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第27回日本義肢装具士協会学術大会 共催セミナー 「脳卒中片麻痺患者に対する装具の選定-義肢装具士に期待する役割-」

装具

装具

第27回日本義肢装具士協会学術大会 共催セミナー 「脳卒中片麻痺患者に対する装具の選定-義肢装具士に期待する役割-」

京都大学大学院 医学研究科
人間健康科学系専攻 大畑 光司

2021-12-15

第27回日本義肢装具士協会学術大会での弊社共催セミナーにて、京都大学大学院 医学研究科  人間健康科学系専攻  大畑光司 先生にご講演頂いた内容を4回にわけてお伝えいたします。  

第1回目は歩行再建の意義、大畑先生が考えられる、義肢装具士に望む役割、装具の意義などのご講演内容です。

はじめに

京都大学の大畑と申します。本日は脳卒中片麻痺患者に対する装具選定ということで、義肢装具士の皆さまに期待する役割についてお話したいと思います。よろしくお願いいたします。
はじめにこのお話は装具自体のことというよりも、どちらかというと「義肢装具士さんに望むこと」をお話して欲しいというご依頼でして、非常に面白いテーマだなと思った記憶があります。と申しますのは、僕は理学療法士で、義肢装具士さんとは同じ医療専門職種として患者さんのためにコラボレートしている、というような意識がありましたので、あらためてここで「義肢装具士さんに何か望むこと」について問われると、正直あまり考えたことがなかったというのが印象でした。しかし、良いチームを作るためには、それぞれ主張し合いながら、お互いに高め合ってゆく必要があるのではないのかと感じ、そういう意味では一人の理学療法士として、義肢装具士の皆さまに望むことをまとめられたらと思い、ご依頼を受けることにいたしました。

歩行再建の意義 -移動手段と生活習慣-

①QOLの測り方 「より良い生活」って何だろう
僕たちは、共に歩行再建といいますか、歩行を行っていく中で「対象者の方がより良い生活を行えるように」というところを目指しております。「より良い生活」とはQOLという言葉に置き換えられると思うのですが、QOLというとやはりちょっと抽象的なニュアンスがあるかな、とも思います。それを具体的には何と言うのか、といった議論が、実は国際生活機能分類(ICF)が制定された20年前くらいによく行われていたらしいのですけれども、ここでは、QOLに影響する重要な因子として「生活習慣」があると考え、QOLを測れる指標として「生活習慣を評価すれば良いのではないか」というような考え方に基づいてご説明いたします。
 
②なぜQOLは生活習慣で測れるのか

例えば栄養を摂るために、僕たちは食事をしますが、そもそも食事を作るだけではダメなわけです。食事をするためには「食卓のセッティング」、「料理をする」、「食べる」など様々な動作が存在します。また、部屋の片付けや、衣服の着脱、整容なども、生活関連動作として知られているわけなのですが、それ自体の動作を評価するだけでなく、実際には「それを準備する」ための動作が必要です。そのような多くの動作を「生活習慣」として行うためには一般的な評価方法よりかなり多くの動作を習熟する必要があります。その生活習慣が「乱れる」ということはQOLが低下することに直結すると考えるわけです。
さて、そういった視点でみた各種の生活習慣が、「杖なしで歩行している」、「杖をついて歩行している」、「自走式の車いす」、「電動車いす」のそれぞれの移動条件でそれぞれどういう風に変わっていくかが調べられています。移動能力によって、生活習慣に違いがあるのは当たり前なのですが、たとえば「部屋の片付け」、「セルフケア」、「衣服の着脱」や「整容」、「栄養」、「コミュニケーション」に至るまで、ほとんどの生活習慣に「車いすを使うか使わないか」が影響を与えていたということが示されています。つまり、「車いすを使うということ」と、「杖をついてでも自分で歩くということ」には生活習慣、ひいてはQOLに大きな差が生じることを示しています。何故このような差が出てくるのか、というようなところが問題になるわけです。

 
③車いすを使うことによるリスク
また、車いすを使用している女性の方に対して行ったインタビューに基づいて、「車いすについてどう思うか」をまとめた質的研究があります。当然、車いすには「移動の自由を与えてくれる」という重要な役割があります。ですから車いすを持つことによって、「様々な場面を自分で経験することができる」という印象をユーザーが持っており、それは確かに素晴らしいことです。でも一方で、日常の生活の大部分を占める居住空間内での移動を考えてみると、車いすを使用することに対する様々なバリアーがあるわけです。例えば掃除、洗濯、子供の世話、どれを取っても車いすでは難しい場面に遭遇します。そのよう場合、生活の中では「安全」よりもやはりリスクをとります。例えば階段の近くで車いすを方向転換したりとか、キャストアップしながら階段を上ろうとしたり、無理な体勢で立ち上がろうとしたり、「様々なリスクをとらないと日常生活を送れない」というようなことも多分に出てくるわけです。
 
