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感覚統合Update 第9回:感覚統合療法 – 内的欲求と適応反応 –

感覚統合

感覚統合Update 第9回:感覚統合療法 – 内的欲求と適応反応 –

関西医科大学リハビリテーション学部 作業療法学科 加藤 寿宏

2023-02-01

これまで感覚統合障害や感覚統合の評価について話をしてきましたが、いよいよ感覚統合の治療、感覚統合療法(sensory integrative therapy)について話をします。

感覚統合療法とは?

感覚統合療法の基本的な考えをAyresは「子どもの発達と感覚統合」の中で以下のように述べています。
 
適応反応を自然に誘発していくように、とくに前庭系(前庭感覚)、筋肉や関節(固有受容感覚)、および、皮膚(触覚)からの感覚刺激をコントロールしながら子どもに提供していくことにある」1)
 
この少ないことばの中に、感覚統合療法のすべてが含まれていますが、このことばをどこまで深く解釈・理解できるかが非常に重要です。私も、Ayresの2冊の著書「子どもの発達と感覚統合」「感覚統合と学習障害」を読み返す度に、新しい発見があります。Ayresが考えていたことは、私の考えの遥か先にあると思います。
感覚統合療法には、具体的な方法(how to)はありません。つまり、「このタイプの子どもには、このプログラムを行う」というものではないのです。また、セラピストが今日はこのプログラムをすると決めることもありません。
感覚統合療法の理想は、子ども自身が遊びを決め、主体的に感覚刺激を取り込み、脳の中で統合し、その子どもにとっての適応反応を表出している状態です。このようなとき、子どもはただ楽しく遊んでいるだけで、セラピストは子どもの邪魔にならないように環境を整えているだけに見えます。このことをAyresは、「適応反応を自然に誘発していくように」と述べています。このような場面を見ると、感覚統合療法は、知識や技術が必要でなく誰でも簡単にできる治療のように思えます。

 

図1 Aくんの活動の一場面

さて、ここで問題です。図1は地域の小学校に通う4年生Aくん(自閉スペクトラム症、発達性協調運動症)の初回の治療場面です。Aくんはひもを持ってトランポリンを跳んでおり、セラピストはそばで見守っています。この場面は、感覚統合療法といえるのでしょうか?

答えは、この写真だけではわかりません。

この写真からわかることは、「トランポリンを跳んでいるので前庭感覚、固有受容感覚は提供されている場面である」ということだけです。感覚統合療法において重要な

・この遊びは子どもが決めて、主体的に行っているのか
・感覚刺激はコントロールしながら提供されているのか
・適応反応は誘発されているのか
は写真からはわかりません。このことについて、感覚統合療法において最も重要なキーワードである内的欲求と適応反応の2つの視点から考えてみましょう。

内的欲求(inner drive)

Ayresは「どの子どもにも、感覚統合を発達させたいという大きな内的欲求がある」と述べています。Ayres自身は、内的欲求の定義を明確に記してはいませんが、Bundyの「Sensory Integration Theory and Practice 3rd edition」の中では「自分自身の行動を意味あるものに(meaningfully)、かつ満足のいくものにしようとする動機」2)と定義されています。これは、Ayresの「感覚統合療法の最終目標は、子どもが自分自身を有意味に、また、環境の要求に対して満足に反応するよう支配したいと欲し、支配でき、支配するであろうということである」3)をもとにしたものだと思います。
内的欲求とよく似た用語に、内発的動機づけがありますが、これは、活動の先に報酬(ご褒美)があるのではなく、活動そのものが「目的」になっているような場合の動機づけのことです。これと反対のことばが、外発的動機づけで「活動の先にお金やご褒美などの報酬(外からの誘因となる報酬)や叱られないために行うような場合の動機づけ」です。「(子どもの苦手な)〇〇をしてから、(子どもの好きな)〇〇をしようね」は、外発的動機づけの代表的なものです。
感覚統合の内的欲求は、内発的動機づけに伴う欲求であり、ご褒美のために行うものでも、セラピストから言われて行うものでもありません。図1の場面が、「トランポリンを10回跳んだら、Aくんの好きなゲームをしよう」と言われて跳んでいるのか、Aくん自身がトランポリンを見つけ、自身が決めて、自分から跳んでいるのかは、感覚統合療法にとっては、とても大きな違いなのです。


表1 感覚統合療法と感覚統合療法でない治療の違い4)

表1は感覚統合療法と感覚統合療法でない治療の違いです。「プレイフル(遊び心がある)、子ども主導」は感覚統合療法、「押しつける、大人中心」は感覚統合療法でない、を見れば内発的動機づけが感覚統合療法において重要な要素であることを理解していただけると思います。

