パシフィックニュース
脳卒中リハビリテーションにおける装具活用について
装具
リハビリテーション
-備品用長下肢装具の活用を交えて- 2023.8.19 オンラインセミナー
パシフィックサプライ株式会社 卸売事業部 営業2課
理学療法士 松﨑 裕
2023-11-15
セミナーの概要について
2023年8月19日(土)にオンラインにて「脳卒中リハビリテーションにおける装具活用について -備品用長下肢装具の活用を交えて-」を開催いたしました。
その様子をご報告いたします。
本セミナーは脳卒中リハビリテーションにおける装具活用の根拠や実践事例について、また早期リハビリテーション実践の際の備品用長下肢装具の有用性について、知識とご経験豊かな3名の講師による講義と質疑応答を通して、情報提供と問題解決の機会を目的に開催されました。
①「歩行リハビリテーションの理論的背景と下肢装具を用いた急性期からの取り組み」
公立大学法人 福島県立医科大学 保健科学部 理学療法学科 准教授
理学療法士 阿部 浩明 先生
②「生活期を見据えた回復期での脳卒中リハビリテーションと下肢装具の活用」
済生会 東神奈川リハビリテーション病院 リハビリテーションセラピスト部 主任
理学療法士 林 翔太 先生
③「回復期における院内装具運用システムと地域装具連携の展開」
桜十字グループ 福岡事業本部 桜十字先端リハビリテーションセンター リハビリテーション総括
理学療法士 遠藤 正英 先生
①阿部先生「歩行リハビリテーションの理論的背景と下肢装具を用いた急性期からの取り組み」
まずは福島県立医科大学 保健科学部 准教授の阿部浩明先生に「歩行リハビリテーションの理論的背景と下肢装具を用いた急性期からの取り組み」についてご講演いただきました。
阿部先生は様々な学会などで発表されたり、多くの書籍の著者や編者を務められたり、また日本神経理学療法学会では運営幹事や学術誌編集委員長などを歴任されるなど様々なご活動をされています。
阿部先生のご講演の一部をご紹介させていただきます。
〇脳卒中後の片麻痺の背景と歩行障害との関連
片麻痺の重症度は歩行能力と相関があり、歩行速度などの評価スケールとも相関しています。歩行能力の回復には下肢の麻痺及び歩行障害の重症度が深く関連しており、重度下肢麻痺を呈する場合は自立歩行が難しくなります。麻痺の程度は皮質脊髄路損傷が顕著であるほど重度となります。しかし、歩行能力は皮質脊髄路損傷(麻痺)が顕著であっても回復する例が存在します。皮質脊髄路や皮質毛様体路は歩行において重要な関与がある経路だとされていますが、脳卒中片麻痺者の歩行能力再建においては、歩行自立度への関与が必ずしも高いわけではないことがわかってきました。歩行は随意運動とは異なる側面の関与があります。麻痺の回復は皮質脊髄路の損傷の程度で予測可能ですが、歩行能力は皮質脊髄路や皮質毛様体路の損傷の程度で予測することは困難であるという報告が存在します。〇歩行の神経機構とトレーニング戦略
歩行障害の病巣は主に放線冠や内包後脚に集中しており、ほとんどの歩行障害患者は片麻痺を呈していることが推定されます。自立できない患者の多くは皮質脊髄路の損傷が顕著であることが示唆されています。歩行障害を呈する脳卒中例の多くは、意図的な歩行制御にかかわる経路が損傷されていることになりますが、自動的な歩行制御機構に関連する領域は損傷を免れていることが多いと言えます。このため、自動的な歩行制御機構を活性化することが有益かもしれません。歩行障害のトレーニング戦略では、自動的な歩行制御機構の関与を考慮して、随意運動が困難であっても歩行に関連する筋活動が得られるように配慮すべきで、股関節屈曲伸展運動の入力や荷重情報の入力を提供することが重要であると考えられます。演者らの研究で示されている結果を概観すると、立脚後期に股関節が十分に伸展する歩容の形成を可能とする足部可動性を有する長下肢装具を使用して、前型歩行(交互型)を行う介入は、麻痺側下肢筋活動を高め、歩行自立度を早期に改善させるという点で有益であると思われます。
〇歩行能力に関連する要因とトレーニング様式
