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新しいディサースリアの臨床:4.発話速度の調節法
その他
新潟医療福祉大学 西尾 正輝
2010-10-06
前号でも触れたが、コミュニケーション障害の領域におけるエビデンスに基づいた言語治療の発展に関して、国際的に指導的役割を果たしてきたAcademy of Neurologic Communication Disorders and Sciences(ANCDS)より、治療効果研究のメタ・アナリシスに基づいた臨床ガイドラインが提出されてきた。
しかし日本語は
1)母音で終わる開音節言語である
2)モーラ単位の等時性を有する
3)音節の種類が少なく単純である
4)音節文字であり(仮名文字)、拗音などを除いて1音節が1文字とほぼ対応しており、1文字ごとに構音される
などの諸言語的特性から、発話速度の調節法やポインティング・スピーチなどの代償的アプローチが際だって高い効果を発揮するという特性を有する。
そこで、日本語を母国語とするディサースリア患者を対象として各種の治療手技のエビデンスについて検討され(西尾ら、2007)、国内でも治療ガイドラインが提出された(西尾ら、2006)。以下では、これらのガイドラインにもとづきながら、主な発話速度の調節技法について解説する。
訓練の一般的な進め方
発話速度の調節訓練では発話速度を低下させ、これにより不正確な構音動作をより正確にし、その結果、発話明瞭度を改善させる。また、発声発語器官全体の協調性が高まることも、明瞭度の改善につながる。臨床的に、これほど劇的にかつ容易に明瞭度を改善させる言語治療手法は他にない。従って、ディサースリアの治療においてきわめて重要な治療手技であるといえる。
しかし、発話速度の調節法は、「ゆっくりと話しましょう」といった単なることばによる指導だけで効果がみられることはほとんどない。長い間習慣化されてしまった速度を変えるには、1)特定の技法と、2)系統的なドリルが必要である。
技法の分類
発話速度の調節法に関する技法は、2つのカテゴリーに大別される(表1)。第1のカテゴリーには、強制的な発話速度の調節法が含まれる。これらの技法は文字通り強制的に発話速度を低下させ、明瞭度を高めるものである。これらのアプローチは極めて容易に明瞭度を上昇させることができる反面、自然度が著しく低下する。
もう一つのカテゴリーには、プロソディーを維持した発話速度の調節法が含まれる。これらのアプローチは、自然度があまり低下しないが、多くの運動学習を必要とする。
訓練ドリルは、通常、短文レベルから以下の順で開始する。
系統的なドリル
国内で市販され普及している系統的なドリルとして、「スピーチ・リハビリテーション 1~4巻(インテルナ出版)」がある。通常は、これらの教材を用いて、短文 → 長文 → 文の完成 → 口頭説明 → 2コマ漫画の説明 → 情景画・写真の口頭説明 → 会話 → 個人の生活に即した実用的なコミュニケーション場面を設定した訓練の順で進める。
短文では、2文節レベルから開始して次第に3文節、4文節へと長くする。「スピーチ・リハビリテーション第2巻」はそのような構成となっており、実用的である。般化を目的とする段階では、同書に含まれている文の完成課題や口頭説明へと進める。また、「スピーチ・リハビリテーション第3巻」を用いて2コマ漫画の説明(図1)や情景画の説明(図2)を、「スピーチ・リハビリテーション第4巻」を用いて写真の口頭説明を行う。
さらに、「できる発話」から「している発話」へと確実に般化させるために、個人の生活に即した実用的なコミュニケーション場面を設定して社会的スキルとしてのコミュニケーション能力を獲得させる。これについては、会話訓練の教材がやがてインテルナ出版より出版される予定である。
(西尾正輝:スピーチ・リハビリテーション第3巻より)
図1:2コマ漫画の説明課題(スピーチ・リハビリテーション第3巻より)
図2:情景画の説明課題
ペーシングボード
ペーシングボードは数種類の色のついたスロットから成り、各スロットはそれぞれ縁で仕切られている極めて簡単な用具である。発話時に、モーラや文節などの単位ごとに一つのスロットを指で触ってポインティングしながら発話させることで、発話速度を強制的に低下させる。国内では、インテルナ出版より市販されている(写真1)。原則として、日本語はモーラ言語であるため、最初はモーラ単位で使用するのに適しているが、中軽度例では文節単位でポインティングをする。しばしば、著効を奏する。
ペーシングボードは、運動低下性ディサースリア例に対して欠かすことのできない手技である。その他、UUMNディサースリアなどでもペーシングボードが適応となる。臨床的にタッピング法やモーラ指折り法では発話速度を制御できなくても、ペーシングボードを使用すると制御可能となることがしばしばある。
また、タッピング法やモーラ指折り法と比較して般化されやすい。その理由として、ペーシングボードでは、視覚的、触覚的、運動覚的刺激を介して発話運動が行われるので運動学習において重要なフィードバック機構がより活性化されやすく、運動の認知的制御機構が再編成されるものと推察される。こうして速度を低下させたあらたな発話運動スキーマの運動学習が促進されるであろう。
写真1:ペーシングボードの実用場面(インテルナ出版製)
タッピング法とモーラ指折り法
タッピング法では、モーラ、単語、文節などの単位ごとにタッピングを行い、発話速度を低下させる。発話時に手や足を用いてテーブルや床を叩いて発話速度を自ら調節させる。
モーラ指折り法では、発話時にモーラごとに健側手の指を折り、発話速度を自ら調節させる。
リズミック・キューイング法
リズミック・キューイング法では、臨床家が目標とする速度でリズムをつけて文中の語を指さし、これに合わせて音読もしくは復唱させる。失調性ディサースリアでは欠かすことのできないアプローチであり、UUMNディサースリアにも有効である。
本アプローチは単純な技法のようであるが、臨床家が習得するには一定の時間を要する。臨床家の精妙な技術が要求され、その技術レベルによってクライアントが表出する発話は大きく異なる。従って、熟練した臨床家の指導を受けて技法を習得してから実施すべきである。適切に行えば、明瞭度と自然度が同時にしばしば速効的に改善する。
明瞭度を高めるばかりでなく発話の自然度も保持しながら日常生活の中で般化させるために、キューを漸減し、より自然なリズム・パターンへと修正してゆく必要がある。最終的には、フレージング法と近いパターンにまで修正しながら明瞭度と自然度を維持する発話運動能力を学習させる。
フレージング法
フレージング法とは、統語論的に適切な箇所で強制的に休止を入れて、発話を区切りながら話させる手法である。当初は臨床家が休止を入れる箇所にスラッシュ(/)を赤で入れて注意を促し、クライアントにそこで休止をおくように指示する。やがてはスラッシュを除去し、自分自身で適切な箇所で休止を入れながら話すことができる能力を習得させる。クライアントの呼吸機能を考慮し、適切な呼気段落に応じて発話を区切る。スラッシュだけで休止を入れることが困難である事例では、より強制力を高めるために、ペーシングボードを併用すると良い。
フレージング法では、休止を適切に入れることで明瞭度が上昇するばかりでなく、副次的効果として構音速度も低下し、明瞭度の上昇に少なからず寄与する。
文献
西尾正輝:ディサースリアの基礎と臨床 第3巻
-臨床実用編-.インテルナ出版,2006.
西尾正輝,田中康博,阿部尚子,島野敦子,山地弘子:Dysarthriaの言語治療成績.音声言語医学,48:215-224,2007.
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