パシフィックニュース
姿勢から始まること~小児から高齢者まで~
車椅子/姿勢保持
リハビリテーション
特定非営利活動法人リハケアリングネットワーク
作業療法士 香川 寛
2024-02-15
そもそも姿勢とは、私たちが生活するうえでの根本のところだと私は考えています。睡眠のために寝る姿勢、食事のための姿勢、車を運転するための姿勢、投げられた球を打ち返す姿勢などです。活動に応じて、また目的に応じて私たちは様々な姿勢を使い分け、生活をしています。
ところが先天的な影響で様々な姿勢を自ら調整出来なかったり、障害により筋緊張のコントロールが上手く出来ず姿勢の保持が困難であったり、老化による柔軟性の低下で自らの姿勢自体の状況が変化したり、様々な影響で活動に適した姿勢が取りにくい状況に陥っている方々が少なからずおられます。そのような状況に陥っている方々は、何とかその活動を遂行しようと姿勢調整の努力をします。過剰に力を入れて身体を保持しようとしたり、傾く身体のバランスをとるために逆に傾けてみたり、何かを握って身体が傾かないようにしてみたり、姿勢を保持するために生じる疲労を軽減するために身体の他の部位に力を入れてみたり、それぞれ状況は違えど何かしらの努力をしています。そうです、努力をしているのです。脳性麻痺や脳梗塞、パーキンソン病、老化など、それぞれ状況は異なりますが、自身の身体の状況から活動に繋げるために何かしらの反応で努力をしているのです。その努力で一番分かりやすいものが筋の過緊張です。筋の過緊張の発生の原因は疾病や障害により異なりますが、姿勢を保持しようと努力し、または活動に適した姿勢を取るために努力し、結果、筋活動の連続が筋の過緊張に繋がっている場面を多く見ます。
20代女性 脳性麻痺患者との出会い
そもそも私がなぜ姿勢というものに着目し始めたかというと、20代後半に勤めていた病院を退職し、訪問看護ステーションに籍を移したことがきっかけです。訪問でのリハビリテーションに従事する中、お一人の脳性麻痺の20代前半の女性に出会いました。訪問初日、私はその女性の姿を見て正直驚きました。
体幹は過度に側弯し、頸部は反り返り、口は開いたまま、下肢は曲がり片方に倒れ、身体全体がひどく捻じれている状況でした。胸郭も動きが悪く、口も開いて舌が落ち込んでいるため呼吸も苦しそうでヒューヒューという異常な呼吸音が発生している状態。日常では抱っこ以外に座ることは出来ないので、ほとんどをお布団の上で寝た状態で過ごしているとのことでした。
病院で脳梗塞やパーキンソン病、上肢の骨折や大腿骨頸部骨折などの整形疾患の方しか見てこなかった私には、このはじめて見る姿勢の女性にどうしていいのかも分からず戸惑うことしか出来ませんでした。そしてお母さんにいろいろお話を聞く中で見えてきたのは、特別支援学校に通っていたときは座位保持装置に座れていたとのこと。そして学校にも通学出来ていたとのことでした。しかし、特別支援学校を卒業し、学校に通わなくなるとお布団で寝る時間が長くなり、だんだんと座れなくなったとのことでした。
以前座っていた座位保持装置を見せて頂くと、今の側弯の状況に対応しているとは言い難い、左右のパッドで身体を側面から支える機能とチルトリクライニング機能のみの、そんなに珍しくもないいわゆる一般的な座位保持装置でした。その座位保持装置と現在の彼女の身体の状態を見比べた時、どうしても座れるというイメージに結び付きませんでした。現にお母さんも以前の座位保持装置では座るどころか、逆に呼吸が辛そうと仰っていました。私はとても複雑な気持ちになりました。18歳で学校を卒業し、数年の経過で身体の変形や拘縮は進んでしまい、座ることも出来なくなってしまう。そしてお母さんを含めて誰もそれを望んでいなかったということです。
