パシフィックニュース
T-Support使用による脳卒中片麻痺患者へのアプローチ⑥
装具
医療法人尚和会宝塚リハビリテーション病院・理学療法士
中谷 知生
2018-06-15
最終回となる第6回は、T-supportの目指すところをご紹介いたします。
T-Supportに似た歩行補助具ってあるの?
パワーアシストスーツをご紹介しました。
形だけを見ると、似ているように思うでしょ?
でも、違うんです。全然違います。
どれくらい違うかというと…
「そうめん」と「冷や麦」くらい違います。
「バター」と「マーガリン」くらい違います。
「チャーハン」と「ピラフ」くらい違います。
つまり似ているけど全然違うものだ、ということです。
ではどう違うのか。次の動画をご覧ください。
44秒あたりで、このマシンが作動している様子を見ることができます。どうやらこのマシンは、股関節の伸展をセンサで拾って、 そのタイミングで足関節底屈を駆動装置で補助する機構のようです。
これはこれで、きっと片麻痺患者さんのお役に立つものなのでしょう。
ただ、T-Supportとは目指すところがだいぶん違うように思われます。
おそらくこの装置が目指しているところは、『機能の低下した片麻痺患者さんの足関節機能を機械的に
補助すること』だと思われます。
そのために、下腿の後面に取り付けられた装置が立脚後期に縮み、足関節底屈運動を補助し、立脚期後半の
支持性と推進力を機械で生み出しています。
その他にも似たコンセプトのものが続々と…
ハーバード大学だけではありません。
ここ数年、わが国のセンサー技術・ロボット技術を用いた形で、T-Supportに似た形の歩行補助具があります。
こちらは、株式会社ATOUNが、パナソニックで開発されたワイヤ型歩行支援技術を用いて開発した歩行補助ロボットです。 『歩行動作をセンサで読み取り歩行周期を予測し、人の動作メカニズムに近い機構をモータとワイヤで実現することにより歩行動作を誘導』するそうです。
こちらは、住友理工株式会社が開発した歩行補助ロボットです。『維持期脳卒中片麻痺者の歩行能力を向上させる』という研究結果も あるようです。1)
これらの歩行補助ロボットでは、基本的に股関節前面にベルトを配置し、下肢関節の動きをセンサで拾い、
股関節屈曲の力を補うことで『下肢のスイング』を補助することを目的としているようです。
ここまで私の連載記事を読んでいただいた皆さんなら、もうよくお分かりだと思います。
・下肢のスイングを助けるために足関節底屈動作を機械的に補助する(ハーバード大学)
・下肢のスイングを助けるために股関節屈曲動作を機械的に補助する(上記のロボット)
・下肢のスイングを助けるために立脚後期の股関節伸展・足関節背屈動作を弾性バンドで補助する(T-Support)
…違うでしょ?
どれくらい違うかというと、「うまい棒」と「うまか棒」くらい違うんですよ。
※本文と画像に直接の関係はありません。
T-Supportの目指しているところは全然違うところ
もう何年も前のことになりますが、『観察による歩行分析』の著者であるゲッツ・ノイマンの講習会に
参加したことがあります。
理学療法士なら持っていない人はいないくらい、彼女のこの著書(『観察による歩行分析』)は
ベストセラーですよね。
そのゲッツ・ノイマンのセミナーは非常に勉強になったのですが、1点だけ、強い違和感を覚える点がありました。
それは『片麻痺患者さんの立脚後期には装具による背屈制動力を積極的に導入したほうが良い』という考え方です。
私は個人的に、どうしてもその点だけは納得できなかったので、そのセミナーで通訳として参加しておられた
国際医療福祉大学の山本澄子先生に質問しました。
その時、山本澄子先生が、私におっしゃった次の言葉が、現在の私の理学療法の方向性を決めたといっても
過言ではありません。
『片麻痺患者さんの下腿三頭筋は、貯金があるのに暗証番号がわからないから
お金をおろすことができない、銀行口座みたいなものです』
そう、片麻痺患者さんの下腿三頭筋は、しっかりと股関節を伸展位に持っていき、足関節背屈を促すことで、
筋自体が伸長→収縮の反応をすることができます。
圧倒的多数の患者さんがその力を持っているのです。
ただ、歩行トレーニングで使う装具、あるいはトレーニングを組み立てる理学療法士が、
その力を引き出していないのです。
T-Supportは、股関節前面に弾性バンドを配置し、立脚後期の股関節のブレーキ作用を補助することで、
この『引き出せなかった下腿三頭筋の貯金を引きだすお手伝い』をする道具です。
(そのあたりの理屈については、第5回で解説しました)
…今回ご紹介した一連の歩行補助ロボットの目指すところを、私は全く否定しません。
ただ、その前に、本当に我々は目の前の片麻痺患者さんの持っている身体機能を最大限引き出しているでしょうか?
