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パシフィックニュース

快適な座位環境から生まれてくるもの

車椅子/姿勢保持

リハビリテーション

快適な座位環境から生まれてくるもの

訪問看護ステーションおたすけまん 吉本 雅生(作業療法士)

2020-04-15

はじめに

安定した良い姿勢は、身体機能や活動に良い影響を与えると、誰もが考えると思います。今回、快適な座位環境が身体機能や日常生活活動改善だけでなくコミュニケーションなど潜在的な能力を引き出すきっかけとなったと思われたケースをご紹介します。

N様 脳性麻痺 20代 男性

彼は、左側により強い四肢運動麻痺、知的障害、視覚障害を併せ持っています。デイケアやショートステイ、外来リハビリを利用しながら在宅生活を送っていますが、福祉用具や住環境の調整、日常生活活動向上を目的に訪問リハビリが開始となりました。


彼はとても人懐こく、お決まりの質問は「昨日、ごはん何食べましたか?」「おかずは何ですか?」でした。少し舌足らずにゆっくりとした話し方に、素直で愛嬌のある彼の人柄を感じ、思わずこちらも笑顔になります。矢継ぎ早の質問に頭をフル回転する必要がありましたが、彼は質問することで相手との距離感を保ち、返答の音韻やイメージを楽しむ印象を持ちました。


日常生活については全般的に介護を受けています。比較的右上肢の運動麻痺は軽度で対象物へ手を伸ばす、離把握するなど要素動作は可能ですが、視覚等の問題も加わり実際の食事、口腔ケアも全面的に介助が必要でした。視覚情報が乏しいため、聴覚優位で、興味のある対象へ耳を向ける習慣があり、目と手の協調性が生じず、手探り動作でした。彼は声で誰か判別し、音で周囲の状況を認識していました。
寝返りや、起き上がり動作には協力しようとしますが、身体を突っ張る伸展パターンが習慣化し、全介助が必要な状況でした。
 


食事の自力摂取を目標として取り組んでいましたが、座位姿勢が崩れて頻回に修正が必要であるとの意見があり、検討をしてゆくことになりました。

座位保持装置の問題点

支援開始の1年前、座位保持装置の修理申請を行い、既にV-TRAKを導入していました。フレームの延長加工も行い、分割ハイバックサポート、分割ローバックサポートの2枚を装備。限られたフレームの中で2枚の搭載が限界であったろう、前任の苦慮が見えました。
 

チルト及びリクライニングを併用する事でバックサポートへ体重を乗せて行きたい戦略でしたが、実際には時間経過と共に側方への傾きが強くなるため、クッションを追加使用する必要があったのです。また、度々V-TRAKの歪みが生じ修正調整が必要であることも悩みの種でした。
 

座面はゲルクッションを使用していました。圧分散、安定感はまずまずあるものの、わずかな前ズレが起き、上体の崩れの一因となっていることも予測されました。

      

新たな座位保持装置の検討

彼は上半身にボリュームがある一方、骨盤はとても小さく、体重を支えるべき臀部も痩せていました。また、麻痺の強い左背側の胸郭を形成する肋骨が凹変形し、ここが起点となり上部が落ち込んで、腹腔内部は右側腹部へ押し出されていました。左股関節の可動域制限も併せ、座面では右に荷重がかかりながらも、上方の体幹は左に曲がっていく状況でした。胸郭の変形の影響と思われるサチュレーションの低下もあり、内部への影響も心配されました。


まず骨格支持を失っているボリュームのある体幹を支えるしっかりとしたバックサポートは肝心でした。モールドタイプを提案しましたが、ご家族より熱こもりが酷く、心配との声もあり、V-TRAKの使用を再チャレンジする事にしました。


残る問題は小さな骨盤を支える座面です。建物に例えるなら基礎の部分が脆弱であれば、不安定かつ重みのある上部を支えきることはできません。基礎部分を補完するような座面が必要と考えました。

再びV-TRAK αへ挑戦

パシフィックサプライ株式会社杉本氏の助言や技術的援助を頂き、V-TRAKの設定をサポート3枚と増やし、変形に合わせ一側を延長するなど細かな調整を行いました。

座面は、パーツを組み合わせることによって身体形状に沿った座面が形成できるドミノクッションを試すこととしました。微調整できるV-TRAKドミノクッションは彼のような変形の著しい方には適しています。尚、ほどよい硬さとホールド感も強くしっかり体重を支えてくれる素材は彼の体形や筋緊張の変化にも対応できる期待が持てました。調整されたバックサポートと座面の機能を損なわないよう、車椅子フレームはチルト機能のみの搭載としました。

 

以前は外出先でオムツ交換の為にリクライニング機能を使用されていました。このことにより身体と座位保持装置の間でズレが起こるうえ、あらぬ方向から荷重がかかりすぎ、固定が緩む原因にもなっていたと考えたからです。

 

用途が変わりますが、安定した座位保持のための選択にご家族は了承して頂きました。仕様が決まれば、肝心なフィッティングです。より身体にフィットしたバックサポートとなるため微調整を繰り返し、デモンストレーションを行いました。フィッティング後から時間経過で見えることもあることから、根気強く調整を行うことが大切であることを実感しました。

見えてきた変化

時間経過に伴う体幹の傾きが少なくなり、度々姿勢を修正する必要が無くなりました。しかし、まずご家族がおっしゃられたのは車椅子座位で眠る様になった事でした。旅行や外出機会も多い仲の良いご家族ですが、今までは車で移動中、車椅子座位で寝ることは殆どなかったそうです。休息も取れる、よりよい快適な座位環境であることが分かります。


課題であった食事の自力摂取も弱視や、目と手の協調が難しいなど身体機能や姿勢以外の問題も複合的に存在しつつも、自力で摂取できる割合が増えてきています。一方的であったコミュニケーションも一部やりとりが成立する場面も見られています。


よりよい姿勢であることは、様々な感覚の受け止めが良くなり、運動性にも表れることはよく分かります。そして更に苦痛のない快適な座位環境であることで、解放され、より能力を発揮できるのではないかと考えます。傾きの無いよりよい姿勢、快適であること双方が大切だと実感しています。