歩行能力向上のためには麻痺側下肢筋力の強化が重要だと報告されていますが、股関節屈曲筋力の強い関与が示されています。立脚中期から立脚後期にかけて自由落下運動様に股関節は伸展するため、股関節伸展筋は働いておらず、股関節屈曲筋の遠心性収縮によってブレーキをかけるような制御がなされます。脳卒中者では股関節屈曲筋による制御が難しいことが関与して股関節を伸展させることができないと考えられます。効率的な歩行を行うためには倒立振り子モデルの形成が重要であり、股関節伸展角度(TLA)が前方推進力を形成する上で重要な因子となります。長下肢装具によって膝関節の固定性を保証し、その上で足部に可動性を持たせ、倒立振り子モデルを形成し、TLAを拡大させるようアプローチすることが重要だと考えられます。〇前型歩行トレーニングの有効性
前型歩行トレーニングを行った場合、揃型歩行で歩行トレーニングを行った場合よりも高い麻痺側下肢筋活動が生じ、遊脚期と立脚期における筋活動パターンが正常歩行にみられるような活動パターンに近づいていくことが報告されています。また、備品を用いて組織的に治療方針を統一した上で前型歩行を提供する介入を行ったところ、従来の治療が行われたヒストリカルコントロール群の治療成績と比べ歩行自立度改善のタイミングが早くなったことが報告されています。備品用長下肢装具はあくまでも備品であり、必要とする方にはオーダーメイドで作製をした方が良いと思われます。備品用と本人用ではフィッティングに差が生じます。急性期病院にて長下肢装具を早期に作製した患者と、ほぼ同等の身体機能を有する装具を作製していない患者とを比較した場合、早期に長下肢装具を作製した群の方が回復期のFIM歩行項目が早期に改善し、FIM階段項目では退院時に作製群の方が有意に高い値となったことが示されています。②林先生「生活期を見据えた回復期での脳卒中リハビリテーションと下肢装具の活用」
次に済生会東神奈川リハビリテーション病院 主任理学療法士の林翔太先生に「生活期を見据えた回復期での脳卒中リハビリテーションと下肢装具の活用」についてご講演いただきました。
林先生は装具療法をはじめとして脳卒中リハビリテーションの知見が深い先生で、前回より回復期の装具療法についてご講演をお願いしております。
林先生のご講演の一部をご紹介させていただきます。
〇装具に関する先行研究とガイドライン
装具に関する先行研究とガイドラインでは、装具が歩行に対して様々な効果を持つことが示されており、日本国内のガイドラインも装具療法の推奨を含んでいます。これらの研究とガイドラインは、装具の適切な選択と使用に関する重要な情報を提供し、臨床実践において役立つ指針となります。〇回復期における下肢装具の役割
下肢装具は回復期のリハビリテーションにおいて、支持、アライメント修正、変形予防、機能補助、運動学習の役割を果たします。特に長下肢装具(KAFO)は、膝の過伸展改善や歩行能力向上に寄与しますが、研究データはまだ限られています。装具の選択と使用においては、臨床的なエビデンスと専門知識の組み合わせが重要です。〇バイオメカニクスと下肢装具の使い方
脳卒中患者の立脚期には、KAFOを使用して後方介助を行い、前型歩行のサポート・股関節伸展の促しにより倒立振り子運動を改善します。足関節底屈力や振出の改善にはTLAの拡大がかかわり、KAFOが効果的で、底屈制動の装具を使うことが有益です。カットダウンまでのプロセスでは、難易度を段階的に調整し、SPEX膝継手などを活用します。GS(Gait Solution)を使用すると、歩行速度や足関節背屈角度が改善されます。患者の個別の状態に合わせて装具を選択し調整することが重要です。〇病棟生活での装具の使い方
早期にAFOを脳卒中患者に提供すると、病棟内で活動する機会が増え、実用歩行を獲得するまでの期間を短縮させる効果が期待できます。早期から装具を病棟内で使用する場合、患者が装具の着脱を自己にて行うことが難しい場合も多くあるので、セラピストから看護師や病棟スタッフに対して装具の装着方法の指導を行うなど、多職種で協力することが重要です。装具は麻痺側下肢への荷重増加と立位保持の改善に寄与し、患者が立つ機会を増やすのに役立ちます。早期からKAFOを作製した場合、理学療法や作業療法の時間はKAFOとして、病棟生活の時間はKAFOをカットダウンしてAFOとして使用することが望ましいです。〇装具作製の意思決定
