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第3回 「脳卒中片麻痺患者に対する装具の選定-義肢装具士に期待する役割-」
装具
装具
京都大学大学院 医学研究科
人間健康科学系専攻 大畑 光司
2022-03-15
第27回日本義肢装具士協会学術大会での弊社共催セミナーにて、京都大学大学院 医学研究科 人間健康科学系専攻 大畑光司 先生にご講演頂いた内容を4回にわけてお伝えいたしております。
第3回目は、装具装着の意義についてのご講演内容です。
第1回「脳卒中片麻痺患者に対する装具の選定-義肢装具士に期待する役割ー」2021. 12月15日号
第2回「脳卒中片麻痺患者に対する装具の選定-義肢装具士に期待する役割-」2022. 3月1日号
義肢装具士の皆様が対象者の方に装具を提供する上で、他職種との意見交換が重要な役割を果たすと考えます。しかし、効果的に議論するためには、多くの職種の方が共通のエビデンスを知っておくことが必要です。エビデンスを考慮しない、主観的、経験的な主張だけでは効果的な装具製作は難しいからです。したがって、まずここで、装具についてのエビデンスをまとめてみます。
装具使用のエビデンス -装着効果と治療効果-
まず、脳卒中後片麻痺者の方では、装具を使うと歩行機能が上がる、ということについては議論の余地なく、十分なエビデンスがあります。AFOを装着することにより、歩行速度が上がったり、麻痺側への荷重量が上がったり、歩幅が伸びたり、介助量が下がったりというように、様々な改善が見られることは定量的に示されています。
実際に、臨床場面の中で装具を着けて歩くだけでスピードが上がることはよく経験します。そうであるとすると、着けたほうがいいというのは一目瞭然です。実際にそれに対する臨床研究も多く行われ、発症初期であっても、AFOを装着することによって歩行速度が改善するとされています。つまり、「装具を着ける」という選択は基本的なエビデンスに基づいた選択と言えます。
一方で、例えば装具を着け続けることによって、「その人自身の歩行能力も改善する」という可能性があります。例えば、FES(機能的電気刺激)の効果を調べるための研究として、AFOを対照群としたときのFESの前後の歩行速度の変化が比較されました。結果的にFESによって歩行機能は改善するのですが、AFOを着けた対照群でも歩行機能が改善し、両者の差はないという結果になりました。つまり、FESは確かにいいのですけれども、実は「AFOでもいい」ことになり、機能的な改善に差はないということになります。歩行機能の改善効果は、FESであってもAFOであっても反復して「歩くこと」が重要になります。そういう意味で、AFOを着けて歩くことを継続することは、「その人自身の歩行機能を改善させる」ということにもつながるわけです。僕たちは、実際に発症10ヶ月まで装具を着けずに歩いていた方に、装具を着けて練習をしていただいたところ、装具を外しても速く歩くことができるようになることを経験しています。その方は、1年後には、さらに速く歩けるようになっておられました。もし、この方が「最初に装具を着ける」という選択をしなかったら、たぶん十分な歩行機能は獲得できなかったのではないかと考えています。
短下肢装具の限界 -装着時期の問題-
一方で、それなら「できるだけ早く装具を着ける方が良い」と言えるかというと、必ずしもそれが正しいとは限りません。例えば、発症してから9週で装具を着けた場合と、17週で装具を着けた場合を比較した研究があります。前述のエビデンスの通り、確かに装具を着けることによって、その時点での歩行機能は改善します。しかし、その後の歩行機能改善の程度は、「遅く着けても早く着けてもほとんど同じ成績になる」という結果になっていました。つまり、早期に装具を装着させたとしても得られる改善の大きさに差が生じるわけではないことがわかります。
また、「早期に装具を着けた方が、異常な運動の形成を防ぐことができる」というような考え方もあるかもしれません。ですが、これについても結果的に装具を早く装着しても、遅く装着しても大きな違いはないことが報告されています。つまり、装具を早く製作しても代償運動の形成を防ぐ効果は、それほど大きくないと考えられます。
短下肢装具の限界 -装着依存の問題-
さらにもう一つ考えないといけないことがあります。それは「装具によって助け過ぎてはいけない」という点です。例えば、足関節継手のところに、バネをつけることで背屈を誘導できる装具があります。脳卒中後片麻痺者の中には下垂足を呈する方がおられるため、このような誘導は歩行を効率的に行えるようにするために役立つと考えられるわけです。ある論文で、このような装具を使った場合の効果について検討しています。まず、装具なしで歩いた時に、この装具を着けるグループで13人中11人、コントロール群では、15人中12人が下垂足を示していました。しかし、その90日後を見てみると、背屈を助けてくれる装具を着けている場合には、装具なしで歩いた場合に12人中9人がまだ下垂足を示していました。一方、コントロール群では、11人中4人に減っていました。この結果は、背屈誘導できる装具を使用する方が下垂足の改善がかえって小さくなることを表しています。この理由を考える際に重要なのは、本人自身の力でどれだけ背屈をしようとしたかという点にあるのではないかと考えます。例えば、背屈誘導のために装具装着中は、足の引きずりがマシになるでしょう。けれども、その時に自発的に背屈するための前脛骨筋の活動は、装具に頼ることができるためにかえって自身の筋活動を少なくしてしまうかもしれません。つまり、「装具が助け過ぎる」と、その人の機能の改善を妨げることにつながるかもしれないという可能性があるわけです。
