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感覚統合Update 第5回:行為機能障害とは?-身体図式(body schema)-
感覚統合
関西医科大学リハビリテーション学部 作業療法学科 加藤 寿宏
2022-06-01
第4回は行為機能障害と行為機能、中でも観念化について話をしました。
感覚統合Update 第4回:行為機能障害とは? 2022.4.1号
今回は、行為機能と関連がある身体図式について話をします。
身体図式(body schema)とは?
身体図式と関連する用語としては、body image(身体像、身体イメージ、ボディーイメージ)、body perception(身体知覚)、body awarenessなどがあります。これらの違いや定義については決まったものがあるわけではありません。Ayresも、1961年の論文では身体図式(body schema)を、1979年の書籍「子どもの発達と感覚統合」(日本語訳1982年)では、身体知覚(body perception)を使用しています。
日本感覚統合学会では、身体図式と身体像を区別して使用することを推奨しています。ここでは、身体図式について説明をします。
身体図式の定義も研究者により異なりますが、Ayres(1979)1)は前述の著書「子どもの発達と感覚統合」の中で身体図式(身体知覚)を「脳に備えられている身体の地図である。これらの地図には身体各部の情報と、各部間の関係に関する情報、そして各部が行うことのできた運動すべてについての情報が含まれている」としています。また、HeadとHolmes(1911)2)は「自動的、無意識的に参照される脳内にある自己の身体モデルである」としています。
前回の「自転車のハンドルを越える遊び」(写真1)をしていたAくんを思い出してください。
写真1 自転車のハンドルを越える遊び
「ハンドルをまたぐ」には、自分の足の長さや足がどのくらい高く上がるのかが重要です。足の長さが十分でも、身体(股関節)が硬く足が十分に上がらなければ、またぐことはできません。また、立った状態でまたぐには、ある程度の片足で立つことができるバランス能力が必要となります。身長が低く、自分の足の長さでは、またげないと判断すれば、ジャンプすることを思いつくかもしれません。そのような場合も、自分がどのくらいの高さでジャンプできるのか、ジャンプできたとしても塀の上で着地しバランスは保てるのかなど、自分の身体の大きさや能力(身体図式)との照合が必要となります。
身体図式の正確な把握は、自身が環境に対して最も適切な方法で関わるための方法を選択するために不可欠なものであることが理解できると思います。
身体図式の地理的要素と機能的要素
図1 身体図式の地理的要素と機能的要素(加藤3)を一部改変)
身体図式の地理的要素とは?
身体図式の地理的要素は主に身体の大きさや長さに関する情報で、Aくんの遊びの場面では主に足の長さが相当します。地理的要素の発達には触覚が重要です。触覚を感じる受容器は、身体の表面を覆っている皮膚にあります。皮膚は身体と外界との境界であることから、身体の輪郭(アウトライン)を把握するためには、触覚が重要となります。
車を運転する際の車両感覚をイメージすると良いかもしれません。普段、自分が乗っている車の大きさ(長さや幅)は、身体図式(車体図式?)の地理的要素を正確に把握しているため、狭い道幅であってもスムーズに運転できます。ところが、慣れていない他人の大きな車を運転すると、目で車体の大きさを確認しながらのぎこちない運転となります。車は一つの塊なので大きさが変わることはありません。それでも、慣れていない車をスムーズに運転できるようになるには、かなりの時間を要します。一方、人の身体には多くの関節があり、関節運動の組み合わせにより身体の大きさをさまざまに変化させることができます。また、成長に伴い身長や体重も変化します(成長期に身長が急激に伸びた人は、身体図式の地理的要素のアップデートが間に合わず、身体(頭)をぶつけた経験があるかもしれません)。このような、複雑な身体図式を、子どもは遊びを通し、日々最新の情報にアップデートするのです。
身体図式の地理的要素が曖昧な場合、出入り口などで身体をぶつけたり、リトミック、お遊戯などの模倣が苦手となります。
写真2 遊びと身体図式の地理的要素
狭いところに入る遊び(左)やくぐる遊び(右)は身体図式の地理的要素が必要となります。
身体図式の機能的要素とは?