装具作製の意思決定は、エビデンス(科学的根拠)、患者の臨床症状、患者の希望と価値観、医療者の経験と専門性、バイオメカニクス、これらの要因を総合的に考慮し、作製する装具の種類と設定を決めていきます。患者に最適な装具を提供するために、患者の希望や価値観を考慮することが重要です。また、様々な装具を試せた方が良いので、所属施設で評価用の装具を充実させることも重要です。装具の選択や作製のタイミングについては担当セラピストに依存しすぎないように部門内での装具検討会を行うことや、医師や義肢装具士と意見交換することも必要です。患者が装具を使用しない理由は、医療者と患者の間で装具に対する認識のミスマッチが原因の場合もあります。患者の考えを理解し、メリット・デメリットを伝えながら共に意思決定を行う必要があります。また、装具を使い続けてもらうためには関節可動域制限が生じることで装具が不適合になるのを予防することが重要であるため、セルフコンディショニングの指導を行う必要もあります。
③遠藤先生「回復期における院内装具運用システムと地域装具連携の展開」
最後に桜十字グループ 福岡事業本部 桜十字先端リハビリテーションセンター リハビリテーション総括の遠藤正英先生に「回復期における院内装具運用システムと地域装具連携の展開」についてご講演いただきました。
学会や著作の活動、様々なご講演活動をされている中で、多くのリハビリテーション従事者を支援するNPO法人FSAの設立から運営まで幅広くご活躍されています。
遠藤先生のご講演の一部をご紹介させていただきます。
〇装具作製、調整、再作製の考え方
装具の作製と調整において、給付制度の理解が重要です。治療用装具と更生用装具の違いを理解し、それぞれの目的と機能を把握することが第一歩です。治療用装具は医療保険制度を使用して作製され、償還払いが必要です。急性期から回復期にかけて、麻痺の回復を促進するために使用され、早期に作製・使用し、症状の回復に合わせて調整が可能な装具が求められます。一方、更生用装具は社会福祉制度を利用して作製され、身体障害者手帳を持つ患者が利用できます。回復期が終わった後から使用され、生活期においても、装具の調整や再作製が必要であり、廃用症候群などの問題に対処するためにフォローアップが必要です。
また、装具の備品や評価のための装具も重要ですが、運動療法を実施するためには装具が必要であり、患者が適切な装具を選択する際にも、備品の装具がないと患者はKAFOが必要かどうかを判断するのが難しくなります。備品の装具は装具の評価や装具の完成までの間のつなぎ役としても役立ちます。ゲイトイノベーションは足部がGSになっており、どの程度の制動力や固定力が必要か分かりやすいため非常に便利です。
〇入院患者への取り組み
全スタッフが均一な判断で装具の作製、調整、再作製ができるようになるための取り組みとして装具回診を実施しています。装具の作製からフォローアップまで、多職種での意見交換と対応が行われ、患者に最適な装具を選定するための場として機能しています。私たちの基本的な考え方は、患者が現在装具を必要としている場合、即座に作製することです。さらに、装具の作製時には装具手帳を作成します。フォローアップを行う際に非常に役立ちます。
〇退院患者への取り組み
退院後の廃用症候群予防が焦点で、装具の壊れやすさも課題です。装具外来を通じてフォローアップし、装具修理とリハビリテーションのアドバイスを提供しています。1か月または3か月ごとのフォローアップが重要です。また、身体機能の低下を防ぎ、生活期の装具は患者の好みに合わせて調整することも重要です。装具の適切な使用を支援し、退院後の患者の装具難民化を防ぐことができます。〇地域への取り組み
地域における装具に対する知識不足や連携不足に対処するために、知識の共有、事例検討、研修会、装具手帳の奨励、連携強化などの取り組みが必要です。これらを通じて、装具の適切な使用やフォローアップを支援し、患者の生活の質を向上させることができます。地域全体で協力し、装具に関するケアの質を向上させるための枠組みを築くことが大切です。研修会や合同大会を通じて、地域や他の法人との連携を強化し、装具に関する知識や問題意識を共有しています。院内の問題解決に留まらず、患者の生活期に向けたシステム構築や地域への貢献にも注力しており、患者にかかわる人たちが問題意識や共通認識を持ちながら話すことができる環境を作らないといけないと思っています。質疑応答
質疑応答では非常にたくさんの質問をいただき、すべての質問に回答できないほど大盛況でした。
その質問の中から一部抜粋し、ご紹介いたします。
質問1
臨床場面で介助歩行を実施する際に、歩行速度を速くすると恐怖心を訴える患者さんがいます。快適な歩行速度で実施する方が良いのでしょうか
回答