センサやモータを利用して麻痺側の下肢機能を補助するという代償手段は、我々理学療法士・義肢装具士が
すべての手をつくした後に検討してもよいのではないかと私は考えています。
そろそろお別れするときが近づいてきました
いよいよ最終回の最終章です。
ここまで何を書いてきたかを振り返ってみます。
第1回:T-Supportのアイデアが降りてきたあの日のこと
第2回:片麻痺患者さんの歩行能力を引き上げるには、股関節屈筋と下腿三頭筋が重要
第3回:T-Supportを装着すると、下腿三頭筋の活動が変化する
第4回:オランダ・CVAidを見て学んだこと
第5回:T-Supportは股関節屈筋の遠心性収縮によるブレーキ作用を再現する
第6回:T-Supportに似た歩行補助具ってどんなものがあるの?
第1回の記事が掲載されてから早いもので1年数か月が経過していますが、現在も私が片麻痺患者さんに
歩行トレーニングを提供する上で重視している鉄則ばかりを記してきましたので、改めて読み直してみても、
自分自身、まったく内容の古さを感じることはありません。
唯一、連載開始時と変化したのは、この1年で、私は自分の治療概念が本当に画期的な方法であるという確信を
さらに強めた、という点でしょうか。
宝塚リハビリテーション病院で目覚ましい歩行能力の向上に至った患者様の動画のいくつかは、
このパシフィックサプライのホームページでご覧いただけることになっています。
そちらも楽しみにしていただければと思います。
最後に、私の大好きな高村光太郎の『道程』を改変した、オリジナルの詩をご紹介して、この連載を終わりたいと思います。
詩のタイトルは『伸展』です。
T-Supportの前に道はない
T-Supportの後ろに道はできる
ああ抗重力筋よ
腸腰筋よ
腓腹筋よ
ヒトの2足歩行を可能とした偉大な筋よ
麻痺があっても重力に抗う事をせよ
麻痺があってもスタスタ歩くため
スタスタ歩くため
このこだわりを一人でも多くの、片麻痺患者さんの歩行再建に携わる医療・介護従事者の皆様に
伝わることを心の底から願っています。
最後に、長期間にわたりこのエキセントリックな連載記事の内容を、ほとんどの修正無く掲載していただいた
パシフィックニュース担当の皆様、特に毎回原稿提出期限がギリギリになってご迷惑をおかけした大屋正子様に
厚く御礼申し上げます。
1)中村 壽志ほか 維持期脳血管疾患におけるエンドエフェクター型 歩行補助ロボットが歩行に与える影響
理学療法科学 33(2): 301–305,2018
著者の紹介
【経歴】
吉備国際大学 理学療法学科卒(2003年3月)
医療法人近森会 近森病院・近森リハビリテーション病院(2003~2008年)
医療法人尚和会 宝塚リハビリテーション病院(2008年~)
【その他学術実績】
認定理学療法士(脳卒中)
臨床歩行分析研究会 役員
日本神経理学療法学会 脳卒中ガイドライン作成部会 班員(2017年)
T-Supportの効果検証に関する学会発表 多数
第27回兵庫県理学療法学術大会にて学会長賞 受賞
第38回臨床歩行分析研究会定例会にて優秀講演賞 受賞
卒中八策・脳卒中後遺症者を上手く歩かせるための8つの方法
(2015年 運動と医学の出版社 電子書籍)
歩行補助具T-Support開発
(2016年 川村義肢株式会社と共同開発)
人気ブロガー【脳卒中の患者さんを上手く歩かせる方法を理学療法士が一生懸命考えてみた】でもあり、
またセラピスト落語家・八軒家良法師の側面も合わせ持つ。
関連リンク
【株式会社ATOUNホームページ】http://atoun.co.jp/
【住友理工株式会社ホームページ】https://www.sumitomoriko.co.jp/
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