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スウェーデンの障害者の暮らし 連載2
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リハビリテーション
― リハビリテーションとケアの真のあり方を探る ― 個人アシスタントとは?
医療法人錦秀会 阪和第二泉北病院 リハビリテーション部 部長 山口 真人
2013-04-01
ハンバーガーショップからの帰り道、エルヴィは警察署の前で、またまたタバコを一服。アシスタントが灰を素手で受ける。もう見慣れたシーンである。(写真1)
自宅に戻り、コーヒータイムのあと、バルコニーに出てさらに一服をした。その後は、昼寝の時間となった。二人のアシスタントが天井リフトを操作して、エルヴィを電動車椅子からベッドへと移した。この際、掛布団の重さで尖足や足そく指し背はいの褥瘡などが起こるのを予防するために、エルヴィの足に特殊長靴を履かせた(写真2)。実は非常に大切であるとわかっていても、日本ではなかなか実践できていないこのようなケアが至極淡々と行われていることに、つい注目してしまう。二次障害(廃用症候群)を予防するケアにおいては、やはりスウェーデンは日本よりも優れていると言える。
ブラインドを閉じて、陽光を受けて淡いブルーを放つカーテンを引くと、ベッドルームはほどよい暗さになった(写真3)。
ここで、一人のアシスタントが帰宅し、別のアシスタントが入った。
01.警察署の前でタバコを一服
02.特殊長靴を履いて昼寝
03.明かりを落としたベッドルーム
昼寝を終え、再び車椅子に移乗する。昼寝に際して脱がせてあった弾性ストッキングをアシスタントがエルヴィに再び穿かせたあと(写真4)、例によって二人介助で、エルヴィをベッドから室内用の介助用電動車椅子(註1)に天井リフトを用いて移乗させた。その際、両下肢がばらつかないように下腿を柔らかい布で包むようにして抱えながら、丁寧にベッドから吊りあげ、ゆっくりと車椅子に降ろしていった(写真5・6)。
04.離床の際は弾性ストッキングを履かせる
05.柔らかい布を両下肢の裏に入れて移乗介助
06.二人介助で丁寧に座らせていく
次に、ダイニングキッチンに連れ出し、夕食前のルーティーンである水を入れたフラスコを吹くリハビリを行った(写真7)。これは、嚥下機能を維持するために担当の理学療法士が処方したものである。
このあとは、いよいよ夕食である。今晩のメニューは、エルヴィ大好物の「牛ひき肉細長天火焼き」と「ジャガイモムース」だ。(写真8)咀嚼と嚥下がしやすいように調理してある。エルヴィは全介助でゆっくりと食べたあと、常薬も飲ませてもらった。
夕食後は、もちろんバルコニーで一服である。北欧の真夏の太陽は、まだ燦々と輝いている。
一服後、今度はなんとリビングで立位保持のリハビリとなる。二人介助で床上走行式リフト(註2)を操作して、立位練習機(註3)にエルヴィを仰向けで寝かせた(写真9)。そして、頭の後ろには薄めの枕、膝裏には筒状に丸めたバスタオル、足には特殊長靴を履かせるなどして丁寧に姿勢を整えてから、アシスタントがゆっくりとエルヴィを60度まで立たせていった。これらの方法は、現在のエルヴィの身体機能を考慮したうえで、下肢の筋肉のこわばりや拘縮の予防、骨力や体力の維持を目的として理学療法士が処方したものである。
07.水を入れたフラスコを吹くエルヴィ
このあと、お気に入りのテレビ番組を見ながら、約40分間立位を保持することになる(写真10)。
その後は、就寝まで車椅子で過ごすのがいつもの流れである。就寝から翌朝の起床まではアシスタントは帰宅し、その間のケアは夜間パトロールチーム(註4)が受け持つことになる。同チームは、ルーティーンの訪問とアラームコールによる随時の訪問とを行う。腕や指を動かせないエルヴィが使用するアラームコールは、首を少し回旋して頬で軽く押せば鳴るタイプのものである(写真11)。
ところで、リビングには、スウェーデンでは珍しいクーラーが備え付けられている(写真12)。その理由は、室温がある程度まで上昇すると、多発性硬化症の影響で神経系の働きが鈍くなり、頭を捻る、飲み込むといった辛うじて保たれている能力ですら失われてしまうため、室温をコントロールする必要があるからである。したがって、クーラーは機能障害を補うために必要な補助器具としての扱いとなり、無料でレンタルされている。(事例終了)
以上から、読者の皆様は何を感じられたであろうか。エルヴィを取り巻く「環境因子」の質と量に圧倒されたのではないだろうか。
障害をもつ人々を取り巻く主な公的な「環境因子」を図で示した。重度の機能障害をもつエルヴィに褥瘡も拘縮も起こらず、彼女の心身機能が最大限に維持されているのは、これら様々な「環境因子」がバランスよく効いているからである。
10.リビングでの立位練習は毎日行う
11.頬で押すタイプのアラームコール
12.補助器具としてのクーラー
これらの中から、今回は個人アシスタントについてQ&A方式で詳しく解説する。
Q>個人アシスタントとは何か?
