パシフィックニュース
姿勢管理で守りたい子供達の可能性
車椅子/姿勢保持
リハビリテーション
~どこにいても、どんな時でも~
伊藤 亮子(理学療法士)
2023-03-01
帰国前後に感じた疑問と制限
「日本の障害児/者には、変形や拘縮が進んでいる方が多いのだろうか。」
そのような疑問を初めて持ったのは、20年以上前の1990年代後半のことでした。ドイツで理学療法士となった私は、当時、身体障害を持つ子供のための養護学校に勤めていて、日本の医療や福祉の現状を少しでも知っておきたいと、一時帰国した際には、病院や施設などを見学させていただくようにしていました。そして、初めて日本の療育施設を訪れた時、背骨の捻れや丸まり、手足の拘縮、特に尖足の進んだ子供が多いことに驚き、床上で過ごしている子供達に立体的なサポートがあまりなされていないことや座っていても靴を履いていない、あるいは簡易で柔らかな靴を履いている子供が多いことなどが気になりました。ドイツで日々、関わっている子供達と、障害の原因となる疾患自体は大きく変わらないようでしたが、子供達の身体の状態と福祉用具などの物的なサポート状況が随分、違うように感じられたのです。
勤務していたドイツの養護学校の様子
ドイツの一つの養護学校での経験と、一時的な訪問で得た印象は安易に比較できるものではありません。しかしながら、養護学校に5年ほど勤務し、帰国した2001年以降、日本での臨床経験を積み重ね、その現状を知るほどに、当時、感じた疑問や違いは向き合うべき現実であるという思いを強くしました。
よりよい関わりをしていきたい、ご本人の可能性をできるだけ引き出していきたい、といった関わる人々の思いは大きく変わらないはずなのに、何が違うのか、そして、何ができるのか、当時の疑問は私自身の取り組むべき課題へと変わっていきました。
帰国後、勤め始めた成人障害者施設で出会った利用者の方々は、それまで関わってきた子供達とは違い、身体は大きく、柔軟性も活動性も低下していました。養護学校では生徒220名余りに対し、理学療法士が10数名、作業療法士が4名という体制で関わってきましたが、ここでは入居者50名とデイサービス利用者に対し、機能訓練指導員として理学療法士1名の配置となりました。一人一人に関わることのできる時間も頻度も少なくなったことに加え、それまで使用してきた福祉用具などの物的資源は身近に使えるものではなく、日常的に使えるようになるためには多くの努力を要し、努力しても徒労に終わることもありました。そこには、制度の問題もありますが、関わっている人達が必要性を感じていないことも大きく影響していました。
こういったご本人の状況と、関わることのできる時間、そして、物的資源の問題は、おそらく、当時の私だけが置かれた状況ではなく、現在でも様々な職種の方々が直面する制限なのではないでしょうか。
養護学校では当たり前であった環境が当たり前ではなかったことを実感するたびに、愕然とすることもありましたが、それでも、何をすべきなのかはドイツで学んだ考えや実践が明確な道標となりました。
加えて、成人障害者施設で過ごす方々の身体状況と日々の関わりの改善を考えていかなければ、それまで関わってきたような子供達の支援がこの先、より向上していったとしても、子供達が大きくなった時に、そこでの努力を無駄にしてしまうという思いにも後押しされていました。
制限ばかりでなく資源に目を向けること
養護学校でのリハビリテーションで大切にしていたことは、子供達のできないことばかりに目を向けるのではなく、何ができるのか、できそうなのかを見ていくこと、そして、その可能性を引き出していくことでした。そのための直接的なリハビリテーションと環境整備、そして、他の支援者と連携をとることが私達の仕事の大きな3つの柱となっていました。
制限と資源という視点を持てたことは、新たな環境で様々な制限を感じながらも、あきらめることなく、何をすべきかを考えることに繋がりました。頻繁に行うことができない直接的なリハビリテーションを大切にしながらも、日々、過ごす姿勢管理により重きを置き、そのための環境整備と日々の関わりを見直していくことで、変形や拘縮の進行を予防し、機能の維持に努めることができれば、と考えました。
直接、関わる時間とその他の時間を把握する
私達は誰しもご本人に直接、関わる時間があります。私の場合はリハビリテーションを行う時間が直接、関わる時間であり、場合によってはその方のことを知っている全ての時間になり得ます。しかしながら、ご本人側から考えてみると、リハビリの時間は1日の中の30分から1時間、或いは一週間の中の1時間かもしれず、それは生活のほんの一部にしかすぎないのです。ですから、この直接、関わる時間を充実させることはもちろんのこと、その他の、自分が直接、関わっていない時間にも目を向け、できるだけ把握していくことの大切さを養護学校での働きの中で学び、実践してきました。
その他の時間にその方がどのような姿勢でどのように活動しているのかを知っていくためには、支援者間の連携、つまり、情報と技術の共有や役割分担が不可欠です。
ご本人の生活を氷山に例える