座れなくなった要因の一つとして、身体の変形があります。ではなぜ変形は進んだのか。それはお布団の上で姿勢反射が優位になってしまう仰臥位のみで、身体は側屈し全体的に反り返ってしまう姿勢で生活し続けたことが一つの要因だと考えています。なぜこのような状況になってしまったのか、なぜ家で座る機会が無くなり仰臥位だけになってしまったのか、お布団の上で他の姿勢を取ることは出来なかったのか、そもそも特別支援学校や定期通院の際に関わる専門職は家での過ごし方のアドバイスをしなかったのかなど、様々なことを考え悶々とし、そして今彼女に何も出来ない自分の力不足を痛感し悔しい想いをしたことを覚えています。
身体の変形・状況の変化
脳性麻痺の方が学校を卒業した後、変形等を含めて姿勢の状況が変わるという話は、私的には本意ではないですが決して少なくない話のようです。このようなことは、実は、高齢者の施設内でも起きています。高齢になると老化に伴う身体の柔軟性の低下に加えて脳梗塞、パーキンソン病などの疾病を併発されている方や、脳細胞の変性に伴う様々な影響を身体状況に受けている方々が現場にはおられます。
具体的には次のような方々です。
過緊張 仰臥位(画像①)
・上肢を小さく曲げ込み自身の胸の上に強く押し付けている方
・股関節に力が入り膝が開かなくなっている方
・両下肢が過剰に曲がってしまいおなかの上に乗るのではないかと思うくらい曲げ切っている方
・身体全体が強く反り返りベッドボードしか見られなくなっている方
円背 仰臥位(画像②)
・円背といわれる体幹が伸びずに丸まってしまい常時頭が枕についていない方
そして高齢者の現場に共通していることは同一姿勢が多いということです。同一姿勢と聞くと「いやいや、体位変換はしっかり定時にしています」というご意見もあるかもしれません。ですがその体位変換はそもそも同じ姿勢で向きを変えるだけのものになっていないでしょうか。
同一姿勢での体位変換
高齢者の施設でよく耳にするのは、
「〇〇さんは身体が硬い方なんです」
「横に向くと嫌がって、時間が経つと元に戻ってるんです」
「車椅子に座ってもすぐズレてくるんです」
など、状況に対しての説明です。そしてそれらの根底にあるのはどれも同一姿勢での生活ということです。
言い換えれば「姿勢のバリエーションが少ない」または「姿勢の種類が一つだけ」ということです。身体が硬いために同じ姿勢で圧のかかる箇所だけをクッション等で変えることが体位変換になっていないでしょうか。特に日本は海外と異なり、抱え上げる移乗手段が常習化し、身体のこわばりや緊張を生みやすい状況になっています。この緊張を生みやすい抱え上げの移乗は、高齢者の柔軟性をさらに悪化させ、姿勢の固定化を生み、車椅子上の姿勢の崩れを引き起こします。調整式のハイスペックな車椅子に座ろうとしても身体の柔軟性が乏しければ身体を預けることが出来ずに、結果としてリラックス出来ない固定的な姿勢を生みます。そして車椅子上で反り返る、傾く、ズレる、そして転落のリスクが上がると座位困難と判断され、フルリクライニング式の車椅子になり姿勢としてはほぼ寝た状態での離床となります。
そうなんです。高齢者の施設では要介護度5など重度と言われている方々は同じ姿勢でベッド上で向きを変えられ、緊張を生む移乗でさらに身体を固め、ベッド上と同じ姿勢で車椅子上で過ごします。過ごす場所は変わっても同一姿勢は変わっていないのです。昨今、離床が促される現場の風潮にはなりましたが、きちんとご本人の潜在能力に応じた座位姿勢への支援が出来ていないことが多いのではないでしょうか。
姿勢のバリエーションを増やす
私が出会わせて頂いた脳性麻痺の20代前半の女性、そして様々な高齢者施設で見る高齢者、双方に共通していることは「姿勢の種類の少なさ」です。姿勢反射優位の仰臥位により変形が進み、座位がとれなくなり、体幹の変形によりさらに同じ姿勢での臥位時間が増えた、また同じ姿勢でのベッド上の体位変換で離床はしても寝た状態での離床になっている状況は、同一姿勢の発生機序は違えど生活内で起きている状況は同じだと考えています。ではどうすれば良いのでしょうか。
