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パシフィックニュース

安心安全な移乗をめざして

リフト・移乗用具

安心安全な移乗をめざして

リフトの活用

大阪府内支援学校
菊池 亮輔

2023-11-01

学校の概要

本校は、肢体不自由の児童生徒が学ぶ大阪府内の支援学校です。小学部、中学部、高等部が設置されており、医療的ケアを必要としている児童生徒が約4割在籍しています。児童生徒の障がいの状況は様々で、一人ひとりの「自立と自己実現」に向けて教育実践するとともに、地域社会に対しても「多様性社会の実現」を推進しています。令和4年度と5年度の夏季休業中には、学校創立周年行事に因み、他の学校や地域の方々が参加できる形式で、本校の様々な取り組みを発信するイベントを実施しました。その中で「安心安全な移乗支援ブース」を設け、パシフィックサプライ株式会社の方々にもお手伝いいただき、参加者の皆様に本校のリフトを使った移乗支援の取り組みを紹介し、実際にリフトを体験いただく機会を設けました。保護者の皆様をはじめ、他の支援学校の先生方や事業所の方々はリフトに対して大変興味を持たれており、様々な情報の共有・交換を行うことのできる貴重な機会となりました。

イベントの様子①

イベントの様子②

リフト導入の経緯

日々の教育活動の中で、車椅子からベッドやマット、座位保持装置等への移乗の頻度は非常に高く、教員の手による人的な介助のみでそれをすべて行っている現状がありました。児童生徒を抱える際には、複数で介助にあたったり負担の少ない介助方法を工夫したりしていますが、それでも教員の身体的な負担は大きく、腰痛を訴える教員が後を絶たない状況が続いていました。そこで令和3年度から腰痛予防・対策の観点で「安心安全な移乗支援プロジェクト」が発足され、病院と提携した年3回の腰痛予防検診の実施と毎日の始業体操の導入、そしてパシフィックサプライ株式会社の協力のもと、リフト3台を導入することとなりました。最初の2年間はサブスクリプションでの運用を実施しておりましたが、令和5年度には保護者の皆様のご理解とご協力を得ることができ、1台をPTA費で購入していただくことができました。

活用状況

現在本校では、「モーリフト150」3台を運用しており、小学部と中学部で1台を共有使用、身体の大きい生徒が多い高等部で2台を使用しています。高等部生徒の一人は、車椅子から取り外さずに使用し、全身を包み込むことのできる「ベーシックシート型スリング」を毎朝登校時に着け、下校時までそのままスリングを背中に敷きながら活動を行っており、リフト1台をその生徒のホームルーム教室に設置しています。その他2台のリフトは基本的には主に自立活動を行う広い教室やホールに設置し、着脱がしやすい「イージースリング」を使用して、車椅子からマット、座位保持装置等への移乗を行っています。リフト導入当初はどの学部においても特定の児童生徒の移乗時に使用する場面が多かったのですが、最近では移乗時以外の授業場面でもリフトの操作性や安定性などの特徴を活かし、一つの教具のように活用する場面も増えてきています。

ベーシックシート型スリング

イージースリング 

児童生徒への影響

ベーシックシート型スリングを登校時から下校時まで着用し、リフトを活用している高等部生徒は、背中にスリングを着用した状態でも違和感がないようで、スリングに包み込まれてゆっくりと移乗できる感覚を気に入り、移乗場面になると自ら手を伸ばしてリフトを使って欲しいと意思を示すようになっています。イージースリングを使用している他の児童生徒も、基本的な吊り方はもちろん、個人によっては脚分離の状態でなく足を閉じた状態で吊り上げる「閉脚吊り」をすることで、それぞれの児童生徒の実態に合った形で移乗を行うことができています。
また、筋緊張が強く、移乗の際に必ずといって良いほど身体に緊張が入る児童生徒も、身体全体を丸く収める姿勢を維持しながら移乗できるために安心感を得ることができ、リラックスしながら身体を緩めて移乗できる場面が多く見られるようになりました。
ファシリテーションボール上でのストレッチを行う自立活動の時間にも活用することがあります。ベーシックシート型スリングを使用しながらリフトの高さを調整してファシリテーションボールに乗ることで、教員が支えなくてもボールから落ちることなく安定してストレッチ等の運動を行うことができるのです。また児童生徒本人も教員の密着した支持がない分、手足の自由度が高まり、意欲的に活動に取り組めると同時に教員の言葉掛けを聞いて、自ら身体を動かそうとする場面も多く見られるようになりました。
ボールプールやトランポリンによる活動においては、抱え上げの移動だとどうしても安全に移乗することに集中し、足元に意識を向け、転んだり滑ったりしないように慎重に移乗することになり、児童生徒の細かな表情や様子の変化に気付けない場面もありました。そこでリフトを活用することで、移乗における安定性が確保され、児童生徒の表情や視線を教員がしっかりと確認できるようになりました。また児童生徒も従来の移乗介助よりも視野が広くなることで、友達の様子や周囲の状況を確認でき、リラックスした様子でわくわくする気持ちや楽しい気持ちを表現することができるようになりました。友達がそのような体験をしている様子を見て「自分もやりたい」と意思表示する児童生徒も見られました。
給食後の昼休みにマット上で寝入ってしまい、午後の授業に向かい辛いことが多かったある生徒も、リフトを使うことで、介助面においてもマットから車椅子への移乗がスムーズになり、その生徒にとっても、リフトの上昇する動作やシーツブランコのようにゆっくりと揺らすことで穏やかに覚醒を促すことができ、本人のペースを乱さず授業に向かえるようになりました。
その他の活用例としては、スクリーン前側面に設置し、風景の映像を流し、それを鑑賞しながらリフトに乗った状態で上下前後に動き、サーキュレーターや霧吹きも同時に使用することで一種の4Dアトラクションのような活動を行ったこともあります。その際も、児童生徒は素敵な表情を見せ、非日常的な感覚を満喫しながら楽しく体験的に学習を行っていました。

