽しめるコンテンツを増やすこともできます。思いを共有できる成功体験は、表現意欲を高めます。関わる側も楽しいです。関わりを重ねることで、Aさんのスイッチ操作も、表情の変化もより明確になっていくかもしれません。
まとめ
Aさんは表情が少しずつ動くようになり、好みが伝わるようになりました。マッサージして準備を整え、他動的ですがいろいろな動きを経験することで、コントロールできる手の動きが育ちつつあるようです。
支援機器は表出の困難な子どもたちの内面に迫る手立ての一つです。さまざまな関わりでその子の可能性を見極めつつ、日常に活かせるスキルにつなげていくには、多様な側面から丁寧に準備を整えていくことが大切です。また、最新の機器に目が向きがちですが、シンプルな機器は、誰でも使える、その場で関わりを調整できる良さがあります。目的によっては、使う必要がない場合もあります。その子のニーズに寄り添って、その子に合った必要十分なものを考えて、日常生活に楽しみが増えるようにと願っています。
執筆者プロフィール
森岡 典子
言語聴覚士NPO法人りえぞん理事
ST@主催 特別支援学校教諭(2025年3月退職予定)
NPO法人りえぞん ホームページ https://www.riezonev.com/
ST@ ホームページ https://sites.google.com/site/stkizzufesuta/
連絡先 st.at.kidsfesta@gmail.com
【所属】
~2024年度 東京都立特別支援学校勤務
NPO法人りえぞん ST@
【略歴】
1989年 東京学芸大学特殊教育科卒業
1991年 東京学芸大学大学院 障害児臨床講座終了
1991年 世田谷区立総合リハビリテーションセンター勤務
1993年 東京都入都 肢体不自由特別支援学校で勤務
【主な所属学会】
日本コミュニケーション障害学会
重度重複障害のある子どものコミュニケーションを考える分科会主催
日本重症心身障害学会
関連情報
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