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母指CM関節症に対するsplint療法と当院のクリニカルパスを用いた治療法

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リハビリテーション

母指CM関節症に対するsplint療法と当院のクリニカルパスを用いた治療法

-splintを用いた保存療法とAOO術後後療法について-

医療法人 同信会 福岡整形外科病院
栗木康介

2022-06-15

はじめに-超高齢化社会と母指CM関節症-

現在、わが国は超高齢社会を迎え、高齢者の健康寿命の延伸により70歳までの継続雇用制度の措置が取られ、高齢者が仕事を行い続けることが多くなっている。仕事を行う中で手の“変形性関節症”(Hand OA)は仕事に支障をきたす要因の一つとして問題視されており、40歳代以降、徐々に罹患数は増加傾向にある。変形性関節症の有病率を関節ごとに調査した本邦の大規模住民コホート研究では(平均年齢: 70.3歳)、手の変形性関節症の有病率は91.5%であった。内訳としてはDIP関節が最多であり、次いで母指IP関節、母指CM関節であった1)。また、別の報告では、母指CM関節症について男女比2:3で女性に多く、40歳以降から徐々に増え始め、50~60歳代の女性での罹患率は70%であった2)。このように、多くの方が母指CM関節症により、つまみ、つかみ動作が制限され、ADLに支障をきたしている。

母指CM関節症とは

母指CM関節は第1中手骨と大菱形骨で構成される鞍関節で母指の付け根に位置している。仕事や趣味、生活の中で手を繰り返し使用すると母指CM関節に過剰な機械刺激が生じ、靭帯構造等の破綻と関節の不安定性が起こる。その後、関節軟骨の摩耗が原因で炎症が生じ、この病態を繰り返しながら機能障害や関節症性変化を呈しているのが母指CM関節症である(図1)。

【図1】<母指CM関節症のレントゲン画像と実際の変形>

母指CM関節は他の関節とは異なり、関節頭と関節窩が互いに馬の鞍の背を直角に交わらせたように対向し、互いに直行する2軸を中心とする運動を行う鞍関節(saddle joint)であり、非常に特徴的な構造をしている。関節運動としては掌側外転、掌側内転、橈側外転、橈側内転、回旋運動など大きな可動性を有しているが、可動性の代償として、脆弱的な靭帯構造で多くの筋腱が関節に対する負荷に関わるとされている。母指を含むつまみ動作では母指CM関節に指尖部の約12倍の力が加わり、強い握り動作では120Kgの負荷が母指CM関節にかかるといわれており3) 、変形性関節症を呈しやすい関節の1つになっている1)

上記のような可動性を持つ母指は主に“つまみ”動作と“つかみ”動作に使用することが多い。母指CM関節症を呈した利き手罹患では『字を書く』『洗濯ばさみをつまむ』などの“つまみ”動作が困難となり、非利き手罹患では『ビンの蓋開け』『重たいものを持つ』などの“つかみ”動作が困難になる事が多い4)。罹患者の仕事は製造業や調理関係者、介護職などが多く、手指に繰り返しの機械刺激を受けるような職業に発生することが多い。近年、インターネット等を用いて情報を得やすくなったことで、手術を選択せずに仕事を継続する手段を模索する方も多く、我々セラピストが関わることも多くなっている。保存療法としては運動療法5)やsplint療法6)、日常生活動作での動作指導5)を実施している。また、手術後には当該関節以外の拘縮予防、術式に応じた母指の運動療法、つまみ、つかみ動作の練習などを実施している。

母指CM関節症に対するsplint療法

【図2】<初期に作製するthumb spica splint>
(アクアフィット 厚さ2.4mm 穴なしを使用)
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母指CM関節症における保存療法の一つとしてsplint療法があり(図2)、EULARによる母指CM関節症に対するsplint療法および変形を矯正する装具についての推奨度は95%である7)。そのため、当院では母指CM関節症の初期治療としてsplint療法を第1選択として実施している。splint療法を行うことで関節の安定化に寄与し、炎症症状を抑制することが最たる効果である。