ファシリテーションボール活用

D体験活用

教員の意識

令和3年度にリフトを導入した際には、リフトを見たり触ったりしたことのない教員がほとんどで、利用することに対しての漠然とした抵抗感を持っている教員が多かったと感じます。その具体的な要因としては①操作の煩わしさ②対象児童生徒・場面の不透明性③使用場所の限定性④時間の切迫などが挙げられます。

①「操作の煩わしさ」の解消方法として、パシフィックサプライ株式会社の皆様にもご協力いただきながら毎年度はじめに教員研修を設け、リフトを活用する意義や教員・児童生徒双方に対して期待できる効果を共有しました。また実際に操作や試乗を行うことで、介助する側とされる側両者の立場を体験し、操作の簡単さや負担の少なさを体感し、活用する価値を実感できるようにしました。その結果、「意外と操作が難しくない」「思っていた乗り心地と違い、安定感があり安心できる」などといった肯定的な感想や意見が増えました。

②「対象児童生徒・場面の不透明性」に関しては、第一段階として使用する児童生徒・場面を特定しました。決まった児童生徒が決まった時間・場面で使用することで、実績を積み重ね、様々な教員が見たり触れたりする場面を増やしました。その次の段階として、他の場面で使用できそうな児童生徒(主に体の大きい生徒)での活用を少しずつ試すようにしていきました。先述のベーシックシート型スリングを毎日使用する生徒は、移乗頻度が比較的高く、在籍するクラスの担任団に女性教員が多いということもあって、毎日使用する流れとなりました。

③「使用場所の限定性」に関しては、物品を整理することで動線を確保しました。またストレッチ等の自立活動を行う場所において、フローリング上に敷きつめていた畳とジョイントマットをすべて取り除き、リフトのキャスターが転がりやすいフローリングのみにするという環境改善も行いました。直近の教員研修においては、より実用的な研修となるように全体の研修でなく、各学部で分散して、実際に使用する場所・場面を想定して実施しました。またリフトの操作に慣れた教員が主導で他の教員も巻き込み、共に操作をする機会を増やした結果、リフトを使用する風景が「特別でない」ものになってきていると感じます。

④「時間の切迫」については、最も大きな課題であり、難しさを感じているのが現状です。学校では時間割を基に集団活動を行っているため、限られた休憩時間内でトイレ場所が空くのを待ち、その間に医療的ケアを含んだ水分摂取等を行い、更に授業によっては教室移動をするなどの物理的・時間的な制約が付随します。現段階では、その合間に急いでリフトを使用することは逆にリスクが伴うと考え、無理には使用せず従来通り人的な介助で支援を行うことも多いです。ただ、児童生徒の出席状況や教員の体制で比較的余裕のある時や、授業間の短い休み時間でなく、登下校時や昼休みの時間的な余裕のある時には積極的に活用するようにしています。時間はかかることは予想されますが、そうすることで、意識的な抵抗を減らし少しずつリフトの活用を推進しています。そして、操作に慣れた人材を増やすことで、より効率的にリフトを活用できるようになり、限られた時間内での活用も可能になってくると考えます。

教員研修

環境改善(フローリング化)

今後のビジョン

日常的に介助を行っていると、自身の体力を過信してしまうことがあります。「少しの距離だから」「いつもしているから大丈夫」というような思いから、つい自身の手で介助をする場面も往々にして窺えますが、人間の力は常に一定ではなく、日によっては体調がすぐれなかったり精神的に余裕がなかったりする時もあり、そういった状況での介助は非常に危険です。その点、機械は常に安定していて、操作さえ正しく行えば、いつでも児童生徒が安心して身を委ねられる環境を提供することができると考えます。
またリフトの活用は教員だけでなく、児童生徒にとってもメリットが大きいものであると考えます。介助される側も局所的な圧迫や摩擦、衝撃や揺れなどの負荷が少なからずあり、踏み外しや転倒等の事故のリスクも伴います。その点、リフトではスリングで身体全体を包み込むことができ、安定することで児童生徒の安心感にも繋がります。また、教員も介助時の視野が広まり、精神的にも身体的にも余裕がうまれることから、児童生徒の表情や視線等の観察がしやすくなり、結果的に児童生徒・教員間、児童生徒同士間の言葉掛けや会話等のコミュニケーションの質が高まるという効果もあります。そういった意味でもリフトの活用は、腰痛予防・対策の枠を越えた、児童生徒に有意義なある種の教育支援ツールとしての意味があると考えます。
ただ一方で、児童生徒の実態や活動の場面によっては、人的な介助を行うことが優先されるケースがあるのも確かです。不随意運動が見られる多くの児童生徒や、人の手による介助を好む児童生徒、またその日の体調がすぐれずに発作が多かったり、パニックになりやすかったりする児童生徒など実態は様々です。基本的にはほとんどの児童生徒がリフトでの移乗の対象となり得ますが、児童生徒の安心安全を第一に「このような時には積極的にリフトを活用し、このような場合には人の手による介助を行う」といった「棲み分け」を、実践を通して行いながら児童生徒も教員も守り、安心安全の基盤のもと今後も教育活動を行っていきたいと考えます。

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