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スウェーデンの障害者の暮らし 連載8
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―リハビリテーションとケアの真のあり方を探る― まとめに代えて 極寒の真冬編 その2
阪和第二泉北病院 リハビリテーション部 部長 (大阪保健医療大学 臨床准教授)山口真人
2015-01-05
連載最終回となる今回は、前回事例として提示したインゲル・ロムダール(以下、インゲル)の生活のあり方を国際生活機能分類(ICF)に照らして整理し、スウェーデンにおいては、住民がたとえ重い障害を抱えていても、人間らしく自尊した生活を送れるように、いかに国や自治体が様々な施策を提供しているかということを改めて示したい(註)
註:自治体の経済状況や住民のニーズの違いなどにより、施策の中身は自治体間で異なるが、医療や福祉の財源は税を基本にしていることと、最終的な責任は国と自治体にあることに揺るぎはない。
国際生活機能分類(ICF)
まずは、本連載の第1稿(Vol.151)で掲げたICFのシェーマを再度ご覧頂きたい(図参照)。着目すべきは、「環境因子」の存在と各要素をつなぐ「双方向の矢印」である。つまり、良くも悪くも「環境因子」が、障害をもつ人々の健康状態や心身機能、活動や参加のすべてにダイレクトに影響を与えることを示している。この「環境因子」のあり方において、スウェーデンは日本よりも圧倒的に優れていると言える。ICFの各構成要素の定義については、表をご参照頂きたい。
ICFを構成する二つの部門と各々の構成要素、及び構成要素の定義
<部門と構成要素> 第1部: 生活機能と障害 (a)心身機能(Body Functions)と身体構造(Body Structures) (b)活動(Activities)と参加(Participation) 第2部: 背景因子 (c)環境因子(Environmental Factors) (d)個人因子(Personal Factors)
<構成要素の定義>
否定的側面:機能・構造障害―著しい変異や喪失などといった,心身機能または身体構造上の問題
否定的側面:活動制限―個人が活動を行うときに生じる難しさ
否定的側面:参加制約―個人が何らかの生活・人生場面に関わるときに経験する難しさ
*「健康状態(変調または病気)」については「疾病及び関連保健問題の国際統計分類(ICD-10)」で示されている。「個人因子」は社会的・文化的に大きな相違があるために、実はICFでは分類されていない。 |
図.ICFの構成要素間の相互作用
インゲルを取り巻く「環境因子」 その1
さて、インゲルの「生活機能と障害」を「環境因子」との関係で考えてみたい。インゲルは、多発性硬化症を長年にわたって患い、その症状が年々重くなってきている。それによって、ありとあらゆる「機能・構造障害」が生じている。その内容は、各種神経症状による四肢体幹重度運動麻痺、筋緊張異常、感覚障害、仙骨部軽度褥瘡とその痛み、企図振戦、失調症、易疲労などである。
一方、インゲルの罹患期間の長さや麻痺の重度さから考えると、当然すでに生じてしまっていてもおかしくない、いわゆる廃用症候群の類が「仙骨部軽度褥瘡とその痛み」以外はほとんど見られない。また、「活動」面において独力でできることは、口頭でのコミュニケーションと、スプーン・フォーク・携帯電話などの軽いものを持つこと、大概の普通食を嚥下することくらいである(摂食には適宜介助が要る)。
しかし、実際には、「活動・参加」面における多くのことが日常的に高頻度で行えていて、日常生活における本人の満足度は非常に高い。具体的には、寝返り、起き上がり、座位保持、移乗、移動、整容、更衣、食事、排泄、シャワー浴、洗濯、買い物、食事の準備、猫の世話、友人と外食、趣味の活動(スキー・ヨット・ダンス)などである。(写真1)
では、なぜ、廃用性機能低下は極めて軽度に抑えられ、これだけ多くの「活動・参加」が叶えられているのか。答えは、さまざまな「環境因子」の助けを借りているからである。「環境因子」の内容は次の通りとなる。
写真1:介助者付きでスキーをするインゲル
インゲルを取り巻く「環境因子」 その2
①「人」
▲個人アシスタント・・・インゲルは、一日平均9時間余り、週当たり65時間利用している。イェン、アンニカ、カタリーナ、ローズ=マリーの4人がローテーションを組んで、身体介護から生活援助までをしてくれている。それには、マッサージ、ストレッチ、電動の自転車型ペダル踏み運動器による下肢の運動などのリハビリやペットの猫の世話も含まれている。一番多くの時間を担当しているイェンは、隣町の自宅から片道50キロメートルの道程を約一時間かけて週に4~5日の頻度でバスに乗ってやって来ている(雪深い真冬でも、長距離をバスで毎日通えるインフラが整備されているのも特筆すべきこと)。ちなみに、個人アシスタントを雇用する費用は無料である(国と自治体で全額負担)。
▲アラームコール・・・個人アシスタントが帰宅する午後4時以降におもに利用。ボタンを押すと市のスタッフが来てくれる。
