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第4回「脳卒中片麻痺患者に対する装具の選定-義肢装具士に期待する役割-」

装具

装具

第4回「脳卒中片麻痺患者に対する装具の選定-義肢装具士に期待する役割-」

京都大学大学院 医学研究科
人間健康科学系専攻 大畑 光司

2022-04-15

第27回日本義肢装具士協会学術大会での弊社共催セミナーにて、京都大学大学院 医学研究科 人間健康科学系専攻 大畑光司 先生にご講演頂いた内容を4回にわけてお伝えいたしております。
 
第4回目は、第3回に続き、装具装着の意義についてのご講演内容です。

  第1回「脳卒中片麻痺患者に対する装具の選定-義肢装具士に期待する役割ー」2021. 12月15日号
  第2回「脳卒中片麻痺患者に対する装具の選定-義肢装具士に期待する役割-」2022. 3月1日号
  第3回「脳卒中片麻痺患者に対する装具の選定-義肢装具士に期待する役割-」2022. 3月15日号

実践知について

最後に、実践知について振り返ります。
目の前の患者さんが「どうしたら良くなるだろうか」ということについてしっかり考えるためには、Reflection-in-actionという考え方がとても重要になります。Reflection-in-actionとは「進行中の相互作用を通して、メタ的に認知し、何が正しいかということを推察する」行為を意味します。日本語では「省察」と訳されており、行為中の観察からその場で推論を組み立てていくものです。これが第2回の仮説演繹と少し違うところは、ゆっくりと考えることができないため、即座に判断をくださなければならないという点です。ですから、その場その場で得られる情報が明白な情報の形をとっていないことが多くなります。例えば、カルテであれば、カルテという形でしっかりとその情報が整理し記載されているわけですが、現場では、情報が整理されて提示されることはありません。だから、自分で必要な情報を拾い上げないといけない。そういうところが重要になります。

Reflection-in-action

Reflection-in-actionに代表されるように、実践家、臨床家に求められる遂行能力は研究者に求められる能力とは少し違います。このことについて指摘したのが、ドナルド・ショーンという人です。ショーンは、いわゆる大学の研究者と言われるような人たちが「科学の専売特許を持っている」わけではなく、実は「実践家が行う実践そのものが科学である」ということを主張しました。実践というのは非常に難しく、時々刻々と変化するような中で、状況に合わせて「ワザ的な要素として、繰り出していく」ということをしなくてはならない営みです。それはおそらく机上で論文を書くよりもずっと難しく、かつ重要なことだと思います。それこそセンスが問われ、情報になっていない情報を拾い上げて、正しい情報を認識する能力(Knowing-in-practice)であるとか、それに対して適切な行動をとる能力(Reflection-in-action)などが、求められるからです。

臨床推論とその影響 ①

Reflection-in-actionをしっかり働かせないといけないことが、臨床の場面の中ではとてもたくさんあります。例えば、歩行練習をしているとき、膝が曲がって支えられそうにないかなと感じ、どうしようかと悩んだとしましょう。けれども、ちょっと練習をすると、平行棒内で歩けるようになったとします。この場合、どういう選択が必要でしょうか?念の為、長下肢装具を選ぶでしょうか?それとも短下肢装具を選択しますか?おそらく、この場合、選択肢に関わる言葉にならない様々な情報を元に判断しているのではないでしょうか?患者さんの他の運動の状況や障害重症度だけでなく、その性格や意欲、歩行に対する自信など、想定される様々な情報を瞬時に想定しているのではないでしょうか?つまり、実践者は研究者とは異なる論理体系を駆使して、判断を行っているわけです。

また、「この人を平行棒内で練習させるか」、それとも、「ちょっと危なっかしいけれど、杖歩行の練習を始めてみるか」について悩んだとします。この場合、リスクは杖歩行を選択した時点で増えますが、その練習の成果が出るかどうかは現時点ではわかりません。この状況に対して、エビデンスに基づいて判断することができれば良いのですが、その場で対応しないといけない場合、その際の判断もReflection-in-actionを行なう必要があるといえます。