その他の時間の中には、他の支援者も関わっていない、ご本人が一人で過ごしている時間がかなりあります。そして、変形や拘縮、或いは褥瘡などの問題は誰かが関わっている時よりも、誰もそばにいない一人で過ごしている時間に発生、或いは悪化していることが多いのではないでしょうか。誰もそばにいないので、把握も介入も難しい時間のように思えますが、誰かが介助をしてその姿勢になったのであれば、体位変換や移乗の介助をした後に、姿勢がどうであったかを注意深く把握し、必要なサポートを提供していくことで、問題を生じさせない時間に変えていくことができるでしょう。
プラスになる働きかけとマイナス要因とのバランス
(例)両足が閉じやすい傾向にある筋緊張の高い子供
何か1つ、プラスになる働きがあったとしても、全体的に捉えた時に、マイナス要素が多ければ、それはなかなかプラスには働いてくれません。逆にプラス要素が多ければ、同じような働きかけでも、効果は違ってくるでしょう。
そのように24時間で考えていくと、リハビリの効果や一つの場面での姿勢への取り組みを、他の場面で打ち消してしまうようなことが少なくなります。さらに、その姿勢を取り続ける時間と、その間、掛かり続ける重力を有効に使っていくことが可能になります。また、問題が生じた姿勢と問題がより顕著に見える、或いは問題が悪化していく姿勢は必ずしも同じとは限りません。
問題が生じた姿勢と問題が見えやすく、また悪化していく姿勢が違う例
座位で身体の傾きや片側の坐骨の褥瘡が悪化
座っている時に身体が傾く原因となりうる骨盤の傾きは、場合によっては、側臥位で寝ている時に起きているかもしれません。それぞれの姿勢、特に、寝ている時の姿勢と座っている時の姿勢は相互に関係し合っています。一つ一つの姿勢を切り離さずに、見えている問題に対応したら、それが根本的な問題解決となっているのか、少しずつ視野を広げて考えていくとより効果的です。
骨盤の傾きが生じていた側臥位
重力と時間を有効に使う24時間姿勢管理
それぞれの姿勢において、重力と時間、そして、使っている福祉用具の適切さ、或いは用具を使わないことで生じる不十分なサポート状況は、絶えず影響し続けますが、それらは変えていくことができるものです。
「変形や拘縮が進んでいる方が多い」=重度な障害児/者が多いからではなく、環境の影響が大きいと考えます。姿勢を十分に保てずに、身体が傾いたり、捻れたりしている時間が長いほど、また、姿勢のバリエーションが少なく、同じ姿勢を保つ時間が長いほど、同方向から重力の影響を受け続け、変形や拘縮は進みやすくなります。
重力そのものを変えることはできませんが、身体の向きが変われば、重力の影響する力の方向は変わります。さらに、その姿勢をとる時間の長さは、意識的に、または無意識ながら、関わっている私達が決めていることが多いので、その時間を見直していくなど、重力と時間の影響はマイナスにもプラスにもなり得るのです。
1日の中で、どのような姿勢で何時間、過ごしているのかを把握していくと、今、気になる問題に対し、重力がマイナスに働く姿勢、プラスに働く姿勢、そして、プラスでもマイナスでもない姿勢と分類することができ、重力がマイナスに働く姿勢を長く取り続けていないかどうか、その偏りを減らすように見直していくことができます。
それぞれの姿勢への取り組みは重要ですが、「部分だけではなく、全体を捉える。そして、部分同士の関係性を理解する」といった視点を持つことで、より根本的な問題解決やご本人の生活の向上、私達の有効な働きにつなげていきやすいように思います。
例えば、尖足が気になる場合、重力がマイナスに働く仰臥位と背上げをしている時間は合わせて16時間、プラスに働く車いす座位は1時間、プラスでもマイナスでもない左右の側臥位は6時間となります。
時間配分や姿勢のサポートの仕方の見直し(背上げ姿勢時の足底のサポート、仰臥位の時間を減らし、側臥位の時間を増やす、或いは背上げではなく、車いすで座れないか)などが検討できます。
予防の大切さ
養護学校では、車椅子に乗っている子供達のほとんどが、朝、学校に来ると立位保持具を使って立つのが習慣でした。セラピストが、立位になるところを介助し、授業中に、先生方が、車椅子に座らせてくれていました。将来、自分で立つことも歩くことも難しいと思われる子供達も、立つことには、その姿勢で活動できるようになること以外にも目的があります。日本でも立位保持具で立っている子供も多くいらっしゃいますが、その一方で、座っている時はバギーを使用している時間が長く、就学を機に車椅子を作る子供や学校以外はバギーに乗り続ける子供を今でも見かけることがあります。座位保持機能のないバギーでは、身体はハンモックの中に置かれたように、重さが掛かる場所がより沈み、変形や拘縮が助長されやすくなります。日々の暮らしを継続していく上で、利便性も重要ですが、一度、進んだ変形や拘縮を直そうとするのには、時間も労力も要することになります。そして、その努力は必ずしもよい結果に繋がるとは限りません。
立位になる目的
- 拘縮・変形予防:関節可動域と筋の長さの維持
- 筋緊張の調整:身体を支える筋肉の働きを促す
- 血流の促進
- 呼吸・消化への影響
- 骨への荷重
- 情報収集:目線、視界の変化 → 精神的・社会的影響