もう少し、内的欲求の話を続けたいと思います。読者の方の中には、内発的動機づけという用語があるのであれば、わざわざ内的欲求ということばを使わなくとも良いのではと考える方もいると思います。
Ayresから直接、感覚統合を学んだ日本感覚統合学会初代会長の佐藤剛先生は、「環境へ働きかけるには、何らかの対象があり、その対象に何かを“したい”という欲求が表出されなければならない。Ayresはこれを“I want to do”という欲求と表現しているが、ここでは“want”という“need”とは異なった、むしろ情動的な表現になっていることに注目する必要がある。この自己の内部からの衝動的な行動の発現が、子どもの環境への働きかけには欠くことができない」5)と述べています。また、Ayres自身も「治療的場面とは、通常、子どもの活動および成長への内的衝動が、成熟と統合を促進するような反応へと子どもを駆り立てる状況のことである。」6)と述べています。感覚統合療法において、良い治療場面での子どもは、生き生きとエネルギーに満ちあふれて活動をしています。この様子を表現するために、“want”や“drive”という情動的でエネルギーがある用語を使用したのだと思います。このような場面は、大人(セラピスト)中心で活動を作り、子どもに活動を押しつけている状況では決して生まれることはありません。

適応反応

適応反応についてもAyresは、「人が自分の身体と環境を創造的かつ有効に取り扱っているときの反応である」と非常に短い説明をしています。また、適応反応の例として、音を聞くと何が起こったのかを見ようと振り向く、乳児を腹ばいにすると頭を持ちあげる、衣服を着る、自転車にのるなどをあげています7)
私が最初に、この文章を読んだとき、「それで、適応反応って結局は何?」とたくさんの???が頭に浮かんできました。
図1の場面をもう一度見てみましょう。この場面はAくんにとって適応反応といえます。重要なのはAくんにとって、という部分です。
 
Aくんは、手先、全身運動とも不器用でとても運動が苦手です。ほおっておいたら延々と座ってゲームをしています。幼児期から、外で遊ぶことを嫌がり、高い・不安定なところを嫌がっていました。ブランコはお母さんが小さいときに抱いて乗ったそうですが、大泣きをしたため、それ以降は一度も乗ったことがありませんでした。感覚調整障害も触覚(裸足を嫌がる、痛みにとても敏感、食べ物の舌触りで吐きそうになる…など)、前庭感覚、聴覚など様々な感覚に過剰な反応があり生活に支障がでています。
 
Aくんにとって、トランポリンを跳ぶことは、かなり難しくチャレンジ(挑戦)が必要な活動であったことが理解できると思います。また、この場面は、トランポリンを跳ぶようにセラピストが指示したわけではなく、Aくん自身が跳びはじめたものです。
ではAくんではなく、この場面がBくんだったらどうでしょうか。
 
Bくん(知的能力障害、自閉スペクトラム症)は特別支援学校に通う4年生です。机上活動は苦手で10分程度しか継続することができませんが、トランポリンは大好きで休み時間には天井につきそうなぐらい高く跳んでいます。休み時間が終わっても、終えることが難しく担任の先生は、Bくんを次の授業へ誘うことに苦労しています。
 
Bくんにとっては、図1のようなトランポリンを跳ぶ活動は適応反応とはいえません。その理由は、適応反応には「その子どもにとって適切な挑戦(just right challenge)」が不可欠な要素となるためです。トランポリンを跳ぶことは、Bくんがすでにできている活動です。Bくんにとっての適応反応は、Bくんの感覚統合療法の目的、すなわち治療目標と関連します。例えば、Bくんの感覚統合療法の目的が、行為機能の観念化である場合、自分で新しい跳び方を見つけ実行することが適応反応となります。
このように、適応反応は子どもにより異なり、かつ治療の中でも変化していきます。Aくんの話にもどりましょう。Aくんは、いきなりトランポリンに乗って跳んだわけではありません。トランポリンの固さを触って確かめる、トランポリンの上を歩くという段階を経ています。
もし、最初からセラピストが強引にAくんの手を握り一緒にトランポリンを跳んだら、どうなっていたでしょうか。怖さで、パニックになっていたかもしれません。その活動がjust right challengeとなるには、その活動に含まれる感覚刺激をコントロールする必要があるのです。Aくんにとって最初からトランポリンを跳ぶことは、感覚刺激の量や質もAくんに適しておらず、just right challengeではなく難しすぎる挑戦です。
最初はトランポリンの上で立つこと、次は歩くことがjust right challengeで、その活動の中で感覚刺激を自分から取り込み統合し、楽しみながら、姿勢調整を行うことがAくんにとっての適応反応です。
しかし、Aくんが歩くことができるようになれば、それは適応反応ではなくなります。その子どもにとってのjust right challengeとなる活動により、適応反応を積み重ねていくことで、より高いレベルの適応反応を引き出すことが必要なのです。
Ayresは「誰でも子どもにかわって適応反応をすることはできない。子どもは自分自身でそれをしていかなければならない。幸いなことに、子どもは新しい感覚を経験するためにそれらに挑戦し、そして、新しい機能を発達させる活動を楽しむように作られている」8)と述べています。
最初に内的欲求の話をしましたが、その子どもにとってjust right challengeとなる活動は、内的欲求をも満たす活動であることがわかると思います。