A>原則65歳未満で重度の障害をもつ人に対して専属で付いて、彼らのケアやリハビリを含む日常生活全般を支える専門職である。1994年から施行されている「LSS(Lagen om stöd och service till vissa funktionshindrade:特定の機能障害者に対する支援とサービスに関する法律)」という国の法律で規定されている。個人アシスタントを元々付けていた人が65歳になった場合は、そのまま付け続けることができる。また、近年では、65歳以上でも新たに個人アシスタントを付けられる自治体が増えている。日本におけるガイドヘルパーやボランティアのようなものとは全く異なり、待遇面もしっかりしている。
Q> 個人アシスタントになるために必要な資格は?
A>国家資格や認定資格、就業要件といったものはない。基本的に誰でもなることができる。
Q>個人アシスタントが必要かどうかを決定するのはだれか?
A>医師の診断や作業療法士の評価などを参考にしながら、国(社会保険事務所)や市の担当職員が決定する。
Q>個人アシスタントの費用は誰が負担するのか?
A>国と市が全額負担する。雇い主である障害者に給付され、アシスタントに給与として支払われる。即ち、障害者は個人事業主という扱いになる。ちなみに、2011年実績におけるアシスタント一人に付き障害者に給付された額は、時給換算で258クローナ(約3350円・1クローナ=13円)であった。
Q> 同居家族がいても、障害者は個人アシスタントを付けてもらえるか?
A> はい。
Q> 一人の障害者に対して同時に付く個人アシスタントの人数に上限はあるか?
A> ない。必要と判定されれば何人でもオーケー。エルヴィの場合は、起床から就寝まで常時二人を必要とすると判定され、数人でローテーションを組んで、1年365日を網羅している。
Q>エルヴィがタバコを自由に吸わせてもらっているのは、このアシスタントの特別な配慮によるものか?
A>いいえ。LSSの法文にある「個々人の自己決定とありのままの状態を尊重しての業務遂行」の考え方に基づく当たり前の援助に過ぎない。重度の障害を抱えていても、個々人の嗜好や趣味が最大限に尊重される仕組みになっている。
Q>家族が障害者の個人アシスタントになることは可能か?
A> 原則ではなれないとされているが、実際には認められる場合も多い。これについては、後稿で「家族ケア者」制度として取り上げる予定である。
Q>った個人アシスタントが自分に合わない場合、障害者は何かできるのか? また、個人アシスタントによる虐待のような問題はないのか?
A> 障害者や高齢者のケア現場に詳しいスウェーデン人の理学療法士に尋ねたところ、以下のような回答を得た。「個人アシスタントが自分に合わなければ解雇できる。よって、構造的に虐待は起こりにくいし、これまで身近で聞いたこともない。一方、施設入所の障害者や高齢者に対するケアワーカーや准看護師などによる虐待事例は聞いたことがあるし、マスコミでも時々取り上げられている」
Q>個人アシスタント給付金の不正受給のような問題はないのか?
A> ある。社会保険事務所によると、給付金の約10%が悪用されているとのことである。(註5)
Q>スウェーデン全土で、個人アシスタントを雇っている障害者は何人いるか?
A> 約1万9000人(2010年実績)。人口比から日本に置き換えると約28万人に相当する。
Q>同じく、個人アシスタントとして働いている人は何人いるか?
A>フルタイムとパートタイムを合わせて約7万人、フルタイム換算で約4万5000人と推定されている(2011年9月現在)。日本に置き換えると、それぞれ約90万人と約58万人に相当する。
まとめると……
- 個人アシスタントとは、重度の機能障害をもつ人に専属で付いて日常生活全般を支える専門職である。
- 個人アシスタントは、国と市が拠出する公費で障害者自身が雇う。
- 一人の障害者に同時に付くことのできる個人アシスタントの人数に制限はない。
- 個人アシスタント給付金の悪用もあるが、“支援ありき”故の問題であり、制度そのものがない日本とは次元が違う。(註6)
次号では、「補助器具」制度について取り上げる予定です。
註:
(註1) 介助用電動車椅子は、室内用と室外用の二台レンタルされている。タイヤの種類が異なる。前号で紹介したものは室外用である。但し、レンタル料(前号で記載済み)は一台分のみである。
(註2) 前号で、天井リフトが無料レンタルであることを記したが、この床上走行式リフトも無料でレンタルされている。必要と判定されれば、複数個であっても無料でレンタルされる。
(註3)これも無料レンタル。
(註4) 市が運営する、准看護師などで構成された二人一組によるチーム。市内を車で巡回しながら、障害者の夜中のニーズに応えている。
(註5) 河本佳子著「スウェーデンにおける医療福祉の舞台裏―障害者の権利とその実態」(新評論・2013年)を参照。
(註6) 2010年に札幌市で、重度障害者を対象に「パーソナルアシスタンス制度」と称する本邦初のサービスが開始されたことは承知しているが、国の制度ではないことや、その中身の様々な点においてスウェーデンの個人アシスタント制度とは大きな隔たりがあることなどの理由により、あえて「制度そのものがない日本」と表現した。
著者紹介
山口真人(やまぐち・まこと)
1965年北海道生まれ 理学療法士、社会福祉士
著書:日本の理学療法士が見たスウェーデン(新評論 2006年)
真冬のスウェーデンに生きる障害者(新評論 2012年)
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