臨床推論とその影響 ②

一方、「どのようなプラスチック型のAFOを着けるか」について悩んでいたとします。例えば、プラスチックのシューホーン型AFOを履いて揃え型の歩行を行なっている方に対して、その装具をタマラック継手付きのAFOに変え、交互型の二動作の歩行を練習したとしましょう。少し練習することで、なんとか交互型の歩行ができたとします。では、この次にどうやって進めていきましょうか。

この時の判断ですが、実はこの時にやっぱり危ないからプラスチック型のAFOに戻ろう、という判断をした経験があります。シューホーンブレースを使って、揃え型歩行の練習を続けて安定してきたら、また考えようとしました。しかし、実際に1ヵ月後にどうなったかというと、余計に歩行速度が低下し、不安定になってしまいました。安全面を重視しましょう、ということで安全面を重視したけれども、かえってリスクが増したことになってしまいました。このとき、我々は「リスクを冒さずに、時間が経てば安全性が上がるだろう」という根拠のない推論を行なってしまったわけです。その患者さんはなんとか2ヵ月後に杖をウォーカーケーンから4点杖に変えることができました。けれども日常的な屋内、屋外歩行が行えるレベルに入院中に到達することはできませんでした。おそらく、施設内での近位監視の歩行は行えるかもしれませんが、日常生活では車椅子になるでしょう。そのようなところまで考えて、この装具で良かったのか、この練習で良かったのかは絶えず問い続けなければならないと思います。

実践者においては、その場その場でしっかりと判断するというのが、とても大事になるかと思います。様々な情報を常に確認しながら、可能であれば評価デバイスを使って正しい情報をモニターしながら装具適応や練習方法を考えていく、それがReflection-in-actionとして臨床場面の中でできないといけないと考えます。

問題解決能力

問題解決能力というのは、現実の問題に対処する時にこそ、重要になるのではないかと思います。例えばテスト問題の解答のように、「反張膝にはこの装具」、「尖足歩行にはこの練習」というようなことが決まっていたら、それは楽かもしれません。けれどもそういう場面はほとんどないわけです。というよりも、そんな答えを出したとしたら、その人は現実に対応する能力がないと言っているようなものかもしれません。テスト問題の解答のような意思決定がエビデンスに基づく医療[EBM]の完成形だと勘違いしている方もおられるかもしれませんが、EBMの重要な概念は「吟味すること」を推奨していることです。この解釈への理解が硬直的な文献研究者と柔軟性のある実践者の違いだと思います。

義肢装具士さんが成さなければならない問題解決というのは、たぶん次のような状況が多いのではないでしょうか。例えば、現場の中で、今、困っている患者さんがそこにいて、その患者さんから得られる情報が限られている、しかし限られている中で判断しないといけない、という状況です。そこでの判断には、やはり「経験と実践」というのが必要になってくると思います。

しかし、限られたとしても少しでもデータが多い方がいいわけです。だからこそ、少しでもその人の情報を得られるようにモニタリングしないといけない。理想的には、臨床の実践を行なっている状況においても、機器によるモニタリングをしっかりと行なっていかないと、その場の判断というのを間違ってしまうのではないかと思います。

PDCAサイクル

そこで、臨床推論の精度を高めていくために、PDCAサイクルを回すことがとても大事になるのではないかと思います。目標を立て、その目標の課題となっていることをどうやって見つけるのか。課題を見つけたら、その課題にどう対処するかを考えなければなりません。例えば、足の引っかかりへの対処が課題であればオルトップの使用で十分だろう、というような判断が行われるかもしれません。けれども、少し内反しているが、歩行の妨げになっていない足をどうしますか、ということを言われたときに、それが本当に「課題になっているのか」はわかりません。また、逆に「内反も起こっている」、「膝の屈曲制限も起こっている」、それに「クロウトゥも起こっている」というような場合には、様々な問題の中で、「どこを課題にするか」ということを見つけ出す必要があります。その中で最も大事な課題に対して実際に「どの装具を対応させるか」ということを立案していかなければならないと思います。