阿部先生「歩行トレーニングは他動的なトレーニングではなく、能動的なトレーニングです。患者さん自身が積極的にトレーニングに参加し、セラピストが患者さんの限界をあげるために少しアシストをします。長下肢装具で後方から介助をしますが、患者さん主体です。後方から介入して操作するのではなく、少し後押しをするだけなのです。歩行速度が速い方が良いからとセラピスト主体で患者さんを押しているような歩行では、たいていの場合後ろに寄りかかってきてしまいます。セラピストが無理やり歩かせていますので、良いトレーニングになっているとは考えにくいです。その点に気を付けていただいて、患者さんの主体的な歩行を後方からサポートすることが原則です。」質問2
年齢などから歩行獲得が難しいと予測され、移乗獲得を目指す症例にもKFAOの作製をすることはありますか
回答
林先生「このような症例でも作製します。例えば、年齢が80歳を超えるなど、高齢になるほど歩行の自立は難しくなるといった印象がありますが、最初に歩行自立が難しそうだと判断された患者さんでも、下肢の機能訓練という意味合いで歩行訓練を行う場合がありますので、その際に必要であれば装具を作製します。」遠藤先生「林先生と全く同じ意見です。移乗はステップ練習ですので、歩行訓練をしていれば最終的に移乗までつながります。そのため装具を作製します。しかし、近年は年齢だけでは判断できないほどに高齢者の方々は元気ですので、絶対に歩けるようにと心がけて装具を作製します。」
阿部先生「例えばゴールが歩行獲得ではないと断言できるような場合でも、ご本人やご家族が望めば、KFAOを使用して立位トレーニングをすることが移乗の自立に直結するのであれば作製します。歩行トレーニングの在り方としてどのようにするかということで装具のタイプが変わってくると思います。それぞれの状態に応じて、どのようなステップを踏んで最終的なゴールに到達するのかというビジョンがあって作製することは良いと思います。そのために必要なツールがKFAOであれば作製して良いと思います。」
質問3
KFAOにおける足部の可動性について、患者さんの可動域に応じて背屈は完全に遊動ではなく、ある程度制限を付けても効果は得られるのでしょうか回答
林先生「背屈を完全に遊動にしたときに底屈筋が働かず、立脚後期に安定性が得られない場合は、背屈10度程度で制限をしたりしています。下肢の支持性が改善するにつれて、遊動にしていきます。完全な遊動が難しい場合は、制限をつけることもありますが、基本的に可能であれば遊動が良いと考えています。」遠藤先生「膝継手でも立脚後期に膝の屈曲が過剰に生じるのは良くないと思いますので、その場合はある程度制限をつけるようにすると思います。SPEX継手の場合、立脚後期に膝が曲がりやすいのです。そのため背屈が完全に遊動だと膝が曲がりすぎてしまうので、シューホンを使用し背屈を制限しています。継手の組み合わせによって違いますが、できれば足関節背屈は遊動にしていた方が効果はあると思います。」
アンケート
セミナーには合計120名もの方がご参加されました!
アンケートにもたくさんご回答いただき、最後まで活発なセミナーとなりました。
満足度がかなり高く、非常に勉強になったとたくさんのお声をいただいております。
各講演の満足度は下記のようになりました。
〇セミナー各講演の満足度
・阿部先生「歩行リハビリテーションの理論的背景と下肢装具を用いた急性期からの取り組み」平均9.0/10
・林先生「生活期を見据えた回復期での脳卒中リハビリテーションと下肢装具の活用」
平均8.9/10
・遠藤先生「回復期における院内装具運用システムと地域装具連携の展開」
平均8.5/10
・質疑応答
平均8.4/10
・全体
平均8.6/10
あとがき
本セミナーにご参加くださいました皆さま、非常に勉強になるご講演をしてくださった講師の皆さまに厚く御礼申し上げます。本当にありがとうございました。
非常に勉強になるお話で参加者の方々が翌日からすぐに実践できる内容もあり、満足度の高いセミナーになりました。少しでも皆さまの臨床活動の一助となれば幸いでございます。
パシフィックサプライでは今後も様々な治療・リハビリテーション場面でのKFAOの必要性をお伝えするセミナーを開催していきます。随時弊社ホームページにて案内いたしますので、ご確認くださいませ。
関連情報
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