④軽症者の方が重症化しやすい
さらに大きな視点で高齢社会をとらえてみたらどうでしょうか?一般に介護保険における重症度を区分する要支援や要介護分類はその性質から大きく2つに分けられると思います。具体的に「要支援・要介護1-2」は自力の歩行が可能な方々であり、貸与される福祉機器を見ても杖や手すりなどの自発的な移動を補助する器具が中心になります。一方で、「要介護3-5」は歩行ができない方で、福祉機器としては車いすや介助ベッドなどの介助を前提とした器具が貸与されることが多くなります。これらの人たちの人数が、これから2060年までの間にどうなっていくかというと、両方がともに増えてゆくのですが、伸び率が特に「要介護3-5」、つまり歩行ができない人で高くなります。この理由として、そもそも「軽症者の方が重症化しやすい」という特徴があるわけです。平成28年度 介護給付費等実態調査の概況において、平成28年の要介護分類が平成29年3月の時点で、全体的に「重症化した人が、軽症に分類されていた人に多い」ということがわかりました。つまり、軽症な人で今、歩けているような方であったとしても、「その年のうちに重症化する」ということが起こり得ることを意味します。つまり、今、歩けているから大丈夫と言うことはなく、重症化しないためにも現在の取り組みが重要になるわけです。
 
⑤歩行速度と死亡率
歩行機能の低下の影響は、単に移動ができないということだけに留まりません。例えば、1705名の70歳以上の高齢者を対象に5年間の追跡調査を行った研究では、「時速3km以上で歩ける人は、それ以下で歩く人の1.23倍も死亡率が低下する」と言われています。時速5kmで歩ける人で死亡した人はいないことも報告されており、歩行機能というのは、それだけ生命予後にも密接に関連するわけです。また、入院リスク、介護リスク、転倒の予測因子になるということであるとか、直接的に関連するとは考えにくい認知障害発生の予測因子にもなると言われています。したがって、歩行機能というのは、単に移動ができるかどうかではなく、生活を支える重要な部分であり、さらに生命予後にも影響を与える重要な部分であると言えます。

 

⑥FIMと歩行速度
何らかの障害を負った場合、我々は回復期病院でできるだけ自立を達成するようにリハビリテーションを行っていきます。回復期病院の一番のポイントになってくるのは、このFIMといわれるものなのですが、FIMは全介助から完全自立までを7段階に分けて、その人の運動を評価するというような構造になっています。確かにこれは重要なのですけれども、実はこの完全自立とされる、「誰の助けを借りなくても歩けるようになる」ということが仮にできたとしても十分とは言えません。例えば、FIMが6点、7点だとしても、歩行速度が0.4m/s以下だとすると、「50m歩くのに20分以上かかってしまう」わけです。これは現実的には、外を歩くということはかなり難しくなります。ですから、FIMの最高得点を到達したとしても、その歩行機能が十分でなかったとしたら、その後、歩行機能を失う可能性も出てくることになります。
  
⑦「生活機能として歩くことができる」を目指す
QOLを本当の意味で改善するためには、入院中のリハビリテーションだけでなく、退院後もその人の機能を高めていくことが重要になります。しかし現実的に、退院してからのリハビリテーションというのは、専門的な練習を行うことができず、レクリエーション活動だけになってしまったりすることも多いです。退院時に歩行が自立したといっても、不十分な歩行速度であれば、不活動を引き起こし、重症化リスクを増加させてしまうわけです。ですから、単に「歩くことができる」というだけではなく、「生活機能として歩くことができる」ということを目指さなければ、最も重要な目標である社会参加の促進にはつながらないのではないでしょうか。
  
⑧望まれる義肢装具士の役割
それでは、現実に退院後に活躍できるのは誰でしょう。PT・OTは確かに、老人保健施設や訪問リハで関わりがあるかもしれません。しかし当然、生活の中で「その人の日常を支える」ことはできないわけです。では装具はどうでしょう。装具は生活の中で道具として使用され、その人の日常の一部になるわけです。実は一番重要になってくるポイントは、この部分なのではないか、という風に考えています。このため、生活に根ざした「装具」の選定が非常に重要になります。「望まれる義肢装具士さんの役割」というのは、この点に着眼することで見えてくると思います。

義肢装具士への期待

ものづくり×QOL
理学療法士である僕が「義肢装具士さんとは」という話をするのはちょっと無理があるので、僕が思っている義肢装具士さんの印象を少し紹介させていただきます。僕は義肢装具士さんこそ、「ものづくりをQOLに活かすことができる」唯一の仕事なのではないかと思っています。世の中にはいろいろなものづくりがあるわけです。例えば「職人的なものづくり」であったり、「企業が行う大規模な大量生産」というのもあるかもしれません。けれども、文字通り「必ずQOLに直結するものづくり」というのは、他にないのではないかなという風に考えています。そういう意味では、義肢装具士さんの仕事というのは、非常に重要だと思います。