治療用装具と更生用装具
装具は大きく分けて、「治療用装具」と「更生用装具」に分類されます。簡単に言うと治療用装具というのは、「治療過程で使用する装具」で、更生用装具というのは、「生活場面で使用する装具」とされています。この2つの大きな違いは、治療用装具では、必ずしもユーザビリティを求めない、それに対して更生用装具ではできるだけ高いユーザビリティが必要になるというところではないかと思います。例えば、対象者Aさんの歩き方をリハビリで良くしたいけれども、歩く練習をするときに自分では足を伸ばして支えられない。そういう場合に、長下肢装具を着けることでそれが改善するのであれば、これは「治療目的で長下肢装具を使う」ということになります。しかし、決して、長下肢装具を生活場面で使わせようとは思っていないわけです。当然、長下肢装具は自分一人では履きにくいですし、生活を想定した形の装具ではありません。つまり、「歩行機能は高めることができればよく、装着性はあまり気にしない」というのが、治療用装具の特徴だと思います。一方で、例えば別の対象者Bさんが、金属支柱付のAFOとシューホーンタイプのAFOのどちらが良いか迷ったとします。例えば、金属支柱付AFOは重く、着けにくい。だから軽い装具が欲しいという理由で、シューホーンタイプを望まれるかもしれません。この場合、ユーザビリティを求めたわけで、更生用装具としての選択方法に間違いはありません。したがって、一般的には治療用装具は効果重視、更生用装具はユーザビリティ重視で選択されます。
本当の意味でのユーザビリティとは?
果たして、更生用装具だからといってユーザビリティだけを考えればそれで良いのでしょうか。簡単に治療用装具、更生用装具と分けて、「より機能的に高いものを治療用装具」という考え方をする場合があります。川村義肢さんのゲートソリューションなどはその例で、機能的に高い装具だから更生用ではないとする意見もあります。でも、脳卒中後の方で街中をご自分で歩いておられる方を見かけると、結構高い確率でゲートソリューションを使われているような印象があります。逆にシューホーンを使われている方で街中を歩いておられる方はまず見かけません。そういう点を考えると、どちらが本当の意味で更生用装具としての役割を果たしているのでしょうか。軽いからといってそれは更生用装具かというと、それは全然違うのではないかと思います。
もし、入院中に「軽いから」「安全に見えるから」という理由で、歩行装具を更生用装具として製作しても、日常生活で必要になる速度での歩行を想定していないような装具であれば、リハビリ場面だけで使用することになり、「そもそも更生できていないじゃないか」という話になるように思います。そういう点で本当の意味でのユーザビリティを考慮する必要性が高いのだと思います。
「専門家に求められる条件」とは、「どの装具がその人とその生活に合っているのかを考えられる」ということになってくるのかな、と思います。
装具の装着効果のエビデンス
では、次に装具装着によって、どんな運動を変えられるのか、という点についてのエビデンスをまとめていきたいと思います。この点についても経験論的なお話で装具製作を進める場合も多いのですが、より効率の良い装具製作のためには「装具によって起こること」をしっかり知っておく必要があります。
まず、一般的なAFOに共通する歩き方の変化は、実は2つしかありません。1つは下垂足の改善、もう1つは荷重応答期の膝屈曲運動を引き出すことです。個人個人を観察すると、他にも歩き方の変化はありますが、多くの人で一貫した変化という意味では運動学的にはこの2つであり、AFOの目的としては反張膝と下垂足の改善にあるわけです。したがって、膝が曲がってしまうような歩行をしている方に対して、膝を伸ばすためにAFOを使用するという選択にはあまり根拠がないと言えます。でも、「後ろから背屈制動のストラップを付けたら、屈曲を矯正できるのではないか」と考えるかもしれません。しかし、ストラップをつけたからといって、必ずしも膝が屈曲しにくくなるわけではありません。だから、膝関節の過剰な屈曲を止めたいと思うのであれば、AFO以外の手段を考慮する必要があります。
一方で、反張膝歩行が起こっている場合には、リジッドのシューホーンブレースであれ、タマラック継手を持った装具であれ、荷重応答期の膝の屈曲を誘導してくれます。このような知識を前提にして、義肢装具士さんは、対象者の歩き方のどの部分を変えたいのかについて、明確に見積もっておく必要があります。
装具における個人差の問題
ただし、装具による効果が「人によって違う」というところはすごく重要なポイントです。例えば眼鏡だったら、眼鏡を着けたら視力は矯正されます。それは、当然なのですけれど、「装具を着けたらどんな人でも歩きやすくなるか」というと、実はそうではない場合もあります。人によっては装具装着により「股関節の動きが小さくなる」とか、「膝関節が遊脚期に曲がらない」というような現象が起こってくる可能性があります。同様の装具であっても、それによって引き起こされる歩き方の変化には個人差があることを示す研究は沢山あります。大事なポイントは、この「個人差」にどうやって対応するかという点だと思います。この対応を効果的に行うためには、装具の設定が運動学的にどのように作用するかについてのエビデンスをまとめていくことが重要ではないでしょうか。