①課題を見つける
したがって、すべての過程の中で一番大事なのは「課題を見つける」ことではないかと思います。その歩行の中で「どこに問題があるのか」というようなことを「見て、考えていく」ことが、有効な対策を立てるための最も重要な過程であり、臨床推論の核心部分であると考えます。

②対策を立てる
課題を見つけたら、その対策を立てます。例えば「内反」や「遊脚期の膝屈曲制限」「クロウトゥ」など、多くの問題があった場合も、その中でどれを一番重要な課題に選んだかによって対策が変化します。内反が一番重要だと思えばオルトップを選んだり、クロウトゥが課題だと思えば、ボツリヌス注射を行なったりというように、課題によって対策は変化します。また、その対策を立てる上で、EBMや経験が重要になるかもしれません。

③実施する
実際にそれぞれの対策の効果はやってみないとわからないかもしれません。装具だけで良いのか、その装具をできるだけ活かす練習などを組み合わせて行う必要があるのかなどを見極めながら実施するべきでしょう。個人的には義肢装具士さんが装具をしっかりと作り、理学療法士が練習メニューをしっかりと作る。そういう連携ができて初めて、装具を活かした実践が行えるのではないかと思います。また、対策を実施したとしても、その対策がうまく行えたかについては、実施状況を確認しないとわからないかもしれません。したがって、客観的なデータがあればあるほど、適切に実施できたかどうかの説得力が増すわけです。

④確認する
対策の効果を随時確認しながら、また、ディスカッションしながら、進んでいくことは適切な対策を選択する上で非常に大事だと思います。僕たちは、現場でどうしても何かを間違ってしまいます。しかし、何を間違ったかは、自分たちだけの視点に固まってしまうとわからなくなることが多いのです。これは僕らの認知的傾向が特定のフレームからしか見ていないことに起因します。自分が見ている視点を、少し外にずらした時に、違う問題が見えるかもしれない。しかし、そういうことには自分一人ではやはり気づけないわけです。だからこそ、結果について共有できる客観的なデータを得られるデバイスと、それに基づいたブリーフィングというのが、今後「実践力を高める」という意味で、非常に大事になるのではないかと考えています。

オンラインブリーフィング

実際に、昨年、東京の先生方とある患者さんについてオンラインでディスカッションを行いました。データを見ながら患者さんの背景についてある程度教えていただいて、自分はこうしたのだけれども、こういう視点もあるのではないかというようなやり取りをしました。お互いの視点を確認し合う行為、こういうようなやり取りによって、適切に実践知を積み重ねることがすごく大事なことになるのではないかと思います。川村義肢さんが作られているゲイトジャッジのクラウドというシステムですけれども、このシステムをうまく使って、お互いに実践力を高め合う取り組みがもっと増えていってくれたらなと考えています。

まとめ

以上、長々と義肢装具士さんに対する思いについてお話ししましたが、どうしても少し暑苦しくなってしまって申し訳ないなと思っております。これに懲りずに、また、このような議論の機会をいただければ嬉しく思います。ご清聴いただきまして、どうもありがとうございました。

執筆者プロフィール

大畑  光司
京都大学大学院医学研究科人間健康科学系専攻 講師
京都大学医学部人間健康科学科先端リハビリテーション科学コース
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【専門領域】
専門理学療法士(神経)
認定理学療法士(小児)
 
【資格】
理学療法士
博士(医学)
 
【所属学会】
一般社団法人 日本神経理学療法学会理事長
一般社団法人 日本理学療法士学会連合副理事長
公益社団法人 日本理学療法士協会標準評価作成部会 部会長
日本義肢装具学会会員

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