パシフィックニュース
脳卒中患者に対するトランクソリューションCOREの使用経験
装具
リハビリテーション
辻本 直秀(西大和リハビリテーション病院リハビリテーション部・理学療法士)
2019-08-01
1.症例紹介
症例は脳梗塞発症から約2ヵ月後にリハビリテーション医療の継続目的で当院へ入院された60歳代の男性である。当院入院直前のCTを図1に示す。当院入院時には中等度の左片麻痺を呈していたが、約5ヵ月後(脳梗塞発症から約7ヵ月後)には下肢運動麻痺の良好な改善が得られた(Fugl-Meyer Assessment下肢運動機能:29/34点)。注意障害などの高次脳機能障害が残存し、屋外歩行時には見守りを必要としたが、院内では杖や装具を使用せず歩行自立となった。なお、左下肢の感覚障害は軽度で、右下肢の筋力低下や明らかな関節可動域制限は認めなかった。
図1 本症例のCT画像
両側の前頭葉、頭頂葉、後頭葉の赤色で示す部分が本症例の病巣である。CT画像上、下肢の皮質脊髄路は直接的な損傷を逃れているように思われた。
2.トランクソリューションCORE装着前後の歩行の比較
トランクソリューションCORE(以下、TSC)装着前後装着前の歩容(麻痺側立脚相)の変化を図2に示す。装着直後、快適歩行速度は3.5±0.2km/hから3.7±0.1km/h、重複歩距離は105±4cmから112±6cmへと改善したが、症例からは「身体がふらついて歩きにくい」との訴えがあった。
図2 TSC装着前後の歩容の比較(麻痺側矢状面)
装着直後には立脚中期から後期の体幹前傾が僅かに修正され、立脚後期の股関節伸展角度の増大が確認された。
3.本症例がTSCを装着すると「歩きにくい」と感じたのはなぜか?
TSC装着前後の非麻痺側と麻痺側ステップ長の平均値を図3に示す。装着直後には両ステップ長が増加すると同時に、非麻痺側ステップ長の標準偏差(ばらつき)が増加することも確認された(非麻痺側:51.8±3.0cm➝55.0±6.0cm、麻痺側:52.8±3.4cm➝56.6±1.5cm)。この非麻痺側ステップ長のばらつきが増加した原因を探るために、対側(支持側)の麻痺側立脚相における床反力(垂直成分)を調べた(図4)。TSC装着直後には、装着前と比較して2つの凸の最大値が増加し(1つ目の凸:623.3N➝661.8N、2つ目の凸:661.8N➝703.1N)、特に2つ目の凸前後の灰色部分(標準偏差)がより広範囲に確認された。この床反力の結果と歩容の変化から、TSC装着後には麻痺側立脚後期の股関節伸展角度が増大し、麻痺側前足部への荷重が強制的に誘導される一方で(;2つ目の凸の最大値が増加)、地面を蹴って身体を前方へ推進させるタイミングが一定せず(;2つ目の凸前後の標準偏差が増加)、歩行時のふらつきを自覚し「歩きにくい」と感じた可能性があると思われた。
図3 TSC装着前後のステップ長の比較
装着直後には図中の青線で示す非麻痺側ステップ長の標準偏差(ばらつき)が増加した。
図4 健常者の立脚相(A)と本症例の麻痺側立脚相(B)における床反力(垂直成分)
床反力とは床面を踏むことで自分自身に返ってくる力を示し、重心の上下加速を反映する。健常者(A)の床反力(垂直成分)では2つの凸が確認される。1つ目の凸は、踵接地時の衝撃を吸収し、身体を前方へ推進させる際に生じる。2つ目の凸は、地面を蹴って身体を前方へ推進させる際に生じる。本症例(B)では、TSC装着直後に2つ目の凸前後の灰色部分(標準偏差)が増加することが確認された。
4.TSC装着下での歩行練習は即時効果があるのか?
歩行時のふらつきの原因と思われた麻痺側立脚相の問題点(地面を蹴るタイミングのばらつき)を改善するために、TSC装着下での歩行練習を試みた(前述の歩行の比較と同日)。約5分間の歩行練習後、TSC非装着の状態でも装着直後に修正された体幹-下肢アライメントが保持されていることが確認された(図5)。また、麻痺側立脚相の床反力は、TSC装着直後と比較して2つの凸の最大値に変化を認めなかったが(1つ目の凸:661.8N➝653.6N、2つ目の凸:703.1N➝703.0N)、2つ目の凸前後の灰色部分(標準偏差)が減少した(図6)。さらに、症例の内省が「安定して歩きやすい」へと変化し、快適歩行速度は3.7±0.1km/hから4.2±0.1km/h、重複歩距離は112±6cmから120.0±4cmへと改善した。
図5 歩行練習後の歩容(麻痺側矢状面)
TSCを装着していない状態でも、体幹-下肢アライメントが矯正されていることが確認された(図2と同日)。
図6 歩行練習後の麻痺側立脚相における床反力(垂直成分)
TSC装着直後と比較して2つ目の凸前後の灰色部分が明らかに減少した。
5. TSCは歩行の評価・治療手段の一つとして有効?
正常歩行の特徴として、passenger(乗客;骨盤から上の体幹)をできる限り動かさずに、locomotor(機関車;下肢)が移動していくという考え方がある。つまり、正常歩行では大腿と下腿が一体となって前方へ回転し、骨盤から上の体幹はほぼ直立を保っている、というものである。脳卒中患者では下肢の運動麻痺や感覚障害等の影響(locomotorの異常)を受けて、passengerのアライメントが変化している症例も少なくないと思われる。
今回、TSCを装着しpassengerのアライメントを強制的に修正したことで、麻痺側下肢の地面を蹴って身体を前方へ推進させる機能の異常(locomotorの異常)が明らかとなった症例を経験した。この経験より、TSC装着(passengerのアライメント修正)前後の歩容や歩行の各パラメーターの変化を評価することは、歩行における問題点(locomotorの異常やpassengerとlocomotorとの関係性)を推察する一助となる可能性があると考えられる。また、TSC装着下(passengerのアライメントを修正した状態)での歩行練習は、軽度片麻痺者の歩容および歩行機能の改善に貢献する可能性もあると思われたが、詳細な適応症例やその効果については今後も検証を続ける必要がある。
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