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スウェーデンの障害者の暮らし 連載3
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リハビリテーション
― リハビリテーションとケアの真のあり方を探る ― 補助器具とは?
医療法人錦秀会 阪和第二泉北病院 リハビリテーション部 部長山口 真人
2013-07-01
「補助器具:スウェーデン語でhjälpmedel【イェルプメーデル】」とは、障害をもつ人がより快適に日々を送るうえで欠かせない様々な機器や用具を指す。日本の「福祉用具」(以下、補助器具)(註1)に近いが、その供給量と活用システムにおいてスウェーデンが圧倒している。
スウェーデンの補助器具は日常生活を送るためのもの(リフトや車椅子など)とケアと治療のためのもの(義肢や装具など)の二種類に大別され、その入手方法には
- 処方によるレンタルや取得(公費)
- 自由選択制度による購入(公費、もしくはそれに自費を足す)
- 自己責任で購入(自費) の三通りがある。
本稿では、紙幅の都合上、日常生活を送るための補助器具を処方によりレンタルする場合の現状を主に紹介し、日本の課題についても述べたい。
無料レンタルが基本
まずは、前号(Vol.152)までの連載におけるエルヴィが使用していた補助器具を改めて掲げてみたい。
エルヴィは、多発性硬化症による重度の機能障害を抱え、すべての基本動作とADLにおいて全介助を要し、個人アシスタントらからの支援を得ながらアパートで一人暮らしをしていた。そんな彼女が使用していた補助器具は以下の通りである。
- 天井走行式リフト(写真1)
- 床上走行式リフト
- スリングシート(吊り具)(註2)
- 屋内用介助用電動車椅子
- 屋外用介助用電動車椅子
- シャワートイレ椅子(写真2)
- 立位練習機
- クーラー
- 特殊長靴
- 車椅子用防寒具(写真3)
- 前傾姿勢保持機能付き介助者用椅子(写真4)
スリングシートは、洗い替え用に複数枚が常備されていた。
写真1:天井リフトは必要なすべての部屋に無料で設置
写真2:便器にスポッと嵌めるシャワートイレ椅子
写真3:極寒の真冬でも車椅子で外出できる防寒具
二台の電動車椅子は、長時間、快適に座れるように工夫されたモジュール型であった。クーラーは、気温が上がると身体機能が低下する多発性硬化症の症状を抑えるために必要な補助器具としての扱いである。特殊長靴は、臥床時に足に布団を掛けることによって生じさせてしまいがちな尖足や足指背の褥瘡を予防するためのものである。
車椅子用防寒具は、マイナス20~30度にもなる真冬の外出を可能にしている。前傾姿勢保持機能付き介助者用椅子は、介助者が前傾姿勢で食事介助などをする際に引き起こしがちな腰痛を予防するためのもので、“腹もたれ”と肘乗せで上体を支える構造になっている。
これらのうち、電動車椅子一台(有料・約7500円/年)(註3)と特殊長靴(有料か無料かは未確認)以外はすべて無料でレンタルされていた。
提供するのは自治体の責任
上記のように、スウェーデンでは、補助器具の豊富な提供が、障害をもつ人の活動と参加を保障し、心身機能の維持や向上にも大きな効果を発揮している。即ち、補助器具をフル活用して、重度障害を抱えた人に最適な生活環境を提供することによって、四肢拘縮、褥瘡、慢性便秘、嚥下障害といった典型的な廃用症候群を大幅に軽減し、あらゆる側面(身体的、心理的、社会的側面)におけるリハビリ効果を高めている。また、介助業務をする人の労災予防や労働機会の公平性の確保にも大いに役立っている。これらの費用の大部分を公費(税金)で賄いながら、最終的には無駄な医療費の削減にも寄与している。
例えば、エルヴィを例にとれば、移乗場面だけでなく、単に車椅子上で座り直すだけのためにもリフトを常用している。自宅でもリハビリ室でも、である。日本でなら、ズボンのベルト部を把持したり脇の下に手を入れたりして抱えて、相手に苦痛や不快感を与えてしまったり、自分も腰などに痛みを感じたりしながらも、それらには目をつぶって座り直させるしかない場面である。このようなことは、スウェーデンではまず見かけない。なぜなら、そうならないように、自宅にも施設(病院を含む)にも公的な責任で必要な数のリフトを用意してしまうからである。さすが「実際主義(プラグマティズム)」の国である。(写真5)
補助器具が豊富にレンタルされる根拠となっているのが、機能障害をもつ人に補助器具を提供するのは県と市の義務であることを謳っている「保健医療法(HSL)」という国の法律(枠組み法)である。これに基づいて、自治体はそれぞれの事情に即した施策を行っている(註4)。
また、補助器具を提供する拠点は、スウェーデン全土に数多くある補助器具センター(写真6)である。その多くは県が運営しているが、市や民間会社が運営に関わることもある。
写真5:座り直すだけのためにリフトを使うのは常識
写真6:補助器具センター内の車椅子修繕コーナー
あらゆる必要性に基づく処方(註5)
スウェーデンで、補助器具が豊富にレンタルされるもう一つの背景には、必要性の評価における視野の広さがある。ストックホルム県の「補助器具ガイド」(http://www.hjalpmedelsguiden.sll.se/)から、そのことを端的に表している文章を紹介する。