just right challengeとなる活動

子ども自身がjust right challengeとなる活動を見つけてくれれば、セラピストは何もすることはありません。しかし、感覚統合療法の対象となる子どもは、自分でjust right challengeとなる活動を見つけることがとても難しいのです。
では、セラピストが「これをしなさい」と指示しないといけないのでは?とすると、感覚統合療法ではない「押しつけ」「大人主体」になるのでは…?
感覚統合療法の治療コースを受講された方の多くが、悩むことの一つです。


図2 遊びの教育的視点からみた感覚統合療法

図2は遊びを教育的視点から4つに分類したものです。感覚統合療法で用いる活動は「ガイドされた遊び」に該当します。感覚統合療法は治療であるため、当然、治療目標や治療目標達成の時期とその根拠を明確に示す必要があります。また、治療プログラムもその子どもの 治療目標達成のための活動でなければなりません。すなわち、子どもが楽しいだけの自由な遊びではないのです。しかし、その一方で、治療は、対象となった子どもが主体的に参加できるjust right challengeな遊びである必要があります。感覚統合療法は、子ども主体でありながら計画された学び(活動)であるため、「ガイドされた遊び」を用いた治療であることが理解できます。「just right challengeなガイドされた遊び」に活動を仕立て上げていく役割をするのが、セラピストです。

Therapy should be fun!

感覚統合療法であれば、治療は「fun」となります。「fun」は面白いという意味なのですが、子どもが楽しくずっと笑っていれば、良い治療なのかというとそうではありません。例えば、先ほどのBくんは、トランポリンを跳んでいるときは、常に笑顔で楽しそうです。しかし、この場面が感覚統合療法でないことは先ほど話をしました。
感覚統合療法の場では、子どもは笑顔のみでなく、様々な表情を見せてくれます。子どもが活動に挑戦しようか迷っているときには、戸惑いの表情があり、挑戦しようと決めたときには真剣な表情となり取り組みます。達成できたときには、これ以上ない笑顔となります。また、上手くいかなかったときには、くやしい表情や悲しい表情を見せます。
笑顔にも、感覚刺激そのものに対する笑顔もあれば、達成できたときの笑顔、セラピストや家族からの賞賛に対する笑顔など様々なものがあります。先ほどのBくんの笑顔は、感覚刺激そのものに対する笑顔がほとんどです。まったく笑顔のない感覚統合療法はあり得ませんが、様々な思いや感情が含まれた、多様性のある「fun」を子どもだけでなくセラピスト自身も感じられる治療が、感覚統合療法のTherapy should be fun! だと考えています。

1)Ayres AJ(著),佐藤剛(監訳)(1982):子どもの発達と感覚統合,協同医書出版,p335
2)Bundy AC,Lane S(2020):Sensory Integration Theory and Practice Third Edition,F.A.DAVIS,p588
3)Ayres AJ(著),宮前珠子(訳)(1978):感覚統合と学習障害,協同医書出版,p337
4)Shaaf RC,Roley SS(2001):Sensory Integration Applying Clinical Reasoning to Practice with Diverse Populations,Pro-ed,p75
5)佐藤剛(1985):学習障害児に対する感覚統合アプローチの実際,感覚統合研究第2集,協同医書出版,p26
6)Ayres AJ(著),宮前珠子(訳)(1978):感覚統合と学習障害,協同医書出版,p335
7)Ayres AJ(著),佐藤剛(監訳)(1982):子どもの発達と感覚統合,協同医書出版,p20
8)Ayres AJ(著),佐藤剛(監訳)(1982):子どもの発達と感覚統合,協同医書出版,p21

執筆者プロフィール

加藤 寿宏
関西医科大学 リハビリテーション学部
作業療法学科 教授
関西医科大学 リハビリテーション学部
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【専門】
 発達障害の作業療法
 感覚統合療法
 
【資格】
 専門作業療法士(特別支援教育)
 公認心理師
 日本感覚統合学会認定セラピスト
 特別支援教育士 SV

 
【学会】
 日本感覚統合学会副会長、講師
 日本発達系作業療法学会会長

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