身体図式の機能的要素は、筋力やバランスなどの運動機能に関する情報で、固有受容感覚と前庭感覚が重要となります。例えば、雨上がりの道に水たまりがある場合、水たまりを跳び越えるか、よけて端を歩くかどうかを判断する際に、機能的要素が必要となります。跳ぶ距離を〇mと言うことができる人は、ほとんどいないと思いますが、跳び越えることができるかどうかの判断を、大きく誤る人(明らかに水たまりにはまってしまう)はほとんどいません。もし、自分が実際に跳ぶことができる距離よりも過剰に跳べる(機能的要素の過剰評価)と捉えていた場合、水たまりに落ちてしまうことになります。その程度であれば良いのですが、機能的要素を過剰評価していれば、自分の運動能力よりも高い能力を必要とする遊びや活動も躊躇なく行ってしまうため、とても危険な状況となります。逆に過小に捉えてしまえば、できる遊びや活動も躊躇してしまうことになり、子どもの発達にとってマイナスとなってしまいます。
身体図式の機能的要素の発達
子どもは何歳になれば、身体図式の機能的要素を正確に把握できるようになるのでしょうか。私たちは3歳から10歳までの子どもを対象にし、子ども自身が前方に跳ぶことができるとイメージしている距離と実際に跳べた距離の差により身体図式の機能的要素を調査しました4)。その結果、3歳児の90%以上が、自分が実際に跳べた距離よりも約2倍遠くに跳べるとイメージしていました。つまり、3歳児のほとんどは、実際に跳べる距離が50cmだとしても、100cm跳べることをイメージしていることになります。
ところが、4歳児では実際に跳べる距離とイメージしている距離との差が平均28%(実際に跳べる距離が50cmの場合36-64cmをイメージ)となりました。その後、年齢とともにその差は減少し8歳で平均17%となりますが、それ以降(9、10歳)は減少することはありませんでした。つまり、跳ぶ能力の把握は3歳から4歳にかけて急速に正確にできるようになることがわかりました。また、低年齢ほど過大評価をする児の割合が多く、3歳から5歳の子どもは、自分の運動能力を過大評価する児が明らかに多いこともわかりました。保育では、「身のほど知らずの自信満々3歳児」、「振り返りはじめる4歳児」と言われていますが、この研究結果と保育での子どもの様子は一致していました。
年齢の低い子どもが自分の運動能力を過大評価すること(身体図式の機能的要素を過大に捉える)は、発達にとって悪いことではないような気がします。機能的要素を過大に評価する子どもは、身のほど知らずと言えますが、肯定的に言えば、環境に対して積極的で何でも挑戦する子どもと言うこともできます。このような積極的な環境に対する関わりが、正確な身体図式の機能的要素の把握を促進している可能性もあると考えています。
写真3 遊びと身体図式の機能的要素
1)Ayres AJ(著),佐藤剛(監訳)(1982):子どもの発達と感覚統合,協同医書出版,p96
2)Head, H.; G. Holmes (1911). "Sensory disturbances from cerebral lesions". Brain 34, pp102-254
3)加藤寿宏(2004):コミュニケーションの発達 広汎性発達障害児と共に遊びを楽しむために.感覚統合研究10, pp1-8
4)加藤寿宏、山田孝(2010):子どもは自分の運動能力をどのくらい正確に把握しているのか?.作業療法29, pp73-82
執筆者プロフィール
加藤 寿宏
関西医科大学 リハビリテーション学部
作業療法学科 教授
関西医科大学 リハビリテーション学部
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【専門】
発達障害の作業療法
感覚統合療法
【資格】
専門作業療法士(特別支援教育)
公認心理師
日本感覚統合学会認定セラピスト
特別支援教育士 SV
【学会】
京都府作業療法士会副会長
日本感覚統合学会副会長、講師
日本発達系作業療法学会会長
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