関連専門職種のカリキュラム

医療関連職種の「義肢装具」に対するカリキュラムを見てみると、処方をする医師、評価する理学療法士ともにあまり多くの時間を割いて教育を受けているわけではないことがわかります。しかし、そのような中で、例えばブレースカンファレンスでは、装具についての方針を様々な職種で話し合い、これを「チーム医療」だというように認識しているわけです。一番間違ってはいけない点は、「誰が装具のことをよく知っているか」なんだと思います。例えば、医師のコア・カリキュラムで「装具」について何が書いてあるかというと、医学教育モデル・コア・カリキュラム(平成28年度改訂版)の隅に、装具という言葉だけ出てくる程度です。医師は、医療についてとか、社会的な医師としての基本的な資質、さらに医学全般のことについて習います。その後、診療知識といわれる項目の中の、さらにその14番目にリハビリテーションが出てきて、そのまたさらに、その中の14項目の中の7番目に、主な歩行補助具、車いす、義肢、全て一緒にして習います。求められる知識としては、「装具というものを概説する能力」です。このため、それほど装具についての深い知識を習うわけではないわけです。一方で理学療法士は、さすがに習っているだろうと思われているかもしれませんが、大綱化した理学療法士のカリキュラムの中で、「理学療法治療学」というものの一つに「義肢装具学」が入るか入らないかという程度です。それでも1単位あるというのは、医師に比べると多いのですけれども、実際的に臨床判断できる知識が得られるかと言うと全く不十分だと思います。理学療法士も昔はもう少し、例えば「義肢装具実習」という科目があって、装具の製作に近いところまでやっていた時期もあったのですけれども、今はなかなか時間的にそれが許されず、ほぼ博物学的に「こんな装具がある」ということを習うだけ、という形になってしまっています。

医療機器に必要な検証

では 「装具は必要なくなった」のでしょうか。当然、そんなことはないわけです。そんなことはないのだけれども、結局、全体の教育カリキュラムの中で相対的に教育リソースが減っているのが問題となっています。だからブレースカンファレンスで医師がこう言いました、理学療法士がこう言いました、義肢装具士がこう言いましたと並列にしがちですが、装具の知識が一番深いのは誰ですか、と聞いたら、明らかに義肢装具士さんだと思います。もちろん、個々の医師も理学療法士もそれぞれの臨床経験の中で装具についての知識を深めているでしょう。けれども、義肢装具について最もよく知っている職種としてのエキスパートは誰かといえば、義肢装具士さんに他ならないのではないかと思うわけです。
また、義肢装具士さんは、「業務独占」を持っておられます。理学療法士や作業療法士は名称独占なので、その「同じ種類の仕事を別の人たちが担う」こともあります。けれども「義肢装具士の仕事は義肢装具士でないとできない」わけです。そのような高度な専門性が与えられているのはなぜでしょうか。このことは、一般の医療機器の認証システムと比較するとその意味がわかります。例えば、通常の医療機器は市場に出す前に、前臨床試験として安全データや性能評価を行って、その次に臨床試験を行い、実際の効果やユーザビリティ、使用説明の情報の文言などを決めていきます。使用説明書についても一言一句、書き方があり、各内容についていちいち認証機関がチェックします。その後、製造販売後調査というのが行われて、これによって「有害事象の報告と管理」が義務づけられています。装具は、欧米では基本的に医療機器です。ですからこれ(医療機器に必要な検証)と同じ手続きが踏まれて品質管理が行われています。しかし日本では、装具についてのこのような手続きはありません。「何故ないのか」というと、義肢装具士さんがこれを担保してくれている、というような扱いになるわけです。義肢装具に関しては、ここで必要になってくるリスクに対する管理であるとか、有害事象の確認、それと人に対するフィッティング、それらのマネージメントを「義肢装具士さんが責任をもって行う」という形なので、非常に重要な役割を担っているのだと思います



 

次回(2022年3月1日号)は、医療・ヘルスケアの未来像や義肢装具士に求められる理論知、PT・OT・POにおける臨床推論についてなどの講演内容をお伝えします。
 

執筆者プロフィール

大畑  光司
京都大学大学院医学研究科人間健康科学系専攻 講師

【専門領域】
専門理学療法士(神経)
認定理学療法士(小児)

【資格】
理学療法士
博士(医学)

【所属学会】
日本神経理学療法学会代表運営幹事
日本理学療法士学会常任運営審議委員
日本理学療法士協会標準評価作成委員会
日本義肢装具学会


 

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