当院におけるsplint療法を組み込んだクリニカルパス

当院では、母指CM関節症の保存療法、手術療法(第1中手骨矯正骨切り術(abduction-opposition wedge osteotomy:以下AOO)、関節固定術、関節形成術)に対してセラピストの作製する『splint療法』をクリニカルパスに組み込んでセラピィを行っている。今回は保存療法とAOOのクリニカルパスの流れについて説明する。
クリニカルパスとは医療の内容を評価・改善し、より質の高い医療を提供することを目的として、入院から退院までの治療スケジュールを時間軸で記述した計画表のことである。クリニカルパスを用いることで、明確な治療計画の説明や再評価による治療のupdateを行うことができる。
母指CM関節症に対し、治療の第1選択として当院ではsplint療法による保存療法を実施している(手術目的で紹介受診される方は除く)。 splintを作製する際には疼痛強度や運動恐怖、機能障害(Hand20、DASH)の評価だけでなく、対象者の仕事や趣味などの背景も聴取し、splintの詳細な形や固定角度などを配慮している。splintは長期的に装着することで効果を発揮するため、患者のアドヒアランスを向上させることが重要であり、機能の改善だけを目的とするのではなく、より美しく綺麗に作製するよう心掛けている。対象者に好んでもらえるように、装着動作の簡素化(はめやすさ)、触り心地(質感)、通気性、締めた時や緩めた時のフィット感、色やデザインにも配慮している。splintを作製したのち1~2週後には再度来院してもらい、装着感や装着下での使用について再評価し、調整を実施している。このように、作製後のフォローを行うことが長期的な使用やアドヒアランスにつながると考えている。4週間経過後、疼痛強度に合わせて母指MP関節を非固定にし、3カ月までは可能な限り常時装着するように促している。その後、夜間帯のみの装着に変更し、6カ月経過後から徐々に除去していく流れである。上記の点に考慮して作製することで、2週、4週の短期間でも除痛、機能改善の効果が得られる6、8)

AOOとは母指CM関節症に対して亜脱臼している第1中手骨を対立、外転方向へ矯正骨切りし、ロッキングプレートで固定をする手術方法である(図3)。

【図3】<AOO後のプレートによる固定>


AOOを行うことで、関節を温存しながら母指CM関節の亜脱臼、アライメントを矯正し、関節の安定化を図ることが可能となる。骨切り後は創部の安静、腫脹軽減のため1週間はシーネ固定を実施している。約1週間後に抜糸し、その後、splintを作製する(図4)。

図4<AOO後のsplint>
(オルフィットカラーズNS 厚さ2.0mm 穴なしを使用)
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骨切り後の第1中手骨はロッキングプレートにより強固に固定されているため、母指MP関節は非固定にして母指CM関節のみを固定するように作製している。その他のMP、IP関節は拘縮予防の為に早期から安全に関節運動を行うことが可能である。術後にsplintを装着する目的は、第1中手骨の安静、温存した母指CM関節の至適位置での安定化、対立外転位となったpinch肢位を再教育するためである。そのため、母指MP関節は非固定にし、splint装着下で日常生活を行えるように考慮して作製している。AOO術後にsplintを作製することで、腫脹の軽減やAOOの角度、術前の状態を考慮することが可能となる。このように、クリニカルパスの中にセラピストが作製するsplint療法を組み込むことで、仕事や退院後の患者背景、術後の影響についても考慮して作製、修正ができ、より細やかな治療を行うことができると考えられる。

この記事により、少しでもセラピストの作製するsplintに興味をもって頂けたら幸いである。
 

1)児玉理恵ほか:手の変形性関節症の有病率と関連因子-大規模住民コホートROADスタディー-整・災外 61:499-503.2018
2)藤澤幸三ほか:母指CM関節症の疫学・病態.関節外科 vol.26 no10 2007
3)Eaton,R.G.,Littler,J.W.:Ligament reconstruction for the painful thumb carpometacarpal joint. JBJS. 55(8) : 1655-1666.1973
4)西村礼司ほか:母指CM関節症はどのような動作によって痛むのか? 手会誌.第34巻 第5号:802-805. 2018
5) Corey McGee, et al:First Dorsal Interosseous Muscle Contraction Results in Radiographic Reduction of Healthy Thumb Carpometacarpal Joint. Journal of Hand Therapy :10.1016,2015
6)栗木康介ほか:母指CM関節症に対する装具療法のみでの早期治療成績.日本ハンドセラピィ学会誌.10(4).152-156.2018
7)Zhang W et al : EULAR evidence based recommendation for the management of hand osteosrthritis ; report of a Task Force of the EULAR Standing Committee for International Clinical Studies Including Therapeutics (ESCISIT). Ann Rheum Dis 66 : 377-388,2007
8)栗木康介ほか:母指CM関節症に対する装具療法の治療成績.日本ハンドセラピィ学会誌.12(4).175-179.2020

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