それは「姿勢のバリエーションを増やす」ことだと思っています。または「バリエーションを守る」ことだとも言えます。脳性麻痺など姿勢反射により同一姿勢になりやすい方は、姿勢反射が出にくい、抑制しやすい姿勢を見つけ日常の生活内に取り入れる。変形や姿勢反射を考慮した座位や立位の機会はもちろん、側臥位や腹臥位を日常的に行うことが大切だと考えています。幼少期や学童期に様々な姿勢を経験しておかなければ、将来その姿勢は「苦手」となるでしょう。「苦手」となるともちろん嫌がるので姿勢反射は頻発し、結果的に生活内では出来ない姿勢となって、姿勢のバリエーションは減ります。
高齢者の現場では同一姿勢で圧のかかる箇所を変えることが体位変換の傾向となっていますので、仰臥位はもちろん90度側臥位をあえて選択し、左右どちらの90度側臥位も支援します。
移乗は、こわばりや筋緊張を生みにくいリフトでの移乗を選択し、車椅子もフルリクライニング式ではなく座面に体重をかけやすいチルトリクライニング式の車椅子を選択します。これらをその姿勢が取れるうちに行うことで姿勢のバリエーションが減らないように支援していきます。
--- 生活内すべてのリスクを勘案した健康管理 ---
90度側臥位については現場での実践について賛否両論あります。肩や大転子への圧が上がり褥瘡発生のリスクが上がるからです。ですが高齢者が抱えているリスクは褥瘡だけではありません。全身の拘縮、便秘、嘔吐、口腔内の乾燥、誤嚥性肺炎、座位の崩れによる嚥下への影響、車椅子からの転落やズレによる褥瘡などなど、リスクは様々存在します。ですので褥瘡だけではなく生活内すべてのリスクを勘案し、健康管理を行う目的で90度側臥位をまずは検討してみます。もちろんベッド上のマットレスなどは体圧分散性の高いウレタンマットレスなどに変更する必要はありますが、私の出入りしている施設では90度側臥位を日常で行っても肩や大転子などに褥瘡は出来ていないという状況を多く見ています。逆に寝たきりの方々が全員座れるようになった、おむつ交換の時の足の開きが良くなった、便秘が減った、誤嚥性肺炎の発症が減ったなど、健康面での好影響の方が大きいと感じています。
最後に…
今回、姿勢について私が現場で考えていることを述べさせて頂きました。やはりポイントは「姿勢のバリエーション」です。もちろんご本人の能力に応じた、かつその活動に応じた姿勢でないといけません。姿勢の保持に過剰な努力が必要でなく、過緊張を生まない、そして健康を害さない姿勢を日常の中で様々に取ることが出来る。そして障害や老化により自ら様々な姿勢が取れなくなればなるほど、また重度になればなるほど、様々な姿勢のバリエーションが支援者によって守られることが大切だと考えます。理想と言われるかもしれません。ですが私たちが運営している事業所では、それらを実践することが出来結果も出しています。またサポートさせて頂いている数多くの施設でも実践されており結果を出されています。もちろん個別のポジショニングやシーティングなどのスキルも必要です。様々なリスクを最小化し姿勢のバリエーションを守っていく、そして24時間の姿勢を健康管理の視点でコーディネートしていくことが大切だと考えます。これら24時間の健康管理を目的とした姿勢への取り組みは、様々な分野の現場で実現可能なこれからの「可能性」だと信じています。
執筆者プロフィール
香川 寛(かがわ ゆたか)
作業療法士
特定非営利活動法人リハケアリングネットワーク 理事長
一般社団法人日本重度化予防ケア推進協会 理事長
急性期・回復期リハビリテーション病院、訪問看護ステーション、特別養護老人ホーム、介護老人保健施設等に従事後、オーストラリアへの研修、内閣府のイギリス派遣を経て、2013年に特定非営利活動法人リハケアリングネットワークを設立。
■介護保険事業、コンサルティング事業運営
・広島県を中心に施設・病院の重度化予防ケアの導入・実践研修
・チームマネジメントのサポート
■セミナー事業運営
ポジショニング、シーティング、ノーリフティングケアを中心とした福祉用具の活用法、
重度化予防のためのケア技術など年間200回以上(2019年実績)
2022年一般社団法人日本重度化予防ケア推進協会を設立。
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