「(補助器具の)必要性の評価は、使用者のあらゆる生活場面から導き出されなければならない。即ち、処方者は、使用者の身体的な必要性だけでなく、心理的な必要性、さらには社会的な必要性にも配慮しなければならない。また、使用者自身が、その処方のプロセスに影響力を行使することは基本であり、尊重されなければならない。……」
とある自治体で、小児麻痺と発達障害を抱え、個人アシスタントの援助を得ながらアパートで一人暮らしをする60代の男性がいた。自力で立てない彼は、自室の窓から町並みを眺めるだけのために、電動で立ち上がる機能の付いた車椅子を無料でレンタルされていた。室内用と外出用の二台の手動車椅子(いずれも無料レンタル)とは別に三台目としてである。座位では見えにくい外の景色を、素手の介助で立たせてもらって慌ただしく見るのではなく、ゆったりと快適に眺めたかったからである。これなどは、まさに上記の心理的な必要性を反映した処方の好例と言える。(写真7)
写真7:立ち上がり機能付き車椅子
日本の問題点
以上、スウェーデンの実情を見てくると、翻って我が国はどうなのかという疑問が湧いてくる。日本の臨床現場における典型的な問題点をいくつか挙げてみると……
- 四肢が伸展位や屈曲位で固まった重度障害の人を、女性のケアワーカーが素手で「ヨイショ」と抱えてベッドから離床させている。トイレに座らせるのは大仕事なため、排泄は常時オムツにしてもらっている。体重が増えると介助が大変になるからといって、おやつを抜いたりしている。なんとも非人間的な光景だが、そもそも、機能障害を抱えた人の手足がそのように固まってしまうこと自体が、リフトなどの補助器具を導入していないために起こる人災的な二次障害とも言えるものである。補助器具導入の責任の所在を定めていないが故に起こるこのような現状を、放っておいてよいのか?
- 補助器具が使われないことによる弊害は、なにも身体的なものに留まらない。ケアされる人に心理的な負担を強いることにもなる。素手による移乗介助やベッド上でのオムツ替えが日々繰り返されると、ケアされる側に「申し訳ない」という萎縮した気持ちが生じがちになる。これも非常に大きな問題である。リフトなどの補助器具、それらをゆったり使える空間、十分な数のケアする人を公の責任で用意して、より快適なケアを施し、そのような心理的負担が生まれないように予防することが正当であると思うが、いかがだろうか?(註6)
- たとえ、ボディメカニクスに基づいた“優れた”介助技術を身に着けても、介助する人の疲弊は累積し、筋骨系の痛みも大幅には減らないことは数多くの研究によって明らか(註7)なのに、国や自治体は、補助器具導入の責任を自らに課すような根本的な改革を行おうとしない。目先の効率にばかり囚われ、安全を第一義に据えた真に有効で持続可能な制度を構築するのが苦手な日本が透けて見える。
日本も補助器具大国を目指そう
スウェーデンと日本の現状の違いを知るにつけ、なんとか日本を変えたいという思いが募ってくる。スウェーデンを参考に、日本のあるべき姿を以下に提言して、本稿の筆を置くことにする。
- 補助器具は、必要とする個人がいつでもどこでも使えるように供給量を大幅に増やす。そのための補助器具センターを全国につくる。
- 人が抱える障害を補うのは公の責任であることを明確にし、その施策に掛かる主な費用は国や自治体が公費で賄う。
- これらを叶えるために、スウェーデンの保健医療法のような枠組み法をつくって国家的な方向性を示し、具体的な施策は自治体の責任のもとに行う。
- 同時に、補助器具を利用しやすい家づくりや町づくりも、国や自治体の責任において推進する。
次号では、「最低生活保障額」制度について取り上げる予定です。
註:
(註1) 福祉用具と呼ばない理由は、これらの器具を狭義の福祉の範疇のものと誤解してほしくないからである。リフト、車椅子をはじめとする各種器具は、障害をもつ人の心身機能を維持、改善する医療的効果も極めて高い。
(註2) 臀部をむき出しにして、背中と両大腿で吊るハイジーンタイプ。吊られた状態で下着を上げ下げしやすく、スリングシートそのものも座位で着脱しやすい。これとシャワートイレ椅子を併用することで、トイレでの排泄が可能になっている。
(註3)500クローナ。1クローナ=15円で換算。
(註4) 処方時に若干の手数料をとったり、安価なものは自費購入にするなどの施策を取り入れている自治体もある。
(註5) 処方は医師、療法士、看護師などが分担し、日常生活を送るための補助器具の多くは療法士が処方している。
(註6)「介護保険でいいじゃないか」という意見が出そうだが、それでは不十分なことはこれまでの実態を見れば明らかである。同制度を使っても、リフトだけでも毎月数千円のレンタル料が掛かり、スリングシートは数千円で購入しなければならないため、個人の利用は広まっていないし、ましてや施設に導入するインセンティブとしては元々働いていない。
(註7) Audrey Nelson編集「Safe Patient Handling and Movement~患者の安全な介助と移動~」(パシフィックサプライ株式会社、2010年)を参照。
筆者紹介
山口真人(やまぐち・まこと)
1965年北海道生まれ 理学療法士、社会福祉士
著書:日本の理学療法士が見たスウェーデン(新評論 2006年)
真冬のスウェーデンに生きる障害者(新評論 2012年)
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