▲夜間パトロール・・・准看護師とホームヘルパーからなるチーム。夜10時30分から翌日の朝方までをカバーしている(アラームコールと夜間パトロールの両サービスに対する自己負担金は極低額)
▲スキー・ヨット・ダンスのパートナー・・・自治体から手軽に情報が得られる。
②「モノ」
▲補助器具・・・天井走行式リフト(リビング、寝室、シャワートイレルームの三か所に設置)、三つの車椅子(電動、介助用、ダンス用)、電動のペダル踏み運動器。電動車椅子(7500円/年)以外すべて無料レンタル。(写真2)
▲障害に適合させたスキーとヨット。
写真2:電動のペダル踏み運動器も無料レンタル
インゲルを取り巻く「環境因子」 その3
③「空間づくり」
▲機能的な住宅・・・補助器具をゆったりと使え、介助もしやすい広々とした間取り。地域給湯暖房システムによる暖房(連載7参照)。適合改修(昇降式キッチン、玄関の錠を操作するためのインターホン付きリモコンパネル、段差解消、玄関前スロープ。これらの改修費はすべて無料)。(写真3)
▲充実した公共環境・・・的確で頻繁な除雪作業。整備された道路。アクセサビリティに優れた機能的な町並み。(写真4~5)
④「法律と制度」
▲社会福祉サービス法(SoL;良質なケアの提供と住居の確保)
▲保健医療法(HSL;補助器具のほとんどを無料レンタル)
▲特定の機能障害者に対する支援とサービス法(LSS;個人アシスタントを無料で雇用)
▲住宅改修補助金法(住宅を無料で改修)
▲年金制度
▲最低生活保障制度
写真3:地域給湯暖房システムによる床暖房とラジエータの熱で家中暖かい
写真4:車道も歩道も広く除雪がしやすい場所が非常に多い
写真5:建物の門前まで除雪車が入るのも一般的
広い視野でバランスよくサービスを提供することが大切
以上でお分かりだろう。繰り返しになるが、インゲルが高いレベルで活動や参加を維持できている最大の理由は、充実した「環境因子」が存在するからだ。少なくとも「狭義のリハビリが奏功して心身機能を向上させたため」などでは決してない。
そして、これらの各因子は互いに補完しあっていて、どれか一つ欠けてもその効果は半減し、インゲルの真冬の生活は制限されてしまう。例えば、「ベッド・車椅子・トイレなどの間で、インゲルを随時かつ快適に介助して移乗させる」ということを例にとって考えてみるだけでもその理由は分かるだろう。
つまり、個人アシスタントだけを用意しても役に立たないということだ。各部屋にリフトが備わり、それらをゆったりと使える広くて暖かい空間も同時に用意されていてこそ機能するのである。ましてや日本のように、ホームヘルパーが一人だけやって来ても、インゲルの身体機能や体重などから考えて、彼女を随時かつ快適に移乗させることはおそらく不可能である。
さらには一戸の住宅(インゲルの自宅)だけが自己完結的に充実していても、インゲルの生活は成り立たないということができる。住宅の外の道路や町並みなど、ありとあらゆる空間が整備されて初めて、前述したような充実した「活動と参加」が叶うのである。インゲルが外出を楽しむためには、玄関を出るところからの空間づくりが不可欠となる。
おそらく、スウェーデンという国は、これらの要素のどれかを単独に用意しただけでは効果が上がらないことを、これまでの長年の経験から分かっているのであろう。そして、社会全体を俯瞰しながら、真に役立つサービスを提供するためには何が必要かを考案し、それを社会資本として整備していくシステムが機能しているのだと考えられる。それによって、重度の障害をもつ人の真冬の生活も保障されているのだ。
おわりに・・・
最後は、とある一軒家の写真で〆させて頂きます。いかにスウェーデンが、住民の生活に役立つ公共事業をしているかが分かる写真です。税金も使い方次第ですね。(写真6)
《解説》写真6:もちろん、一軒家であっても門前まで除雪してくれる。また、この写真には、屋根の雪が解けだしている様子も写っている。これは、地下からの地域給湯暖房システムによる温水が戸建(どんな家でも)の屋根の中にも流れているためである。これにより、屋根の雪下ろしは通常必要なく、日本では毎年ある雪下ろし中の転落事故も、スウェーデンでは起こらない。
2013年1月以来、長らくのご愛読ありがとうございました。
写真6:地下からの地域給湯暖房システムによる温水が屋根の中にも流れる
著者紹介
山口真人(やまぐち・まこと)
1965年北海道生まれ 理学療法士、社会福祉士
著書:日本の理学療法士が見たスウェーデン(新評論 2006年)
重度の一次障害を負った人々が、重度の二次障害に陥っていく日本。一方、決してそうはならないスウェーデン。いったい、臨床現場で何が違うのか。日本のケアとリハビリの仕方を変える、重度の二次障害を防ぐ独自の療法を紹介。
(「MARC」データベースより)
真冬のスウェーデンに生きる障害者(新評論 2012年)
重い障害を抱える人々も、極寒の真冬でも生き生きと暮らすことを可能にする「環境因子」の紹介を通じ、厚みある福祉社会像を提示。ICF(国際生活機能分類)に照らして日本との違いを浮き彫りにした最終章も読みどころ。
日本の理学療法士が見たスウェーデン
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