例えば、タマラック継手の角度設定によって、どんな変化があるのでしょうか。実はこの点については個人差が非常に大きいことが知られています。唯一共通する変化としては、初期角度を底屈位に設定した場合に「踵接地の衝撃が低下する」というようなことです。したがって、継手設定の選択は実際に試行錯誤を重ねる必要があります。
また、同様のタマラック継手を用いた装具において、足底部の長さを指先まで伸ばすか、MP関節の位置までとするかについても意見が分かれるかもしれません。これについては、足底部の長さを短くすることにより、AFOによる前方への重心移動の改善効果が減少するという報告があります。したがって、「足底部をカットする」という選択をする場合には、歩行時の重心移動距離に対する効果が低下する可能性があることを踏まえておく必要があります。
さらに、装具の形状によっても大きく変わります。例えば、後方リーフ構造は背屈角度を増加させることができる一方で、前方リーフ構造では内反の抑制効果が高くなります。対象者の歩行の特性に応じて、このような装具選択を行えるアルゴリズムを明確にしていくことが重要だと思います。その特性を知った上でないと、対象者の「個性」に応じて、装具を製作することは困難であると思っています。しかし、実はこういった形の研究はまだまだ少ないように思います。僕たちはもう少し「装具による矯正効果がどういうものであるのか」ということをしっかりと調べていく必要があるのではないのかなと思います。
装具の装着効果の検証戦略
そこで、装具の効果検証を体系的に行うための研究の枠組みについて、少しまとめたいと思います。この種の研究を行う上での手法は、1)探索的研究 と 2)検証的研究 に分ける必要があります。探索的研究とは、例えば新しい装具の機能を付加するときにどのような効果が生じるかというところを検討する研究で、検証的研究は既存、もしくは新規の装具により実際に効果を上げられるかを検証する研究と言えます。
例えば、ある装具が内反の抑制効果を持つのではないかと考えたとします。そのための探索的研究としては、歩行中の内反角度の変化を既存の装具と比較することになるでしょう。この際に、内反抑制の程度(装具によるベネフィット)だけでなく、装具によってもたらされる不具合(装具によるリスク)を同時に見積もることが必要です。我々が既成のオルトップとシューホーンの内反抑制効果を比較してみたところ、健常者ではシューホーンの方が高い内反抑制効果を示しました。じゃあ、やっぱり固定性の高いシューホーンの方が良いかというとそうとも限りません。実は一方で、シューホーンでは足関節の底背屈角度も強く制限することになっていました。そこで、シューホーンは内反抑制効果が高いけれども、底背屈角度も失うことになるという懸念が存在することがわかります。
以上のように探索的研究でどのような作用が生じるかがわかれば、次に検証的研究を行います。実際に片麻痺を持つ方にその装具を着けてもらい、その変化を確認するわけです。この際に最も重要になるのはどのような方を対象にするかという点です(いわゆる包含基準)。例えば、内反抑制効果の場合、内反が歩行の妨げになっている方を対象にする必要があります。我々が内反抑制効果を調べたところ、過剰な内反が生じている対象者では内反抑制効果が高く(いわゆるResponder)とそもそも内反が生じていない方では効果が見られない(いわゆるNon-Responder)という違いがありました。当然のことではありますが、効果検証はResponderに対して行う必要があります。しかし、実際に研究を行う上で、詳細な包含基準を設定すればするほど対象者を集めにくくなるので、ここは悩みどころになります。
実際、オルトップとシューホーンによる違いを調べてみると、内反抑制効果に違いはありませんでしたが、シューホーンでは遊脚期の膝屈曲角度が減少する結果となりました。健常者では足関節の底背屈角度が減少しますが、片麻痺者では(そもそも底背屈運動が通常の歩行で減少しているので)、装具による違いが膝の運動に生じるという点が興味深いところです。この結果から、シューホーンでは内反抑制効果がある一方で、遊脚期のクリアランス低下のリスクがあることがわかります。
以上のように、装具によって生じるリスクとベネフィットについて認識した上で、対象者の装具設定を考えることが重要であると考えております。「どういう装具が良いのか」ということについてしっかりと選定するということは、その「患者さんを歩きにくくさせない」ためにすごく大事になってくるのではないかなと思うのです。
執筆者プロフィール
大畑 光司
京都大学大学院医学研究科人間健康科学系専攻 講師
京都大学医学部人間健康科学科先端リハビリテーション科学コース
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【専門領域】
専門理学療法士(神経)
認定理学療法士(小児)
【資格】
理学療法士
博士(医学)
【所属学会】
一般社団法人 日本神経理学療法学会理事長
一般社団法人 日本理学療法士学会連合副理事長
公益社団法人 日本理学療法士協会標準評価作成部会 部会長
日本義肢装具学会会員
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