姿勢への取り組みは、変形、拘縮、褥瘡など、はっきりと目で見て把握できる二次的な問題が生じてから始めるのではなく、姿勢は快適性に直結するもの、そして、その時、行われている全ての機能に影響するものであることを再認識し、早めの介入を心がけたいものです。二次的な問題を起こさずに、可能性を広げていくためのツールとして、より日常的に行われるようにしていくためには、関わる私達が、それぞれの経験を積む中で、少し先を予測する予防の視点を養うことと、それを伝えていく必要があります。
目に見える問題が起こる前に導入していくことができれば、シーティングもポジショニングも複雑にならずに、より取り組みやすいものになるでしょう。
ドイツなど欧米との違い
私が感じてきた日本とドイツの違いには、障害の有無に関わらず、 靴や椅子、クッションなどが、どれだけ日常的なものなのかといった長年の生活様式の違いから、それらに求める機能性や快適性の違い、さらに住宅事情や制度などの違いといったことも確かに影響しているでしょう。しかしながら、最も大きな違いは、姿勢に対する捉え方にあるのではないかと考えるようになりました。姿勢の重要性とそこに私達がどのように関わっているのか、そして、私達の関わっている障害児/者と、無意識で姿勢を保つことのできる私達との違いについての認識が十分に共有できていないことを感じてきました。
身体障害があるから、変形、拘縮の進行は仕方なく、防ぐことのできないもの、と考えてしまうのは、「...だから、...できない」といったICIDH(国際障害分類)の考えに留まることになります。日常的に見ている方々に変形や拘縮の進んだ方が多いと、それは当たり前のようになり、疑問を感じにくくなってしまうのかもしれません。
日本と違う環境で働くことを経験した私も、その経験がなければ、気づくことができたかどうかはわかりません。そんなドイツの養護学校の環境も、私が働いていた頃にはかなり整備されていましたが、決して初めからそうだったわけではなかったようでした。学校の職員にセラピストが加わり始めた頃、先生や介護職員からは、何をする職種なのか理解されず、車椅子がパンクした時にだけ、声がかかるような関係性だったと聞いたことがあります。そのような時期を経て、協力し合える関係性が構築されていったのは、子供達の姿勢の変化を共有し合った月日の積み重ねによるものと考えます。理学療法士としての経験がまだ浅い頃に入職した私も、先輩方の働き方や関わり方を目にすることができたことで、大きく迷子になることなく、姿勢管理について、学び、実践してくることができました。それを考えると、日本の状況は厳しいところもありますが、大切なのは、ご本人よりも先に、関わっている私達があきらめないことです。「時間」「物的資源」「連携」「ご本人の受け入れ」など、あきらめたくなる制限は、未だに多くあります。私達があきらめることは簡単ですが、私達があきらめても、ご本人の問題は解決することはなく、多くの場合、悪化していきます。
姿勢の重要性
姿勢を保つという活動は、呼吸と同じように、私達の命の始まりから最期の時まで行い続ける活動です。障害児/者の場合、その姿勢に影響する多くの要素に私達は関与していて、何もしていない場合でも、何もしないことを選んでいるのは、結果的には私達なのかもしれません。ご本人の姿勢や機能は、ある意味で、私達のそれまでの関わりを示しているといえるのではないでしょうか。
子供達は、姿勢を変えることによって身体機能に影響していくのと同時に、動かせる場所と体重が掛かる場所が変わる中で、自分自身を知り、周りを知るための情報を得、自分と周りとの繋がりを理解しながら、その世界を広げていきます。そこで得られる情報も自分のイメージも、変形や拘縮が進行した状態とそうではない状態とでは違ってくるのではないかと思います。やがて、子供達が大人になり、また、高齢者になっても、そして、どこにいても、姿勢を見直しながら、その機能を維持し、二次的な問題を最小限に留められるように、関わっている私達の姿勢に対する共通認識を、「...があれば、...できる」といったICF(国際生活機能分類)の考え方へと移行していければと願います。
関わっている全ての人が、必ず見ているものでありながら、見逃しがちな姿勢を、皆で意識的に見守っていくことで、日本の障害児/者の姿の当たり前が変化していくよう、これからも姿勢との関わり方について、発信し続けていきたいと考えています。
執筆者プロフィール
伊藤 亮子
理学療法士/フェルデンクライス・プラクティショナー
【略歴】
1986年 3月 自由学園最高学部を卒業
1986年 8月 デンマークへ体操の勉強のために留学
1989年 ドイツへ留学
1993年 体操指導者、1994年 理学療法士の国家資格(ドイツ)取得
身体障害児のための養護学校に5年間勤務
2001年 帰国
現在、全国各地の医療機関、介護施設、居宅支援事業所等で講義と実技講習を開催し、実践的なポジショニング理論の普及に従事
【資格】
2000年 ボバース 小児セラピスト資格をドイツで取得
2001年 感覚統合セラピーコースをドイツにて修了
2003年 福祉用具プランナー 資格取得
2004年 日本の理学療法士 免許取得(審査により)
2011年1月 フェルデンクライス・プラクティショナー 資格取得
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